不老の子兎ぴょんぴょん跳ねる ~異世界転生子兎縛り~

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第3話:一滴ぶんの通り道

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鐘の音に呼ばれて集まった村の広場は、いつもの朝よりもずっと重たい空気だった。
鍬を持ったままの人、手ぬぐいを首にかけたままの人、パンをくわえた子どもまでいる。
みんな急いで来た顔をしている。

リオは私を胸に抱いたまま、人の隙間を縫って前へ進んだ。
私は揺れに合わせて耳をぺたんと伏せる。
こんなとき、子兎って“手荷物”みたいだな、とちょっと思う。
いや、手荷物は大事にされるから、いいのか。

「静かにー!」

村長のおじさんが手を上げた。
背が高くて、声が太い。
畑の土みたいに、どっしりした人だ。

「上流の土手がまた崩れた。川の流れが細くなって、下の水路に水が届きにくくなってる。今朝、見回りが見つけた」

ざわ、っとどよめきが広がる。

「またって……この前もだったじゃない」
「田んぼの水、足りなくなるよ!」
「畑が枯れたら冬が――」

ミラが小さく舌打ちして、リオの肩に手を置いた。

「落ち着きな。水が“止まった”わけじゃない。細くなっただけなら、まだ手はある」

ミラの声は強いのに、怖くない。
みんなの背中を支えるみたいに響く。

村長が頷いた。

「そうだ。いまから人を出す。土をどけて、流れを戻す。危ない場所だから、子どもは――」

「俺、行く!」

リオが手を上げた。
声が真っ直ぐで、広場の空気が一瞬だけ明るくなる。

「手伝える! 薪運びでも、土運びでも!」

村長は眉を上げ、リオの顔を見た。
それから私を見た。

「……その白いのも一緒か」

私は反射で、

「きゅ」

と鳴いてしまった。
意味は「えへへ」……じゃない。
今は「はい」です、はい。

周りのおばさんが小声で言う。

「縁起物がいるなら、きっと大丈夫よ」
「白い子が見てたら、川も機嫌を直すかもねぇ」

川が機嫌を直すって何。
水って感情あるの。
あるかもしれないけど、私は水の顔色なんて読めない。

でも――私は、ただ“見てるだけ”は嫌だった。

役に立ちたい。

畑の土をしっとりさせたみたいに、ほんの少しでいい。ほんの一滴ぶんでいい。
水の通り道を、作れたら。

「よし。行くぞ」

村長の号令で、大人たちが道具を持って動き出す。
鍬、スコップ、縄、木の棒。
リオも走り出した。
私は胸の中で、こっそり前足を握りしめた。

ぴょん、ぴょん。
私のやれることは小さい。
でも小さいことの積み重ねは、案外、侮れないのを私は知っている。

―――

上流へ向かう道は、普段は穏やかな散歩道だった。川の音がして、木陰が涼しくて、鳥が歌う。

だけど今日は、川の音が違った。

いつもなら「さらさら」なのに、今日は「とろとろ」。
流れが遅くて、どこか詰まっているのが耳にもわかった。

土手の崩れた場所に着くと、みんなが言葉を失った。

土が、ずるりと川へ落ちている。
土だけじゃない。
根ごと倒れた木が横たわっていて、まるで川に大きな“栓”が刺さっているみたいだった。

川はその手前で膨らんで、小さな池みたいになっている。
水はまだある。
でも行き先を失って、たゆたっている。

「うわ……こりゃ大仕事だ」

誰かが呻いた。

村長が周囲を見回し、指示を出す。

「まずは安全なところから土を掘り崩せ。木は縄をかけて引く。足場の悪いところに近づくな。落ちたら――」

「落ちないように、だね」

ミラが先に言って、村長が苦笑した。

「そうだ。落ちないように、だ」

リオは目をぎゅっと細めて、崩れた土手を見上げた。
胸の中の私まで、息を詰めたくなる。

……どうする。
ここで私ができることは、何だ。

土を掘れない。木を引けない。
でも水は動く。水は、道があれば進む。

道。

“道”を作ればいい。

大人たちが鍬を入れ始めた。
土は湿っていて重い。
木の根が絡んで、簡単には崩れない。
鍬の先が跳ね返り、ため息が増える。

そのとき、私は気づいた。

川の端――土手の根元に、小さな隙間がある。
木の幹と土の間。
ほんの指一本分の、暗い穴。

そこから、水が“ぽた、ぽた”と落ちていた。

一滴。
一滴ずつ、下流へ行こうとしている。

私はその隙間を見つめた。

……そこを、少しだけ広げれば。
「ぽたぽた」が「ちょろちょろ」になる。
「ちょろちょろ」が「さらさら」に近づく。

私の魔法は、小さな動きしかできない。
でも、“少しだけ湿らせる”のは得意だ。

乾いた土は固い。
湿った土は、形が変わる。

私はリオの胸を前足でとん、と叩いた。

「きゅ!」

リオが私を見て首をかしげる。

「どうした、ぴょん?」

私は目で、隙間の方を示すつもりで耳を向けた。
もちろん耳は指じゃない。示せない。
だから、もどかしくてもう一回鳴く。

「きゅ、きゅ!」

リオはしばらく私と隙間を見比べて――ぱっと顔を上げた。

「……あそこ、少し水が落ちてる!」

おお、伝わった。たぶん。偶然だけど。

「村長! あそこ、隙間があります!」

リオが叫ぶと、村長が近寄ってきた。
村長はしゃがんで隙間を覗き込み、唸った。

「ほんとだ。だがここを掘ると、崩れの追加が――」

「掘らないなら、どうする?」

ミラが言う。

村長は眉を寄せた。

