17 / 19
水の中の暮らし(5)
しおりを挟む
結局、その日の夜は何事もなかったように、静かに時間だけが過ぎていった。
一応、暗闇の中で頑張って目は開けてみた。俺が出来たのはただそれだけで、結局一言も喋れなかったし、体は固まってしまっていたから、ほとんど何もしなかった、ということになる。
「あれ、起きてた?」
なんでもないような調子でそう言った後、イチカ君は「なんだよ、言ってよ」と少しだけ笑った。真っ暗な部屋で、俺の体の強張りや息づかいから寝たふりをしていることに気がついたに違いない。
「ごめん、カケルの眠りを邪魔して」
そう言って、すっとベッドから出ていった後、イチカ君は自分の布団に潜り込んだ。なぜ、俺のベッドに入ってきたのか、体に触ってきたのか、という説明は一切せずに「おやすみ」とあっさり口にした後は、黙ったままだった。
狭い水槽、快適な水の中、小さな魚、雌雄の相性……。さらさらとしたシーツの上に横たわりながら目を閉じていると、そんなことばかりが頭に浮かんでくる。狭い部屋ではあるけど、そこそこ仲がよければ、じゃれあったりふざけあったりして、熱帯魚と同じように人間も誰かを追いかけてくっつきたくなるのだろうか。
でも、繁殖は関係ない……と思ったところで、思考が追い付かなくなってしまって、それで俺は考えることを諦めた。なんとなく、イチカ君はもう二度と俺に触ってこないだろう、という気がした。知らんぷりをされて、きっと嫌な気持ちになったんじゃないかと思っていたからだ。
ところがそれからもイチカ君は時々、俺の寝床へ潜り込んできた。しん、とした夜にイチカ君はそろそろと近づいてきて、そっと体をくっつけてくる。その時目を閉じている俺の頭の中には、なぜか静かな水面に爪先からゆっくりと足をつける映像が浮かぶ。眠くてうとうとしている時は、プールでぷかぷかと体を浮かべている時に似ているからだろうか。
イチカ君は静かにベッドへ入ってくるのが上手くなり、俺は寝たふりが上手になった。そんな事が上達したからといって、学生生活やバンド活動にいい影響があるのかはわからない。というか、ほぼ無いと言ってもいいだろう。
浴槽や水槽からじわじわと水が溢れでて染みだすように、ただ二人の距離感だけが静かに変わっていった。ベッドの上でお互い声も出さずにほとんど抱き合うような格好になったことだってある。全身がすべすべしたイチカ君の体に包み込まれると、ルームシェアをしている人と、はたしてこんなことをしていいのだろうか、という気持ちがどんどん薄らいでいく。
躊躇っていたことなんか忘れて、なんて心地がいいんだろう、といつの間にか華奢な背中に夢中で腕を回していた。服の下のイチカ君の真っ白な素肌に触ってみたい、という欲求を掻き消すように、半分意地になって、服の上から思いきり抱きついた。
これ以上、先があるのかはわからない。ただ、お互いこそこそと触れあうことが嫌いじゃないのは確かだった。
それでも、そう感じていることをひっそりとぶつけあうのは夜だけで、それ以外の時間は今まで通りの付き合い方を俺もイチカ君も守るようにしている。二人で「そうしようね」と約束しあったわけでもないのに、不思議だった。気が合うということなんだろうか。
一応、暗闇の中で頑張って目は開けてみた。俺が出来たのはただそれだけで、結局一言も喋れなかったし、体は固まってしまっていたから、ほとんど何もしなかった、ということになる。
「あれ、起きてた?」
なんでもないような調子でそう言った後、イチカ君は「なんだよ、言ってよ」と少しだけ笑った。真っ暗な部屋で、俺の体の強張りや息づかいから寝たふりをしていることに気がついたに違いない。
「ごめん、カケルの眠りを邪魔して」
そう言って、すっとベッドから出ていった後、イチカ君は自分の布団に潜り込んだ。なぜ、俺のベッドに入ってきたのか、体に触ってきたのか、という説明は一切せずに「おやすみ」とあっさり口にした後は、黙ったままだった。
狭い水槽、快適な水の中、小さな魚、雌雄の相性……。さらさらとしたシーツの上に横たわりながら目を閉じていると、そんなことばかりが頭に浮かんでくる。狭い部屋ではあるけど、そこそこ仲がよければ、じゃれあったりふざけあったりして、熱帯魚と同じように人間も誰かを追いかけてくっつきたくなるのだろうか。
でも、繁殖は関係ない……と思ったところで、思考が追い付かなくなってしまって、それで俺は考えることを諦めた。なんとなく、イチカ君はもう二度と俺に触ってこないだろう、という気がした。知らんぷりをされて、きっと嫌な気持ちになったんじゃないかと思っていたからだ。
ところがそれからもイチカ君は時々、俺の寝床へ潜り込んできた。しん、とした夜にイチカ君はそろそろと近づいてきて、そっと体をくっつけてくる。その時目を閉じている俺の頭の中には、なぜか静かな水面に爪先からゆっくりと足をつける映像が浮かぶ。眠くてうとうとしている時は、プールでぷかぷかと体を浮かべている時に似ているからだろうか。
イチカ君は静かにベッドへ入ってくるのが上手くなり、俺は寝たふりが上手になった。そんな事が上達したからといって、学生生活やバンド活動にいい影響があるのかはわからない。というか、ほぼ無いと言ってもいいだろう。
浴槽や水槽からじわじわと水が溢れでて染みだすように、ただ二人の距離感だけが静かに変わっていった。ベッドの上でお互い声も出さずにほとんど抱き合うような格好になったことだってある。全身がすべすべしたイチカ君の体に包み込まれると、ルームシェアをしている人と、はたしてこんなことをしていいのだろうか、という気持ちがどんどん薄らいでいく。
躊躇っていたことなんか忘れて、なんて心地がいいんだろう、といつの間にか華奢な背中に夢中で腕を回していた。服の下のイチカ君の真っ白な素肌に触ってみたい、という欲求を掻き消すように、半分意地になって、服の上から思いきり抱きついた。
これ以上、先があるのかはわからない。ただ、お互いこそこそと触れあうことが嫌いじゃないのは確かだった。
それでも、そう感じていることをひっそりとぶつけあうのは夜だけで、それ以外の時間は今まで通りの付き合い方を俺もイチカ君も守るようにしている。二人で「そうしようね」と約束しあったわけでもないのに、不思議だった。気が合うということなんだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる