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★不慣れ(7)

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 どうしても我慢が出来なかった。
 それで、アイマスクで何も見えていないユウイチさんに「ごめんなさい、ちょっとだけ……」と言いながら、性器の根本を掴んだ。
すごくビックリされたから、本当は今日、ずっとこうしたかったことを正直に伝えた。

 今まで挿入される時はいつもユウイチさんに任せっぱなしだったから、上手く出来るかはわからない。
 自分の体の重さでいきなり奥まで入ってしまって、それで痛い思いをしたらどうしよう、という不安がないわけでは無かった。
 ユウイチさんがビックリした声で、マナト、と呼んでいるのも聞こえてきて迷ったけど「すぐ抜くから」と自分に言い訳をしながら、ゆっくり腰を下ろした。

「あっ、く、ううっ……う……」

 自分ではゆっくりと性器を受け入れたつもりだった。けれど、ズン、とした圧迫感に歯を食い縛りながら思わず呻いてしまう。とてもじゃないけど、しばらくの間動けそうになかった。
 上に乗るなんて今までやったことがないんだから、いつもユウイチさんがしてくれるみたいに、ほんの少しずつ入れれば良かったんだ、と後悔しながら落ち着くのを待つしかなかった。

「……マナト」

 やめよう、とユウイチさんが腰を擦ってくる。絶対見えていないだろうけど、「やめたくない」と首を横に振った。

「……だ、だいじょぶ……、ちょっとビックリしただけ。……ユウイチさんのおっきいから」

 へへ、と笑ってみたけどユウイチさんは全然笑わなかった。ヤバい、何を持ってそう判断されたのかはわからないけど、大丈夫というのが嘘だとバレてる、と背中を嫌な汗がつたう。
 ユウイチさんはきっとこんなふうになる事を望んでいなかったはずだ。ほんの少しお互いを触り合って、気持ちよくなれればいいな……くらいに思っていたに決まっている。

 俺が痛がったら、ユウイチさんは優しいから、自分はなんにも悪くないのに「俺はマナトにかわいそうなことを……?」と感じてしまう。痛い、怖い、って口にしたら心配させるから絶対言っちゃ駄目だと思いながら、困っているであろうユウイチさんを見下ろした。

「……ユウイチさん、動きたいけど、俺、どうしたらいいですか……?」
「……マナト? ……わかったから、一度抜こう」

 いや、と太ももに力を入れて身体を挟むとユウイチさんが、ぐ、と呻いている。もう少しこのままでいれば、きっと体はこの状態に慣れる。そしたら、たぶん動いても大丈夫、と額に滲む汗を拭った。

「ユウイチさん、抜かないで……。このまましたい……」
「……」
「ユウイチさん……? 聞いてる?」
「……えっ? 俺、黙ってた? えっ……?」
「ユウイチさん……?」

 ユウイチさんはほんの数秒だけ何かを考えていた。目が隠れていると人間の表情はわかりにくい。それでも、ピク、と震える口元や、強張っている頬を見ていると、何か大事なことについて考えを巡らせているように見えた。
 ユウイチさんの気持ちになると、なんとなく何を思っているかはわかる。俺の体を大切にすることと、「したい」とせがんでくる相手に恥をかかせたくないということ、両方について考えているに決まっていた。

「……わかった。わかったから、……じゃあ、なるべく、マナトが痛くないようにしよう……」

 ユウイチさんの手が、俺の腰から上の方へ向かってそろそろと伸ばされる。何かを探しているような手付きだった。
 目隠しをされて以来、「何をされているんだろう」とずっとハラハラしていたのか、手が冷たい。指の先が乳首に触れた瞬間に、ピク、と体が反応してしまう。そのまま親指の腹で乳首を擦られる。

「あっ……、あっ、きもちい……もっと、してください……」
「どこを?」
「あっ、あっ、おっぱい……気持ちいい……」
「触られてるところ、よく見て……」
「うん……」

 言われたとおりに、自分の乳首が撫で回されているのをちゃんと見た。手のひらで胸全体を揉まれたり、指の先ですごく早く弾かれたりしているのを眺めていると、自分の乳首なのにすごくいやらしいものを見せられているような気がして恥ずかしかった。

「どこ触られてる?」
「んっ、おっぱい……」

 さっき、「これからはあまり乳首を触らせたら駄目だ」と考えていたのがどうでもよくなってしまうほど、気持ちよかった。
 おっぱい気持ちいいです、もっと触ってください、と何度も言わされた。半分喘ぎながら、たどたどしくエッチなことを言っていると、モヤがかかったように頭の中がぼーっとして「気持ちいい」で埋め尽くされる。
 乳首をくすぐるように撫で回された後、きゅっと摘ままれると身体が跳ねる。その度に、自分のナカに何が入っているのか嫌でも意識させられる。

