咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第三章

68.夢なら

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 歩いている間ジュンがたまに、たわいの無い話を振ってくる。それに俺が返事を返すと、必ず赤毛が突っかかってきて、兄弟喧嘩が始まる。

「お兄ぃはもう、話に入ってこないでよ」
「るせぇっ!! 俺が何言おうが、勝手だろっ!!」
「勝手って、さっきからヴァンさんに失礼よ」
「何で俺が、こいつに気ぃ使わねぇとなんねぇんだっ!!」

 凄みのある声が、人通りの少ない路地に響く。
 さっきからこの調子で、いい加減もうやめてほしい。リナリアの前でもこうなのか?
 
 はぁ。まだ、着かないのか。
 それになかなか歩いたと思うが、ここは何処なんだ?

 リナリアの家に向かっているのかと思っていたが、想像していた場所と違う事に疑問符が浮かび出す。
 家と家が狭い間隔で並ぶ市街地のここには、大きな屋敷があるように見えない。どれも一般人が住まうような家ばかり。

「この辺りにリナリアは、住んでいるのか?」
「あっ、違いますよ。近道をしているだけです」
「そうか」
「てめぇは黙って歩いてろ。気に食わねぇんなら帰れっ!!」
「お兄ぃが黙っててっ!!」

 あぁ、また。
 うるさいから、もう喋らない。
 
 馬を引きながら入り組んだ道を歩いていると、徐々に広い道になり、人の騒めく声が大きく聞こえ出す。
 また大通りに出た。
 ここはどの辺りだ?
 左を見ると大聖堂の右側面が見えるから、町の正面から見て大体右側か。
 今度は右を向くと、近い距離に町の出口が見える。入ってきた正面とは違い、針葉樹の森の中に道が続いている。
 ジュンは歩き出す。どっちへ……右の方に。
 真っ直ぐ行けば町の外に出てしまうが、また脇道にはいるのか?
 いや、途中道を外れる事なく出口に向かっている。
 ちょっ、待て待て!!

「町の外に出るのか!? 何処に行く!?」
「てめぇを、このまま追い出」
「私達の秘密の場所です」
「秘密の場所?」
「無視すっなっ!!」

 ジュンは入り口で見張りをしている騎士に挨拶をする。騎士達は二人を見るなり背を伸ばし、右手を胸に当てる。敬意を示す姿勢。
 二人はそれなりに、地位のある立場なのか?
 それより秘密の場所だ。

「秘密の場所はどこにある?」
「この森の中にあります。小さい頃兄と私とリナ、3人で良く遊んだ場所なんです。人が来なくて、静かで誰にも邪魔をされない。春になると白い花が咲いて綺麗なんですよ。リナも私も毎年楽しみにしていて」
「へぇ」
「人が来ねぇって、入ったら行けねぇ場所だからな」
「そうなのか?」
「道を通るのはいいのですが、森の中は神聖な場所になっています。精霊が住まう森と言われ、町の人達は余程の事がない限り出入りしません」
「そんな場所に入っていいのか?」
「るせぇな。びびってんなら帰れよ」
「お前には聞いてない」
「んだとっ!!」

 もうっ!!とジュンが声を上げ、思わず胸が跳ねる。
 叫んだ後ジュンは、コホンッと小さく咳払いをする。

「子供の頃でしたので、今ほど私達には信仰心がありませんでした。それに父の方が、信仰するよりも己の力を鍛えろって感じの人なので、勇気試しに入ってしまいました」
「なんだか、強そうな父親だな」
「ふふ、そうですね。兄の気の強さは父親譲りなんですよ」
「なるほどな」
「なぁにが、なるほどだっ!!」

 道なりに歩いていると、ジュンがキョロキョロと辺りを見回す。
 人がいない事を、確認しているのか?
 いない事を確認できると、そそくさと森の中に入って行く。俺も急足で森の中へと足を踏み入れるが、入った途端、空気が変わった。
 降った雨のせいで水分を多く含む空気の中に、濃い緑と土の匂いがする。
 胸がそわそわし出す。
 誰かに見られている、そんな落ち着かなさが急に湧く。
 なんとなく言葉を発し辛い。
 無言で進む。
 ジュンは何故か森の中に入った途端、急に歩くペースを上げる。
 立派な木々が立ち並ぶ変わり映えしない景色の中、どれくらい進んだか。
 馬を引きながらは歩きづらいな、っと心の中でぼやいていると、おもむろにジュンが立ち止まり指差す。

「このまま真っ直ぐ進むと、開けた場所に出ます。そこに、リナはいます」
「リナリアはここに、一人でいるのか?」
「えぇ。私達はここで待っていますから、行ってください」
「はぁ゛っ!?」

