咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第三章

67.見えない真意

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 ジュンの後ろを、ついて歩く。
 俺の後ろを赤毛もまたついてくるが、ずっと殺気じみたものを背に感じ、落ち着かない。
 ジュンが案内してくれるから、別に着いてこなくてもいいのに。
 それにしても、着いてこいと言っていたが、何処へ向かっているのだろう?
 リナリアの家だろうか?
 彼女はどんな家に住んでるのか。一国の騎士団をまとめているのだから、きっと立派な家に違いない。
 聞いてみたいが、わざわざジュンを呼び止めるのも億劫おっくう
 
 まぁいいか。見れば分かる。
 
 しかし、本当に白い建物ばかりだ。
 遠目から見れば美しいと感じられたが、流石に落ち着かない。馴染なじまない。だんだんと自分が、浮いていく感じがする。
 やはり、同じ首都でもアデルダとは違う。
 人も多いし、活気もあるが、何処か静かと言うか、何と言うか。
 大通りには、よく分からない石や像を売る土産屋や、艶々した果物や野菜を店先に並べる食店品、白いローブをショーケースに飾る衣料品店が目に入るが、何かを楽しむ、人生をより豊かにすると言った店があまりない気がする。
 信心深い国民性なのか、粛々しゅくしゅくと生きているっとそんな感じも受ける。
 何だかな。見た目の荘厳そうごんさからリナリアをイメージできた町だが、明るく、好奇心旺盛な性格の彼女とはあまり結びつかない。だから、アデルダの町を歩いていた時、あんなにも楽しそうに見えたのかもしれない。
 
 今はどうだろう。
 彼女は、笑えているのだろうか?
 
 ふと前を見ると、いつの間にかジュンとの距離が近い。そのまま速度を緩め、俺の横に並ぶ。何だろう?

「そう言えば雨、大丈夫でしたか? 急に降ってきたから大変だったでしょう?」

 世間話、なのか?
 ちょうどいい。少しいろいろ聞いてみるか。

「あぁ。しかし、おかしな天気だったな。急に雲が空を覆うように見えて、不自然だった」
「えぇ、そうですね」
「何か嫌な感じがしたが、こっちで変わった事はなかったか?」
「いいえ。とにかく酷い雨に皆、慌てていました。それだけです」
「そうか。あと、そのリナリアは今どうしてる?」
「リナは……実は、アデルダから帰ってきてからずっと、泣いているんです」
「……」

 どうして、っと聞こうとしたのに、口が開かない。それはもし自分のせいだったらっと言う恐ろしさと、彼女が泣いていた時に何もできなかった自分の無力さがそうさせる。俺は、本当に意気地なしだ。
 そうか、っと聞こえるか分からない声で返事を返す。
 そのままお互い黙って歩く。
 大通りから外れ、路地に入った所でジュンが周りを伺う様子をする。
 そして真剣な瞳をして、小さく口を開く。

「ヴァンさんはこの世界の事、リナの大体の事情を知っているんですよね?」
「二人も知ってるのか?」
「えぇ。私達は先日リナから聞かされたばかりですが。まさか神や悪魔、他の世界が存在するなんて、正直今も信じきれていない自分が……いえ、信じたくないと言う気持ちです。でもこれで瘴気や瘴魔しょうまの説明がつきますし、何よりリナがそう言うのですから、そうなのでしょうね」

 確かに、にわかに信じがたい話だ。
 瘴気を起こしたのは悪魔で、そいつは元々は神であった。そして他の世界が存在し、悪魔が己を封印した神に会うために、蹂躙じゅうりんし回っているなんて。
 そして、リナリアがその標的である神の力を持っている事。
 なら、あの事も?

「あの事も知っているのか?」
「あの事?」
「悪魔の、あれだ」

 にごして言ったが、ジュンはほんの少し沈黙した後、静かに頷く。
 
 そうなのか?驚いたな。
 
 悪魔の心臓の存在は、混乱を招かないよう秘密にしようとリナリアが言っていたのに。
 この二人が、敵ではないと言う確証は俺にはない。
 確かに何十億人と住む世界で、この二人が心臓である確率なんて無いに等しいが、でもゼロでは無い。
 リナリアは二人はそうじゃないと信用している、それとも確信できる何かがあったのか。分からない、ただ友達だからか?
 まぁ、リナリアが決めた事なら俺は、何も言う事はない。
 そう言えば二人は、俺の事を何処まで知っている?

