ニンゲンミナライは成長中

サトー

文字の大きさ
25 / 27

【その後】見知らぬお客さん(4)

しおりを挟む
 
 なんだかそろそろ戻って来そうな気配がする、アイツと鉢合わせるのは気まずい、とキキョウ先生はホタルが帰ってくる前にそそくさと出ていってしまった。
 気配がするって、どういうことだろう? 家の前の通りに出てみても、ホタルの姿はどこにも見当たらなかった。せっかくだから、ホタルにも会ってから帰れば良かったのに、と残念な気持ちで家へ戻ってから、今度はしっかりと戸の鍵を閉めた。
 キキョウ先生に近況を教えてもらえたから、ホタルを待っている間、ヒナタに手紙を書くことにした。本当は会って話がしたいけど、俺は一人で狐の里と人間の世界を繋ぐ、暗いほら穴を抜け出すことは出来ない。ホタルからも「絶対に一人で、ほら穴には近づくな」とキツく言われている。

 会いたい、と書きすぎると忙しいヒナタを困らせてしまうから、冒頭に一回だけ「お元気ですか? ヒナタの次の長い休みの時には、会いたいです」と書くことにした。
 
 あとは、どんな勉強を頑張っているかと、ホタルとの暮らしのことを書くことにした。 近所に住んでいる大きなテレビを持っているニンゲンギツネの家に、近所中で集まって年末にテレビで放送していた「カップラーメン総選挙」を見守ったこと。みんな手に汗を握って、一生懸命赤いきつねが上位に入るよう祈っていた。惜しくもカップヌードルには敗れてしまったけれど、二位という結果に「たぬき共参ったか!」「俺たちの勝ちだ!」「頑張って投票した甲斐があったな!」とみんなでバンザイをして、大喜びしていた。

 お正月には、いなり寿司とヤクルトをたくさん背負ってホタルと一緒にニンゲンギツネのお年寄りの家へお手伝いに行った。
 俺は今までお正月の挨拶なんてほとんどしたことがないから、狐の姿をしているお年寄りに「あけましておめでとうございます」と言うだけですごくドキドキした。

「キャ、キャ、キャ」
「あ……? デキてるから、こうやって毎日連れて歩いてるんだろうが! 毎回毎回同じことを聞くんじゃないっ……!」

 お年寄りにとっては、俺とホタルが「デキている」事と、それを冷やかされたホタルがプリプリ怒る事の両方がよっぽど面白いらしく、いつもウキャキャキャと大笑いする。
「くだらないことばかり言っていないで、金をよこせ」と言うホタルを無視して、おじいちゃんやおばあちゃんは、俺にだけお年玉をくれた。

「えっ……、あの、これ……」

 まごまごしているとちっちゃな前足でチョンチョンと体をつつかれた。おじいちゃんやおばあちゃんから何を言われているのかはわからなかったけれど、ケケケ、と笑っていることだけはわかった。……お年玉を貰ったことを手紙に書いた後、ヒナタが心配しないように「お年玉は将来のために、ちゃんと大事に取ってあります」と書いておいた。

 手紙を便箋の一枚と半分まで書いたところでホタルが戻ってきた。家へ入ってくるなり、俺はおかえりなさいしか言っていないのに、「キキョウの奴が来ていたのか」とホタルが言うからビックリしてしまった。

「どうしてわかったの!?」
「家へ戻る途中から、アイツの気配を感じていたからな。それに、赤いきつねの匂いもする」

 ホタルもキキョウ先生と同じように「気配」のことを口にする。人間の俺には、どれだけ集中しようとわからない、ニンゲンギツネだけの特別な感覚なんだろうか。

「いいな……。俺も遠くからでもホタルの事がわかるようになりたいな」
「いつでも側にいるだろう」
「留守番の時に、もうすぐホタルが帰ってくるかどうか、俺もわかるようになりたい……」

