咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

34.距離 ◆

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 祭典前で人通りの多い賑やかな大通りを俺は、少し離れてリナリアの後に着いて行く。彼女は辺りを眺めながら人を避け、迷いなく進んでいく。突然、駆け足になる。見失わない様にと俺も足早になる。リナリアは一つの店の前で立ち止まった。その店の薄いピンク色の屋根の軒先に建てられた看板を見て、呆れた。

 ケーキ?

 いちごが乗ったケーキの形をした看板を見て、小さく溜息を吐く。晩飯に食べたい物とは菓子なのか。通りから商品が見える様に置かれたガラスのケースを食い入る様に見つめているリナリアのそばへ近寄る。

「シュークリームが……ないっ!」

 喫驚した声色に俺は、ショーケースの中を見る。ケースの中の陳列棚はほぼ空であった。残っているのはカットされた林檎のパイと焼き菓子の詰め合わせくらい。よく売れている。前夜祭だから買って行く人が多いのか?店の女がリナリアにごめんね、と言って次に来た客の相手をしだす。

「そもそも晩飯に菓子を選ぶのはどうなんだ」
「そ、それは。でも、私はずっとここの大きなシュークリームを」
「他のにすればいいだろ」
「無いと余計に食べたい」
「なら別の店に行けばいい」
「私はここしか知らないけど、貴方は知ってるの?」
「知らないな」

 リナリアはすとんと肩を落とし俯く。店の女がケースの中からパイを4つ取り出し、次に来ていた客に渡す。残り二つ。リナリアが慌てて顔を上げる。

「これにする! うん! これも美味しそうだし、貴方も食べるでしょ?」
「いらない」
「甘いもの食べると元気になれるよ! 一緒に食べよ」

 いいと言っているのにリナリアは二つ、っとお願いする。聞いてきたくせに無視されて不服に思う。店の女はガラス戸を開け、丁寧に二つ取り出し紙に包みだす。それをリナリアはワクワクして眺めている。仕方ないと俺は二つ分の代金を置く。

「私が買うのに」
「いい」
「じゃあこれは私の分」
「いらない。ついでだ」
「ついで? でも」
「なら、納得はしてないがこれが入隊祝いだ」
「全然祝われてないけど……でも、ありがとう」

 店の女が菓子の入った白い紙袋をショーケース越しに差し出す。それをリナリアはありがとう、っと笑顔で受け取る。

「どこで食べようかな」
「帰って食べたらいいじゃないか」
「そうだ! 前ここに来た時に通った公園にしよ。緑がいっぱいで素敵だなと思ったの」

 眉間に皺が寄る。また無視された。人の話を聞く気はあるのだろうか。

 強引な奴だな。

 でも、そう言うところはなんだかキルに似ていると思った。キルはいつもそうやって俺を引っ張ってくれる。

 類は友を呼ぶだな。

 はぁとため息。
 リナリアは紙袋を胸に抱えながら、弾む足取りで歩きだす。彼女を止める事は出来ないと諦め、俺は今度は少し後ろからついて行く。
 和かな表情をする人々とすれ違う。リナリアも楽しそうに店先を見て回る。時々こちらに振り向き、笑いながら話しかけてくる。俺はそれに適当に返事を返す。

 楽しそうだな。

 今の彼女からは本当になんの憂いも感じない。むしろ自由さえ感じる。そんな彼女がこちらを向く度に、この煌びやかな風景の中に自分は確かにいるんだと今は実感していた。
 
 リナリアは大通りから道を外れ、また迷いなく道を歩いていく。よく覚えているなっと瞠目した。
 薄暗い灯りが窓から漏れる家々の中、ぱっと緑が目に入る。木々が迎え入れる様にそよそよと闇の中、葉を揺らす。リナリアの後ろについて俺はレンガの道に足を踏み入れる。
 静けさが漂う。遠くから人のざわめきがだけが聞こえる。辺りを見渡す。木とたまに誰が世話している花壇にはまた季節の花が咲いている。散歩するくらいしか目的のなさそうな場所。大通りと比べれば人気はないが、それでも誰かとすれ違う。
 細いレンガの道沿いにある長椅子にリナリアは腰掛ける。ここにしようっ、と手招きされるので俺は一人分開けて隣に座る。リナリアは紙袋を開け、そっと菓子を取り出す。そして俺に差し出してくる。

「はい、どうぞ」
「あぁ」
「美味しそうだね。いただきます!」
「……」

 渋々受け取る。手元の菓子をまじまじ見る。そして顔を顰める。

 甘そう。

 別に嫌いじゃないけど、好んでも食べない。林檎のパイなんていつ食べたかな。あまり食べた思い出がない。口に運ぶ。一口小さく齧る。首を傾げる。

 こんなものなのかな。

 見るからに甘そうなのに、味が薄い。無味に近いこの菓子に対して何故か落胆した。食べるのを止める。もぐもぐと隣でリナリアは食べ続けてる。

「美味しいね」
「あぁ」
「食べないの?」
「別に……もう少しゆっくり食べたらどうだ」
「だって、お腹空いてたんだもん」

 再びリナリアは笑顔でパイを頬張っている。幸せそうなその顔を見て、もう一度齧ってみる。少しだけ甘い気がした。

「隊の人、みんないい人だね」
「そうだな。それでも最初は好き勝手やられてまとめるのが大変だったが」
「そうなんだ。貴方はいい隊長さんなんだね」

 チラッとリナリアを見る。どこか切なさを感じる目で手元にある食べかけのパイを眺めていた。
 
「みんな貴方の事、心配してた。今日ずっと気にしてた」
「……分からなかったな」
「そう、してたんだと思う。貴方が瘴気の中に入った事。中で……何があったかは私はキルにしか言ってない。キルは多分誰にも言ってないから……みんなは貴方に何があったかは知らない」
「……」