「んっ、んんっ……」

 ほんの少しだけ腰を前後に揺らした。痛くない、大丈夫かも……? と感じながらユウイチさんの胸に手をついて、挿入された性器を馴染ませるようにして、ゆっくり腰を動かした。

「んっ、……うぅ……」

 まだ気持ちいいかどうかはわからない。けれど、乳首を刺激されながら喘いでいると、お腹の奥がむず痒いような気がして、しだいに腰を動かすのが止められなくなってしまう。上手だよ、と言われてもそれが本当なのかはわからなかった。

 見られていないのをいいことに、そろそろと膝を立ててから、ゆっくりではあるものの、さっきよりも大きく腰を前後させる。
抜けないように気を付けながら、少しずつ腰の動きを早くした。
 一度してしまうと、やめられなくて、今まであんなに怖がっていたのが嘘みたいに、ユウイチさんの性器を奥へ奥へと、グリグリ擦り付けるようにしていた。

「ああっ……気持ちいいっ……」

 まだ、ナカでイク感覚はわからない。けれど、抱かれることを少しも「怖い」と感じないでするセックスは安心出来る。今日、こんなふうにセックスをしているのは、単なる性欲に突き動かされたんじゃないと思いたかった。
 セックスの時も、そうじゃない時も、大切にしてくれるユウイチさんに、何の心配事もない状態でちゃんと抱かれてみたかった。余計なことを考えずに、「ユウイチさんが好き、気持ちいい」ということだけで頭がいっぱいになるのは幸せで、心地いい。


 顔がちゃんと見たくなってしまって、アイマスクを取ってもいいか聞いてから、そうっと外した。ユウイチさんはすぐには目を開けなかった。部屋は薄暗いのに、明るい所でそうするみたいに、こわごわと瞼を開いた。

「マナト……すごい汗だ」
「うん……」

 頷きはしたものの、いつものように自分だけがすごく汗をかいていることが恥ずかしかった。髪も肌も汗でしっとりしてしまっている。特に膝の裏は、汗で濡れているうえに熱くて気持ちが悪い。

「疲れた?」
「……少し」
「こっちで休もう」

 おいで、と手を引かれて、少し迷ったけどユウイチさんの胸にそのまま倒れ込んだ。暖かくて気持ちいいけど、濡れた肌がどうしても、触れあった場所に貼り付くようにしてくっついてしまう。

「ごめん、汗、きたない……」

 汚くないよ、とぎゅうっと抱き締められた。「こんなに一生懸命してくれるなんて……本当にマナトは可愛い」と腕に力が込められる。それだけで、蕩けそうだった。

 密着したままで、下からユウイチさんに突き上げられる。そんなに激しく早く突かれているわけじゃないのに、さっきまで自分で探るようにして動いていた時と、ユウイチさんにしてもらっている今とで、気持ちよさが全然違っていた。

「あっ、あっ、なんか、変……どうしよ……」
「ここ?」
「んっ、んんっ……!」

 なんでわかるの、と泣きたくなるくらい気持ちよかった。汗だくになって探しても自分では、気持ちよくなれる場所を全然見つけられなかったのに、ユウイチさんにはなぜか、わかってしまうようだった。

「あ、あっ……ユウイチさん、すきぃ……」

 抱き締められて、マナト、好きだよ、と囁かれると、力が抜ける。 もっと好きって言って、とお願いしなくてもユウイチさんは、ちゃんとわかってくれていた。
 耳に唇が触れるか触れないかの距離で、好きだよと何度も言われながら、腰を掴まれて、下から突かれる。きゅうっとお腹の奥が疼いた。

「いきそ……あっ! いくっ……いっちゃ、う……、まって、あっ、あっ……」

 射精する直前のもどかしい感覚が何秒も続いて、おかしくなりそうだった。ユウイチさんにしがみついて、キスして、お願い、と懇願した。イク前に、こんなにも口寂しいと感じたのは初めてだった。
 キスをしてもらっても、ほんの少し口を開けるのが精一杯で、唾液が口の端から溢れるのを止めることが出来ない。

 あっ、と思った時には全身がゾクゾクするような、受けとめきれない程の快感に包まれて、そのまま何度か身体を震わせて達してしまった。性器を触られて射精する時と違って、声もほとんど出なかった。というか出せなかった。
 イッた後の体をユウイチさんにぎゅうっと抱き締められる。下からの突き上げが激しくなって、二、三回ゆっくり大きく腰を打ち付けられた後、奥の方へグリグリと性器を擦り付けられる。中でユウイチさんの性器がビク、ビクと脈打って、精液が一滴残らず注ぎ込まれた。

