幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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 今日は、ミナミさんとその彼氏に会って三人でご飯を食べたんだよ、と報告すると「うっそ!」とルイは目を丸くして驚いていた。ルイはハルキ君には会ったことがないらしい。

「え、どうだった?」
「……ミナミさんが、あこちゃんって呼ばれてた」
「ええ~!?」

 “あこちゃん”呼びがツボなのか、ウケているルイを見て俺も笑った。ハルキ君については、ルイも興味があるようでどんな人なのか詳しく聞きたがった。

「本当にかっこよかったよ。」
「へー、ヒカルがそう言うってことは、そうとうかっこいいんだな。俺も見たいなー」
「……あ、ミナミさんに俺達が付き合ってることを話しちゃったんだけど」
「え?」

 ルイは笑顔を浮かべたまま、一瞬固まった。俺は慌てて「ごめん、勝手に」と付け加えた。

「あ、いや、いいよ……。アイツ、なんか言ってた?」
「ああ……ルイが、スラムダンクの流川が好きだって…」
「はあ? 意味、わかんね……まあ、好きだけど」

 好きだけど、の後にニコッとルイは微笑んだ。「顔がかっこいいから?」と俺が聞くと、今度は露骨に顔をしかめた。

「流川はそんな、あっさいキャラじゃねーよ……ヒカルちゃんと読んだか? 内容忘れた?」
「読んだの中学の時だし……体育でバスケする時に、『なー、パスだすからアリウープしてよ』ってルイに何回もウザ絡みされたことは覚えてる」

 ははは、とルイはそのことを思い出して大笑いしてから、「そーだった、そーだった」と頷いている。「出来ない」って何度も何度も言っているのにそれを面白がってケタケタ笑っていた。中学の頃のルイは本当にまだ子供って感じだった。落ち着きがなくて、目を離したらすぐどっかに行くし、フィジカル的に絶対勝てないのにすぐ上のお兄さんとケンカをしてボロボロにされたり……。でも、幼くて可愛かった。あの頃から大好きだった。


「ヒカルがミナミと仲良くすると嬉しいよ」
「そうなの?」
「うん……。ヒカルが俺以外の人に興味を持って仲良くしてるのは嬉しいし、俺以外の人にヒカルがすごいとか、かっこいいって思われるのはもっと嬉しい」

 今のところハルキ君は別として、ミナミさんには、全然よく思われてないから、苦笑いしか出来なかった。たぶん、ミナミさんにとってルイは大事な友達だから「早川を振り回す、信用出来ない胡散臭いクズ」くらいには思われている。ルイのためにも好感度を上げないといけない。

 その後は俺が免許取りにいこうとしていることとか、ルイのバイトの話を思い思いに喋った。明日は土曜日だから時間も気にしないでずっとスカイプを繋いでいたい、と思った時、ルイが言いにくそうに口を開いた。


「あのさ、明日は休日だけど、クラスの友達と出掛ける約束をしてるから、話せない、かも……」
「……そうなんだ」

 友達って誰? あの写真の女も一緒? と聞きたかったけど、我慢した。
 ハルキ君はこういうことを言わないだろうと思ったし、前にノートへ書き写した ”相手が大事であれば、例え疑いの心が出ても、恐れず、信じて対話をすることを心がけましょう。"という文章も頭に浮かんだからだ。
 ルイ本人は普通に喋っているつもりなんだろうけど、どこか俺の顔色を窺っているようにも見えた。

「……どこ行くの?」
「あ、ダイビング行こうと思って……。早く戻れたら、ちょっとは通話出来るかも……」
「……そう、気をつけて行ってきてね。俺のことを気にしてたらせっかく友達といるのに楽しめないでしょ? ……明日は話せなくても大丈夫だよ」
「えっ」

 ルイは驚いているのを隠そうともしなかった。たぶん、「誰と行くの?」くらいは聞かれると思っていたんだろう。ごめんね、と心で謝った。ルイの中では、俺に行動を制限されることが当たり前になってる、ってわかったからだ。

