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第一章
9.出発前①
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はっと目が覚めた。真っ先に枕元に置いてある細い針が指す時間を見た。起きる予定の時間よりも早かった。よかったともう一度寝床へ転がり、天井を見る。
不思議な夢だった。
夢の類の中では鮮明なと言ってもいいかもしれないが、俺の記憶は今だにぼやけている。
今更思い出したい事なんて……何もない。
二人は何を思って俺を産んだのか……それをずっと考えてきた。闇の血が紛れた俺が、この世界でどんなに孤独で生き辛いか。自分を隠し人を避け、いつかバレて両親の様な最期を迎えるのではと怯えている。そんな世界に俺一人残した両親との記憶も、あの本も思い出しても辛いだけだ。
希望なんて何もない。
あの泥だらけのあいつが言った。自分が希望になると。無責任なその言葉に腹が立った。俺にはキルとカイト、二人の友だけだ。なんだか頭が痛くなってくる。考えると憂鬱になるので、まだ早い時間だが俺は立ち上がり、準備し始める。早く行ったからといって昨日の失態を無かった事には出来ないが、それでも今日は誰よりも早く着きたかった。言われた通り私服を用意する。オリーブ色の綿のシャツに黒いズボンに黒いブーツ。あまり服を持っていないので悩みはしないが、不安にはなる。
これで大丈夫なのか。
一度全身を見回した後ベルトに剣を差し、部屋を出る。階段を降り、散歩をする様に大通りまで向かう。
大通りに出ると馬車を引く馬の軽快な足音、今から勤めに向かうのであろう人々とすれ違う。店はまばらにやっており、軽く店先を眺めながら歩いていると正門に着く。辺りを見回す。首都アデルダを囲う城壁の門の側には門番が立っている。門の側には誰もいない。誰か来ないか後ろを振り返る。誰も来る様子はない。流石に早すぎたかなと城壁を背にし、ぼうっと徐々に増え出す人々を眺めていると、前から一人歩いてくる。目を細めてその人物を凝視する。頭に青地の赤や黄色のよく分からない模様の入った布を巻き、大きな黒のメガネをかけた背丈から見て男。その男は大きな布を首元に巻いて、顔を伺うことが難しい。茶色のローブを纏ったそいつは俺の前に立ち止まる。
「私が一番早いかと思ったけど、ヴァンの方が早かったみたいだね」
この声は、まさか。
「総…隊長…ですか?」
「そうだよ……やっぱり私だと分かっちゃうかな?」
足首まである長いローブを掴み、ひらひらとさせ不安がっている。珍妙な姿にその憂いは皆無だ。
「いえ、分からないと思いますよ」
「そう? ならよかった。ヴァンの私服は随分とシンプルなんだね」
「……変ですか」
「いや、そう意味じゃないよ。君らしいなと思って」
「はぁ」
セラートは俺をまじまじと見だす。それがなんとも居心地が悪い。
「なっなんですか」
「君も僕の下につけたかったなぁと思ってね」
「なんの話ですか」
「君が訓練学校を出た時、本当なら僕の下につけたかった。でもヘイダムにジャンケンで負けてね。あの時は残念だったよ。でも、カイトが来てくれたのは結果的に嬉しかったけどね。あの子もできた子だから」
どうやら元上官のヘイダムとセラートは俺の入隊先を争っていたらしい……しかもジャンケンで。そんな事で人の所属先を決められていたなんて露知らずだ。
「君は非常に優秀だからね。他の隊長と同格、いやそれ以上かも知れないよ。零隊も上手くまとめてくれているし、私の目に狂いはなかった」
「では総隊長が自分を?」
「私が推薦したんだよ。君以外に適任はいないし、何よりこれで一番隊から君が抜けることになったからね! このことが決まった時のヘイダムの残念そうな顔! 本当にスカッとしたなぁ」
なんと言うか……。
清々しい顔をしているセラートを目を細めて見る。昨日のアルの事といい、やはり見た目と反して彼は捻くれている。
「国王も賛成してくれたしね。ところで君は国王と幼なじみなんだよね?」
「まぁ、そうですけど」
「君は……その、孤児院出身っと聞いたけど」
「……えぇ」
「失礼は承知で聞くけど、君と国王のどこに接点があるのかな?」
セラートは僅かに眉間に皺を寄せ俺を見る。目を逸らす。俺とキルの接点を話すと言うことは俺が、皆に隠していることがバレてしまう。このことは絶対に知られたくない。知られたら俺はもう……きっと生きてはいられない。
「……国王様に聞いたらたまたま会って仲良くなったような事を言ってたけど、そんな事あるかな?」
どうやらキルは変わりの話を用意してくれていたみたいだ。かなり抽象的だが俺は、すかさずその偽りの話にすがりついた。