「俺の事は何処まで知っている?」
「ヴァンさんの事、ですか? どう言う」
「女ったらしの、クソ野郎って事だろっ!!」
「もう、お兄ぃっ!!」

 うるさい赤毛だ。
 もうこいつの言う事は、無視しよう。

「ヴァンさんの事はリナがアデルダで、お世話になった事くらいしか知りません。他に何か?」
「いや、何でもない」

 きょとんとした顔。隠している様子はない、か。
 俺の素性は、二人には知られていないようだな。

「そうですか。そう言えばリナ、言ってました。アデルダで貴方と隊のお仲間と過ごせた事が、とても楽しかったって」
「そうなのか?」

 リナリアがそんな事を?
 あまりそんな感じには見えなかったが、そう言ってもらえる事は素直に嬉しい、っとすぐに浮ついてしまう。

「リナにとって新鮮だったんでしょうね。いつもは人の上に立ち、あがめられる存在ですから。ここにいるよりも、自由だったのでしょう。いつも自分の事は後回しで、誰かの為に」

 自分のためではなく、誰かを守る為に戦うと言った彼女の言葉を思い出す。
 リナリアは本当に強い人だ。こんな状況になっても決して弱音を吐いたり、悲観する事を言わなかった。
 
 だが、あの時泣いていたんだ。そして、今も。
 
 リナリアだって、辛い事や苦しい事に傷ついたりはする。彼女が弱音を吐けなかった、頼られなかったのは俺が、そうさせてあげられるほど強くないからだ。
 キルにもそうさせてしまっていて、つくづく自分が嫌になる。
 ふとジュンが、ぼそっと何かを呟く。そして首元に下げている石を握る。この石、あの赤毛も同じ物をぶら下げている。

「どうしました?」
「いや、その石、あいつと同じだから。兄弟で同じものを身に付けてるのか?」
「これですか? ふふ。兄弟でって言うのは少し違います。これは、リナがくれたんです」
「リナリアが?」
「えぇ。ずっと前にお守りにって。いつもは袋に入れて持ち歩いていたんですけど、リナが持っているか心配してたので、こうして見えるようにしたんです。これならリナも安心してくれると思って」

 へぇ、本当に仲がいいんだな。
 ジュンは彼女の事をリナと呼ぶのも愛称に聞こえ、距離が近いことわかる。
 いいな。俺もそう呼べたら少しはって、会いたくないって言われている奴が無理か。

 っていや、待て待て。

 気づかれないように見たつもりだが、後ろにいる赤毛と目が合う。赤毛はまた大層な舌打ちをする。

「けっ、ジロジロ見んな。クソ野郎」

 首に下げている石を、ローブの中へしまい込む赤毛。いちいち憎ったらしいが、リナリアからもらった事が、少し羨ましい。

「本当に口が悪いんだから。もう、直しなさいよ」
「るせぇ」

 ジュンの言う通りだ。
 口も悪いし、態度もでかい。リナリアがこいつの友達だと言うのも謎だ。
 彼女に対しても当たりが強かったし、何でそんな態度をとるのか。俺には考えられない。
 だが、だからと言って、あからさまに好意を寄せる態度も見せられない。
 リナリアは、男に好意を寄せられるのを、極端きょくたんに嫌がっている。感じ取られれば離れてしまうかもしれない。

 難しい……ん?まさかな?

 赤毛の過剰とも言えるこの態度、わざとなのか?
 そばにいる為に、気づかれないように隠しているのか?
 兄弟喧嘩を始める赤毛を、凝視する。

「だから、友達もできないのよ」
「うるせぇな! そんなもんなくても困らねぇ」
「あっそ。そんな態度ばっかりだから、取られちゃうのよ」
「余計な世話だっ!! くそっ何見てやがるっ!! 見るなっつただろっ!!」

 いや、これはこいつの元の性格だ。
 俺の考えすぎだな。
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