咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第四章

102.悪魔の助言①

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 憎い相手を目の前に、憎悪と怒りが湧き上がる。
 今にでも斬りかかりたい、殺したい。
 たが体は素直に危険を感じていて、動くことができず額からは汗が流れる。
 そこにいるのは、闇そのもの。
 捻じ伏せられる威圧感は、無謀に飛び出すなと脳に警告を鳴らさせる。
 口惜しさと殺意を持って、黒の目を見返す。
 
 しかし、やはりおかしな感じだ。
 
 見慣れない服のせいなのか。
 闇の中に浮かび上がるような鮮やかなオレンジ色の上着は、腰をすっぽりと覆っている。長い袖からも指先しか見えず明らかに体格に合っていない。
 ん?胸元に絵が描いてある。
 見知らぬおかしな覆面をつけ、頭に丸い大きな耳らしきものが二つ……何かの動物か?
 駆け足が背後から聞こえる。
 ミツカゲが横を過ぎ、俺の前に出ると再びフォニへと切先を向ける。
 こいつが俺の前に出るとは。

「どこから湧いでた」
「虫みたいに言わないでくださいよ。少し様子を見に来ただけでしたが……本当にお兄さんに話してもいいのですが」
「貴様には関係ない!」
「関係ないだなんて、僕を呼び出し知った話ではありませんか」

 呼び出した?

「なんの話だ」

 ミツカゲがフォニを呼び出したのか?
 殺気立つミツカゲの背に問いかけても、フォニへ意識を向けているだけで答えない。
 こいつ、まさか。

「まさか手を組んでるんじゃないだろうな」
「馬鹿を言うな! 敵の前で余計な話をしたくないだけだ」
「ええ、余計な話はしない方がいい。それが運命を変えてしまう恐れもありますからね。隠し事が大好きな貴方のことだ、それを十分理解しているはずです。ですから尚更不可解」

 フォニが足を前に出す。
 来るっ!
 全身に力が入る。
 フォニは静かに近寄ってくると、ミツカゲが真っ直ぐに向ける切先の前でピタリと止まる。

「それほど、お兄さんを信用しているのですか? もしくは秘密の作戦があるのか」

 目の色が変わる。
 そっとこちらを覗くように、だが獲物を見定め食うような鋭い眼光……光?
 そうか、違和感の正体が分かった。
 こいつの目に光が宿っている。
 以前は穴が空いたような真っ黒の瞳であったのに何故。
 
「関係ないと言っただろう!」
「やれやれ。ならば、お兄さんは聞く覚悟があるのですか? 苦悩の海に溺れることになろうとも、知らなくとも良い真実を求めるのですか」
「なっ」

 なんだ、突然。
 あの時のことがなかったかのような飄々とした態度は、俺に刃を振り下ろさせるのに十分な怒りを植え付ける。
 それでも理性が、耐えろと言っている。
 こいつと一戦交えれば、ただでは済まないことは分かっている。俺の相手は今カルディアで、それまでに余計な力を使いたくない。
 ここは流れに沿うしかない。何を聞かされるのかは知らないが、ここまで言われれば否とは言えない。

「そうだな」
「そうですか。そうですよね、だからこそお兄さんはここにいるのですから。ならば僕も救いは誰にもたらされるのかを知りたい」
「貴様が知る必要はないことだ! さっさと私の前から消え失せろっ!」
「もはや、僕の知っていることです。なにせ僕が貴方に話したのですから。知らないことはその先……貴方が思い描く未来です」

 ぞくりとした。
 闇の中、孤独に光る月光のような光でミツカゲを捉える黒の目は、未来を見るにはあまりにも寂しく暗い。だが、希望という導も宿っているように見えた気がした。
 
「貴方はその未来を掴みたい。だから悪魔である僕に救いを求めにきたのでしょう」
「救い? どういうことなんだ」

 くそっとミツカゲは地面に吐き捨て、諦めたようにゆっくりと切先を地に向ける。
 
「貴様がアナスタシアに来る前に、私はこの悪魔を呼び出した。だが、それは決してリナリア様を裏切るなどということはない」
「リナリアは知っているのか?」
「……知らぬ」

 知らない?
 やはり後ろめたいことがあるのか?
 いや、そもそもこいつを呼び出して救いなんてあるのか。

「私は、なんとしてもリナリア様に生きてもらいたかった」

 絞り出した言葉に、それがこいつの全てなんだと改めて分からされた。震え出す肩は、何による悔しさなの表れなのか……。

「願ったのだ。天の使いである私が、あろうことか悪魔に救ってほしいと」
「なっ」

 待ち構えていたように、にっと三日月のようにフォニは口角を上げる。

「ルゥレリアの代わりに、リナリアを助けてほしいと。ふふ、これは何からの愛なのでしょうかね? あれほど忠誠を示していたのいうのに、愛とは本当に何もかも狂わしてしまいます」

 見下す口調で、フォニは愛を切り捨てる。
 リナリアはミツカゲのことを親のように慕っている。ならば、ミツカゲも……。

「父さんの目的はルゥレリアに会うことですが、僕にはリナリアを救う権限も力もありません。しかし、その愛の終着が知りたくなりましたので、代わりにと僕が辿り着いた結界の秘密を教えてあげたのですよ」
「秘密?」
「この世界にはマリャが結界を張っている。貴様も知っているだろう」

 マリャ、俺の母。
 母の作った結界が悪魔とそして神を拒絶し、その代償に天への道も潰えてしまった。

「ああ。しかし、神は拒絶されたまま悪魔には侵入されたがな」
「そうだ。悪魔は破り、ルゥレリア様はいまだに侵入を阻まれている。しかしいくら力が半減したとはいえ、あの方が結界を破れぬことに疑問があった」
「他の要因があるのか?」
「ええ、そうです。僕もそれに気づいたのは最近、リナリアと記憶の世界で会話をしたときです。この世界には二重に結界が張られている。一つは先ほど話したマリャの結界。そしてあと一つ」

 あと一つ?
 結界は二つあったということなのか?
 フォニは空を見上げる。

「リナリアの思いが天を拒絶しているのですよ」
「リナリアが?」

 確かにミツカゲはリナリアが生きたいと思っていれば、神を拒絶できると言っていたが……よく考えてみれば、それは神だけに当てはまるとは限らない。
 まさか、そういうことなのか!?

「リナリアの生きたいという強い思いが、天への道も閉ざしていたのか!?」
「その通りです。結界はリナリアの思いに呼応する。思いが揺らぐ時、結界も揺らぐことが何度かありました」
「マリャがリナリア様に自我を持たせたのは、これが狙いであったのかもしれぬ。生きたい思わせ、天を拒ませた。まんまとマリャの計略通りに進んだのだ」
「なら、リナリアが生きている限り天への道は」
「永遠に閉ざされたままだ」

 永遠に?
 そんな、だって。

 カイトはどうなる?

「カイトは、どうなる」
「だから、今はお伝えできないのだ。知れば必ずリナリア様は心が揺らぐ。貴様なら分かるはずだ」
「分かるはずって、それじゃ」

 カイトを見捨ててしまう。
 もし今も彷徨っているのならば待つのは魂の消滅か悪への変化。
 しかしリナリアが知れば生きることを諦めてしまうかもしれない。
 悪魔を倒せば二人を救えると思っていたのに、どうしてこんなことに。
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