 自分だけっと思う。いつだって守られて、生かされる。俺はただ生きてるだけで、なんの意味も見出せないのに……そんな事される価値もない人間なのに。

「……ごめんね。したくない話だよね」
「……」
「でも、さっきも言われてたけど貴方すごく疲れた顔してる……眠れてないの?」
「……カイトが」

 言おうとした言葉を咄嗟に止める。つい考え無しに口にしようとしてしまった。彼女に話してもしょうがないのに。リナリアが俺の話の続きを待っている気がする。だから何でもない、っと答えた。

「何故、面なんしてるんだ?」

 それはほんの興味本位。ただ話題を逸らしたかったから。リナリアは顔を下げる。少し黙った後で、ためらう口調で話し始める。

「ダイヤには考えすぎって、キルにもそう言われたけど……なんか、嫌なの」
「何が?」
「その……目が」
「目?」
「視線って言うのかな。あの私を見る目が……あまり、好きじゃないの」
「よく分からないな」

 何が言いたいのか、さっぱり分からない。でも、多分本人が言い辛いからわざとそうしている気がした。リナリアはうーんっと頭を悩ませる。

「なんかキラキラしてるって言うか」
「キラキラ?」
「えっと、ドキドキしてる様な」
「何だそれ」
「へっ変だよね? 私もよく分からない。でも、お面してれば誰もそんなふうに見ないから、男のフリしてたら誰もそんなふうに思わないから。だから」

 リナリアは急ぐ様に最後の一口を口に放り込む。それは男に好意的に見られるのが嫌だと言う事なのだろうか?それで、カミュンにもヘイダムにもあんな態度をとっていたのか。

「意識、しすぎかな」
「さぁな。俺には経験がないから分からない」
「ふふ」
「なに」
「キルが貴方は鈍感だって言ってたの思い出して。気づいてないだけじゃないの」
「なら、さっきの友達の男は平気なのか」
「ダイヤの事?」

 リナリアはくすぐったそうに笑う。

「さっきも言ったけど、ダイヤはいつも私に冷たいよ」
「ふぅん」
「いつもガミガミ怒ってて怖いんだから」
「そんな目をしてる」
「……貴方の事も私、もう少し怖い人かと思ってた」
「俺?」

 俺の圧にリナリアは少し肩を跳ねさせる。そして気まずそうに苦笑する。

「だってキルに見せてもらった写真、すごく不機嫌そうな顔してたから」
「写真は嫌いなんだ」
「そうなんだ。私ね、実はずっと貴方に会いたいと思ってたの」
「な、なんで」
「写真見せてもらった時からね、いつか会いたいと思ってた。なんでかな、不思議だね」
「……」

 不思議。確かに彼女に会ってから俺もやけに彼女と泥だらけのローブのあいつを重ねようとしている気がする。

「会いたいとは思ってたけど、いざ会ったら仲良くなれるのかなって考えてた。でも、キルは無愛想だけど話せばいい奴だって言ってたから」
「なんだそれ」

 それを言ったキルの顔が簡単に思い浮かぶ。リナリアが深く顔を下げる。

「キルの言う通り、貴方は優しい人。だけど、私は……その、馴れ馴れしいかったよね」
「どう言う事だ?」
「私は貴方のことを知ってたけど、貴方は私の事を知らなかったから……急に名前で呼ばれるの嫌だっだかなって」

 言われて思い返すと、確かに出会った時から俺の事を名で呼んでいた。それに気づいて昨日と今日の彼女の言動を思い出す。そう言えばもう呼ばれていない気がする。

「気にしてるのか」
「気にしてるっていうか……呼ぶなって言われたから」

 ……そうだった。

 あの時は引き止めてほしくなかった。だから咄嗟にそう叫んだが、呼ばれること自体は今は何も思わない。そうだ、謝ろうと思ってたんだ。

「その、あの時は悪かった。別に……あれは気にしないでくれ」

 ぴこんっとリナリアは背筋を伸ばし丸い瞳で俺を見る。

「怒って、ない?」
「怒ってない」
「じゃあ、いいの?」
「まぁ」
「よかった。ありがとう、ヴァン」



 ふふっ、と嬉しそうに笑いかけてくる彼女になんだか変な気持ちになる。鼓動が少し早くなった。胸が落ち着かなくて彼女を見れなくなる。やっぱり、面をしてくれた方がやりやすい。
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