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第2話:縁起物、もてすぎ注意
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朝。
私の寝床(木箱+藁)は、いつもより明るかった。
というか、箱の外がやたら騒がしい。
「見せて見せて!」
「白いの? 本当に白いの?」
「触ってもいい?」
……人の声、多くない?
私は耳をぴん、と立てたまま、藁の奥に顔を埋めた。
外の世界、こわい。いや、こわくはない。
ただ――わらわらと見られるのは、照れる。
「だめだめ! ぴょんは朝ごはん中!」
リオの声がして、少しだけ安心する。
この子は、ちゃんと“家族”として守ってくれる。
「ほら、遠慮しなくていいのよ。ちょっとだけよ、ちょっとだけ」
「そうよそうよ。うちの子が、昨日から“白い兎がいる”って大騒ぎで」
ミラの声もする。笑ってる。
笑ってるんだけど、笑いの中に“戦う母”の気配が混ざっている。
この家の防壁は、母の圧。
私は藁から顔を出して、そーっと様子を見た。
玄関のあたりに、近所の子どもが三人。
それから、布を被ったおばさんが二人。
最後に――杖をついたおばあさんが一人。
おばあさんは、私を見た瞬間に目を細めた。
「……ほほう。ほんに真っ白だ。赤い目も、ちゃんと赤い」
“ちゃんと”って何。規格でもあるの。
「縁起がいいねぇ。こりゃ村に福が来る」
「でしょ? ねぇミラさん、ちょっとだけ抱かせて」
「だめ。落としたらどうするの」
ミラは即答だった。強い。
でも、おばあさんは諦めない。
杖でとん、と床を叩いて言った。
「抱くんじゃないよ。見に来ただけさ。……それにね」
おばあさんの視線が、私の足元――いや、寝床に向いた。
「この子、ただの兎じゃない。自分で“ここにいる”って顔をしてる」
……う。
ば、ばれてる?
中身が大人とか、そういうの、ばれてる?
私は反射で、
「きゅ」
と小さく鳴いた。
意味は“えへへ”のつもりだ。誤魔化せ、私。
おばあさんは笑って、
「やっぱりね」
と、意味深に頷いた。やめて。怖い。
いや怖くない。けど、読まないで。心を。
その後、子どもたちが「触りたい!」と前に出た。
私は一歩下がる。
手が伸びる。
私はさらに下がる。
……私、逃げるのは得意だ。
足が短いけど、狭いところなら最強。
「ほら、驚かせないの。ぴょんは小さいんだから」
リオが子どもたちの肩を押して下げた。
えらい。未来の冒険者……いや、未来の“いいお兄ちゃん”だ。
「ぴょん、こっちおいで」
リオが手を差し出す。
私はそこに鼻先を寄せて、ほっと息をついた。
その瞬間。
「……あっ」
子どもの一人が言った。
「ぴょん、リオ兄のこと好きなんだね」
好き――って言われると、急に恥ずかしくなる。
私は耳をぺたんと倒して、
「きゅう……」
と、ちょっと低めに鳴いた。
“そ、そういうの言わないで”の気持ち。
みんなが笑った。
よかった。笑いなら、いい。
ただ――。
笑いながら、人が増えていくのは困る。
昼前には、玄関先がちょっとした“見物”になった。
にんじんの切れ端。干し草。布切れ。
「お守りに毛を一本だけ」なんて言い出す人までいる。
毛は、だめ。
私は私の毛を、そんな軽い気持ちで渡したくない。
……いや、毛一本は軽いか。
でも気持ちは重い。
ミラが腕を組んで宣言した。
「ぴょんは“家の子”だからね。勝手に持っていかないで」
言い方が、完全に守護者。
頼もしすぎる。
騒ぎがようやく引いたのは、昼過ぎだった。
人がいなくなると、家が急に広く感じる。
私は木箱の縁にあごを乗せて、ほう、と息を吐いた。
……疲れた。
私、戦ってないのに疲れた。
たぶん“見られる”って、体力を使う。
リオが畑から戻ってきて、私を覗き込んだ。
「ぴょん、大丈夫? 今日は騒がしかったな」
私は頷く代わりに、鼻先をこすりつけた。
「きゅ」
リオは笑って、私の頭を撫でた。
「……でもさ。みんなが喜んでるの、悪くないよな」
悪くない。
悪くないんだけど。
私は心の中で、もぞもぞする気持ちを転がした。
“縁起物”って、つまり私は“物”扱いに近い。
それは、ちょっとだけ、いやだ。
私は、役に立ちたい。
“可愛いから”じゃなくて、“いてくれてよかった”って言われたい。
その日の夕方。
私は畑の端の、例の苗のところへ行った。
練習しよう。
見られても、見物されても、私は私のやることを増やす。
土を見つめて、魔力を押し出す。
じわ……じわ……。
時間がかかる。
でも、昨日より少しだけ早い気がする。
土が、しっとり。
苗の葉が、ふわり。
「……よし」
声にできないから、心の中で小さく拍手した。
そのとき。
畑の向こうから、ミラの声が飛んできた。
「リオ! 納屋のほう見てきて! まただよ!」
また?