 赤毛の喫驚きっきょうする声が、静かな森に響き渡る。

「おい、ジュンっ!!」
「ヴァンさん、リナのお守りを知ってますか?」
「さっき話していた」
「いえ、リナが持っているお守りです」
「だから無視すっな!!」

 記憶を振り返る。
 そう言えば彼女が、家に来た時に話してくれた。

「そういえば、そんなものを持っていると前彼女から聞いた。あの時は持ってないから、今度見せてくれると」
「そのお守りはリナにとって、何よりも大切なものです。私達が出会った時から持っていますが、リナ自身いつから持っていて、どうして大切にしているかは、はっきり分からないそうです」
「そうなのか。それで、一体そのお守りがどうしたんだ?」
「この前大型の瘴気が起こった後、リナがアデルダへ行くと言いました。ミツカゲ様とトワ様が危険だからと止めていましたが、リナは絶対に行くって聞かなくて。リナはああ見えて、結構頑固なんですよ」

 何でもないっ!と頑なに言うリナリアを思い出す。
 確かに頑固と言うか、意地っ張りと言うか。

「なんとなく、分かる」
「トワ様がどうしても行くならそのお守りを、預けて行けとリナに言ったんです。それなら諦めてくれるだろうと思ったのでしょうけど、でもリナはトワ様に預けて行ってしまったのは、本当に驚きました」
「そんな事があったのか」
「今もリナがそこまでした理由は、分かりません。でも、きっと貴方が」
「俺?」
「ヴァンさんは王のご友人でそして、あの戦いの場にもいた。だから、そう言う事です」
「けっ!!」

 ジュンは俺の為に、来てくれたと言いたいのか?
 確かにリナリアは、俺が悪魔に狙われていた事を伝えに来てくれた。だが、それだけだ。キルの友達だからなんて関係ない。
 それにリナリアは今、会いたくないって。

「俺は会いたくないと言われるほど、嫌われているがな」
「違うんです。リナが会いたくないと言ったのは、貴方に止められてしまうと思っているから」
「止める?」
「私もそう思っています。だから、会いに来たと言ってくれた貴方を、ここに連れてきたんです」
「ジュン、お前」

 赤毛が神妙な顔をするが、俺には話の筋がまったく分からない。

「よく意味が分からない。止めるって、リナリアは何かしようとしているのか?」
「あとはきっと、リナリアが話してくれると思います」
「きっとって」
「曖昧にしてすみませんが、私が話せる話じゃないんです。それに時間もあまりありません。もうすぐミツカゲ様が来てしまう」
「なっ」

 何っ!?

 あいつがここに来る?
 それは困る。あいつが来たら俺は、有無を言わさず帰される。もしくは斬り掛かってくるかもしれない。
 馬は見てます、っと言ってジュンが預かってくれる。
 手綱を持ち微笑むジュンと、口惜しそうに睨む赤毛。正反対の態度をする二人に見送られ、俺は先へ進む。
 一人になった俺は、静寂する森の中を黙々と歩く。
 落ち着かないとそわそわしていた胸が、前に進むにつれ、違う意味でそわそわする。

 やっと、リナリアに会える。

 会って何を話そうか。
 まずは無理に会いに来た事を謝るか。
 でも、手紙を届けに来たのだから、それをうまく言い訳にして……。
 ん?白い花が咲いてる。
 奥に行くにつれどんどん増える。
 
 あそこか?
 
 木々の間に光が見えた。
 そこを抜けると、ジュンが言った通り開けた場所に出る。
 そこには一面に小さな白い花が緑の中に咲き、花弁についた雨の雫が日の光を浴びキラキラと輝いている。って、そんな事はどうでも良くて。
 
 リナリアは何処にいる?

 見渡しても、見当たらない。
 見晴らしのいいここで、見つからないと思えない。
 ここにはいない?まさか入れ違いになった?
 花の群生に近づくとその中に、光を放つ色が目に映る。
 陽の光に輝く、月のような金色の髪。
 息を飲む。
 白い花の中で、横になっている彼女を見つけた瞬間、景色が鮮明に見えた気がした。
 世界にも花にも興味ないけど、君がいるだけでこんなにも、胸を打たれるものに変わってしまう。
 好きな人ができると、世界が変わるとカイトが言っていた。
 あぁ、そうだな。
 だから、俺は本当に彼女が好きなんだ。

 やっと、君に会えた。

 会いたくないと言われ落ち込んだが、彼女を目の前にするだけでただ嬉しいと、喜びが湧いてくる。
 それにしても反応がない。
 リナリアならこの距離にいれば気づくと思うが、ただ瞼を閉じ寝転がっている。
 わざと足音を立てるよう歩き、彼女に近づく。
 それでも、目を開かない。
 弾んでいた胸が、一気に重くなる。
 
 どうしたんだ?何かあったのか!?

「リナリア!?」

 慌てて駆け寄り、膝をつく。
 とにかく起こそ……って、随分穏やかな顔。
 あれ?寝息?
 