「……木を引くのを待つしか――」

待つ間に水は届かない。
畑の苗が、乾く。
リオが落ち込む。
ミラが眉間にしわを増やす。
村長の声がさらに太くなる。

それは嫌だ。

私は、そっと地面に下ろされた。
リオが「ここ、危ないからな」と小声で言う。
私はこくりと頷く代わりに、鼻先をリオの指に当てた。

大丈夫。私は小さい。
危ないところへ行けない分、できることをする。

私は隙間の近くまで、ぴょん、ぴょんと跳ねた。
大人の足がどんどん動く。その振動で土が微かに揺れる。
怖い。でも、目を逸らさない。

隙間の前に座り、私は土の感触を“感じる”ことに集中した。

魔力の火種を、胸の奥からゆっくり押し出す。

じわ……じわ……。

“水を集める”じゃない。
“土をやわらかくする”でもない。
今日は――“土の中に道を思い出させる”感じ。

水は、通った場所を覚える。
一滴が通ると、次も通りやすくなる。
私はその「次」を、ほんの少し手伝う。

じわ……じわ……。

隙間の端の土が、ほんのわずか、色を変えた。
乾いた茶色が、しっとりした茶色になる。

そこへ、ぽた。
水滴が落ちた。

ぽた、ぽた。

落ちた水滴が、しっとりした土を少しずつ削っていく。
ほんの砂粒が流れていく。
隙間が、ほんの紙一枚ぶん、広がる。

「……!」

私は息を呑んだ。
できる。これなら。
私の魔法は派手じゃない。でも、続けられる。

時間はかかる。
私は不老。時間は味方。
だけど今日は急ぐ。急ぎたい。
だから、焦らない範囲で、少しだけ強く念じた。

じわ……じわ……。

隙間の内側に、細い“湿りの道”が伸びる。
水滴が、そこを選んで落ち始める。

ぽた、ぽたが――ちょろ。

ちょろ、ちょろ。

「水が……!」

誰かが声を上げた。
リオが目を丸くして、隙間を見つめている。

村長もしゃがんで、口の端を上げた。

「……いいぞ。流れができた」

ミラが私を見て、目を細めた。
その目は、疑っているというより――“確かめている”目だった。

私は慌てて、知らんぷりの顔を作って、

「きゅ」

と鳴いた。
意味は「偶然だよ」です。
はい、偶然。
偶然って便利。

でも、偶然じゃない。

私はまた魔力を流した。
ちょろちょろを、もう少し。

ちょろちょろが、さらさらに近づくまで。

大人たちの鍬の音に混じって、川の音が少しずつ戻っていく。

「ほら、下の水路に流れが来たぞ!」

見張りに行っていた人が走って戻ってきた。

「まだ細いけど、止まってない! ちゃんと来てる!」

広場みたいに、ここでも空気が変わった。
重たかったものが、ふっと軽くなる。

村長は大きく頷いた。

「よし。流れがあるうちに、木を引く準備をする。水が戻れば畑も助かる。――助かった」

最後の言葉は、小さかった。
でも、私の耳にはちゃんと届いた。

助かった。

その言葉が胸に落ちて、火種がぽっと明るくなる。

リオがしゃがんで、私をそっと抱き上げた。

「ぴょん……お前、もしかして」

私は顔を背けて、

「きゅう」

と鳴いた。
意味は「秘密だよ」です。
秘密にして。
お願い。

リオは笑った。
それから、私の頭を指先で撫でて、ちょっとだけ声を落とした。

「いてくれてよかった」

……それだ。
それが欲しかった。

ありがとう、よりも、もっと深い言葉。
“ここにいていい”って、許されるみたいな言葉。

私は胸の奥がいっぱいになって、言葉の代わりに鼻先をリオの手にこすりつけた。

―――

作業はそのあとも続いた。
縄をかけて、みんなで木を引く。
土を崩しすぎないように、慎重に掘る。
私は危ない場所から少し離れて、隙間の流れが細くならないように、ちょこちょこ魔力を流した。

じわ……じわ……。

一滴ぶんの仕事。
それを、何十回。

途中でミラが私に水をくれた。
「がんばった顔してる」と言いながら。
顔だけで判断しないでほしい。
でも、嬉しいから飲む。

夕方、太陽が傾く頃には、木は少し横にずれて、土の栓がだいぶ減った。
川はまた「さらさら」に近い音を取り戻していた。

「今日はここまでだな。夜は危ない」

村長の声で解散になった。
みんなが帰る準備をする中、リオがふと足元を見て言った。

「……ん?」

崩れた土の中に、何かが光った気がしたらしい。
リオがしゃがみこんで、指で土を払う。

そこにあったのは、小さな石。
青白く、淡く光る、つるんとした石。

「これ……何だ?」

ミラも覗き込む。村長も近づく。
誰かが息を飲んだ。

「……魔石、じゃないか?」

魔石。
私はその言葉に、耳がぴんと立った。

魔法がある世界で、魔石って、たぶん――面倒の種か、希望の種か、そのどちらかだ。

村長は石を手のひらに乗せ、光を見つめた。

「土手が崩れるのが続いたのは……これが原因かもしれん」

原因。
もしそうなら、また崩れるかもしれない。
また水が止まるかもしれない。

リオが私を抱き直して、私の赤い目を見た。

「ぴょん。明日も、行けるか?」

私は迷わなかった。

「きゅ!」

行く。
小さくても。
一滴ぶんでも。

だって私はもう、“縁起物”だけじゃなくて――この村の、水の道の、ほんの小さな一部になりたいから。

夕暮れの川は、さらさらと音を立てながら流れていった。
その音の奥で、青い石がまだ、ほのかに光っていた。
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