 コンドームを使う時、射精をしたら、ユウイチさんはいつもすぐに抜いてしまうけど、今日はそうしなかった。ずっと繋がったまま、キスをしながら撫でるようにして全身に触れてくれた。

「ん、んん……」

 中でぎゅっと締め付けると、ユウイチさんのモノは、まだ固さも大きさも保たれていて、一回出した後とは思えなかった。
 締め付けながらそれを確かめているうちに、気持ちよかったのかな、大丈夫だったのかな、と不安だった気持ちがほんの少し和らぐ。

「……ユウイチさん、もっと、したい」
「もっと……?」
「ここ、もっと……」

 上体は密着させたままで、ほんの少しお尻を上下に動かした。性器がユウイチさんの体と擦れると、気持ちがいい。今日はまだ射精してないし、俺も出したい、とモゾモゾやっていると、ズリ、とユウイチさんのモノが引き抜かれた。

 ごろ、と布団に仰向けに転がされても、何をされるのか、よくわかっていなくて、「ユウイチさん、お願い……」と自分でもビックリするくらい甘えた声が出た。
 ユウイチさんから返事はなくて、足首を掴まれてそのまま持ち上げられる。ガバッと大きく広げられたことに驚いてユウイチさんの顔を見ると、怖いくらい真剣な表情を浮かべていた。
 あっ、これは「抱きたい、食べたい」って思っている時の顔つきだ、と思うと汗で濡れて冷えていた体が一気に熱くなる。

「ああっ……!」

 さっきまで入っていたせいか、たいした抵抗もなくすぐにユウイチさんを受け入れることが出来た。こんなふうに、いきなり挿入されたのは初めてだった。入ってる、と意識するとまた締め付けてしまう。そのまま、角度を変えながら何度も何度も激しく突かれた。
 自分で自分の乳首も触るように言われて、そんなことをしている姿なんか絶対に見られたくなんかないのに、中指で両方の乳首を弾いた。自分の手なのに、挿入された状態でユウイチさんに見られながら触っていると、恥ずかしいのに気持ちがよかった。見せつけるようにして胸を突き出して喘ぐのが止められなくなってしまう。


「あっ、あっ、きもちい! もっと……」

 肌と肌がぶつかる乾いた音がする。今までこんなふうに激しく腰を打ち付けられたことはない。けれど、嫌だとも、怖いとも思わなかった。

「ああっ! や、ああっ……あっ、あっ…、ユウイチさん、もっとしてっ……」

 本当は今までユウイチさんはずっとこうしてみたかったんだろうか、というのが感じられて、痛くなんかないのに、ようやくちゃんとセックスが出来たと思うと、ほっとしてなんだか泣きそうになってしまった。



「……ユウイチさん、そろそろ恥ずかしいから、もういいですか」

 ユウイチさんはハッとした後、さっきから凝視していた部分をもう一回チラッと見てから「ごめん、ごめん」と俺の太ももから手を離してくれた。

 中に出された後の穴から、溢れてくる精液はすごくいやらしく見える。そのことをわかっていたから、ユウイチさんが見たがるのもしょうがないな、と思えた。
 だから、心の中でゆっくり十秒数える間だけ我慢して、足を開いてから、恥ずかしい部分を見せた。
 性器を引き抜かれた時に出てきた精液はサラサラしている。割れ目をつたって、パリパリのタオルに小さく染みを作るところまで、全部ユウイチさんに見られてしまった。

「ふう……すごかった……」
「ユウイチさん、意味深なため息つくのやめてくださいよ…………えっ!? あの、ちょっと……」

 濡れたままになっていた割れ目を、ユウイチさんにティッシュでサッと拭われる。ビックリして飛び上がりそうになったし、こんなことまでされたくない、と羞恥で顔が熱くなった。
 ユウイチさんは「なんにも恥ずかしいことじゃない」と言いたげな顔で、さっさと俺の尻を拭いた後、「トイレに行こう」とやっぱりなんでもないような調子で言った。

「……何も出ません」
「出ないじゃなくて、出さないと」

 アナルセックスで中出しされた後に、精液が残ったままだとお腹が痛くなるということは知っていた。
 二回もしたからちゃんと出さないといけないということはわかっているけど、どうやったらキレイに出し切れるのか、その方法はよくわからなかった。

