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第四章
91.強い思い
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ミツカゲが俺を見る目は、初めて会った時から変わらない。蔑みや敵意、拒絶といった悪意を常に向けてくる。薄暗いフードの中から俺を見下ろす青い目は、この闇夜のように冷たい。
そして、先ほどのトワと同じ、咎められるような視線のせいでカイリを追うことはできなくなる。
ミツカゲはこれみよがしにため息をつく。
月明かりが降る人気のない路地では良く聞こえた。
「リナリア様の元へと急ぎ駆けつけたが、早々に面倒を頼まれるとはな」
「頼まれた?」
「見張らせた精霊から、貴様が不審な人物と接触したと知らせきた。トワからこちらへ来る前に、様子を見に行けと……おかげで私は、まだリナリア様に会えていない」
俺には見えはしないが、今周りには精霊がいるのか。すぐに駆けつけるとトワが言っていたが、ここまで迅速とは。本当に俺は監視されているんだな。そんなことよりも、今はカイリだ。
「何故、追わない」
「今の女と何があったか、詳しく聞かせろ」
聞かせろって、このままだと逃げられてしまう。はっきりさせたい。本当は何かの間違いだったと、そう思いたいだけなのかもしれない。
先へ進もうとしても、こいつには隙がない。
壁のように立ちはだかるミツカゲは、話さないと退いてくれそうにない。
「カイリではなく、別の誰かと話しているような異様な感じがした。やけにリナリアのことを聞かれ、そこに敵意みたいなものも」
「敵意だと? あの女、貴様の隊の者であろう。許せぬことだが、元々リナリア様に敵意を抱いていたのか?」
「そんな素振りは……心当たりもない。とにかく、いつもと様子がおかしかった」
他人に無関心な俺でも、流石に気のせいだと思えない。理由を知りたい。何故、あんなことを言ったのか……それは、カルディアだからなのか。そうではないか。
「リナリア様について話したのか」
「話すわけないだろ」
「そうか。ならば今後あの女もトワに見張らせておく。貴様も言動には十分注意しろ」
「見張らせておくって、このまま放置しておくのか!?」
「ならば今、追ってどうする。あの女がカルディアかはまだ不明だ。それとも定かではない者の首をはねるか。まぁ、見分ける策がないのだ。私はどちらでも構わないがな」
こいつ本当に天の使いなのか?
言動が俺よりも悪魔染みている。
だが、言っていることは正しい。
カイリがカルディアか確かめる方法がない今、追ったところで何もできない。
早く原因を突き止めたいと焦燥に駆られるが、それを今は飲み込むしかない。明日腕輪を返してもらい、触れさせればはっきりと分かるはずだ。
「そう言いたいところだが、リナリア様はそれを望まぬし、冷静さを欠く行動は過ちを引き起こす」
「分かっている。明日腕輪を触れさせればはっきりとする」
「腕輪だと? なんの話だ」
リナリアとトワには説明したが、まだミツカゲは知らないのか。また説明しないといけない。これも精霊を使って伝えといて欲しかった。
簡潔にアトラスから借りた腕輪について説明してやると、常に怒りという感情を張った顔に僅かに希望というものが浮いて見えた気がした。
「エリン様の腕輪はおそらく、貴様の悪魔の血に反応したのだろう。確かにカルディアが触れれば、同じような反応を示すかもしれん。その腕輪を私にも見せろ」
「リナリアが持ってる」
「リナリア様が? まさか貴様の代わりにリナリア様が、カルディアを探すおつもりなのか」
「違う、それは俺がやる。リナリアは町が争いに巻き込まれないよう腕輪の力を借りたいと言っていた。そして、それをお前に相談したいと」
「……そうか。リナリア様がお待ちならば急がねば。私はもう行く。貴様は大人しくこのまま帰れ」
「おい、待てっ!」
こいつには、聞きたいことがある。
悪魔の件はカルディアを倒せばいいとして、神はどうするつもりだ?
リナリアには自分に任せろと言っていたが。
「任せろといったが、神をどうするつもりだ。悪魔を倒し結界が消えたあと、迎えにくる神からリナリアをどう守るつもりだ」
リナリアの話を聞いて、願ってどうにかなる状況ではないことは分かった。魔王という得体の知れない敵がいる以上、間違いなく神はリナリアを連れていってしまう。
あの場で深く追求しなかったが、こいつの策はなんだ?それを知らないと、いざという時に動けない。
ミツカゲはまた、いつもと同じ目をし口を噤む。視線から言いたくない、といった圧をひしひし感じる。何を言い渋っているのか……まさか、その場しのぎで言ったんじゃないだろうな!?
「おい、まさか本当はないのか」
「貴様に一つ忠告をしておく。己の命を軽々しく扱うな。トワがお前の言動に、呆れていた」
「なっ、どう扱おうと俺の勝手だろ! それに今はそんな話をしていない。質問に答えろっ」
「貴様は何も分かっていない」
「なに!?」
「貴様がどうなろうが、私はどうでもいい。だが、リナリア様は違うのだ。リナリア様は、一度死を受け入れた。だが再び生きる道を選ばせた希望は、認められぬが貴様なのだ。その希望があの方を、ルゥレリア様を拒絶する」
「希望が拒絶? それは、リナリア自身が神を拒絶すると、そういうことか?」
拍子抜けしてしまう。
争わなければいけないのかと危惧していたのに、それでいいのか?
