裸でいるよりそそられる

サトー

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 シャワーを浴びて着替えを済ませた陸ちゃんが、またもや裾が短いTシャツを着て出てきた時には爆笑してしまった。

「……絶対、笑うと思った」
「いやいや、だってさっき散々いじられたんだから、普通のを着てくると思うじゃん」

 きっと「可愛い! 安いし色違いで買おう!」と大喜びしてレディースの服をサイズも確認せずに二枚も買ったに決まっている。それが可愛くてついニヤニヤしてしまう。むくれていた陸ちゃんも「もう」とつられるようにして可愛く笑った。

「ごめんごめん。陸が可愛かったから、つい笑いすぎちゃった……」
「葉月君が笑いすぎるから、俺、これからは、マヌケな格好だって自分で自分に笑っちゃうよ……」
「マヌケじゃないよ。可愛いよ」

 セックスの後に気怠くならずに、こういうほんわかした空気になれるのはきっと陸ちゃんの可愛さのおかげだ。さっきだってずいぶん恥ずかしい思いをしただろうに、陸ちゃんは元気で明るい。

 下着の中を綺麗にしてあげる、と誘惑してもう一度シックスナインの体勢に持ち込んでからお互いの性器を舐めあった。先に俺の方が果ててしまって陸ちゃんの口の中に出してしまった時はすごく焦った。今まで陸ちゃんの口の中に出したことなんかなかったからだ。

「……陸、俺のを飲んだじゃん? 大丈夫? 気持ち悪くなったりしてない?」
「えっ? ならないよ! ちょっとビックリしただけで……それに、いつも葉月君だって俺のを飲んでくれるじゃん!」

 だって俺は平気だから、と言いたかったけど「あのさ、二人とも気持ちよくなれてよかったよね、嬉しいよね」と陸ちゃんがニコニコしているから、その優しさに甘えてつい頷いてしまった。

「……入れたら。もっとそうなれる?」
「えっ……」
「八月は葉月君の誕生日じゃん。だから、えっと、その時に……」

 ドッ、ドッ、といやに自分の心臓の音がうるさい。陸ちゃんは恥ずかしそうにはしているけれど、俺から目を逸らしたりはしなかった。俺が「いいの?」と聞き返した時も、黙って手を握った時も、「大丈夫だよ」と小さな声で返事をして、それから頷いてくれた。

 陸ちゃんを本当に大切に思っているのなら「大丈夫? 無理しないで」という言葉をかけてやるのが正しいことなのかもしれない。
 陸ちゃんに初めて「セックスしたい」と伝えた日は、陸ちゃんのことが欲しくて欲しくてたまらなかった。「怖い」と正直な気持ちを教えてもらって以来、なんとかその不安を払いのけようと俺はずっと一生懸命になっていた気がする。

 体を傷つけないセックスの方法はすぐに調べられるのに、実践に至る前に「怖い」と感じている気持ちを取り払う方法の正解はなかなか見つからない。
「絶対大丈夫だよ」と押し切って関係を進めることも出来なければ、どんなことでも受け止めて陸ちゃんをしっかりフォローしてやれる自信も無い。自分の中で欲求と迷いがぶつかりあって、どうしたらいいのかとずっと一人で頭を悩ませていた。

 陸ちゃん自身は男に抱かれることを頑張って受け入れようという気持ちと、怖いという気持ちとで常に揺れているようだった。それでも、俺を不安にさせないように「葉月君のことはちゃんと大好きだよ」と陸ちゃんは陸ちゃんでいつも頑張ってくれていた。

 そんな健気な姿を見ていると、陸ちゃんが痛くて怖い思いをしないですむのなら、セックスを最後までしたかしていないかなんて、すごく些細な事だと思えるようになってからの「OK」だった。正直戸惑う気持ちの方が大きい。そのせいで返事が上手く出来ないでいる俺を陸ちゃんは不思議そうな顔で見つめている。

