咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第一章

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 まるで悪夢の中にでもいるようだ。非現実的な光景に恐怖した。どうしていつもと同じだと思っていたのだろう。完全に油断した。今更ながらここへ来たことを後悔し始める。セラートが喫驚した声を上げる。

「これが……瘴気? これほど巨大なのか」
「いえ、こんな巨大なものは聞いたことがありません。おそらく今までで最大かと」

 そう、これは異常な大きさだ。遠くから地の底から聞こえる様な不気味な声がした。

 瘴魔だ。

 この巨大な瘴気に一体どれほどの瘴魔が現れるのだろう。

「ほっ本当にこの中にいて、大丈夫なのかな?」
「だっ大丈夫……アドニール様のこれが、あるから」
「ヴァン見てっ!!」

 傍にいるカイトが切迫した叫びを上げる。俺は瘴気の方を凝視する。

 なんだ、あれは?

 積乱雲の様な紫の瘴気から何が伸びるのが見えた。ここからだと確認しづらいがあれは……手のように見えた。それが何本も生え、辺りを物色するように地を荒らしている。距離があるとはいえ危機を感じた。

「ヤバい……ヤバい」
「ここにいてはいけない! なんとかここから脱出しないと」

 セラートがドンドンと壁を叩き始める。

「えっ! この中にいた方がいいんじゃないですか!?」
「どっち、どっちだっ!?」
「もぉ、あんたでかいんだからぁ暴れないでよぉ」
「困りましたね」

 皆あたふたと慌て始めだす。俺は微動だせず、ずっと同じ場所に立っていた。
 これに触れるのが恐ろしかった。自分とは対照的な存在。眩い光に触れたら自分はどうなるのだろうかと。一歩足を前に出す。掌を見た後、二歩、三歩と近づいてそれに触れる。
 奇妙な音がした。
 共鳴したように、心の底が震える。
 膜にピシッと亀裂が入った。
 次の瞬間、ガラスが砕ける音が空から降ってくる。パラパラと光のかけらが落ちてきた。

「こっ壊れた!」

 カミュンの叫びに何が起こったのか理解した。俺が壊してしまったのだろうか。それを言おうか迷っていると、宙で止まっていた手を誰かが握る。そちらを見る。カイトが眉を下げながら小さく首を振った。

「急に、どうして」
「今はそれはいい。とにかくこれで自由が効く。行こうか」
「行く?」
「マジで行くんっすか……」
「さっきも言ったけど、引き返してくれて構わない」

 まだ諦めていたなかったのか。流石にこの戦いには意味を見出せない。そんな戦いに皆を連れて行きたくはない。セラートに問う。
 
「考え直してはくれないのですか?」

 セラートは力強い眼光で俺を見据える。ダメだこれは。テコでも動きそうもない。どうしてセラートはこれほどまでアドニールに固執するのだろう。ここは自分の国ではない。行ったところで無駄に命を危険に晒すだけだ。

 でも、それならそれで……。

「分かりました、ご一緒します。ですが隊員達はここへ残します」
「え゛っ!!」

 慌てた様子で皆が俺の傍へ来て、詰め寄ってくる。

「なんですっか!?」
「流石に危険すぎる」
「なら、尚更私達も行きます」
「そうですよ! 僕も一緒に行きますっ!! 置いていかないで下さいっ!」
「そうですよぉ~そんな気遣いいりませんよぉ」
「ヴァンが来るなって言っても、私達行くから」

 困ったなと小さくため息をする。諦めてくれる様子がない隊員達。それならば。

「死ぬかもしれないんだぞ」

 皆が息を呑むのが分かった。この脅しは効果的だったようだ。まぁ、脅しではなく事実だが。でも、カイリが引いてはくれない。

「それでも、私」
「ここで死にたくないだろ」
「じゃあヴァンは? ヴァンはいいの?」
「俺は別に……困らないから」
「困ら、ない?」

 カイリの声が震え出す。何となく想像できたカイリの表情。だから、俺はカイリの方は見ない。

「どうして、どうしてヴァンは自分の事そんな風に言うの……ヴァンに何かあったら悲しむ人がいるんだよ」
「俺に?」

 カイトを見て目が合う。カイトは自身の胸を掴み泣きそうなくらいに瞳を歪め、俺を見ていた。それを見ていられなくて目を逸らす。肩に手を置かれた。顔を上げると微笑むグレミオがいた。

「一緒に行きますよ」
「グレミオ」
「そうっすよ! そんなら尚更っす!!」
「まぁ~これも腐れ縁ですよぉ」
「僕はどこまでも隊長について行きますから!!」
「ヴァン、私達は仲間なんだから。一人にはしないよ」

 困ったな、っとまたため息をつく。作戦は見事に失敗した様だ。俺は皆に苦笑する。セラートが口を開いた。

「カイトはここに残ってなさい」
「えっ! セラート様!?」

 カイトは不服そうだが、俺はほっとした。カイトは瘴魔との実戦はない。この状況での戦闘は正直力不足だ。カイトを守り切れる自信も自分にはない。だから俺は一番カイトを連れて行きたくはなかった。

「いえ、僕も」
「カイト」

 俺は首を振る。カイトは顔を下げ唇を噛む。

「カイト。なるべく遠くへ……昼間休みをとったファリュウスとの国境で落ち合おう」
「……分かりました。セラート様お気をつけて」
 
 セラートは微笑み頷く。そして手綱を打ち駆け出す。俺も続こうとするとカイトが駆け寄ってくる。

「ヴァン……お願いだから無茶しないで、危ないと思ったら絶対に逃げて」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。……戦いには慣れてる」

 それはカイトを安心させる為に言った虚勢だ。流石にいつも通りとは言えない。俺は今日もしかしたら死ぬのかもしれないとすら思ってしまう。

 でも、それならそれでいいんだ。

 二人の友を悲しませてしまうという思いよりも、自分の価値を見出せないこの世界に未練はさほどなかった。ただ、二人に恩を返せないことくらい。

「ヴァン、気をつけて……待ってるから。約束だよ」
「あぁ、カイトも気をつけろよ」
「……うん」
 
 カイトは終始憂いた瞳で俺を見ていた。その瞳に別れを告げ、俺たちは深い闇の方へと進む。

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