ヤバみのある日本人形みたいに綺麗な先生の見えないトコロ

サトー

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3.怖い浅尾が優しい

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浅尾先生は、数学を教えるのが上手かった。
黒板にカクカクとした字で公式を書いた後、「見ただけで、気分が悪くなる奴いるか?」と質問を投げかけてきた。
俺は先生の言う通り、訳の分からない数式は見ただけでいつも吐き気を催すから、迷わず「はい!」と手を挙げたけど、他の奴らは「浅尾の罠だ」と判断したのか、キョロキョロと教室内を見回したり、下を向いて先生と目を合わせないようにしていた。

「…俺も高校の時そうだった。だから、そういう奴の気持ちはわかるよ」

そう言った後、先生は丁寧に「関数とはなにか」について説明した。
他の数学の教師って、うちが進学校だからか、公式をドンと黒板に書いて板書させたあと、パーっと例題を解いて見せて「今のでわかったな?じゃ、残りの時間は演習問題解いてみろ」って言って後ろで腕組みしてるような奴ばっかりだった。
当然、俺みたいなバカは取り残されるわけで…。授業聞いてても、計算過程が省略されたりすると、もうお手上げだった。
たまに、やる気を出して「次の単元からはちゃんと理解できるようになろー」と思っても、やっぱり授業に全然ついていけなくて、もう何単元遡らないといけないんだよ、となる。俺の習熟度はほとんど手遅れに近かった。
けど、浅尾先生は計算過程も全部省略しないで教えてくれたし、基礎がなってない奴が躓きそうなポイントを全部抑えてるみたいだった。
「必ずこの授業で理解させる」という強い信念を持ってるように見えた。

微分積分を先生が教えてる時に説明があまりにもわかりやすくてクラス全員がその内容に納得して、「ああ!」と声をあげた時、浅尾先生は口の端をきゅっと上げて笑った。

「2の6は反応が良いから、教えてて楽しい」

浅尾先生は、「全部の生徒に平等」をモットーにしてるっぽい。普段はこういうふうに他のクラスとうちのクラスを比較したりしないし、校則守らない奴には学年、性別、成績、親の仕事等を一切問わずにめちゃくちゃ厳しくしている。だから、今の笑顔と言葉は、絶対浅尾先生の本音だとわかる。
クラスの他の奴らも「浅尾が笑った…」って驚いてたと思う。でも、なんか浅尾先生のそういうのはいじっちゃ駄目な気がしたから、誰も浅尾先生の笑顔については触れなかった。

浅尾先生の授業は、「俺でも数学いけるかも」と思わせる力があったから、普段は予習とか復習とか絶対しないけど、数学だけは真面目にやった。
難しいところは、先生に聞きに行ったらウザがらずに教えてくれた。
一番嬉しかったのは、小テストで30点が50点になって、50点が73点とれるようになった時に先生が「お前、よく頑張ってるよ」って言ってくれたことだった。





中間テストの二日前、友達とマックで勉強した帰りに、まだ時間あるから公園でちょっと喋ってこうー、と言う流れになり、俺を含めた三人はしんとした公園の暗いベンチとかブランコだとかに座って、他愛もない話をしていた。
「二組の女子が、隼人のこと良いって言ってたよ」と友達から言われて、その時彼女いなかったから、「よっしゃ、絶対付き合う!」とガッツポーズをした。テンションの上がった俺は、温い空気を掻き切るようにしてブランコを漕ぎ、闇の中に勢いよくジャンプした。そして、華麗に着地を決めたその瞬間、パッと光が差し込んだ。
俺らが座ってたベンチの前の駐車場に、ギュルギュルとものすごい音を立ててワゴン車が入ってきた。「…うちの学校の車じゃん」と友達が呟くから、よく車を見てみるとスライドドアの部分にうちの高校の名前がデカデカと書かれていた。
運転席のドアが開いて、顔を出したのは浅尾先生だった。高めの車体から飛び降りるようにして出てきた後、
「おい、お前らなにやってるー」と全く抑揚のない声で言いながら、こっちに向かって近づいてきた。
時間はまだ…20時にもなっていなかったと思う。別に補導されるような時間ではないはずだ。
今はテスト前で帰宅部の俺らには全然関係ないけど、「勉強に専念するため」という目的で部活動だって休みになっているわけだから、そんな時に公園でウロウロしてるのはマズかったんだろうか、と三人で顔を見合わせた。…この時間から尋問ロボットに絞られるなんて想像したくもなかった。