 不思議な力も、よく利く鼻も、どんな物音も聞き逃さない耳も、なに一つ持ち合わせていない人間の俺には到底無理な話だった。

「どんなに離れていたって、俺はいつだってアオイの事を見てる」
「……本当?」
「……約束する。アオイを一人にしたりなんかしないさ」

 遅くなって悪かったな、とホタルが頭を撫でてくれた。

「ううん……」

 一人で留守番をした日はいつも、ホタルはいっそう俺に優しくしてくれる。だから、俺は寂しかった、退屈だった、と正直に伝えずに「平気だよ」と我慢だって出来る。

 足を悪くして以来、籠りっきりになってしまっているばあ様の元へ行く前に花を摘んでいたから、いつもより少しだけ時間がかかってしまったのだとホタルは言った。

「……人間のやってる花屋で花を買うと高い金を取られるけどな、そこら辺でキンセンカを摘めばタダだ」

 俺の「優しいな」「花を摘むホタルって、なんだか可愛いな」という視線に気が付いたのか、ホタルはフン、と鼻を鳴らした後、そっぽを向いてしまう。本当はお婆ちゃんに少しでも明るい気持ちになって欲しかったから、春が来る前の山を歩き回ってホタルは花を摘んだに違いなかった。

「……何を笑っている?」
「ううん……」

 自分が花を贈られたわけじゃないのに、嬉しい気持ちになる。ホタルは自分の事を何度も「意地が悪いニンゲンギツネ」だって言うけど、側にいる俺の心をいつだって温かくしてくれる。だけど今日は、ホタルみたいな優しい心の持ち主を俺だけが一人占めしてもいいのかな、って少しだけ胸が痛んだ。
 
 ホタルは「……帰ってくる途中で余った赤いきつねと交換してきた」と俺にもお土産をくれた。

「あっ、すごい……! 中華まんだ」

 茶色い紙袋の中には、真っ白で大きな饅頭が二つ入っていた。ホタルに「赤いきつねと交換して」と頼んできたニンゲンギツネは、どこで中華まんを手に入れたのかはわからないけれど、ふかふかの生地は作りたてみたいに温かい。

 中身は肉まんとあんまんで、味が違っていたからホタルと半分ずつ分け合って食べた。 お母さんと暮らしていた頃は食べものは冷えているのが当たり前で、いつだって一人で食べるものだった。
 そのせいなのか、二人で温かい食べ物を食べるとなんだか安心出来る。だから、ホタルと食べる温かいご飯は、俺にとって特別だった。

「ねえ、ホタル。ホカホカしていて、湯気も、美味しいね」

 湯気ではちっともお腹はいっぱいにならないけれど……と付け足す前に、側に座っていたホタルに、ぐっと肩を抱かれた。

「どうしたの……?」
「べつに……。アオイがあんまり喜ぶから……」

 もっと食べろ、とホタルは自分の分のあんまんを俺にくれた。よくよく考えてみたら、湯気も美味しいなんて、すごく食い意地が張っていると思われたのかもしれない。変なことを言わなければ良かった、と後悔していたら、「幸せだな」とホタルが呟いた。

「……ホタル、幸せ?」
「そうだな。アオイと二人で暮らすようになってからは、ずっと幸せだ」
「うん……。えっと、俺さ、ずっと……。あの、しばらくの間は二人きりでいたいな」

 本当はキキョウ先生から勧められたように、「ホタルは、子供が欲しい?」って聞いてみるべきだったのかもしれない。だけどまだ、その勇気が出なかった。
 ホタルの本当の気持ちを教えて、と頼んだとしても、それを受け止められる自信も無くて、「しばらくの間は二人きり」と言うのが精一杯だった。

「フフ……そんな事を一生懸命伝えてくるなんて、可愛い奴だな」

 ずっとアオイの側にいるさ、とクスクス笑いながらホタルが俺の髪をサラサラと手ですいた。
 俺がもう少し成長して、ちゃんと話が出来るようになるまで、どうかもう少しだけ待っていてね、と心の中で勝手に約束をしてから、俺は黙ったままホタルに寄り添い続けた。【つづく】



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...