「陸ちゃん、俺、陸ちゃんがそう思ってくれているだけで嬉しいよ」
「うん」
「あのさ、陸ちゃんが怖い、って感じている時は、俺も似たようなことをきっと思っているからさ、だから、そういう時は正直に俺に教えて」
「うん。……あのさ、俺、付き合っている人の誕生日を祝うの、もちろん葉月君が初めてだよ」

 ちゃんとしたプレゼントも準備するからね、と陸ちゃんは元気に宣言した。

「……変なプリントのTシャツとかレディースの服はいらないからね」
「わかってるよー。ちゃんとインターネットでお洒落なプレゼントを検索してるよ」

 そしたら、葉月君が「いらない」って言いそうなおもしろい形をしたクッションがいっぱい出てきた。食パンとか、ソフトクリームの形の……と陸ちゃんはケタケタ笑った。

「俺さ、葉月君とセックスが出来るように、バ、バイブとか買ってちゃんと準備もしておくね」
「……ん?」
「まだ注文出来てないんだけど、アマゾンとかで買えばいいんだよね? お店に行って買うのは恥ずかしくて……」
「待て待て待て。どういうこと?」

 とんでもないことを口にしたくせに、詳しく聞き出そうとすると「ダメ。サプライズだから」と照れたように笑うばかりで陸ちゃんはなかなか話そうとしなかった。もうすでに陸ちゃんの口から「バイブ」という単語が出たというだけでこっちは動揺しているというのに、これ以上のサプライズは勘弁してほしい。

「陸ちゃん、勝手にバイブなんか使ったら危ないじゃん? 陸ちゃんが痛くて苦しい思いを一人でするなんて、俺、耐えられないし……」
「そ、そう……?」

 もちろん「バイブで慣らしておくだって? 絶対やめてくれよ! 何を考えてんだ!」が本音だけど、一時の感情に振り回されていきなり怒鳴りつけるなんてことをすれば、間違いなく陸ちゃんを怖がらせてしまう。

 詳しく話すよう優しく何度も促すと「八月の葉月君の誕生日までに自分でバイブを挿入して慣らしておけば、きっと葉月君のも受け入れられるようになると思う」というようなことを、たどたどしく、けれど、どこか誇らしそうに説明してくれた。

「はあ……? 何を言ってんの?」
「あれ? もしかしてダメだった……?」
「ダメに決まってるだろ! バイブに先に突破されたら意味ないっつーのに、もう……」

 陸ちゃんみたいな本当の天然ボケはこういう笑えないことを平気でやる。サプライズだとかいうとんでもない計画を陸ちゃんがぽろっと漏らしていなければきっと大変なことになっていた。「痛い、取れない、葉月君助けて……」とベッドの上で動けなくなっている姿が容易に想像出来る。

「よかったあ……。本当はバイブなんか買うの恥ずかしくて、どうしようって迷ってたんだよね……」

 本人はすっかり安心した様子で、ハハハと笑っているけれど、俺はあんまり危なっかしい陸ちゃんに「躊躇するのはそこじゃない」と突っ込む気力すら無くしてしまう。

「心配ばっかりかけるんじゃないっつーの。まったく……」
「葉月君、ゴメンってば……。だってさ、当日に入らなくて気まずい空気になったら嫌だから……」
「はあ……。俺が陸ちゃんからオーケーを貰えるまで大事にしてきた意味がなくなるじゃん。いくら俺のためだったとしても無茶すんのはやめろよ。……俺は本当に陸ちゃんのことを大切に思っているんだからさ」

 最後の方は、なんだか自分に言い聞かせているような気持ちになってしまった。自信も無ければ、陸ちゃんの全部を包み込めるほどの優しさも無い。陸ちゃんみたいに相手を励ます素直さも明るさも無い。そんな俺が唯一持っているのは「陸ちゃんを大切にしないといけない」という自分の中での約束事だけだった。

 何もかもを持っているような完璧な人からすれば、やっぱりそれはちっぽけなことなんだろうか。だけど、俺にとっては、たとえ誕生日のその日が終わったとしても手離したくない大切なことだった。
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