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そんなつもりじゃ
しおりを挟むカナタの家で二人きりで過ごせる時は、学校にいる時よりちょっとだけ心が落ち着く。
小さな庭がある二階建ての家に、カナタは両親と妹の四人で暮らしている。庭には古びたバスケットボールが転がっていて、玄関の傘立てには家族四人分プラス誰かが出先で買ったと思われるビニール傘がぎゅうぎゅうに差し込まれている。カナタとその家族の暮らしぶりが感じられるから、この家がとても好きだった。
リビングの壁には小さいカナタと両親と妹の四人で写った写真が飾られている。子供の頃のカナタのことを、俺はどうしても「人間に生まれ変わった魔王の小さい姿」として見てしまうけれど、ちゃんと人間の子供としてカナタは成長している、という当たり前のことにホッとしてしまう。
カナタは俺のことを友達だと信じているから、こうしてよく家へと誘ってくれる。
二人で勉強をしたり、ダラダラと話をしたりゲームをしたりするのは楽しい。時々、カナタの前世が魔王だってことを忘れてしまうくらいに……。
そんな時は、勇者と魔王じゃなくて、もっと違う形で巡り会えていれば良かったのに、と思わずにはいられなかった。
「ノゾムって、いっつも俺の部屋に入るとキョロキョロするよなー、なんで?」
「えっ……! いや、部屋の雰囲気が変わったかと思って……」
もちろんそれは嘘で、実際は魔王として生きていた時の記憶がカナタに甦っていないかをコッソリ調べている。
前世のカナタが暮らしていた魔王城は、大型の魔物の毛皮や骨がいたるところに飾られていて本当に悪趣味な場所だった。
今のカナタの部屋はフローリングの上には何も敷かれていないし、飾られているのはモチモチしたアザラシのぬいぐるみだ。
初めてカナタの部屋へ遊びに来た時には「金持ちが好きな虎の毛皮の敷物! あれどう思う? カナタも欲しいと思ったりするか!?」と、ついつい聞いてしまって、なんだそれ、と笑われた。
「……ノゾム」
「おっ……!?」
「一生懸命探したところで、俺をいじれるようなものは出てこないよ」
「だから本当に、そんなつもりじゃ……! 落ち着くいい部屋だと思ってただけだよ!」
「ふーん……?」
カナタの部屋が落ち着くのは事実だから、本当の事は言っていないけど嘘だってついていない。
これ以上不審に思われると、カナタが余計な記憶を取り戻すキッカケになってしまう気がして、誤魔化すようにベッドの隅で寝そべっているアザラシのぬいぐるみを抱き上げた。
「これ、二人でゲーセンに行った時にゲットしたヤツだろ……!? あんな……、骨折した人間の握力よりも力の入らないアームで俺達よく頑張ったよな……!?」
モチモチした体とつぶらな瞳のアザラシは、きっと魔王だった頃の記憶が復活していれば「くだらん……」とすぐにでもカナタの手でバラバラにされていただろう。
体の大きさに対して極端に小さいアザラシのヒレを握りしめながら、「お前が今日も大事にされているってことは、お前の飼い主も大丈夫ってことなんだよな……」と心の中で話し掛けていた時だった。
「ノゾムってもしかして俺のことが、好きなの?」
なに……? と思い、顔を上げると、いつの間にか側へ寄ってきていたカナタが真面目な表情で俺の事を見つめていた。
「は……?」
「だって……。いっつも俺の事をすげー見てくるし、部屋で二人きりになると全然落ち着きが無くなるし」
「えっ!?」
「意識してるのがわかりやすすぎるって言うか……。入学式の時だって『俺の事、覚えてるか!? 俺だよ、俺!』って初対面なのにグイグイ来るし……」
「いや、ちがっ……! 違う違う違う……! 違うんだって……!」
何が? と不思議そうにしながらますます近付いてくるカナタに、じりじりと壁際まで追い詰められる。
「俺はただ、お前が前世の記憶を思い出さないか心配だっただけで……!」と言うわけにもいかず、違う違う、と何度も首を横に振った。
「違うって……? 学校で俺が女と二人っきりになるとさ、『二人はダメだ! 絶対ダメだ!』って血相変えてすっ飛んで来るじゃん。あれ、何?」
「あれは……」
「それに、俺、知ってるよ。俺の事を好きな女子の事をノゾムが必死で『本当に本当にやめた方がいいよ!』って説得してたことも」
「ひっ……」
壁とカナタに挟まれた状態で、どうする事も出来なくなってしまった俺はぎゅっとぬいぐるみを抱き締めた。
俺のように記憶が戻ったカナタから「ようやく何もかもを思い出せた。お前、あの時はよくも殺してくれたな」と言われるよりは全然マシだ。ただ、自分のやっていることが、そんなふうに思われていたなんて。
「……正直、ノゾムのことは友達だと思ってたし、同じ男なのにって、めちゃくちゃ悩んだけどさ……」
「えっ……!? 待て! ちょっと待てってば!」
「……俺もノゾムが好きだよ」
「ああっ……!」
大変な事になってしまった……、とよろめく俺の腰にカナタの腕が回される。そのまま、ぐっと抱き寄せられて、「大丈夫、本当だよ」と囁かれる。
カナタはそう言うけれど、前世では、俺の鎧と服を全部剥ぎ取った後「このまま背中の皮を少しずつ剥いでやりたいな……」とうっとりした声色で俺の背中を撫で回してきたくせに何が大丈夫なんだよ!? と俺は気が気じゃ無かった。
「カナタ! 違うんだって、俺は」
「ねえ、ノゾム」
おっとりとした口調ではあったものの、カナタは俺の話を強引に遮った。人形のように綺麗な顔でいつだってニコニコしているカナタがそんな事をするのは珍しくて、つい怯んでしまった。
「……ノゾムといると、俺、安心出来る。変に思われるかもしれないけど、俺さ、時々一人でいると、何か大事な事を忘れているような気がして、すげーモヤモヤする時があるんだよね」
カナタのその言葉で、自分の体が一瞬で強張るのを感じた。……カナタの言う「大事な事」は前世の記憶に違いなかった。
カナタを見つけた瞬間の俺のように、何もかもを思い出そうとしているのか、と背中を嫌な汗がつたう。
「よくわからないけど、思い出したら何か良くないことが起こりそうで怖い……。でも、ノゾムといると楽しいから、そんな事どーでもいいや、って心が楽になるんだよな……」
ごめん、意味不明で、とカナタは俺の肩に顔を埋めた。表情は見えないけれど、カナタが「怖い」と感じているのは本当なんだとわかるような、微かに震えている声だった。
……何の力も持たない高校生には抱えきれないような過去。もし何もかもを思い出してしまったら、きっとカナタはカナタでなくなってしまう。
「……ノゾム、だから一緒にいて。俺、ノゾムの側にいたい」
「……うん」
正直言って、カナタの言う「好き」が俺にはよくわからない。高校に入学してからはカナタを見張るのに忙しかったし、勇者だった頃には誘いをかけてくる女はたくさんいたけれど「旅の途中だから」と全てを断っていたからだ。
まだ恋も知らないし、前世とは違って特別な力だって持っていない。そんな自分がカナタの側にいてもいいのか少しだけ迷った。
だけど、カナタの事を見張っていた時の俺は、この世界と、それから魔王だった事を思い出さずに平和に暮らしているカナタ、両方を守りたかったんじゃないかって気がしていたから、カナタの言う「好き」を受け入れた。
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