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第二章
35.親子
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食べたくない菓子を頬張る。それは芽生えた気まずさを誤魔化したかったから。
遠くから子供の笑い声が聞こえた。遊び帰りの親子だろうか。父と母に挟まれる男の子は両親と手を繋ぎ、笑い合う。微笑ましいその光景をなんとなく目で追う。
「私ね」
彼女がポツリと話しだす。視線を移す。少し体を前に倒しながら彼女もその親子を目を細めて眺めている。
「両親の顔知らないけど、たまに考えるの。どんな人だったのかなって……どうして、私は一人なんだろうって」
「……」
「でもね、それをミツカゲとトワには聞いた事はないよ。なんだか悪い気がして……それに二人がいてくれれば寂しくないから」
「そうか」
「……貴方のお父さんと……その、お母さんはどんな人だったの?」
「……覚えてない」
「そう。なら、私と一緒だね」
そう言う彼女に悪い気がした。俺は正確言えば覚えてない訳じゃない。思い出したくないだけだ。
「思い出したくないんだ」
「いい思い出、ないの?」
彼女の問いに答えられない。楽しかった思い出があるからこそ、思い出したくないんだと思う。
両親は何故苦難に合うと分かっていながら俺を産んだのか。どうして抗いせずに死を受け入れ、俺を一人置いていったのか。そんな消化できない理不尽さと裏切りに近い気持ちのせいで思い出に蓋をしてしまう。
「思い出したって」
辛いだけだから。
……カイトの事も。俺はいつそうしているんだ。
「……でも、きっと貴方を大切にしていたと思う」
「なんで」
「それは……」
リナリアは深く頭を下げ、俯く。
「私は思い出があるのは羨ましいと思うけど」
答えになってない。でもそう言われると、もう何も言えなくなるのでずるい。
「ミツカゲとトワとの思い出はたくさんあるけど、二人はいつも敬語で話してくるから、やっぱりどこか家族とは違うのかなって寂しく思うの」
「確かにやけに敬ってるな」
「でしょ? 普通にして欲しいってお願いしたんだけど、ミツカゲに落ち着かないからって言われたの」
「よく分からないな」
「そうだよね。この、力のせいなのかな?」
「……さぁな。それよりいつまでここにいるつもりなんだ」
「えっ?」
リナリアは目を丸くして俺を見上げる。
「こんな事してる場合じゃないだろ」
「そう、だけど……でも、キルと」
「そんな約束、もう守らなくていい」
「……でも」
「それにさっきの友達の男が急にいなくなったと言ってたが、無断で国を空けてるのか」
「ちっ違うよ! ちょっと用事があるから出るって、聖王とトワには言ったよ」
「許可もらったのか?」
ぐぅっとリナリアは小さく唸った。
「……トワはいいよって言ってくれたけど、聖王はあまりいい顔はしてなかった。別にここに来る事は言わなかったし、もちろんキルとお友達になった事もずっと内緒にしてたけどなんとなく、ここに行く事は分かってたんだと思う」
「本当に閉鎖的だな」
「聖王は他国の交流をあまり快く思ってない。精霊への信仰心の違いかな。この前の事、知らせなかったのは関わりたく無いから。そもそも私とトワとミツカゲがいればなんとでもなるって思ってる……」
でも、っと最後リナリアは言って俯く。膝に置いてある拳が震えているように見えた。彼女が今まで背負ってきた重みを考えていると、急に威圧するような視線を感じた。この視線を経験するのは二度目なので、誰かはすぐに分かった。だから、胸が重くなる。
「……迎えに、来たんじゃないか」
闇の中、さらさらと銀色の髪揺らしながら青い眼光がこちらを見ていた。
「ミツカゲ」
「いつまでその男といるつもりですか? お供をさせてもらう代わりに邪魔をしないと誓いましたけど、流石にもう黙ってはいられませんよ。いくらなんでも貴方は自分の事を分かってなさすぎます」
機嫌の悪そうな声色で息継ぎなく叱咤する。腕を組みながら、相変わらず殺気を孕む瞳で俺を睨んでくる。それ以外にも感じた。これは憎悪の目だ。
「話は終わりましたよね? もう、この様に振る舞う必要はないでしょう」
「あ、うん。じゃあ、もう行くね」