それが本当なら何もしなくともリナリアが、生きたいと思ってさえくれればいい。あとは、悪魔を倒すだけだ。
悪魔さえ倒せば、願う未来が……。
だが俺とは違い、ミツカゲの表情は明るい未来など微塵も想像させない険しいもの。
「おそらく」
「おそらくって、そんな曖昧なっ! それじゃ困るだろっ! そもそもそれを何故、あの場で言わなかった。リナリアは知っているのか」
「知らぬ。これはリナリア様にはお伝えできない話だ」
「何故……何か不都合でもあるのか」
視線を逸らした瞳から、迷いが見えた。
それを隠すようにミツカゲは、目を閉じ考え込む。
不安と恐怖を抱きながら待つ。彼女に関して悪いことではないといいが。
「リナリア様に言った言葉、違わぬか」
「どういう意味だ」
「何が起ころうと、リナリア様をお守りするという覚悟は貴様にあるのかと聞いている」
瞼を開け真っ直ぐに俺を見る。
その双眸にはもう迷いはない。
「私は覚悟を決めている。いかなる手段をとろうと、多大な犠牲をだし罪を背負おうともリナリア様をお守りする。貴様はどうだ。人として振る舞い生きてきた、悪魔である貴様にその覚悟があるのか」
強い想い。
決然とした意思を感じる。
覚悟はあるかなんて、それはずっと己の胸の内で自問自答してきた。
相手が誰であっても、戦う覚悟はある。
だが、リナリア以外にも守りたい人はいる。キルや隊の皆を傷つけたくはないし、リナリアもそうしたいと言って方法を考えている。
こいつの覚悟と、俺の覚悟は違う。
それに、リナリアを守るということは俺にとって誓いだ。
「何があっても、彼女を守ると俺は誓った」
「誓いか。ならば不服ではあるが、貴様には話した方が良いかもしれん。がしかし、今はリナリア様のところへ行かなければ……」
細めた切れ目からは、憂えが見えた。
不穏で不安定な先行きを見据えるよう。
癖のようにしてしまう憂懼のせいで、常に不安がつきまとう。
「話は明日だ。それまで貴様は、身を守ることだけ考えろ。間違っても思い上がった行動を起こすな。貴様の命は、己のものだけではないと肝に銘じておけ」
踵を翻し、ミツカゲはカイリが消えていった路地の闇に呑まれる。
全ては明日。
カイリの真意も、ミツカゲの話も明日。
こんなにも早く明日が来ないかと願った日はないかもしれない。
そして、先ほどのトワと同じ、咎められるような視線のせいでカイリを追うことはできなくなる。
ミツカゲはこれみよがしにため息をつく。
月明かりが降る人気のない路地では良く聞こえた。
「リナリア様の元へと急ぎ駆けつけたが、早々に面倒を頼まれるとはな」
「頼まれた?」
「見張らせた精霊から、貴様が不審な人物と接触したと知らせきた。トワからこちらへ来る前に、様子を見に行けと……おかげで私は、まだリナリア様に会えていない」
俺には見えはしないが、今周りには精霊がいるのか。すぐに駆けつけるとトワが言っていたが、ここまで迅速とは。本当に俺は監視されているんだな。そんなことよりも、今はカイリだ。
「何故、追わない」
「今の女と何があったか、詳しく聞かせろ」
聞かせろって、このままだと逃げられてしまう。はっきりさせたい。本当は何かの間違いだったと、そう思いたいだけなのかもしれない。
先へ進もうとしても、こいつには隙がない。
壁のように立ちはだかるミツカゲは、話さないと退いてくれそうにない。
「カイリではなく、別の誰かと話しているような異様な感じがした。やけにリナリアのことを聞かれ、そこに敵意みたいなものも」
「敵意だと? あの女、貴様の隊の者であろう。許せぬことだが、元々リナリア様に敵意を抱いていたのか?」
「そんな素振りは……心当たりもない。とにかく、いつもと様子がおかしかった」
他人に無関心な俺でも、流石に気のせいだと思えない。理由を知りたい。何故、あんなことを言ったのか……それは、カルディアだからなのか。そうではないか。
「リナリア様について話したのか」
「話すわけないだろ」
「そうか。ならば今後あの女もトワに見張らせておく。貴様も言動には十分注意しろ」
「見張らせておくって、このまま放置しておくのか!?」
「ならば今、追ってどうする。あの女がカルディアかはまだ不明だ。それとも定かではない者の首をはねるか。まぁ、見分ける策がないのだ。私はどちらでも構わないがな」
こいつ本当に天の使いなのか?
