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第二章
26.隠された真実②
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「どういう事……なんだ」
突然打ち明けられた話に殴られた様な衝撃が走る。こんな不幸を背負って産まれたのは、世界に自分だけだと思っていた。なのにリナリアは自身にも闇が入り込んでいると言う。もしかして彼女も同じなのかと思ったが、リナリアはまた分からない、っとぽつりと呟く。
「自分で感じた事なかったし……でも魂に穢れがあるって。目玉さんは魂が見えるらしいの」
「魂? そんなもの本当にあるのか?」
「あるよ。でも、あまり目が良くないから、どれくらいの穢れがあるかは見えないって」
「あんなにでかい目玉をしてるのにか?」
自分がした質問が馬鹿らしかったなと口元を押さえる。リナリアは困った顔をして笑う。
「今の私はそのせいで心臓が持つ闇を見る事ができない。でも消えれば見つける事ができる」
「消す? どうやって?」
「そ、それはこれから探すの!」
なんだ、当ては無いのか。一気に期待が薄れる。両手で胸を抑えて言い張っているリナリアへ質問を変える。
「じゃあ仮にできたとして、心臓はどうやって探す?」
「心臓は人の中に紛れてる。誰かの魂ごと乗っ取り、その人に成り代わってこの世界にいるって……だから」
「えっ? なっ、人……に?」
ゾッとした。想像出来なかった心臓の正体がまさか人になっているとは。絶望が忍び寄ってくる様な恐怖と、途方もない不安が胸を覆う。人の姿をした人ではないモノ……それはまるで俺自身の様だ。
「ここに来たのは貴方に話をしたかったのと、キルに確認もとりたかったから」
「キルに? なんの」
「私はキルに今回の瘴気の件について手紙を送ったの。でも、届いてないって。セラートさんも兵士が殺されたって言ってたし……偶然じゃない気がするの」
何か言いたそうにリナリアはじっと俺を見つめてくる。俺はその意図を探る。リナリアはその心臓とやらが近くにいるかもしれないと言いたいのだろうか。それは考えたくない、口にもだしたくない事だ。そしてそれが本当だとしたらと、憎悪が湧いてくる。それら全てが事なきを得ていたら俺達は行かずに済んで、カイトは今も……。そもそも何故、リナリアは瘴気が起こる事を知っていた?それを尋ねた。リナリアはきゅっと口元を結った後、小さく口を開く。
「前、瘴気が起きた時に私も瘴魔の討伐に行ったの。その時にあの、黒い手に捕まって」
「あの手はなんなんだ」
「分からない。私もその時初めて遭遇したから……だから油断して。あの瘴気の中で私は、一人の男の子に会った」
「男の子?」
「うん、その子が言ったの。次にまたここに瘴気を起こす……だから、おいでって」
「闇ビト……なのか?」
「目玉さんは多分、フォニだって言ってた」
「フォニ? 誰だそいつは」
「悪魔の……声」
「声?」
「悪魔は自分が他の世界に入り込めないから、代わりに自分の体を切り離して送り込んでくる。でも、まだこの世界は何故か繋がりにくくなってたみたいで、悪魔の一部は心臓以外は」
服の裾をぎゅっと握ぎり、リナリアの瞳はキョロキョロとして落ち着かない色を見せる。今の話でその悪魔はリナリアを目的にしている様な気がした。
「何故、そのフォニって奴に呼ばれたんだ?」
「……」
リナリアは沈黙して答えてくれない。俺は静かに光の騎士と崇められる、小さな姿を眺めて言葉を待っていた。リナリアは俯いたままでポツポツと話し出す。
「どの世界にも……特別な力を授かった人がいるみたいなの。悪魔が放たれた時、対抗する為に神々がそれぞれその世界の誰かに力を与えた」
神の力という言葉にリナリアを見る。誰かなんてこの世界では明白だ。そう称えられているのは彼女しかいないのだから。
「リナリアがそうなのか?」
「……そうだと思う。目玉さんはそうと言えばそうなるのかなって言ってたから」
「なんなんだ、その曖昧な言い方はっ!」
「……言い辛かったのかも知れない。殺されるかも知れないって言うのと同じだから」
「なっ」
はっきりしないとイラついていた感情がすっと引いた。