リナリアは慌てて立ち上がり、ミツカゲの方へ駆けていく。その背を見てふと思い出した。あの時、聞きそびれた事。それを尋ねる。
遠くから子供の笑い声が聞こえた。遊び帰りの親子だろうか。父と母に挟まれる男の子は両親と手を繋ぎ、笑い合う。微笑ましいその光景をなんとなく目で追う。
「私ね」
彼女がポツリと話しだす。視線を移す。少し体を前に倒しながら彼女もその親子を目を細めて眺めている。
「両親の顔知らないけど、たまに考えるの。どんな人だったのかなって……どうして、私は一人なんだろうって」
「……」
「でもね、それをミツカゲとトワには聞いた事はないよ。なんだか悪い気がして……それに二人がいてくれれば寂しくないから」
「そうか」
「……貴方のお父さんと……その、お母さんはどんな人だったの?」
「……覚えてない」
「そう。なら、私と一緒だね」
そう言う彼女に悪い気がした。俺は正確言えば覚えてない訳じゃない。思い出したくないだけだ。
「思い出したくないんだ」
「いい思い出、ないの?」
彼女の問いに答えられない。楽しかった思い出があるからこそ、思い出したくないんだと思う。
両親は何故苦難に合うと分かっていながら俺を産んだのか。どうして抗いせずに死を受け入れ、俺を一人置いていったのか。そんな消化できない理不尽さと裏切りに近い気持ちのせいで思い出に蓋をしてしまう。
「思い出したって」
辛いだけだから。
……カイトの事も。俺はいつそうしているんだ。
「……でも、きっと貴方を大切にしていたと思う」
「なんで」
「それは……」
リナリアは深く頭を下げ、俯く。
「私は思い出があるのは羨ましいと思うけど」
答えになってない。でもそう言われると、もう何も言えなくなるのでずるい。
「ミツカゲとトワとの思い出はたくさんあるけど、二人はいつも敬語で話してくるから、やっぱりどこか家族とは違うのかなって寂しく思うの」
「確かにやけに敬ってるな」
「でしょ? 普通にして欲しいってお願いしたんだけど、ミツカゲに落ち着かないからって言われたの」
「よく分からないな」
「そうだよね。この、力のせいなのかな?」
「……さぁな。それよりいつまでここにいるつもりなんだ」
「えっ?」
リナリアは目を丸くして俺を見上げる。
「こんな事してる場合じゃないだろ」
「そう、だけど……でも、キルと」
「そんな約束、もう守らなくていい」
「……でも」
「それにさっきの友達の男が急にいなくなったと言ってたが、無断で国を空けてるのか」
「ちっ違うよ! ちょっと用事があるから出るって、聖王とトワには言ったよ」
「許可もらったのか?」
ぐぅっとリナリアは小さく唸った。
「……トワはいいよって言ってくれたけど、聖王はあまりいい顔はしてなかった。別にここに来る事は言わなかったし、もちろんキルとお友達になった事もずっと内緒にしてたけどなんとなく、ここに行く事は分かってたんだと思う」
「本当に閉鎖的だな」
「聖王は他国の交流をあまり快く思ってない。精霊への信仰心の違いかな。この前の事、知らせなかったのは関わりたく無いから。そもそも私とトワとミツカゲがいればなんとでもなるって思ってる……」
でも、っと最後リナリアは言って俯く。膝に置いてある拳が震えているように見えた。彼女が今まで背負ってきた重みを考えていると、急に威圧するような視線を感じた。この視線を経験するのは二度目なので、誰かはすぐに分かった。だから、胸が重くなる。
「……迎えに、来たんじゃないか」
闇の中、さらさらと銀色の髪揺らしながら青い眼光がこちらを見ていた。
「ミツカゲ」
「いつまでその男といるつもりですか? お供をさせてもらう代わりに邪魔をしないと誓いましたけど、流石にもう黙ってはいられませんよ。いくらなんでも貴方は自分の事を分かってなさすぎます」
機嫌の悪そうな声色で息継ぎなく叱咤する。腕を組みながら、相変わらず殺気を孕む瞳で俺を睨んでくる。それ以外にも感じた。これは憎悪の目だ。
「話は終わりましたよね? もう、この様に振る舞う必要はないでしょう」
「あ、うん。じゃあ、もう行くね」
リナリアは慌てて立ち上がり、ミツカゲの方へ駆けていく。その背を見てふと思い出した。あの時、聞きそびれた事。それを尋ねる。
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