ニンゲンミナライは成長中

サトー

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【その後】見知らぬお客さん(3)

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「先生、今日は俺に……ホタルとの事をいろいろ教えてくれるために、わざわざ来てくれたんですか?」

 ホタルとエッチをする時にヒニンしているか心配して来てくれたんですか、とは恥ずかしくて聞けなかった。キキョウ先生は、ほんの一瞬真顔になった後、じとっとした目で俺のことを見つめてきた。

「……君や君の仲間は、君が病気の時しか俺に寄り付かない」
「あっ……」

 キキョウ先生からそう言われて頭を過ったのは、俺が「具合が悪い」と言った時に「兄さん! アオイを助けてくれ!」とホタルとヒナタが大騒ぎをしている姿だった。

「……すみません」
「……べつに、構わない。医者に用が無いという事は、患者が健康な証拠だからな……。ただ、俺は医者であると同時にアイツ等の兄貴分でもある。だから、時々は君の様子も見に来ようと思ってな……」
「俺も、これからは、先生の家まで赤いきつねを届けに行きます……」
「君になけなしの小遣いを使わせるのは気が引ける……。そんな事はしなくてもいいから、アオイ、もっともっと大きくなれよ」

 毎日、お腹がいっぱいになるまで食べて、ホタルの仕事の手伝いをしながら勉強をして、それからよく眠る。そうやって過ごしていると、いつの間にか俺の体はぐんぐん成長していく。 
 今まで自分の体が大きくなる事については「そういえば、靴や服が小さくなった」と感じるくらいだったけど、キキョウ先生と話していると、実はすごくすごく大切な事だったんじゃないかと思えた。
 たくさん食べろ、早く寝ろ、と毎日同じことをホタルが言ってくれるのも、すごく嬉しいことなんだと感じられた。




「……先生、あの、ヒニン以外のことについて聞いてもいいですか」
「構わない。俺はなんでも教えてやるさ。なぜなら、俺の最終学歴は……」

  キキョウ先生が口にしたのは、物をよく知らない俺でも聞いたことがある大学だった。何て頼もしいんだろう。優しい先生に「ありがとうございます」と頭を下げた。

 ホタルとのエッチについては、恥ずかしいから誰にも話したことがない。ホタルにすら、エッチの翌日の朝に「夕べは可愛かった」と言われると、すごくドキドキしてしまって何も言えなくなってしまう。
 それで、初めてエッチをした時からずっと疑問に感じている事も聞けずにいる。いつだってどっしり構えていて、俺とホタルがエッチをしている事についても「子供を望まないうちはヒニンしろ」とあっさり言うだけのキキョウ先生になら聞けそうだったから、おそるおそる口を開いた。

「ホタルはエッチの時、どうしてか俺のことをたくさん噛んでくるんです。お腹が空いているみたいにガブガブって……。どうしてニンゲンギツネは、エッチの時に相手のことを噛むんでしょうか……? もしかして、俺もお返しにホタルを噛まないとダメなんでしょうか……?」

 たどたどしく喋る俺のことを、じっと眺めていたキキョウ先生の目がスッと細くなった。

「それはな……。ただただ、アイツがそういう趣味をしているというだけだ」
「へ……」

 ホタルとしかエッチをしたことが無い俺には、本当にわからないことだらけだった。そういう趣味ってどういう趣味のことなんだろう。ホタルの最近の趣味は「難易度 やさしい」のクロスワードパズルを解くことだけど、それと俺を噛むことに関係があるとは思えない。

 俺がなかなか納得出来ないでいることに気が付いたのか、キキョウ先生は気まずそうに咳払いをした。

「まあ、なんだ……。アイツもいろいろと必死なんだろ、きっと」
「そうなんですか?」
「まったく、何をやってんだか……。……この話を俺にした事はホタルには言わない方がいい。アイツ、あれでいてなかなか繊細だからな。俺に噛み癖を知られたなんて知れば、屈辱でそこら中を転がり回るだろう……」
「……はい」