リオが「えっ、また!?」と返し、鎌を置いて走っていく。
私は反射で後を追った。ぴょん、ぴょん。
納屋の前。
ミラが腕を腰に当てて、眉をつり上げている。
「ほら、そこ。穀袋!」
穀袋――。
私は鼻をひくひくさせた。
ぷん、と独特の匂い。
……ねずみ。
袋の端が、かじられている。
小さな黒い粒が落ちている。
米……いや、麦かな。
リオが歯ぎしりした。
「またねずみか……。この前ふさいだのに」
ミラはため息をついた。
「猫がいたらいいんだけどねぇ。うちは畑が先で、猫を養う余裕が……」
猫。
猫がいない。
ねずみが出る。
私は納屋の床を見た。
隙間。暗い穴。
そこから、ちょろりと尻尾が引っ込むのが見えた。
……私、追いかけられない。
体が小さすぎて、穴の奥に入ったら逆に戻れなくなる。
噛まれたら痛い。
でも、このままだと家の食べ物が減る。
冬の備えが減る。
それは、困る。
リオが言った。
「罠、仕掛けるしかないか」
罠は、かわいそうな気がする。
でも、生きるためには仕方ない。
ただ――できれば“出ていってもらう”方法がいい。
私はふと、昨日の埃が浮いたのを思い出した。
それから、葉っぱがしっとりしたこと。
魔法は、小さいけど“動かせる”。
……匂いは、動かせるだろうか。
私は納屋の隅へぴょんぴょん跳ねた。
そこに、干し草の束がある。
その中に、乾いたハーブが混ざっている。ミラが薬草に使うやつだ。
鼻を近づけると、すーっと強い香り。
ミントに近い。
ねずみは、こういう匂いが苦手――だった気がする。
前世知識、頼む。
私は干し草のそばに座り込んで、魔力を押し出した。
狙いは“香りを広げる”。
じわ……じわ……。
魔力の火種が、ふわっと伸びる。
匂いって、見えないから難しい。
でも、“風を少しだけ動かす”イメージで。
ふわり。
干し草の香りが、納屋の床を滑るように広がった。
強くはない。
でも、じんわり、じんわりと。
「……ん?」
ミラが鼻をひくひくさせた。
「なんか、いい匂いしない?」
リオも顔をしかめた。
「草の匂い、強くなった?」
私は知らんぷりして、
「きゅ」
と鳴いた。
意味は“そうだね”だ。便利な鳴き声。
そのとき。
納屋の隙間から、小さな影が出てきた。
ねずみが、鼻をひくつかせ、嫌そうに後ずさる。
「出てきた!」
リオが叫んだ。
ねずみは慌てて別の方向へ走る。
ミラが咄嗟に箒を構えて、追い払うように床を叩いた。
「こっちじゃないよ! 外! 外に行きな!」
ミラ、優しい追い払い方をする。
叩くのは床だけ。ねずみは狙わない。
ねずみはバタバタしながら、納屋の戸の隙間から外へ飛び出した。
リオが戸を開けて、追い立てる。
「もう来るなよー!」
……成功。
たぶん、今の匂いが“嫌な場所”として覚えさせた。
これを何回か繰り返せば、定着するかもしれない。
リオが息を切らして戻ってきた。
「なんだ今の。偶然?」
ミラも首をかしげる。
「草の匂い、急に強くなったよね」
私は心臓がどきどきした。
ばれる? 魔法ってばれる?
