君を想う

ゆっけ

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婚約者編

ⅩⅩⅩ

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 いつもの様に薔薇の手入れをしながら、ふとした時に昨日のヴァレンティーナを思い出す。

 整った容姿に暗い影を落とす藍色の瞳と希薄な感情。されるがままで自分の意思が無い人形のようだ。

 今日も薔薇は綺麗に咲いてくれている。そこで何故か心を過ったのは。

 ――ヴァレンティーナが笑ったところを見てみたい。

 何故かそう思った瞬間、一気に顔を真っ赤にするジルベルト。誰も見ていない事を確認すると赤い顔のまま小さく息を吐き出した。


「マリーさん、今日のお菓子は何?」

「おや、坊っちゃん。今日は、マドレーヌを焼きましたよ」

「本当!僕はマリーさんのマドレーヌが大好きなんだ!」

「ははは。ありがとうございます」

「…ところで、マリーさん。…甘くないお菓子って作れるかな?」

「甘くない?何でまた?」

「え…あの…そ…その、甘いものが、あまり得意ではない人に食べて貰いたいんだ」

 ほんのりと頬を染めてモジモジとしているジルベルト。

 ジルベルトが小さな頃から公爵家で下働きとして働いているマリー。彼女は、ジルベルトが甘いものが大好きなのをよく知っていた。だからこそ、反対のものを作って欲しいと言い尚且つ頬を染めた意味を瞬時に察した。

 マリーの第六感が、告げている。

「ははん、好きな人だね」

「え!違っ!」

「顔に書いてますよ」

 マリーの第六感が、ジルベルトの顔が真っ赤になった事で外れていなかった事を如実に現していた。

「どうせだったら一緒に作りますか?」

「え?僕が?」

 本来なら厨房にだって貴族は入ってこないのに此処の家族は平気でやって来る。

 そして、マリーの提案は普通だったら貴族の子息には提示されないものだ。彼等は雇い主である。けっして親しく接していいものではない。

「作りたい!」

 両手を握り拳にして興奮気味にマリーを期待した眼差しで見詰める。

 それでも、この家族は下働きだろうと庭師だろうと友人のように接してくれる。
 働き手としては、こんなに良い雇い主はなかなか居ない。

 淡い恋心を抱いたジルベルトの助けに少しでもなりたいとマリーは思う。願わくば、思われている彼女にもジルベルトの事を好きになって貰いたいとも思う。


◇◇◇◇◇


 今日は、朝から雨だ。日課の庭園の花の手入れをしようとしたら庭師に止められた。なので、今日は自室でのんびりと読書をしている。詩集は読んでいると眠くなるので読まない。もっぱら読んでいるのは図鑑。それも花の。

 花を好きなジルベルトは自分の将来は花屋か庭師になろうと漠然と思い描いていた。

 一日の中で暇を見つけては、庭園で土を弄ったり、雑草を抜いたりとしていた。それが、楽しい。

「ジルベルト様」

 ノックの音で我に帰ったジルベルトが、返事をするとヴァレンティーナ様と言うお客様がいらっしゃってますと言うではないか。普通は先触れをだして、お伺いをたてるものだがジルベルトは気にしなかった。

「通してくれて大丈夫だよ」

「かしこまりました」

 直ぐにまたノックの音がして、扉が開きヴァレンティーナが入ってきた。

「お久し振り」

「はい」

 侍女にお茶を用意を頼むと応接間のソファへと座らせた。今日も平常運転の彼女に雨だけど大丈夫だったかと聞いてみた。

「大丈夫です」

 と必要最低限しか喋ってくれないヴァレンティーナ。挫けそうになるのを堪え、また話し掛けようとした時、お茶が用意ができたと侍女が声を掛けてきた。扉を開けて、部屋へ侍女がワゴンを押して入ってきた。

 侍女は手早くお茶の用意をしたかと思ったら、直ぐに退室していった。侍女は去り際にサムズアップしてジルベルトの健闘を祈った。

 耳まで真っ赤にさせたジルベルトは、緊張したようにお茶を淹れて、ヴァレンティーナの隣に座った。

「今日も茶葉はアッサムなんだけど…」

「飲めます」

「うん」

 まだ、淹れたての紅茶の表面がゆらゆらと揺れる。ジルベルトはミルクを入れて、掻き混ぜた。

「どうぞ」

 ヴァレンティーナに優しく話し掛けると彼女は、ミルクティーになったアッサムを一口飲んだ。

「美味しい」

 思わずと言ったようにポロッと零れた言葉が嬉しくてジルベルトは満面の笑みになった。

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