「まぁ、そんな感じです」
「そう」
セラートはスッキリしない様子だが、それ以上は追求してこないのでほっした。
不思議な夢だった。
夢の類の中では鮮明なと言ってもいいかもしれないが、俺の記憶は今だにぼやけている。
今更思い出したい事なんて……何もない。
二人は何を思って俺を産んだのか……それをずっと考えてきた。闇の血が紛れた俺が、この世界でどんなに孤独で生き辛いか。自分を隠し人を避け、いつかバレて両親の様な最期を迎えるのではと怯えている。そんな世界に俺一人残した両親との記憶も、あの本も思い出しても辛いだけだ。
希望なんて何もない。
あの泥だらけのあいつが言った。自分が希望になると。無責任なその言葉に腹が立った。俺にはキルとカイト、二人の友だけだ。なんだか頭が痛くなってくる。考えると憂鬱になるので、まだ早い時間だが俺は立ち上がり、準備し始める。早く行ったからといって昨日の失態を無かった事には出来ないが、それでも今日は誰よりも早く着きたかった。言われた通り私服を用意する。オリーブ色の綿のシャツに黒いズボンに黒いブーツ。あまり服を持っていないので悩みはしないが、不安にはなる。
これで大丈夫なのか。
一度全身を見回した後ベルトに剣を差し、部屋を出る。階段を降り、散歩をする様に大通りまで向かう。
大通りに出ると馬車を引く馬の軽快な足音、今から勤めに向かうのであろう人々とすれ違う。店はまばらにやっており、軽く店先を眺めながら歩いていると正門に着く。辺りを見回す。首都アデルダを囲う城壁の門の側には門番が立っている。門の側には誰もいない。誰か来ないか後ろを振り返る。誰も来る様子はない。流石に早すぎたかなと城壁を背にし、ぼうっと徐々に増え出す人々を眺めていると、前から一人歩いてくる。目を細めてその人物を凝視する。頭に青地の赤や黄色のよく分からない模様の入った布を巻き、大きな黒のメガネをかけた背丈から見て男。その男は大きな布を首元に巻いて、顔を伺うことが難しい。茶色のローブを纏ったそいつは俺の前に立ち止まる。
「私が一番早いかと思ったけど、ヴァンの方が早かったみたいだね」
この声は、まさか。
「総…隊長…ですか?」
「そうだよ……やっぱり私だと分かっちゃうかな?」
足首まである長いローブを掴み、ひらひらとさせ不安がっている。珍妙な姿にその憂いは皆無だ。
「いえ、分からないと思いますよ」
「そう? ならよかった。ヴァンの私服は随分とシンプルなんだね」
「……変ですか」
「いや、そう意味じゃないよ。君らしいなと思って」
「はぁ」
セラートは俺をまじまじと見だす。それがなんとも居心地が悪い。
「なっなんですか」
「君も僕の下につけたかったなぁと思ってね」
「なんの話ですか」
「君が訓練学校を出た時、本当なら僕の下につけたかった。でもヘイダムにジャンケンで負けてね。あの時は残念だったよ。でも、カイトが来てくれたのは結果的に嬉しかったけどね。あの子もできた子だから」
どうやら元上官のヘイダムとセラートは俺の入隊先を争っていたらしい……しかもジャンケンで。そんな事で人の所属先を決められていたなんて露知らずだ。
「君は非常に優秀だからね。他の隊長と同格、いやそれ以上かも知れないよ。零隊も上手くまとめてくれているし、私の目に狂いはなかった」
「では総隊長が自分を?」
「私が推薦したんだよ。君以外に適任はいないし、何よりこれで一番隊から君が抜けることになったからね! このことが決まった時のヘイダムの残念そうな顔! 本当にスカッとしたなぁ」
なんと言うか……。
清々しい顔をしているセラートを目を細めて見る。昨日のアルの事といい、やはり見た目と反して彼は捻くれている。
「国王も賛成してくれたしね。ところで君は国王と幼なじみなんだよね?」
「まぁ、そうですけど」
「君は……その、孤児院出身っと聞いたけど」
「……えぇ」
「失礼は承知で聞くけど、君と国王のどこに接点があるのかな?」
セラートは僅かに眉間に皺を寄せ俺を見る。目を逸らす。俺とキルの接点を話すと言うことは俺が、皆に隠していることがバレてしまう。このことは絶対に知られたくない。知られたら俺はもう……きっと生きてはいられない。
「……国王様に聞いたらたまたま会って仲良くなったような事を言ってたけど、そんな事あるかな?」
どうやらキルは変わりの話を用意してくれていたみたいだ。かなり抽象的だが俺は、すかさずその偽りの話にすがりついた。
「まぁ、そんな感じです」
「そう」
セラートはスッキリしない様子だが、それ以上は追求してこないのでほっした。
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