でも二人は、私を見て、同時に笑った。
「……ぴょんが見てたから、ねずみも逃げたのかも」
「縁起物、仕事してるじゃない」
“仕事”。
その言葉が、胸の奥でころん、と転がった。
軽い冗談みたいに言われたのに――私は、嬉しかった。
私は思わず、
「きゅう!」
と鳴いた。
声が弾む。
リオが笑う。ミラも笑う。
その夜。
私はまた、こっそり練習した。
今度は“香り”を、もう少し上手に運ぶ練習。
強すぎると、人がくしゃみする。
弱すぎると、ねずみに効かない。
ちょうどいい。
ちょうどいい、やさしい魔法。
そうやって私は、少しずつ“できること”を増やしていった。
……増やしていった、はずだった。
次の日。
村の広場のほうから、鐘が鳴った。
カン、カン、カン、と短く急かす音。
ミラが顔を上げた。
「……あの鳴らし方、嫌だね」
リオが青くなる。
「村の集まりだ。急ぎのやつだ」
私も、耳がぴんと立つ。
嫌な予感というより、“何かが起きる前の空気”がする。
リオが私を抱き上げた。
「ぴょん、留守番――いや、一緒に来る?」
私は一瞬迷って、リオの胸に頭を預けた。
行く。
私は無力だけど、無関係じゃない。
この小さな世界の一員になりたい。
リオが走り出す。
私は揺れながら、広場のほうを見た。
人が集まっている。
大人たちの声が重なって、ざわざわしている。
そして、誰かが言った。
「川の上流で、また……土が崩れたって!」
川。
畑の水。
村の命。
私の胸の火種が、ちくりと熱くなった。
――私に、何ができる?
そう考えたとき、私は気づいた。
私の魔法は、小さい。
でも、“水”をちょっとだけ集められる。
“土”を少しだけしっとりさせられる。
だったら。
崩れた土で止まった水を、少しでも通せる隙間を作れないだろうか。
戦えなくても。
大きな力がなくても。
ぴょん、ぴょんと跳ねる小さな体で――
私は、役に立てるかもしれない。
リオの胸の中で、私はそっと前足を握りしめた。
次は、畑じゃない。
村の水路だ。
私の寝床(木箱+藁)は、いつもより明るかった。
というか、箱の外がやたら騒がしい。
「見せて見せて!」
「白いの? 本当に白いの?」
「触ってもいい?」
……人の声、多くない?
私は耳をぴん、と立てたまま、藁の奥に顔を埋めた。
外の世界、こわい。いや、こわくはない。
ただ――わらわらと見られるのは、照れる。
「だめだめ! ぴょんは朝ごはん中!」
リオの声がして、少しだけ安心する。
この子は、ちゃんと“家族”として守ってくれる。
「ほら、遠慮しなくていいのよ。ちょっとだけよ、ちょっとだけ」
「そうよそうよ。うちの子が、昨日から“白い兎がいる”って大騒ぎで」
ミラの声もする。笑ってる。
笑ってるんだけど、笑いの中に“戦う母”の気配が混ざっている。
この家の防壁は、母の圧。
私は藁から顔を出して、そーっと様子を見た。
玄関のあたりに、近所の子どもが三人。
それから、布を被ったおばさんが二人。
最後に――杖をついたおばあさんが一人。
おばあさんは、私を見た瞬間に目を細めた。
「……ほほう。ほんに真っ白だ。赤い目も、ちゃんと赤い」
“ちゃんと”って何。規格でもあるの。
「縁起がいいねぇ。こりゃ村に福が来る」
「でしょ? ねぇミラさん、ちょっとだけ抱かせて」
「だめ。落としたらどうするの」
ミラは即答だった。強い。
でも、おばあさんは諦めない。
杖でとん、と床を叩いて言った。
「抱くんじゃないよ。見に来ただけさ。……それにね」
おばあさんの視線が、私の足元――いや、寝床に向いた。
「この子、ただの兎じゃない。自分で“ここにいる”って顔をしてる」
……う。
ば、ばれてる?
中身が大人とか、そういうの、ばれてる?
私は反射で、
「きゅ」
と小さく鳴いた。
意味は“えへへ”のつもりだ。誤魔化せ、私。
おばあさんは笑って、
「やっぱりね」
と、意味深に頷いた。やめて。怖い。
いや怖くない。けど、読まないで。心を。
その後、子どもたちが「触りたい!」と前に出た。
私は一歩下がる。
手が伸びる。
私はさらに下がる。
……私、逃げるのは得意だ。
足が短いけど、狭いところなら最強。
「ほら、驚かせないの。ぴょんは小さいんだから」
リオが子どもたちの肩を押して下げた。
えらい。未来の冒険者……いや、未来の“いいお兄ちゃん”だ。
「ぴょん、こっちおいで」
リオが手を差し出す。
私はそこに鼻先を寄せて、ほっと息をついた。
その瞬間。
「……あっ」
子どもの一人が言った。
「ぴょん、リオ兄のこと好きなんだね」
好き――って言われると、急に恥ずかしくなる。
私は耳をぺたんと倒して、
「きゅう……」
と、ちょっと低めに鳴いた。
“そ、そういうの言わないで”の気持ち。
みんなが笑った。
よかった。笑いなら、いい。
ただ――。
笑いながら、人が増えていくのは困る。
昼前には、玄関先がちょっとした“見物”になった。
にんじんの切れ端。干し草。布切れ。
「お守りに毛を一本だけ」なんて言い出す人までいる。
毛は、だめ。
私は私の毛を、そんな軽い気持ちで渡したくない。
……いや、毛一本は軽いか。
でも気持ちは重い。
ミラが腕を組んで宣言した。
「ぴょんは“家の子”だからね。勝手に持っていかないで」
言い方が、完全に守護者。
頼もしすぎる。
騒ぎがようやく引いたのは、昼過ぎだった。
人がいなくなると、家が急に広く感じる。
私は木箱の縁にあごを乗せて、ほう、と息を吐いた。
……疲れた。
私、戦ってないのに疲れた。
たぶん“見られる”って、体力を使う。
リオが畑から戻ってきて、私を覗き込んだ。
「ぴょん、大丈夫? 今日は騒がしかったな」
私は頷く代わりに、鼻先をこすりつけた。
「きゅ」
リオは笑って、私の頭を撫でた。
「……でもさ。みんなが喜んでるの、悪くないよな」
悪くない。
悪くないんだけど。
私は心の中で、もぞもぞする気持ちを転がした。
“縁起物”って、つまり私は“物”扱いに近い。
それは、ちょっとだけ、いやだ。
私は、役に立ちたい。
“可愛いから”じゃなくて、“いてくれてよかった”って言われたい。
その日の夕方。
私は畑の端の、例の苗のところへ行った。
練習しよう。
見られても、見物されても、私は私のやることを増やす。
土を見つめて、魔力を押し出す。
じわ……じわ……。
時間がかかる。
でも、昨日より少しだけ早い気がする。
土が、しっとり。
苗の葉が、ふわり。
「……よし」
声にできないから、心の中で小さく拍手した。
そのとき。
畑の向こうから、ミラの声が飛んできた。
「リオ! 納屋のほう見てきて! まただよ!」
また?
リオが「えっ、また!?」と返し、鎌を置いて走っていく。
私は反射で後を追った。ぴょん、ぴょん。
納屋の前。
ミラが腕を腰に当てて、眉をつり上げている。
「ほら、そこ。穀袋!」
穀袋――。
私は鼻をひくひくさせた。
ぷん、と独特の匂い。
……ねずみ。
袋の端が、かじられている。
小さな黒い粒が落ちている。
米……いや、麦かな。
リオが歯ぎしりした。
「またねずみか……。この前ふさいだのに」
ミラはため息をついた。
「猫がいたらいいんだけどねぇ。うちは畑が先で、猫を養う余裕が……」
猫。
猫がいない。
ねずみが出る。
私は納屋の床を見た。
隙間。暗い穴。
そこから、ちょろりと尻尾が引っ込むのが見えた。
……私、追いかけられない。
体が小さすぎて、穴の奥に入ったら逆に戻れなくなる。
噛まれたら痛い。
でも、このままだと家の食べ物が減る。
冬の備えが減る。
それは、困る。
リオが言った。
「罠、仕掛けるしかないか」
罠は、かわいそうな気がする。
でも、生きるためには仕方ない。
ただ――できれば“出ていってもらう”方法がいい。
私はふと、昨日の埃が浮いたのを思い出した。