「その悪魔を次の世界に渡らせないために、神様はその世界に結界を張るの。それは、その世界の力を授かった者を依代として作られる」
「……」
「その世界で力を授かった人を殺す……食うことが、悪魔にとって次の世界へ渡る為に必要な事なの」
俺はどこか遠くに見えた彼女の話をただ聞いていた。俯く彼女は今どんな気持ちを胸に抱いているのだろう。急に悪魔に命を狙われていると言われたら、普通は恐怖を抱き絶望する。世界の運命も他人の命も背負わされ、あまりにも悲運に俺は感じた。
「……平気なのか?」
憂慮から思わず気遣う言葉が出た。リナリアは微かに微笑んで、自らの掌を見つめる。
「ずっとなんで私だけ特別な力があるのか考えてた。でも、これで分かったの。選ばれたならしないといけないから、だから……大丈夫」
度々悲壮感漂わせる彼女。素直に強い人だなと思った。例え虚勢を張った言葉だったとしても、前に進んでいこうと言う気持ちが見えた。俺は少し羨望した。彼女は確かに光の力を持ち荘厳な空気を感じるが、それは彼女自身の輝きなのだろう。選ばれる理由があるのなら、そう言うところなのかも知れないと思った。
リナリアが掌を下ろして、顔を上げる。見えたその瞳はやはり意志宿る力強い目であった。
「そう、これは私の役目。……だから、貴方は何もしないで」
「なっ」
いきなり何を言い出すかと思えば。唖然としてリナリアを見たが、すぐに凄む様に見る。
それは出来ない。やっと敵が見つかったのだ。死にたいと思っていた。だが、この憎悪が俺を生かしてくれる。
「それは出来ない。俺は必ず……俺が奴を倒すんだっ!!」
「ダメっ!」
リナリアの張った声に思わず辟易してしまう。口惜しくて睨みつけた。リナリアは気押される事なく真っ直ぐに見てくる。視線を逸らさない。無言の闘争。お互いに引かない。
なんで、リナリアはここまで。
初めて会った時も頑なだった。でも、あの時は素直に従っていればよかったんだ。俺が道を開いてしまった。俺を守ろうとしてカイトが死んだ。止まらない自責念がまた胸を締め付ける。口を開けなくなる。リナリアの姿が霞出す。
全部俺のせいなんだ。
俺が、カイトを……死なせたんだ。
だから、せめて俺がこの手で。
体を揺さぶられはっと我に帰る。リナリアが俺の腕を揺さぶりながら、不安そうな目をして尋ねてくる。
「大丈夫?」
「あっあぁ」
「今の話は誰にも言わないで欲しい。悪魔の心臓なんて誰か分からないのにその話だけが出回ってしまうと、世界が混乱してしまうから」
「……」
また隠し事と嫌味を言いたかったが、これに関しては確かに知れ渡ると世界中が疑心暗鬼になりかねない。
ふっと目の端に影が映った。リナリアの後方、バルコニーのついた大きな窓を見る。肩が跳ねた後、全身が凍りつく。切り裂く様な鋭い目が俺を見ていた。その瞳は殺気を孕んでいる。俺の視線に気がついたのかリナリアも振り向きわっ!と声を上げて驚愕していた。
バチっと電流と火花が散った。黒焦げになった鍵だったものが床に落ち、ミツカゲが中に入ってきた。
「ミツカゲ!? な、な、なんでそんな所にいるの!?」
「いつまで待ってもいらっしゃらないので、心配で見にきました」
「いつまでもって……そんなに経ってないよ!」
リナリアはキルに怒られるよ、っと言いながらミツカゲに慌てて駆け寄っていく。ミツカゲの鋭い瞳が丸くなった。
「リナリア様っ!? 何故面をされてないのですか!?」
「えっ」
「おいっ! 貴様、何かしたのではないだろうなっ!?」
何故か俺が疑われたので、眉間に皺を寄せ憤怒を孕む切れ長な目を見返す。ミツカゲの目がさらに鋭くなった所でリナリアが俺達の間に立ち、声を上げる。
「ミツカゲ! 私が自分で取ったの!」
「何故です!?」
「なっなんでもいいのっ!」
リナリアが文句を言って、それをミツカゲが諌めている。ミツカゲが来てしまったので多分、これ以上リナリアと話はできない。まだ、自身が闇に飲まれた時の事を聞きたかった。でも、ミツカゲの殺意の混じるどっか行け、っと言わんばかりの目に当てられるのが嫌だ。こいつは簡単に俺の事を殺しそう。もう行こう。俺は静かに扉を引く。
「ねぇ、待って!」
リナリアが俺を引き止める。後ろを振り向く。悲しそうな目。不安そうな表情。それに胸がちくっと痛んだ。彼女のこれからの苦難に心憂う。俺が心臓を見つけ殺せれば、彼女も悲運から解放されるだろう。それでも、しつこく言うのだ。
