不老の子兎ぴょんぴょん跳ねる ~異世界転生子兎縛り~

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第6話:水の根っこと、小さな祠

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朝は、思ったより早く来た。

私が木箱の中で丸くなっていると、外がもう慌ただしい。

鍋の音。

戸のきしみ。

靴を履く音。

そして。

「ぴょん、起きてる?」

リオの声。

私は藁から顔を出して、

「きゅ」

と鳴いた。

意味は「起きてる」だ。

本当は「寝不足」でもある。

でも今日は、寝不足でも起きてるしかない。

リオがにこっと笑って、私を両手ですくい上げた。

「よし。今日は、冒険だ」

冒険。

その言葉に、胸の奥がちょっとだけ跳ねた。

怖さは控えめ。

でも、わくわくは大きめ。

ミラが台所から顔を出す。

「冒険って言い方はやめな。道に迷ったら困る」

「迷わないよ。ぴょんがいるし」

やめて。

そんな全面的な信頼、重い。

でも、うれしい。

外へ出ると、家の前にもう人がいた。

村長。

タマ婆。

そして、セインさん。

セインさんは昨日より目がしょぼしょぼしている。

本当に外で待ってたんだ……減点を積み上げるタイプの真面目さ。

「おはようございます……」

声も少し眠そうだ。

ミラが腕を組んで言う。

「おはよう。減点はその顔で少し戻った」

セインさんが小さく息を吐いた。

「ありがとうございます……」

村長が咳払いして、みんなに言った。

「今日、石を“水の根っこ”へ運ぶ。場所は――タマ婆が決める。危険は少ないが、山道だ。足元に気をつけろ」

「危険が少ない、って言うときほど転ぶんだよ」

タマ婆が言う。

村長が苦笑いした。

「……その通りだ」

リオが背中に小さな袋を背負っている。

中身は水と干しパンと、布。

そして――私用の、にんじんの切れ端。

気が利きすぎていて、胸がきゅっとなる。

ミラは籠を持っていた。

薬草と、布と、縄と。

何かあっても落ち着いて対応するための“母の装備”。

そして、村長の手には布包み。

青い石は、まだその中で、ぽう……と小さく光っていた。

私はリオの腕の中から、じっとそれを見つめる。

(……今日は、ちゃんと帰れるかな)

帰れる。

帰りたい。

この家に。

木箱に。

藁の匂いに。

タマ婆が私を見て、にやりとした。

「白い子。今日は案内役だよ」

私は反射で、

「きゅ!」

と鳴いた。

返事が元気すぎて、リオが笑った。

「ほら、やる気だ」

やる気はある。

でも、体力は子兎。

歩ききれるかは別問題。

そのとき、セインさんがそっと手を上げた。

「……ぴょん、僕が運んでもいいですか」

運ぶ。

私はリオを見上げる。

リオは一瞬迷って、でもすぐうなずいた。

「セインさん、変なことしないよな?」

「しません。……減点を増やしたくないので」

そこか。

ミラが口元だけ笑った。

「じゃあ、ぴょんは途中で疲れたらセインに預けな」

私は、少しだけ安心した。

疲れたら、休める。

これ大事。

出発する直前、近所のおばさんが走ってきた。

手には、小さな布袋。

「これ、道中のお守りに! 乾燥ハーブ入れてあるの。虫除け!」

優しい。

ありがたい。

でも――

「ぴょんに持たせるの!? 無理だよ!」

リオが即ツッコミを入れた。

おばさんは「あっ」として、笑った。

「そうだった! 小さいんだった!」

私は胸を張る。

小さいの、私のアイデンティティ。

結局その布袋は、リオの袋に入った。

私が持つより、ずっといい。

こうして、私たちは村を出た。

川沿いの道。

朝の光。

濡れた草。

さらさらと戻った水の音。

その音が、背中を押してくれる。

でも、しばらく歩くと、道は少しずつ細くなっていった。

畑の匂いが薄れ、木の匂いが濃くなる。

鳥の声が近くなる。

私は途中でセインさんの胸元の袋に移された。

布の中は暗いけど、揺れが少ない。

ぬくもりがある。

「ぴょん、苦しくない?」

セインさんが小声で聞いてくる。

私は、

「きゅ」

と鳴いた。

意味は「大丈夫」だ。

セインさんはほっと息を吐いた。

「……昨日は本当にすみません。夜中に。あれは……僕の悪い癖です。水の音が変だと、放っておけなくて」

悪い癖。

わかる。

私も石が光ってたら放っておけなかった。

私は袋の中で、耳をぺたりと倒して、心の中でうなずいた。

(同類だね)