 はぁ。なんだ……寝てるだけなのか。

 良かった。何かあったのかと心配した。
 安心したら、今度は不満が湧き上がる。
 
 まったく、無防備すぎる。
 
 悪魔に狙われているとか関係なく、こんな人気のない場所に女の子一人で昼寝なんて。いくら強いからって、少し自重してほしい。
 それに地面も濡れているのに、羽織っている白いローブも汚れてしまって。体調を崩した事はないと言っていたが、これじゃあ風邪をひいてしまいそう。
 俺が心の中で文句を垂れても、変わらず眠り続けている。

 まったく、人の気も知らないで。

 心の中で悪態をつく。
 でも、微笑んでしまう。
 ずっと泣いているとジュンは言っていたが、眠っている今はとても幸せそうに見える。
 まつ毛が長いな。少し癖のある艶やかな髪が綺麗で、無垢な白い肌には。

 触れたくなってしまう。

 なんて、君以外思わない。
 どうしてこんなにも君のことが……って、変質者だな。人の寝顔を熱心に見て、こんな事を考えている自分が気持ち悪い。
 気持ちよく寝ているのに起こすのは忍びないが、このままこうしていると変人になってしまう。

「リナリア」

 声をかけても、反応がない。
 仕方ない。少し胸を高鳴らせながら、彼女の肩に触れ、揺さぶる。

「こんな所で寝ていたら、風邪ひくぞ」

 瞼がぴくりと動く。
 薄らと瞼が開き、青い瞳の視線が宙を彷徨った後、俺をとらえる。
 目が合った瞬間、急激に鼓動が跳ね出し、息が止まる。
 
「……また、変な夢」

 少し虚な瞳で、リナリアが呟く。
 夢?

「なんで貴方の夢を、見るのかな。やっぱり会えば良かったって後悔してるのかな……もう遅いのに。でも、夢ならいいよね」

 白いほっそりとした手が伸びる。
 小さな手が、何をしようとしているのか……頬に、俺の頬に添えられる。
 
 えっな、何だこの状況!?

 何が起こっているのか分からない。
 頭は嵐が来たように掻き乱され、胸が爆発しそうなくらい跳ねる。呼吸をする事すら、ままならない。
 ただ彼女の青い瞳を俺は見つめ、彼女は俺の瞳を愛しむ様に見つめる。
 互いが互いの中にいるような感覚に、自分というものが壊れてしまいそう。
 
 これ以上はちょっと、まずい。

「夢じゃ、ない」
「ふふ、そうなんだ」

 必死の訴えも虚しくリナリアは微笑み、何故か俺の頬を摘み、伸ばす。
 寝ぼけているのか、信じていないのか?
 それにこう言うのは普通、自分にやるものじゃないのか?
 でも、その仕草が可愛らしくて愛おしくて、欲望がもう抑えられない。
 
 君が触れてくれるのなら。

 君が、夢だと思ってくれるのなら。

 頬に添えられた手を握り、掌に頬を寄せる。
 そして、もっとと欲する気持ちが、俺に少し赤みを帯びた彼女の頬に、手を添えさせる。
 暖かくて、柔らかくて、胸に何か込み上げてくる。
 そう、これは幸せ。
 こんな気持ち、今まで生きてきて感じた事がない。

 ずっと、こうしていれればいいのに。
 ……ん?

 握っている彼女の手に力が入る。
 強張っている。
 リナリアを見る。
 青い瞳がまんまる……。

「あれ……夢、じゃないの? 本物、ヴァンなの?」
「あ、その、これは」
「へ? えっ? ……きゃあぁっ!!!!」

 悲鳴と共に握っていた手がするりと抜け、ものすごい勢いでリナリアが走っていく。一瞬で目の前にいた彼女が消えてしまった。
 慌ててリナリアを視線で追うと、近くの木の影に飛び込むように隠れた。
 
 これはまずい!!調子にのって、大変な事をした。
 死んで詫びないといけないと言うほどだ。
 今だけはミツカゲに、斬ってくれと願いたい。
 もうそれは後だ。とにかく謝らないと。

「その、驚かせて、すまない」
「あ、あのっ!! ご、ごめんなさいっ!! 私、夢かと思って……だからね、あのっ」
 
 そう言った後、リナリアは黙ってしまう。
 沈黙が続く。
 依然いぜんとして木の影に隠れたままの彼女は、今どんな顔をしているか分からない。
 
 弁明しないと。

 と考えても、頭の中はぐちゃぐちゃ。
 こんな事をした、言い訳なんて思いつかない。
 口を開く事もできない俺は、風が木の葉を鳴らす音と、自分の鼓動の音をひたすらに聞いている。
 永遠とも思える時間、木の影から少し顔を出しリナリアがこちらを覗く。
 その顔はここから見ても分かるくらい赤くて、それに体が熱くなる。
 
 あぁ、どうしよう。
 俺も顔が赤いかもしれない。
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