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第21話:認められる想い
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夏至の朝は、石の匂いが明るかった。
橋の修繕は終わり、記録は整い、噂は数字に負けた。走らないで追いつく、と決めた足は、もう勝手に正しい歩幅を刻む。
広場に壇が組まれ、民と貴族と兵が輪を作る。父上の瞳は、倉の木みたいに落ち着いている。礼典長の合図。太鼓は一度だけ。俺は壇に上がり、塩をひとつまみだけ入れた声で短く告げる。
「道を空け、人を並べ、疑いを減らした者たちがいる。――剣と盾。近衛と治安の者に、王子として礼を言う」
名は呼ばない。けれど、列の奥で銀の胸甲が光をひとつ返す。礼儀の距離。光の近く。俺は視線をまっすぐ通り過ぎる形で掠め、壇を降りる。
式が終わると、人払いののち、父上の執務室。扉は厚く重く、音は小さい。窓の外で、夏の手前の風が庭木を撫でる。
「息子よ」
父上は封蝋を親指で押し、短く言った。
「今日の言葉、記録に残した。――それで、余に問いたいことがあるのだな」
「はい。……近衛騎士ナハトを、私の『側に立つ者』として、公に認めてほしい」
石を先に置く。砂糖は入れない。父上の瞳は揺れない。
「近衛、出よ」
ナハトが進み出て、片膝をつく。礼の角度は乱れない。手袋を外し、床に置く。父上の声は、冬の倉の木の温度で問う。
「近衛。汝は剣として、盾として、礼として、我が息子に仕える覚悟があるか」
「あります」
「人としては」
短い沈黙。影の帯がない場所で、彼は迷いを持たずに答えた。
「――あります」
喉の奥が、やわらかく鳴った。父上は長い瞬きを一度。
「殿下。石は半分かかった。残り半分は、行いで渡れ。
近衛。汝は輪番の中にありつつ、殿下の『近侍』の役を交代制で担え。記録は透明に。
私語は影でなく、紙で。――余は禁じぬ。許し過ぎもしない。だが、二人の橋を壊す石を、宮廷に置かせはせぬ」
「承りました」
俺と彼の声が重なった。父上は封蝋をひとつ渡す。『殿下側近任免記』の写し。
文字は固く、紙は静かに明るい。しおりの革紐を挟む場所が、指先で見つかる。昔から同じ位置。結び目も同じ形。
「――殿下」
扉の外、短い影。礼儀の距離。ナハトが胸甲の縁に、金を鳴らさず指先を落とす。『在る』。
俺は剣帯の金具に触れない。代わりに、紙の端をひとつ叩く。影の楽器。十分。
「今日、光の真ん中で言えない言葉がある」
「言う場所を用意します」
「今夜、書斎で」
「承ります」
砂糖は足さない。塩をひとつまみ。扉は重く、音は小さい。胸の拍は、静かに深い。――認められる想いは、紙の上と、骨の内側に刻まれた。
橋の修繕は終わり、記録は整い、噂は数字に負けた。走らないで追いつく、と決めた足は、もう勝手に正しい歩幅を刻む。
広場に壇が組まれ、民と貴族と兵が輪を作る。父上の瞳は、倉の木みたいに落ち着いている。礼典長の合図。太鼓は一度だけ。俺は壇に上がり、塩をひとつまみだけ入れた声で短く告げる。
「道を空け、人を並べ、疑いを減らした者たちがいる。――剣と盾。近衛と治安の者に、王子として礼を言う」
名は呼ばない。けれど、列の奥で銀の胸甲が光をひとつ返す。礼儀の距離。光の近く。俺は視線をまっすぐ通り過ぎる形で掠め、壇を降りる。
式が終わると、人払いののち、父上の執務室。扉は厚く重く、音は小さい。窓の外で、夏の手前の風が庭木を撫でる。
「息子よ」
父上は封蝋を親指で押し、短く言った。
「今日の言葉、記録に残した。――それで、余に問いたいことがあるのだな」
「はい。……近衛騎士ナハトを、私の『側に立つ者』として、公に認めてほしい」
石を先に置く。砂糖は入れない。父上の瞳は揺れない。
「近衛、出よ」
ナハトが進み出て、片膝をつく。礼の角度は乱れない。手袋を外し、床に置く。父上の声は、冬の倉の木の温度で問う。
「近衛。汝は剣として、盾として、礼として、我が息子に仕える覚悟があるか」
「あります」
「人としては」
短い沈黙。影の帯がない場所で、彼は迷いを持たずに答えた。
「――あります」
喉の奥が、やわらかく鳴った。父上は長い瞬きを一度。
「殿下。石は半分かかった。残り半分は、行いで渡れ。
近衛。汝は輪番の中にありつつ、殿下の『近侍』の役を交代制で担え。記録は透明に。
私語は影でなく、紙で。――余は禁じぬ。許し過ぎもしない。だが、二人の橋を壊す石を、宮廷に置かせはせぬ」
「承りました」
俺と彼の声が重なった。父上は封蝋をひとつ渡す。『殿下側近任免記』の写し。
文字は固く、紙は静かに明るい。しおりの革紐を挟む場所が、指先で見つかる。昔から同じ位置。結び目も同じ形。
「――殿下」
扉の外、短い影。礼儀の距離。ナハトが胸甲の縁に、金を鳴らさず指先を落とす。『在る』。
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