「さっきの事、約束……して」
青い瞳をチラッと見る。どんなに願われようとそれは聞けない。俺は返事を返さずに、二人を置いて部屋を出る。背でもぉ!っと、リナリアが叫んでいるのが聞こえた。
廊下に出て先を見ると、石の窓枠に肘をつき外を眺めているキルがいた。そばへ近寄る。
「キル」
「おっ! 終わったか?」
にっと笑って俺を見る。
「何してるんだ?」
「うん? 空見てたんだ。今日はいい天気だろ」
「……そうだな」
なんだか散歩といい歳おりじみてる気がする。リナリアの大声が廊下に響き、耳に届く。
「なんか、うるさくないか?」
「ミツカゲが来て」
「あぁ、そうなのか。……どっから?」
「窓から。……窓、壊してたぞ」
「なっ! 迷惑な奴。本当に過保護な保護者だ」
「そうだな」
「はぁ、戻りたくねーなー。俺の事も目の敵にするんだぜ……俺の立場よ」
キルはまた窓の外を眺めだす。
俺はキルに謝りたかった。酷いことを言ってごめん、キルは大丈夫か?そう言いたかったのに、切なそうな顔をして外を眺めているキルを見ていると、喉の奥で止まってしまう。俺は今はキルに決意だけを聞いてもらう事にする。
「俺は……明日からまた、隊に戻る」
「え゛っ!? そんな急がなくても……もう少し休めよ」
休んでる場合じゃなくなった。憎悪の矛先がその悪魔へ向かう。心臓が誰かなんて分からないがとりあえず俺は俺で、リナリアよりも先に心臓に辿り着いてやる。
必ず……殺してやる。
キルは目を見張っていた。それにはっとした。俺は今、どんな顔していたんだろう。こういう気まずい時、逃げ出してしまうのが俺だ。
「じゃあ、もう行くよ」
「待て待てっ!」
行こうとする俺の腕をキルが掴み、引き止められる。
「なら、明日出る前に隊員と一緒に正門で待っててくれ」
「なんで」
「いいから、いいから! 必ず待ってろよっ!」
キルは慌てて走っていく。その背を見ながらいつもと変わらない、っとため息をつく。俺に気を遣って気丈に振る舞ってるのだろうか。思えば今までも俺ばかりが甘えて、キルの力になれたためしがないのが情けない。そう言えばと顔を上げる。
結局マリャとはなんだったんだ。
聞きそびれた。
突然打ち明けられた話に殴られた様な衝撃が走る。こんな不幸を背負って産まれたのは、世界に自分だけだと思っていた。なのにリナリアは自身にも闇が入り込んでいると言う。もしかして彼女も同じなのかと思ったが、リナリアはまた分からない、っとぽつりと呟く。
「自分で感じた事なかったし……でも魂に穢れがあるって。目玉さんは魂が見えるらしいの」
「魂? そんなもの本当にあるのか?」
「あるよ。でも、あまり目が良くないから、どれくらいの穢れがあるかは見えないって」
「あんなにでかい目玉をしてるのにか?」
自分がした質問が馬鹿らしかったなと口元を押さえる。リナリアは困った顔をして笑う。
「今の私はそのせいで心臓が持つ闇を見る事ができない。でも消えれば見つける事ができる」
「消す? どうやって?」
「そ、それはこれから探すの!」
なんだ、当ては無いのか。一気に期待が薄れる。両手で胸を抑えて言い張っているリナリアへ質問を変える。
「じゃあ仮にできたとして、心臓はどうやって探す?」
「心臓は人の中に紛れてる。誰かの魂ごと乗っ取り、その人に成り代わってこの世界にいるって……だから」
「えっ? なっ、人……に?」
ゾッとした。想像出来なかった心臓の正体がまさか人になっているとは。絶望が忍び寄ってくる様な恐怖と、途方もない不安が胸を覆う。人の姿をした人ではないモノ……それはまるで俺自身の様だ。
「ここに来たのは貴方に話をしたかったのと、キルに確認もとりたかったから」
「キルに? なんの」
「私はキルに今回の瘴気の件について手紙を送ったの。でも、届いてないって。セラートさんも兵士が殺されたって言ってたし……偶然じゃない気がするの」
何か言いたそうにリナリアはじっと俺を見つめてくる。俺はその意図を探る。リナリアはその心臓とやらが近くにいるかもしれないと言いたいのだろうか。それは考えたくない、口にもだしたくない事だ。そしてそれが本当だとしたらと、憎悪が湧いてくる。それら全てが事なきを得ていたら俺達は行かずに済んで、カイトは今も……。そもそも何故、リナリアは瘴気が起こる事を知っていた?それを尋ねた。リナリアはきゅっと口元を結った後、小さく口を開く。