「また、ルイに時間がある時に話そう」
「……うん。おやすみ」

 通話を切った後、「ふう」と無意識に一息ついていた。次に話す日時の約束もしていないのに、あんなことを言って会話を終えるのにすごくストレスを感じている。でも、結構、いいんじゃない? と自分でも思った。ルイももしかしたら「ヒカル、ちょっと成長した?」くらいには思ったかもしれない、そう考えるとルイを独り占めしようとしている時には得られなかった満足感があった。

◇◆◇

 次の日十八時過ぎに「あとで話せる?」とルイから連絡が来た。家にいるよ、ってオーケーして二時間近くが経って、ようやくスカイプでビデオ通話が出来た。

「おかえり。……楽しかった?」
「ヒカルと話したかったから、早く帰ってきた、かったんだけど」
「えっ……大丈夫だったの?」
「電車を間違えたから遅くなった。ypかった間に合って」
「電車間違えたって……迷子? 大丈夫?」
「いや、早く帰ろうと慌てて飛び乗っただけ」

 何してた? とルイは手櫛で髪を整えながら言う。その様子から、部屋に飛び込んですぐパソコンを起動したんだろうな、という気ががして嬉しかった。
 やっぱり、オーストラリアに行ってから優しくなっている気がする。こんなふうに「早く話したかったから」みたいにストレートに愛情を表現されたかった、ずっと。


「空調の勉強してた」
「うわ、勉強中だった? ゴメン!」
「いや、ほとんど終わってたから大丈夫。ダイビング楽しかった?」

 ルイはパッと顔を輝かせた。

「もう、最高に楽しかった! ヒカルとも行きたい!」
「ふふ……」

 ルイはいかにオーストラリアの海が素晴らしかったかとか、ダイビングが思った以上に簡単だったとか、水中で当たり前に呼吸が出来たことや、ダイビング中の自分の横を魚がすり抜けていった感動等を熱弁した。
 俺はそれを、うんうんと頷きながら、ルイは絶対に「ヒカルとも行きたい」を実現してくれるだろうな、と思っていた。

「ルイが、楽しそうで良かった」
「あ、ごめん……俺だけ喋って」
「いや……ルイが全然寂しくなさそうで、良かった」

 嫌味とかではなく本心だった。俺と最後に別れる時もルイは泣かなかった。でも、泣くのを堪えるように俺から目を逸らしてどこか一点を見ていたから、どこかで一人で泣くんだろうな、とは思っていた。
 まだ、ルイを盗られたらどうしようと考えるだけで、心が掻き乱されるけど、ルイが一人で寮の部屋で泣いている方が辛い、と思えるようにもなった。
 けれど、ルイは不満そうな顔をして俯いている。

「え……俺だって寂しいけど」
「………そうなの?」
「周りはカップルばっかりだし、ヒカルはいないし」

 すごい、昨日ハルキ君の真似をしたからか、またルイが優しくなってる。今までだったらもっとツンツンしてて、俺がしつこく寂しいか聞いて「ハイハイ、わかったから、俺も寂しい」とうんざりしたように言うレベルだったのに。

「そうなんだ?や っぱ留学先だと寂しくてそういうふうになるのかな」
「……もう、俺がいるとか関係なくベタベタしてる。そーいうの普通なんだろ。もう慣れた」
「ルイはどうしてるの?」
「泣きながら部屋で勉強してる、わはは」

 もう慣れたと言っているけど、じとーっとした目でいちゃついてる人達を見ているルイが容易に想像出来た。部屋で悶々としたまま勉強しているのも。

「………そういうのを見て、ムラッとした時はどうしてるの?」
「いや、別に見てもどうとも思わねーし……。また、やってるよとしか……」
「オーストラリアってそういうお店はあるの? もう行った?」
「はあー? 風俗? 行くわけないだろ……」
「じゃあ、どうしてるの?」
「……普通に一人でしてますケド」
「へえ……」

 ルイは何か言われたら、ポンポンものを言う。あんまり深く考えないで。いつもせかせかしているからだろうか。「ヒカルはゆっくりしすぎてる」ってよく言うから、俺がなんの意味もなくぼーっとしてるだけだと思っているんだろう。


「……じゃあさ、一人でしてるところを見せてよ」

 ディスプレイの中のルイの顔が歪んで、口が「嫌だ」の「い」の形になるのが鮮明に見えた。

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