 それで、いつまでもまごまごしていたら、ユウイチさんに「普通にトイレに座ってお腹に力を入れればいいよ」とさらっと言われた。セックスの後は傷つきやすくなっているから、指を入れて無理に掻き出そうとしたら駄目だということも教えてくれた。
 たぶん、「一人でするのは怖い」と俺が困っていれば、きっとユウイチさんはトイレまで着いてくるだろうし、もっといろいろ面倒を見てくれる。

 でも、そういうことについてはあまり構いすぎないで欲しい、と俺が思っていることについて、ユウイチさんはちゃんとわかってくれているみたいだった。さっきと同じで、「ちっとも恥ずかしいことじゃないから大丈夫」という口調で淡々と話してくれたから、なんだかホッとして「うん」と素直に頷くことが出来た。



 なんとかトイレとシャワーには行けたものの、ひどく疲れていて、再び横になったら、もう布団から出たくなくなってしまった。

 何もかも済んでしまうと、途端にさっきまでのことが恥ずかしく感じられる。
 ムチャなことをしたうえに中出しして、と自分からせがむなんて、とんでもないことをしてしまったように思えてきて、気まずかった。だけど……我を忘れてユウイチさんの身体を求めてしまうほど気持ちよかった。
 身も心も一つになるってこういうこと? と嬉しい反面、なんだか覚えてはいけない快感を知ってしまったような気がする。

「……ユウイチさん、今日の俺、大丈夫でしたか?」
「……なにが? べつに……気持ちが昂ってセックスに積極的な時があるのは当たり前だと思うけど……」
「……うん」

 ユウイチさんも疲れたのか少しぼんやりしているものの、今日はいったいどうしたの? と言って、からかったり、いじってきたりはしなかった。
 二回目に激しくされたことは謝られたし、次からはコンドームを絶対使うと約束もしてきた。それで、俺から何か言葉を返す前に、潰れる、と思うほど強い力で抱き寄せられた。顔に固い胸板が押し付けられて「んぐ」と声が出そうになる。「ユウイチさん、俺の方こそ、勝手なことをしてごめん」と俺が謝るのを阻止するかのように、ずっとそのまま、ぎゅうぎゅう抱き締められた。
 それが嬉しかったし、この雰囲気を壊したくなかったから、ユウイチさんの優しさを素直に受け取って、黙ったままでいることにした。

 しばらく休んでも体はダルいままで、せっかく準備していた夕飯の仕度も出来なかった。昼からせっせと料理をして、あとは暖めて食べるだけ、という状態にしておいたのは正解だったと思う。
 ずっと布団でゴロゴロしている俺の代わりに、ユウイチさんが食事の準備をしてくれた。ユウイチさんは俺のことをすごく労ってくれたし、食事のことも「心配しなくていい」と言ってくれた。
 けれど、布団の上に敷いていたバスタオルについては、何度断っても「売って欲しい。金なら言い値で払うから」としつこく頼んでくる。「この家は布団といい非売品が多すぎるな……」とブツブツ言われたけど、聞こえないフリをした。

「……ところでマナト、炊飯器のスイッチが押されてない」
「えっ? え~っ!?」

 正確には「タイマーをセットし忘れている」だけど、どっちにしたってお米を炊き忘れたということに変わりはない。慌てて早炊きモードで炊飯をスタートさせたけど、二人とも空腹の状態で30分近く待つハメになった。

 布団で横になっていると、ユウイチさんがそうっと側に寝そべってきた。小さな子供にするみたいな手つきで、何度か頭を撫でられた。照れ臭いけど、暖かくて安心出来る。

 こんなふうに、愛情をたくさんもらって、ユウイチさんに触られることが心地よくなったから、「怖い」と思わずにちゃんとセックス出来たんだろうか。
 性器に触られていないのに達してしまった時は、経験したことのない快感にビックリしてしまったけど、きっと、あれは覚えていけないようなことなんかじゃない。
 ユウイチさんがたくさん我慢をしながら、俺を待っててくれたから……ようやく心と体がセックスすることを受け入れられるようになって、それで得られたものだと信じたかった。

「……ユウイチさん、待っててくれてありがとう」
「ご飯? べつに早炊きだからすぐ炊けるよ、こんなの待つうちに入らない」
「ご飯じゃなくて……、えっと、あの、セックスを待っててくれたことです」
「……それも、ほとんど待ってないから大丈夫」
「うん……」
「ユウイチさん、セックスだけじゃなくて、もしかしたら、また、待ってもらうことがあるかもしれないけどいいですか……?」

 いいよ、とユウイチさんが迷うことなく頷いた。
 それから余り間を置かずに、ご飯が炊き上がったことを知らせる「きらきら星」のメロディーが炊飯器から流れた。




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