「前、瘴気が起きた時に私も瘴魔の討伐に行ったの。その時にあの、黒い手に捕まって」
「あの手はなんなんだ」
「分からない。私もその時初めて遭遇したから……だから油断して。あの瘴気の中で私は、一人の男の子に会った」
「男の子?」
「うん、その子が言ったの。次にまたここに瘴気を起こす……だから、おいでって」
「闇ビト……なのか?」
「目玉さんは多分、フォニだって言ってた」
「フォニ? 誰だそいつは」
「悪魔の……声」
「声?」
「悪魔は自分が他の世界に入り込めないから、代わりに自分の体を切り離して送り込んでくる。でも、まだこの世界は何故か繋がりにくくなってたみたいで、悪魔の一部は心臓以外は」
服の裾をぎゅっと握ぎり、リナリアの瞳はキョロキョロとして落ち着かない色を見せる。今の話でその悪魔はリナリアを目的にしている様な気がした。
「何故、そのフォニって奴に呼ばれたんだ?」
「……」
リナリアは沈黙して答えてくれない。俺は静かに光の騎士と崇められる、小さな姿を眺めて言葉を待っていた。リナリアは俯いたままでポツポツと話し出す。
「どの世界にも……特別な力を授かった人がいるみたいなの。悪魔が放たれた時、対抗する為に神々がそれぞれその世界の誰かに力を与えた」
神の力という言葉にリナリアを見る。誰かなんてこの世界では明白だ。そう称えられているのは彼女しかいないのだから。
「リナリアがそうなのか?」
「……そうだと思う。目玉さんはそうと言えばそうなるのかなって言ってたから」
「なんなんだ、その曖昧な言い方はっ!」
「……言い辛かったのかも知れない。殺されるかも知れないって言うのと同じだから」
「なっ」
はっきりしないとイラついていた感情がすっと引いた。
「その悪魔を次の世界に渡らせないために、神様はその世界に結界を張るの。それは、その世界の力を授かった者を依代として作られる」
「……」
「その世界で力を授かった人を殺す……食うことが、悪魔にとって次の世界へ渡る為に必要な事なの」
俺はどこか遠くに見えた彼女の話をただ聞いていた。俯く彼女は今どんな気持ちを胸に抱いているのだろう。急に悪魔に命を狙われていると言われたら、普通は恐怖を抱き絶望する。世界の運命も他人の命も背負わされ、あまりにも悲運に俺は感じた。
「……平気なのか?」
憂慮から思わず気遣う言葉が出た。リナリアは微かに微笑んで、自らの掌を見つめる。
「ずっとなんで私だけ特別な力があるのか考えてた。でも、これで分かったの。選ばれたならしないといけないから、だから……大丈夫」
度々悲壮感漂わせる彼女。素直に強い人だなと思った。例え虚勢を張った言葉だったとしても、前に進んでいこうと言う気持ちが見えた。俺は少し羨望した。彼女は確かに光の力を持ち荘厳な空気を感じるが、それは彼女自身の輝きなのだろう。選ばれる理由があるのなら、そう言うところなのかも知れないと思った。
リナリアが掌を下ろして、顔を上げる。見えたその瞳はやはり意志宿る力強い目であった。
「そう、これは私の役目。……だから、貴方は何もしないで」
「なっ」
いきなり何を言い出すかと思えば。唖然としてリナリアを見たが、すぐに凄む様に見る。
それは出来ない。やっと敵が見つかったのだ。死にたいと思っていた。だが、この憎悪が俺を生かしてくれる。
「それは出来ない。俺は必ず……俺が奴を倒すんだっ!!」
「ダメっ!」
リナリアの張った声に思わず辟易してしまう。口惜しくて睨みつけた。リナリアは気押される事なく真っ直ぐに見てくる。視線を逸らさない。無言の闘争。お互いに引かない。
なんで、リナリアはここまで。
初めて会った時も頑なだった。でも、あの時は素直に従っていればよかったんだ。俺が道を開いてしまった。俺を守ろうとしてカイトが死んだ。止まらない自責念がまた胸を締め付ける。口を開けなくなる。リナリアの姿が霞出す。
全部俺のせいなんだ。
俺が、カイトを……死なせたんだ。
だから、せめて俺がこの手で。
体を揺さぶられはっと我に帰る。リナリアが俺の腕を揺さぶりながら、不安そうな目をして尋ねてくる。
「大丈夫?」
「あっあぁ」