それから、葉っぱがしっとりしたこと。
魔法は、小さいけど“動かせる”。
……匂いは、動かせるだろうか。
私は納屋の隅へぴょんぴょん跳ねた。
そこに、干し草の束がある。
その中に、乾いたハーブが混ざっている。ミラが薬草に使うやつだ。
鼻を近づけると、すーっと強い香り。
ミントに近い。
ねずみは、こういう匂いが苦手――だった気がする。
前世知識、頼む。
私は干し草のそばに座り込んで、魔力を押し出した。
狙いは“香りを広げる”。
じわ……じわ……。
魔力の火種が、ふわっと伸びる。
匂いって、見えないから難しい。
でも、“風を少しだけ動かす”イメージで。
ふわり。
干し草の香りが、納屋の床を滑るように広がった。
強くはない。
でも、じんわり、じんわりと。
「……ん?」
ミラが鼻をひくひくさせた。
「なんか、いい匂いしない?」
リオも顔をしかめた。
「草の匂い、強くなった?」
私は知らんぷりして、
「きゅ」
と鳴いた。
意味は“そうだね”だ。便利な鳴き声。
そのとき。
納屋の隙間から、小さな影が出てきた。
ねずみが、鼻をひくつかせ、嫌そうに後ずさる。
「出てきた!」
リオが叫んだ。
ねずみは慌てて別の方向へ走る。
ミラが咄嗟に箒を構えて、追い払うように床を叩いた。
「こっちじゃないよ! 外! 外に行きな!」
ミラ、優しい追い払い方をする。
叩くのは床だけ。ねずみは狙わない。
ねずみはバタバタしながら、納屋の戸の隙間から外へ飛び出した。
リオが戸を開けて、追い立てる。
「もう来るなよー!」
……成功。
たぶん、今の匂いが“嫌な場所”として覚えさせた。
これを何回か繰り返せば、定着するかもしれない。
リオが息を切らして戻ってきた。
「なんだ今の。偶然?」
ミラも首をかしげる。
「草の匂い、急に強くなったよね」
私は心臓がどきどきした。
ばれる? 魔法ってばれる?
でも二人は、私を見て、同時に笑った。
「……ぴょんが見てたから、ねずみも逃げたのかも」
「縁起物、仕事してるじゃない」
“仕事”。
その言葉が、胸の奥でころん、と転がった。
軽い冗談みたいに言われたのに――私は、嬉しかった。
私は思わず、
「きゅう!」
と鳴いた。
声が弾む。
リオが笑う。ミラも笑う。
その夜。
私はまた、こっそり練習した。
今度は“香り”を、もう少し上手に運ぶ練習。
強すぎると、人がくしゃみする。
弱すぎると、ねずみに効かない。
ちょうどいい。
ちょうどいい、やさしい魔法。
そうやって私は、少しずつ“できること”を増やしていった。
……増やしていった、はずだった。
次の日。
村の広場のほうから、鐘が鳴った。
カン、カン、カン、と短く急かす音。
ミラが顔を上げた。
「……あの鳴らし方、嫌だね」
リオが青くなる。
「村の集まりだ。急ぎのやつだ」
私も、耳がぴんと立つ。
嫌な予感というより、“何かが起きる前の空気”がする。
リオが私を抱き上げた。
「ぴょん、留守番――いや、一緒に来る?」
私は一瞬迷って、リオの胸に頭を預けた。
行く。
私は無力だけど、無関係じゃない。
この小さな世界の一員になりたい。
リオが走り出す。
私は揺れながら、広場のほうを見た。
人が集まっている。
大人たちの声が重なって、ざわざわしている。
そして、誰かが言った。
「川の上流で、また……土が崩れたって!」
川。
畑の水。
村の命。
私の胸の火種が、ちくりと熱くなった。
――私に、何ができる?
そう考えたとき、私は気づいた。
私の魔法は、小さい。
でも、“水”をちょっとだけ集められる。
“土”を少しだけしっとりさせられる。
だったら。
崩れた土で止まった水を、少しでも通せる隙間を作れないだろうか。
戦えなくても。
大きな力がなくても。
ぴょん、ぴょんと跳ねる小さな体で――
私は、役に立てるかもしれない。
リオの胸の中で、私はそっと前足を握りしめた。
次は、畑じゃない。
村の水路だ。
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