灰と麦と夜明けのパン

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第23話

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「……限界だな。」

その日、パン窯の隙間から火が漏れた。

薪の配置が崩れ、レンガの間から熱が逃げていた。

俺たちは慣れた手つきで消火に回ったが、ティナがぽつりとつぶやいた。

「もう……ここ、焼け跡だったもんね。」

焼け落ちた家の影に隠してきた工房は、元々が廃墟だった。

子どもたちを迎え、分火を広げていく中で、とうとうその“壊れた場所”が、手狭で危険になった。

「そろそろ、ちゃんとした拠点を持たないと。」

レノの声には、疲労と決意が混じっていた。

その夜、俺たちは相談した。

「……森の奥に、小屋がある。誰も使ってない古い狩猟小屋。壁は崩れてるけど、土台はしっかりしてる。」

「修繕には……手がいる。建て直すなら、石運びに木工、釘打ちに防水も必要。」

「金は……ない。」

「じゃあ、“交換”しよう。」

ティナの声に、俺たちは目を向けた。

「パンと、労働の交換。スラムの人たちに頼もう。名前は出さなくていい。支払いは“夜風のパン”――それだけで十分、って人はいるよ。」

さっそく、何人かの顔が思い浮かんだ。

日雇いからあぶれた男たち。

けがをして働けなくなった職人。

盗みをやめた元スリ。

「俺、あの兄ちゃんに声かけてみる。昔、窯作ってたって言ってたし。」

「私は、あの木細工の婆ちゃんのとこ行ってみる。」

静かな“交渉”が始まった。

金貨も紙契約もなく、ただ「パンを食べたい」「居場所を作りたい」という願いだけを持ち寄って。

森の中、朽ちかけた小屋の周囲に、少しずつ人の気配が増えていった。

木が切られ、石が運ばれ、釘の音が響く。

ある者は昼だけ働き、ある者は夜の焚き火で語りながら壁を塗った。

報酬は、毎日のパン。

焼きたての香りが小屋に流れ込むたびに、顔をほころばせる者がいた。

「こんなうめぇもん、昔は盗むしかなかった。」

「今は、自分で汗かいて、もらえる。……悪くねぇな。」

一ヶ月後、小屋は“工房”へと姿を変えていた。

広めの作業場に新しい窯。

材料を保管する棚。

そして、壁には薪で描いた三日月の印。

誰も名を呼ばなかったが、皆わかっていた。

ここが“夜風の本拠地”だと。

「やっと、火を移せるな。」

レノの声に、ティナが笑った。

「今度は……消えないよね。」

「うん。火も、居場所も、やっと手に入れた。」

パンは今日も焼ける。

けれどそれは、もう“どこにも属さない仮設の工房”ではなかった。

ここに根を張る“夜風の家”だった。
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