「今の話は誰にも言わないで欲しい。悪魔の心臓なんて誰か分からないのにその話だけが出回ってしまうと、世界が混乱してしまうから」
「……」
また隠し事と嫌味を言いたかったが、これに関しては確かに知れ渡ると世界中が疑心暗鬼になりかねない。
ふっと目の端に影が映った。リナリアの後方、バルコニーのついた大きな窓を見る。肩が跳ねた後、全身が凍りつく。切り裂く様な鋭い目が俺を見ていた。その瞳は殺気を孕んでいる。俺の視線に気がついたのかリナリアも振り向きわっ!と声を上げて驚愕していた。
バチっと電流と火花が散った。黒焦げになった鍵だったものが床に落ち、ミツカゲが中に入ってきた。
「ミツカゲ!? な、な、なんでそんな所にいるの!?」
「いつまで待ってもいらっしゃらないので、心配で見にきました」
「いつまでもって……そんなに経ってないよ!」
リナリアはキルに怒られるよ、っと言いながらミツカゲに慌てて駆け寄っていく。ミツカゲの鋭い瞳が丸くなった。
「リナリア様っ!? 何故面をされてないのですか!?」
「えっ」
「おいっ! 貴様、何かしたのではないだろうなっ!?」
何故か俺が疑われたので、眉間に皺を寄せ憤怒を孕む切れ長な目を見返す。ミツカゲの目がさらに鋭くなった所でリナリアが俺達の間に立ち、声を上げる。
「ミツカゲ! 私が自分で取ったの!」
「何故です!?」
「なっなんでもいいのっ!」
リナリアが文句を言って、それをミツカゲが諌めている。ミツカゲが来てしまったので多分、これ以上リナリアと話はできない。まだ、自身が闇に飲まれた時の事を聞きたかった。でも、ミツカゲの殺意の混じるどっか行け、っと言わんばかりの目に当てられるのが嫌だ。こいつは簡単に俺の事を殺しそう。もう行こう。俺は静かに扉を引く。
「ねぇ、待って!」
リナリアが俺を引き止める。後ろを振り向く。悲しそうな目。不安そうな表情。それに胸がちくっと痛んだ。彼女のこれからの苦難に心憂う。俺が心臓を見つけ殺せれば、彼女も悲運から解放されるだろう。それでも、しつこく言うのだ。
「さっきの事、約束……して」
青い瞳をチラッと見る。どんなに願われようとそれは聞けない。俺は返事を返さずに、二人を置いて部屋を出る。背でもぉ!っと、リナリアが叫んでいるのが聞こえた。
廊下に出て先を見ると、石の窓枠に肘をつき外を眺めているキルがいた。そばへ近寄る。
「キル」
「おっ! 終わったか?」
にっと笑って俺を見る。
「何してるんだ?」
「うん? 空見てたんだ。今日はいい天気だろ」
「……そうだな」
なんだか散歩といい歳おりじみてる気がする。リナリアの大声が廊下に響き、耳に届く。
「なんか、うるさくないか?」
「ミツカゲが来て」
「あぁ、そうなのか。……どっから?」
「窓から。……窓、壊してたぞ」
「なっ! 迷惑な奴。本当に過保護な保護者だ」
「そうだな」
「はぁ、戻りたくねーなー。俺の事も目の敵にするんだぜ……俺の立場よ」
キルはまた窓の外を眺めだす。
俺はキルに謝りたかった。酷いことを言ってごめん、キルは大丈夫か?そう言いたかったのに、切なそうな顔をして外を眺めているキルを見ていると、喉の奥で止まってしまう。俺は今はキルに決意だけを聞いてもらう事にする。
「俺は……明日からまた、隊に戻る」
「え゛っ!? そんな急がなくても……もう少し休めよ」
休んでる場合じゃなくなった。憎悪の矛先がその悪魔へ向かう。心臓が誰かなんて分からないがとりあえず俺は俺で、リナリアよりも先に心臓に辿り着いてやる。
必ず……殺してやる。
キルは目を見張っていた。それにはっとした。俺は今、どんな顔していたんだろう。こういう気まずい時、逃げ出してしまうのが俺だ。
「じゃあ、もう行くよ」
「待て待てっ!」
行こうとする俺の腕をキルが掴み、引き止められる。
「なら、明日出る前に隊員と一緒に正門で待っててくれ」
「なんで」
「いいから、いいから! 必ず待ってろよっ!」
キルは慌てて走っていく。その背を見ながらいつもと変わらない、っとため息をつく。俺に気を遣って気丈に振る舞ってるのだろうか。思えば今までも俺ばかりが甘えて、キルの力になれたためしがないのが情けない。そう言えばと顔を上げる。
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