言動が俺よりも悪魔染みている。
だが、言っていることは正しい。
カイリがカルディアか確かめる方法がない今、追ったところで何もできない。
早く原因を突き止めたいと焦燥に駆られるが、それを今は飲み込むしかない。明日腕輪を返してもらい、触れさせればはっきりと分かるはずだ。
「そう言いたいところだが、リナリア様はそれを望まぬし、冷静さを欠く行動は過ちを引き起こす」
「分かっている。明日腕輪を触れさせればはっきりとする」
「腕輪だと? なんの話だ」
リナリアとトワには説明したが、まだミツカゲは知らないのか。また説明しないといけない。これも精霊を使って伝えといて欲しかった。
簡潔にアトラスから借りた腕輪について説明してやると、常に怒りという感情を張った顔に僅かに希望というものが浮いて見えた気がした。
「エリン様の腕輪はおそらく、貴様の悪魔の血に反応したのだろう。確かにカルディアが触れれば、同じような反応を示すかもしれん。その腕輪を私にも見せろ」
「リナリアが持ってる」
「リナリア様が? まさか貴様の代わりにリナリア様が、カルディアを探すおつもりなのか」
「違う、それは俺がやる。リナリアは町が争いに巻き込まれないよう腕輪の力を借りたいと言っていた。そして、それをお前に相談したいと」
「……そうか。リナリア様がお待ちならば急がねば。私はもう行く。貴様は大人しくこのまま帰れ」
「おい、待てっ!」
こいつには、聞きたいことがある。
悪魔の件はカルディアを倒せばいいとして、神はどうするつもりだ?
リナリアには自分に任せろと言っていたが。
「任せろといったが、神をどうするつもりだ。悪魔を倒し結界が消えたあと、迎えにくる神からリナリアをどう守るつもりだ」
リナリアの話を聞いて、願ってどうにかなる状況ではないことは分かった。魔王という得体の知れない敵がいる以上、間違いなく神はリナリアを連れていってしまう。
あの場で深く追求しなかったが、こいつの策はなんだ?それを知らないと、いざという時に動けない。
ミツカゲはまた、いつもと同じ目をし口を噤む。視線から言いたくない、といった圧をひしひし感じる。何を言い渋っているのか……まさか、その場しのぎで言ったんじゃないだろうな!?
「おい、まさか本当はないのか」
「貴様に一つ忠告をしておく。己の命を軽々しく扱うな。トワがお前の言動に、呆れていた」
「なっ、どう扱おうと俺の勝手だろ! それに今はそんな話をしていない。質問に答えろっ」
「貴様は何も分かっていない」
「なに!?」
「貴様がどうなろうが、私はどうでもいい。だが、リナリア様は違うのだ。リナリア様は、一度死を受け入れた。だが再び生きる道を選ばせた希望は、認められぬが貴様なのだ。その希望があの方を、ルゥレリア様を拒絶する」
「希望が拒絶? それは、リナリア自身が神を拒絶すると、そういうことか?」
拍子抜けしてしまう。
争わなければいけないのかと危惧していたのに、それでいいのか?
それが本当なら何もしなくともリナリアが、生きたいと思ってさえくれればいい。あとは、悪魔を倒すだけだ。
悪魔さえ倒せば、願う未来が……。
だが俺とは違い、ミツカゲの表情は明るい未来など微塵も想像させない険しいもの。
「おそらく」
「おそらくって、そんな曖昧なっ! それじゃ困るだろっ! そもそもそれを何故、あの場で言わなかった。リナリアは知っているのか」
「知らぬ。これはリナリア様にはお伝えできない話だ」
「何故……何か不都合でもあるのか」
視線を逸らした瞳から、迷いが見えた。
それを隠すようにミツカゲは、目を閉じ考え込む。
不安と恐怖を抱きながら待つ。彼女に関して悪いことではないといいが。
「リナリア様に言った言葉、違わぬか」
「どういう意味だ」
「何が起ころうと、リナリア様をお守りするという覚悟は貴様にあるのかと聞いている」
瞼を開け真っ直ぐに俺を見る。
その双眸にはもう迷いはない。
「私は覚悟を決めている。いかなる手段をとろうと、多大な犠牲をだし罪を背負おうともリナリア様をお守りする。貴様はどうだ。人として振る舞い生きてきた、悪魔である貴様にその覚悟があるのか」
強い想い。
決然とした意思を感じる。
覚悟はあるかなんて、それはずっと己の胸の内で自問自答してきた。
相手が誰であっても、戦う覚悟はある。
だが、リナリア以外にも守りたい人はいる。キルや隊の皆を傷つけたくはないし、リナリアもそうしたいと言って方法を考えている。
こいつの覚悟と、俺の覚悟は違う。
それに、リナリアを守るということは俺にとって誓いだ。
「何があっても、彼女を守ると俺は誓った」
「誓いか。ならば不服ではあるが、貴様には話した方が良いかもしれん。がしかし、今はリナリア様のところへ行かなければ……」
細めた切れ目からは、憂えが見えた。
不穏で不安定な先行きを見据えるよう。
癖のようにしてしまう憂懼のせいで、常に不安がつきまとう。
「話は明日だ。それまで貴様は、身を守ることだけ考えろ。間違っても思い上がった行動を起こすな。貴様の命は、己のものだけではないと肝に銘じておけ」
踵を翻し、ミツカゲはカイリが消えていった路地の闇に呑まれる。
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