咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
25 / 111
第二章

25.隠された真実①

しおりを挟む
「貴方は……最後、瘴気の中で何かがいるのを感じた?」

 リナリアの問いに蓋をしている記憶を僅かに開ける。瘴気から出る前、闇の奥深くで誰かに見ている気がした。そして深い絶望も感じた。思い出すのをそこでやめる。それ以上は思い出したくない。小さく頷いて返事を返した。リナリアは少し間を置いて、口を開く。俺は耳を傾ける。

「あれは悪魔なの」

 ん? 今、悪魔って……聞き間違えか?
 
「なに?」
「悪魔だよ。天に叛逆して闇に堕ち、封印された時を司っていた神様……目玉さんはそう言ってた」

 聞き間違えではなかった。ぽかんとしてリナリアを見る。一体どんな話かと思えば、まるで神話の様な話。揶揄われているのか、それともリナリアが揶揄われたのか。リナリアは眉を下げながら、不安そうに俺を見ている。今は考えてもしょうがないので、とりあえず話を続ける。

「……なら、あの瘴気の中はその悪魔が封印されている世界なのか?」
「ううん。確かに悪魔のいる世界だけど、悪魔の封印はもう解かれてる」
「解かれてる? 何故?」

 リナリアは小さく首を振る。

「それは分からない。目玉さん、見つかるかもって急いでて全部は聞けなかった。でも、言ってたの、あの霧の中の世界は封印が解かれた初めの世界だって」
「……」

 何を言ってるの分からない。つまりは胡散臭い。本当かよ、っと疑う目でリナリアを見る。目が合ったリナリアは慌てて考える仕草をしてうーん、っと唸っている。そして細い腕を上げ、宙に何かを書き出し始める。

「ええっとね。例えばここに一つの部屋があって、これは封印されてた場所ね。それでそこには一つ扉があって、その扉の先は枝分かれしてて他の世界に繋がっているの」

 リナリアは懸命に手振りしながら説明をしてくれるが、それよりも"他の世界"と、また壮大な言葉が出てきたので、いよいよ頭が痛くなってきた。

「悪魔は封印が解かれた時、原因になった世界に現れた。そしてそこを拠点にして、他の世界を侵食しようとしていたの」
「……ちょっと待って」

 まとめる時間が欲しい。要約すると、反逆した元神様の悪魔は封印されていた。その悪魔の封印が何かしらあって解かれ、その解いてしまった世界……つまりは俺が入った瘴気の中の世界にいる。そして、他にも世界があって悪魔が襲ってるって事か?これで合ってるのか?

 そういえば。

 一つだけ繋がる事があった。瘴魔は見知らぬ異物と呼ばれる物を落としていた。この世界では見た事がない物。それは、他の世界の物であったと言う事だったのか?

 そして瘴魔は……その世界の。

 また蓋をする。一瞬血に濡れたカイトの顔がよぎった。一気に悪寒と吐き気が押し寄せる。それを懸命に堪えて、一度震える呼吸で小さく息を吸い、吐く。
 
 ……そうだ。これが仮にもし本当なら、何をしたらいいかは分かりきってる。

「なら、あの霧の中にまた入って奴を殺せばいいんだろ」

 そう、カイトの仇。
 
 瘴気の原因が分からず何を憎んでやればいいか分からなかったがこれで、明確な相手が見つかった。
 リナリアは眉間に皺を寄せ、何処か物悲しげな目で俺を見ていたので視線を外す。

「……入る必要はないよ。この世界には悪魔の心臓がいる」
「し、心臓?」

 思わず声が裏返ってしまった。急に生々しい言葉にぞくりと背に悪寒が走り、嫌な気分になる。心臓……それはどうなものだろうかと想像をしてみるが、全くピンとこない。

「悪魔の力は強大過ぎて、時空を通ろうとすると逆にねじ曲がってしまい、他の世界を自分じゃ探せないみたい。だから自分の一番力を秘める部分、心臓を飛ばして辿り着いた世界を目標にするの」
「心臓だけが世界を移動できて、辿りついたところを目印にしてやってくるということか?」
「うん。原点の世界は瘴気の中。そして他の世界にも根を張るために心臓を飛ばすの。心臓が飛ばされて辿り着いた世界を感知して、その世界と原点の世界を繋げる……それが私達の世界で発生した瘴気だよ」
「……なるほど。そういう事か」
「うん、そういう事だよ」

 力強く頷くリナリアを見る。リナリアは本気で信じてるのだろうか、こんな物語みたいな話。あの目玉の瘴魔が勝手に作ったんじゃないのか?

「リナリアは信じるのか? あの目玉の瘴魔の話を。どう見ても怪しいけどな」
「……そうだね。そうだったら……よかったんだけどでも、現実に起こって……辻褄も合ってる気がするから」

 リナリアは言葉を選ぶ様に話す。思い詰めている様な瞳。それに何処か悲壮感も感じた。確かにこんな話、嘆きたくなる。

「他の世界があるなんて、想像できない」
「そうだね。でも、この世界には私達が知らない事がたくさんあるから」

 俺を見ながら形の良い唇が柔らかく微笑んだ。初めて見たリナリアの笑みに何故か鼓動が跳ねた。やっぱり、やりずらい。もう一度、面をつけてくれないだろうか。

「その悪魔は何がしたいんだ? 目的があるのか?」
「……神様に、封印をした神様に会う事って言ってた」
「復讐か?」
「……分からない。ごめんなさい」
「そうか。なら、その心臓はどこにあるんだ」
「……分からないの」
「はぁ」

 結局肝心なところは何も分からずじまいか。どうしたものか。互いに沈黙する。リナリアがぎゅっと自身の胸を掴む。そして口を開く。

「でも……私なら見つけられるって、言ってた」
「リナリアが? どうやって?」

 リナリアは深く顔を落とす。華奢な肩と握った手が小さく震えているのが分かった。その姿はとても弱々しく見えた。

「あのね、私にも……闇が紛れてるの」
「――っ!?」

 その声はとてもか細く消えてしまいそうであった。リナリアがおもむろに顔を上げる。俺は思わず息を飲んだ。揺らぐ青い瞳に、一層悲壮感を感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...