灰と麦と夜明けのパン

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第24話

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「……布、いるよね。」

ティナが言ったのは、工房の“包み作業”中だった。

新しい拠点では生産量も増え、焼き上がったパンを包んで運ぶ作業も大がかりになっていた。

でも、清潔な布や頑丈な入れ物は、子供たちにとって手の届かないものだった。

「巾着はすぐ破れるし、箱は重いし……。」

「うちには、粉と火と手があるけど、布と木がねぇ。」

「なら、持ってる奴と組もう。」

俺が言うと、レノが笑った。

「でた、“影の交渉人”。」

さっそく、ティナが以前窯作りで関わった婆さん――縫い子のヴェナに会いに行った。

「……あんたらのパン、子供が背負ってるの見たよ。あれじゃあ、道端のごみで包んでるようなもんさ。」

ヴェナは鼻を鳴らして言った。

「だから作ってあげて。布が清潔で、形が揃ってたら、持つ方も渡す方も気持ちいいよ。」

「対価は?」

「パン。うまいやつ。焦げてないやつ。」

その取引は、すぐに軌道に乗った。

ヴェナの縫った布袋は丁寧で丈夫、そしてどこか可愛らしかった。

次に声をかけたのは、壊れた桶や箱を直して暮らす木工職人のガロ。

「重い入れ物はいらねぇ。でも軽くて丈夫なかご……あるか?」

「……ある。あとで見にこい。パン三つだ。できればあの、甘いやつ。」

それから、道具の修理や、水を汲む袋、焼いたパンを冷ます網など、少しずつ“必要なもの”がスラムの人たちから届くようになった。

報酬は、パン。

夜風のパンは、今や街の金では買えない“交換の火”だった。

そして、それは子供たちにも新しい学びになっていた。

「この布、あのおばちゃんが縫ったやつ。」

「こっちの木箱、昨日ガロさんが持ってきた。」

「……すごいね。なんか、“ひとりでやってるんじゃない”って感じがする。」

工房の棚には、三日月の印がついた布袋が並び始めていた。

パンを作る者、包む者、渡す者、運ぶ者。

そのすべてが火の輪の中でつながっていた。

「……ここって、街の外れの、ただの森の中だったよね?」

「でも今は……あったかいな。焼けた匂いも、人の気配も。」

パンが繋いだ小さな共同体。

それは名を持たず、記録も残さず、ただ火と香りだけを糧に広がっていた。
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