灰と麦と夜明けのパン

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第9話

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「お兄ちゃん、そろそろ……売ってみない?」

ティナが、手にした焦げた焼き網をぽんぽんと叩きながら言った。

「また路地に出るのはリスクがある。でも……子供たちなら?」

ふと顔を上げると、工房の一角で粉まみれになって転がっていた子どもたちの目が、一斉にこちらを向いた。

「売るの?」

「パン?」

「俺たちが?」

レノが手すりに寄りかかって笑った。

「見た目はガリガリでも、街の道なら熟知してる。こいつら、ただの子供じゃねぇぞ。」

「だったら、安全なルートを使って、売り歩いてもらう。パン代の一部は彼らに渡す。仕事として。」

俺の提案に、子供たちは目を丸くした。

「……ほんとに? パンのお使いして、お駄賃もらえるの?」

「うまくやれば、食べ物以外も買えるかもしれない。布とか、靴とか。」

しん、と空気が止まり、やがて……歓声があがった。

「やる!!」
「やるやる!!」
「ぼく、パン持って走るの得意!!」

パンを運ぶ用の布袋を、ティナが急ごしらえした。
手持ちの麻布を縫い合わせ、小さな印を縫い込む。

「これは“夜風の印”。これがある子は、うちの子って意味」

「かっけぇ……!」

印は三日月と風の線。
工房の名もないパンを届ける目印になった。

最初は五人。パンは十個。
配るルートも、止まる家も決めて、逃げ道も確保した。

そして翌日。

「売れた!」

「ほんとに!売れた!」

「ご婦人に“可愛い坊やね”って言われて……パン二つ買ってくれた!!」

帰ってきた彼らの手には、小さな銅貨。
そして、それよりもずっと輝いていたのは、その目だった。

「これで……あったかい靴、買える!」

「パンってすごいな。魔法よりすごいよ」

それから、工房には小さな帳簿が置かれるようになった。出荷数と収入、子供たちへの分配。

「働いたら、食べられて、寝られて……ちょっと銅貨ももらえる。これが仕事ってやつ?」

「そうさ。お前らはもう、ただの“かわいそうな子供”じゃない。」

レノが言った言葉に、誰も反論はしなかった。

パンの匂いとともに、小さな誇りが、街へ、広がっていった。
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