咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第一章

14.不穏

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「えっ?」

 空耳なのかと聞き返す前にカイトが聞き返す。アドニールは見えない口元を抑える仕草をする。そして、今度はカイトをじっと見ている気がした。

「どうして、ここに……ううん、とにかく今はここを離れ」

 一回大きな雷鳴が鳴り、大気が震える。大きく風が吹き出す。分厚い黒い雲に閃光が走りだす。まるで嵐の訪れみたいだ。

「来る」

 アドニールはこちらに背を向け、平原の先を見る。俺はその言葉に恐怖が湧いた。遠くの方で二人の人影が見えた。その二人は騎乗して、物凄い速さでこちらへ駆け寄ってくる。よく見ると一人は銀髪の男。もう一人は薄い紫色の長い髪を束ねた女であった。二人ともファリュウスの騎士の服装とは違い、白を基調とした羽織を羽織っていた。精悍な顔立ちの銀髪の男がそばで馬を止め叫ぶ。

「アドニール様!! 勝手に一人で行かないで下さいっ!!」
「ミツカゲ! それより瘴気が来る!! すぐに戻らないと」

 ミツカゲと呼ばれた男は眉間に皺を寄せ小さく頷く。こいつが眷属の一人、ミツカゲなのか。雷の使い手。鋭い薄い青い瞳が俺たちを見る。それは凍てつく瞳であった。

「ミツカゲ、この人達を安全な場所までお願い」
「なっ私は嫌ですよ! 私は貴方を守る事が役目。トワ、お前に任せるからな」
「はぁ、分かりましたよ」

 トワと呼ばれた褐色の肌の女は少し呆れた様子で返事を返す。こいつがもう一人の眷属、トワ。口調と顔つきからミツカゲとは対照に物腰が柔らかそうだと感じた。トワがこちらへ来る。セラートが俺達の前に出る。

「待ってくれ! 少し話をしたい!」
「えっ、話?」
「ふざけるな。今主人にそんな時間はない」

 ミツカゲの強い口調にも怯まず、セラートが頭と首に巻いていた布、そして眼鏡を外す。アドニールはセラートを眺める様にしている。俺は静かにことの成り行きを見守る事にした。

「貴方、ガンガルドの総隊長セラート」
「お初にお目にかかるアドニール殿。いかにもガンガルド王国総隊長セラート・アミンです」
「どうして……何故、貴方がここに」
「それは、貴方に聞きたいことがあるからですよ」
「私に?」
「そうです。これからここに瘴気が起こるのですか?」
「えぇ。だから早く」
「何故それを知っているのですか?」
「それは」

 アドニールは少し顔を下げ言い淀む。

「何故です? 何故今回の事も何も知らせてはくれなかったのですか?」
「わっ私はちゃんと手紙をき」

 何かを言おうとする途中でアドニールは俯く。小さく首を振り、セラートに顔を向ける。

「……この件はガンガルドの兵士にも通達しました」
「通達? ……おそらくその兵士達は先日、帰還途中に亡くなった」
「えっ? 亡くなった!? 何故?」
「何故? 何故、ですかね」

 セラートの口調は至って静かであったが、その声色は疑念と怒気を孕んでいる様に聞こえた。

「貴様、主人をそんな目で見るな。さっきから黙って聞いていれば」
「いいの、ミツカゲ。ですが今は話しをしている時間はありません。トワ急いで」
「いえ、その必要はありません。私達も加勢しますよ」
「え゛っ!!」

 隊員達の声が見事に被る。

「セラート様? 本気ですか?」

 そばにいるカイトも不安気な表情でセラートを見つめている。

「あぁ。怖かったら君達はアドニール殿の言う通り、ここを離れなさい」

 思わずため息が出そうになった。そんな訳にはいかない。ここで逃げたら後でどんな処罰があるか分かったもんじゃない。なにより、俺達はその為に来たのだから。幸い体の感覚は大分戻った。これなら戦えそうだ。