セインさんの足取りは丁寧で、石ころを避けるのが上手い。

水路の見立てをする人って、足元を見て歩くのが得意なのかもしれない。

途中、川の音が少しだけ変わった。

さらさら、が。

さら……、さら……、に。

ほんのわずか。

でも、私の耳にははっきりわかった。

タマ婆も気づいたらしい。

杖を止めて、鼻を鳴らす。

「……ここから先だねぇ」

村長が周りを見回す。

「崩れが続いたのは、この辺りから上か」

セインさんが頷いた。

「音が、ここから“整いすぎる”」

整いすぎる。

変な落ち着き方。

昨日の話が、頭に浮かぶ。

私は袋の中で、胸の火種を確かめた。

小さな魔力。

ゆっくりしか出せない。

でも、出せる。

そして――

(聞いてみよう)

私は、そっと、空気を撫でるみたいに魔力を押し出した。

じわ……。

狙いは派手な魔法じゃない。

“水の行きたい方向”を、少しだけ見えるようにする。

じわ……。

すると、袋の隙間から入ってくる空気が、少しだけ冷たくなる。

川の匂いが、右へ流れていく気がした。

私は反射で耳を右に向けた。

そして、袋の中から、

「きゅ!」

と鳴いた。

セインさんが足を止める。

「……右?」

すごい。伝わった。

いや、たぶん偶然。

でも今は偶然でいい。

タマ婆がにやにやしている。

「ほらね」

ミラが小声で言う。

「……ほんとに案内してる」

リオが目を輝かせた。

「ぴょん、すげえ!」

すごくない。

一滴ぶん。

一滴ぶんだけ。

道は右へ。

川から少し離れ、森の中へ入る。

木漏れ日が揺れる。

土が柔らかい。

足が沈む。

村長が何度も言う。

「転ぶなよ」

言うたびに、誰かが小さく転びかける。

村長の言葉、呪いみたいになってる。

セインさんは一回、本当に転びそうになった。

でも、私の入った袋を抱える腕だけは死守した。

「っ……!」

「大丈夫?」とミラが聞くと、セインさんは息を切らしながら言った。

「ぴょんは……大丈夫です……!」

私の扱いが、壺より丁寧。

少しだけ申し訳ない。

でも、ありがたい。

しばらく進むと、空気が変わった。

湿ってる。

冷たい。

そして、どこか“まっすぐ”な匂い。

水の匂いだ。

川じゃなくて、泉の匂い。

森が少し開け、岩肌が見えた。

その岩の下に、古い小さな祠があった。

木でできた屋根。

苔むした石の台。

その前に、割れた石鉢。

中には、水がほんの少しだけ溜まっている。

「……ここか」

村長が息を呑んだ。

ミラが眉を寄せる。

「こんなところに祠があったなんて」

セインさんが、まるで懐かしいものを見る顔をした。

「……昔、旅の人が水をもらう場所です。今は、みんな川で済ませるから……忘れられてた」

忘れられてた水の根っこ。

根っこって、こういうこと。

タマ婆が杖で地面をとん、と叩いた。

「ここが村の“はじまりの水”さ」

村長が布包みを取り出す。

青い石が、祠の前で少しだけ強く光った。

ぽう。

ぽう。

呼吸が早くなるみたいに。

私は袋の中で、胸がきゅっとなる。

石が嬉しいのか、焦ってるのか、わからない。

でも、ここに来たがってたのは確かだ。

タマ婆が言う。

「急いで置いちゃいけないよ。石は繊細だ。……まず、“聞く”」

聞く。

タマ婆が私を見る。

「白い子。どうだい」

私は袋の中から身を乗り出し、祠の空気を吸った。

冷たい。

優しい。

眠たい匂い。

そして、石から滲む魔力が、ここでは“しっくり”している。

家の中みたいにざわつかない。

むしろ――落ち着く。

私は、

「きゅ……」

と小さく鳴いた。

意味は「ここでいいよ」。

ミラが目を丸くする。

「……わかるの?」

わかる。

というより、感じる。

私の魔法が、ちょっとだけ共鳴してる。

タマ婆が満足そうに頷く。

「よし。じゃあ、置くよ」

村長が布包みをゆっくり解く。

青い石が朝の光を受けて、淡く輝いた。

その瞬間。

祠の石鉢の水面が、ふるり、と揺れた。

風は吹いていない。

誰も触っていない。

なのに、水だけが反応した。

「……おい」

村長の声が低くなる。

石を鉢のそばに置いた瞬間。

ぽた。

石鉢の割れ目から、水が落ちた。

ぽた、ぽた。

落ちる雫が、やがて――

ちょろ。

細い流れになった。

「水が……増えてる」

リオが目を丸くした。

「すげえ……!」

すごいのは石。

私は一滴ぶん。

でも――この一滴が、村へ行く。

石鉢の中の水位が、少しずつ上がる。

割れ目から、ちょろちょろと溢れる。

岩肌を伝って、地面へ。

その水が、地面にしみ込む前に――