 そうか、やっぱりこれは聞いちゃいけない恥ずかしい事だったんだ、と顔が熱くなる。キキョウ先生が「そりゃあ、噛みつかれたら、腹が減っているんじゃないかって心配になるよな」と言ってくれるのに無言でコクコクと頷く。
 先生がいつも通りの、淡々とした口調で答えてくれるから、まだ良かった。そうじゃなかったら、「やっぱりなんでもないです」「今のは嘘です」と俺はきっと一人でオロオロしてしまっていた。

「……アイツは君の事が好きなだけだ。痛くて嫌なら、そう伝えたらいい」
「いえ、平気です……」
「それなら、この事は君の心の中に大事に隠しておくんだな」
「はい……」

 好きだ、と苦しそうな切ない声で、俺の肩や首をガブガブと噛んでくるホタルのことを思い出していた。キキョウ先生の言うように、そんなホタルの姿は俺の心の中にしまっておいて、時々コッソリと取り出しては眺めていたい、大事な瞬間だった。俺のことを一生懸命好きでいてくれる人がいる、という事が嬉しかった。
 噛まれた時のピリッとした痛みだけは覚えているのに、噛み痕が残っているのかそうかは、首をペタペタと触って確かめてみたけれど、自分ではよくわからなかった。



「俺は有能な医者だが、女といる時くらいは、ゆっくりしたいからな……。この容姿の時は、ギターとピアノを弾くようにしてるんだ。そうすると働かずにゴロゴロしていても、なぜか人間の女って奴は許してくれるんだよ。不思議だよな」

 どうして医者の時とそうでない時で姿が違うんですか、という俺の質問に、ダルそうにしながらも、キキョウ先生はちゃんと答えてくれた。
 ヒナタは時々「ホタルやキキョウみたいな、だらしない大人になったらダメだからな」と俺に言い聞かせるけれど、病院にいる間は朝も昼も夜も、ほとんど休みなしで働く、と言うキキョウ先生の別の一面を知るのはワクワクした。



「……そういえば最近、ヒナタに会ったぞ」
「本当ですか! ヒナタは元気でしたか?」
「……大学の課題で忙しい忙しい、とうるさいから『研修医の頃の俺の方が、もっと忙しかった』と煽ってやったら、怒ったアイツは、俺の車の助手席でキツネの姿に戻っていたな」
「え……! いいな、俺も、狐の姿になったヒナタを触ったりドライブしたりしたいな……」
「……。アイツ、最近ガールフレンドが出来て、少し浮かれているからな。本当の事を言って少し怒らせるくらいがちょうどいいさ」

 キキョウ先生から聞いた話によると、ヒナタは無事に片思いしていた本屋の店員さんに、自分の気持ちを伝えられたみたいだった。名前は「アキラ」で、声が大きい、とヒナタから聞いていたから、てっきり男の人だと思い込んでいた。
 キキョウ先生が言うには「そういう特徴をしていて、かつ、狐の姿に戻りそうなヒナタが二階の窓から飛び降りて逃げ出しても笑って許してくれるガールフレンド」が、ずっとヒナタが片思いしていた人らしい。

「そうなんだ……」

 恥ずかしくなってしまった後、窓から飛び降りて、狐の姿のままピョコピョコと駆けていくヒナタの姿が容易に想像出来た。

 俺の大事な初めての友達。なかなか会えなくなってしまったのは悲しいけれど、ヒナタが元気ならそれだけで充分だと思えた。ヒナタの事を思うと、寂しいのにそれだけじゃなくて、どこか温かいと感じられる不思議な気持ちになった。

 遠く離れた誰かの幸せを祈ることも、俺にとって、ヒナタが初めてだった。俺の大事な初めての特別な友達。……今度、会う時には「人間の彼女が出来て良かったね」という言葉と一緒に、必ずそう伝えたいと思った。
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