「ヴァン」
「行くぞ」
「うん」

 カイリが力強く頷く。他の隊員達の方も見ると、皆も頷く。

「そういう訳です。構いませんよね?」
「……それは、許可できません。貴方達はすぐに離れて下さい」
「くっ、貴方に許可をもらわなくとも私は」
「いい加減にしろ! 主人に楯突くとは貴様何様の」
「ミツカゲ!」

 アドニールがミツカゲを止め一歩前に出ると、俺たちに手をかざす。そこに光が集まる。咄嗟に身構える。足元が輝き出した。見ると俺たちの下に何かの魔法陣が現れていた。その魔法陣が半透明な膜を作り、俺たちの頭上を覆い出す。唖然としていると、アドニールがそばに近寄ってくる。

「大丈夫。この中に入れば安全だから。だからここにいて、お願い」

 膜の向こうにいるアドニールにまた、見られている様な気がした。俺は静かに目のない面を見る。

 なんだろう。

 不思議な感覚。見られて不快とかそんな気持ちはなく、ただ気持ちが落ち着いた。それと同時に胸が高鳴る気がした。アドニールは何かをボソボソと口にした。ただそれは、あまりにも小さくて聞こえなかった。
 一歩下がり、アドニールは小さな背を向ける。そのまま馬へと跨り駆け出し去って行く。後ろにミツカゲとトワも続くが、ミツカゲは殺気を孕んだ瞳で最後、俺たちを睨みつけていった。それを俺たちは黙って見届けることしか出来なかった。平原の先、空を覆う黒い雲が渦を巻く様な動きをしている。

「なんなんだこれ?」

 カミュンはコンコンっと張られた膜を不思議そうに叩いている。

「すっごいなぁ! こんな事出来るなんてさすがだなぁ! 僕感動だよ!」

 アルはこんな時でも目を輝かせてはしゃいでいる。

「もうお手上げねぇ~」
「……そうですね。これは私達ではどうにも出来なさそうです」

 マリーは腰を下ろし、グレミオも手を当て探っているがお手上げの様だ。ドンっと壁を叩く大きな音がした。

「セラート様」
「屈辱だ。ここまで来て、何も成せぬなどと」
「でも、きっとまた戻ってきてくれますよ……ねっ? そうだよね、ヴァン」
「……そうだな」

 仮に戻ってきたところで話し合いが出来るのだろうか?あの眷属、ミツカゲが厄介だ。先程も終始高圧的であった。最後も敵意剥き出しだったし。アドニール自体はそうでは無さそうだが。それにしても分からないことだらけだ。何故通達を受けた兵士は殺されたのか。そして、アドニールは手紙を出したと言っていた。

 ……誰に出した?

 分からない事がさらに増えた上、こんな所で身動き取れず置き去りなんて、確かにセラートが苛立つのも分かる。

「ヴァン」

 カイトが耳打ちする様に話しかけてくる。

「大丈夫?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
「そう、よかった」

 きっと瘴気は起きるんだ。なのに落ち着いていられるのは何故だろう。この中にいるからなのだろうか?これも、俺にはさっぱり分からない。
 
「……ねぇ、ヴァンはあの人と知り合いなの? 名前を呼んだ気がしたんだけど」
「さぁな、俺は知らない」

 確かに知らない。噂で聞いたくらいで実際会うのは間違いなく今日が初めてだ。聞き間違いだったのだろうか?これも分からない。
 ふと脳裏に昨夜の夢が蘇る。泥だらけのフードを被った顔を消した子供。もしかしてと一瞬考えたが、あまりにも接点のない人間だ。

 光と闇なんて。

 この中は穏やかであった。風も感じず、日の元にいる様。だが、次第に風に巻き上げられた葉が、光の膜に叩きつけられる様に当たりだす。雷が落ち、地を轟かせる。宙に閃光が走る。渦を巻いていた雲から竜巻が起きる。また、胸がざわめきだす。

 瘴気。

 それは見た事も、聞いた事もないほどに巨大であった。
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