セインさんがはっとした。

「……寄せすぎると、ここが崩れます!」

崩れる。

怖さ控えめでも、その言葉は心臓に刺さる。

村長が身構える。

「止められるのか?」

タマ婆が首を振る。

「止めるんじゃない。逃がすんだよ。水には道が必要さ」

道。

私は耳をぴんと立てた。

道なら、私も少しだけ作れる。

私は袋から飛び出した。

ぴょん、と地面へ。

湿った土が前足にくっつく。

「ぴょん!」とリオが叫ぶ。

ミラが「近づくんじゃない!」と言う。

でも私は、祠の脇の土を見た。

石鉢から溢れる水が、ただ地面に吸われている。

このままだと、水が一箇所に集まり、土が負ける。

だったら。

“細い逃げ道”を増やせばいい。

私は土の端――少し低くなっている場所へ跳ねる。

そこへ、水が流れれば自然に下へ行く。

森の斜面を伝って、川へ戻る。

村の水路へも、きっとつながる。

私は胸の火種を押し出した。

じわ……じわ……。

土を掘る力はない。

でも、土を“やわらかくして、動きやすくする”ことはできる。

そして、少しだけ“水を誘導する”ことも。

じわ……。

土がしっとりする。

すると、水がそこを選ぶ。

ちょろ、が、こっちへ。

「……ぴょんが、道を作ってる」

セインさんが息を呑む。

村長が即座に指示を出した。

「そこを少しだけ削る! 鍬じゃなく、手で! ゆっくりだ!」

大人たちが駆け寄り、指で土をそっと崩す。

荒くやらない。

優しく。

水の機嫌を損ねないように。

ミラも袖をまくった。

「リオ、手伝いな!」

「うん!」

リオが土を少しずつ、少しずつ。

私はその横で、じわじわと“しっとり”を足す。

時間がかかる。

でも、今はみんながいる。

私一匹じゃない。

だから、私の一滴ぶんが活きる。

やがて。

石鉢から溢れた水が、作った細い溝へ流れ始めた。

ちょろちょろ。

さらさら。

水は、道を見つけると落ち着く。

寄せすぎず、暴れず。

ただ、流れる。

青い石の光も、ふう……と穏やかになった。

ぽう。

ぽう。

眠たそうな呼吸。

タマ婆がにやりと笑う。

「……よし。石、寝床を思い出したねぇ」

村長が肩を落として息を吐いた。

「助かった……」

ミラが私を抱き上げた。

手が少し泥で汚れている。

でも、その手はいつも通り温かい。

「ぴょん。……よくやったね」

私は胸がいっぱいになって、

「きゅう」

と鳴いた。

ありがとう、って言われたい。

役に立ちたい。

存在する意味がほしい。

今、少しだけ――叶ってる。

リオが私の頭を撫でて、声を落とした。

「ぴょんがいてくれてよかった」

また、その言葉。

胸の奥が、ぽっと明るくなる。

そのとき。

石鉢の水面が、ふるり、と揺れた。

そして、まるで誰かが指でなぞったみたいに、表面に細い線が走る。

線は、丸くなり――

小さな“輪”を作った。

輪が、二つ。

ぴょこん、と。

……耳みたい。

リオが目を丸くした。

「え……うさぎ?」

ミラも口を開ける。

「……ぴょんの形」

タマ婆が笑い声を漏らした。

「礼を言ってるんだよ。水は言葉が下手だからねぇ」

セインさんが、祠の水を見つめたまま呟く。

「……水の音が、優しい」

優しい水。

優しい村。

優しい家族。

私はミラの腕の中で、鼻先をちょん、と空気に突き出した。

(よかったね)

青い石は、もうほとんど光っていない。

眠ったみたいに静かだ。

そして――

祠の奥、岩の割れ目から。

ぽと。

小さな雫が落ちた。

雫は水鉢に落ちて、ひとつの波紋を作り――

その波紋の真ん中に、何かがころん、と浮かんだ。

白い、小さな小石。

……いや。

ただの石じゃない。

赤い点が、ひとつ。

私の目みたいに、赤い。

タマ婆が杖を止めた。

「……ふうん」

村長が唾を飲み込む。

「なんだ、あれは」

セインさんが眉を寄せる。

「……新しい“核”?」

ミラが私をぎゅっと抱いた。

少しだけ、強く。

「ぴょん。今日はもう、十分がんばった。……でも」

ミラの視線が、水鉢の小石に吸い寄せられている。

「……まだ終わってないね」

私は、赤い点のある小石を見つめた。

不思議と、怖くはなかった。

怖さ控えめ。

でも、胸の奥が、きゅっとなる。

それはたぶん――

「呼ばれてる」って感覚。

私は小さく、

「きゅ」

と鳴いた。

意味は、まだ自分でもよくわからない。

でも、確かに。

この水の根っこは、もう一つだけ、何かを私たちに渡そうとしていた。
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