先生は数歩歩く間で、俺達のことを上から下までスキャンして、喫煙・飲酒・器物損壊の痕跡がないか確かめていた。
ただ、座って話していただけだから、そんなもの出てくるはずはない。あるとしても、目の前にある自販機で買ったファンタだけだ。

「…ここで何をやっている」
「センセ、俺ら、マックで勉強して、その後、ここで話してただけ…」

俺が正直にそう言うと、浅尾先生は「実は近隣の方から学校に電話があった。公園で高校生がたむろしていて迷惑だから、なんとかしろと」と珍しく言いにくそうに話した。

「……俺らなんもやってません」
「すまないが、今日はもう帰宅してくれないか」

「すまないが」!俺は、思わず横にいた友達の顔を見た。向こうもこっちを見ていた。浅尾先生は絶対に謝らない。なぜかというと間違えないからだ。一回だけ謝ってるっぽい場面があったけど、それは新品のチョークで先生が黒板に文字を書いていたら、真ん中からぽきんと折れてしまって「失礼」と言った時くらいだ。
浅尾先生は、「学校に苦情の電話があった時、もちろん聞いたさ。公園で一体うちの生徒が何をやったんだと。そしたら、何もしてない、ただいるだけだが、とにかく何とかしろと言われた。そういう電話があった場合、学校として対応しないわけにはいかないんだ」とすまなさそうに言った。

「今日は送っていくから、もう帰りなさい」

浅尾先生は平坦な口調で、俺達にそう告げた。特に怒っている様子も無かった。ノロノロとカバンを背負う俺達をじっと待ち、「ジュースの缶もちゃんと持ちなさい」と地面に放置された3種類のファンタを一人一人に手渡した後、「行くぞ」とだけ言った。
三人でヒョコヒョコと浅尾先生の後に着いて行っていざ車に乗ろうとすると、先生がピタッと足を止めてこちらを振り返った。

「…学校車は飲食禁止だ。中身残ってるなら全部飲みなさい」

「怖い浅尾が優しい」という状況に混乱してたから、もう味とかよくわからなかったけど、甘ったるいぬるくなったジュースを一気に流し込んだのを覚えている。



「浅尾先生は運転してる時もヤバいらしい」と聞いたことがあったけど、普通に慎重な安全運転を心がけているようだった。
一人一人順番に家の前で降ろしていって、一番遠い俺の家が最後になった。
友達が乗ってた時は、騒がしくしたら浅尾先生に怒られそうだったからそれが怖くてみんなで黙っていたけど、先生と二人きりになると沈黙が重くのしかかってきて、俺はソワソワと落ち着かない気持ちになった。

「…高瀬は勉強、順調か」

気を遣ったのか先生の方から話しかけてくれた。俺はギクシャクと頷いた後、「俺、数学一番勉強した」と答えた。

「そうか」
「俺、このガッコ入ったの間違いだったって思うくらいのバカだけど、先生の授業はわかりやすい」
「…お前はバカじゃないよ」

浅尾先生は怖いけど、生徒指導中でも「バカ」とかましてや「殺すぞ」とかは絶対言わない。



「…センセ、いつもこんな時間まで学校いるんすか」

車内の時計は20時半になっていた。ここから、学校戻って車を返した後、急いで帰り支度をしたとしても、退勤できるのは21時半頃になるだろう。先生は毎朝7時前には学校にいるらしいから、一体この人は何時間働くことになるんだろう、と俺はちょっと心配になった。
たぶん、この時初めて「浅尾先生、かわいそう」ってことを思った気がする。
俺はこの後、時間をかけてこの感情と付き合うことになる。

「だいたいいるな。…何かあったらこうやって迎えにも行くし、見回りだってやるし」

先生は俺を家の前で降ろすと「じゃーな、明日も遅刻すんなよ」と言って、行ってしまった。重たそうで年期の入った車体を引きずるようにして走るワゴンは先生には全然似合ってなかった。


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