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真祖討伐編
闇の体現者
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次元の狭間を越えた先は、古城のすぐ側だった。
「まさかホントに転移とはな」
「怖いなら帰っていいぜ」
「馬鹿を言うな。もう裂け目も消えている」
「この中に真祖がいるんですね」
目の前にそびえ立つ古城は、数百年は前のものだろう。外壁に所々苔がついているのが見える。そしてその大きさは、王国の王城よりも二周りは大きい。
「あん? なんでこの吸血鬼はあたしらに跪いてんだ?」
「む……?」
先ほどの吸血鬼は、転移した直後から五人に対して跪いた姿勢を崩さない。いや、正確には一人に対して。四人の意識が吸血鬼に向かった直後、すぐ側で膨大な魔力が解放された。
「はっ……?」
イザベラがあり得ない程の魔力に放心する。ヴィヴィス、ヴァネッサ、ダーウィンも同様だ。ただ一人、ネイガウスだけが、変わらぬ笑みを携えて、膨大な魔力に身を委ねていた。
「いやぁ、まさか僕の討伐に僕が呼ばれるとは思わなかったよ」
「おい、ダーウィン……テメェ後で殺す」
「その話はここを切り抜けられたら聞くさ。切り抜けられたら……な」
「まさか戦鬼が真祖……? しかし髪の色が……」
「あぁこれかい? これなら……ほら」
ネイガウスの髪が白く変質していく。そして体から黒い煙が吹き出すと、膨張していた筋肉が萎んでいく。眼は紅く、正に話に聞く真祖そのものだった。
「この姿は目立つだろ? だから変装していたんだよ」
「カハッ……」
ヴィヴィスが真祖の魔力にあてられて吐血している。しかしそれも無理からぬことだ。およそ人が内包できる魔力とは桁が違う。大きすぎて四人には正確な魔力を測ることすらできず、ただ膨大ということしか分からない。
「自己紹介をしようか。ヴァレリア=ルゥ=フィール=ローエンだ。君たちは僕を狩るんだろ? さぁ、殺し合おうじゃないか」
「冗談だろ……なんだこの魔力……」
「さて、どうしたものか……ヴィヴィスは使い物にならなそうだ」
「……私帰ってもいいかしら?」
「逃がしてくれると思うか?」
「ダメだねぇ。君たちには正体を晒してしまったし、残念だけど僕を倒すしか帰る方法はないと思うよ?」
ネイガウス、いやヴァレリアの笑みが深まる。ただの優男だと思っていたあの顔が、今は地獄の主のようにさえ四人には見えている。
「……だそうだ」
「最悪ですわ。あーもう最悪」
「いいから動け。遊んでる暇があんのかテメェら」
イザベラは誰よりも早く戦闘態勢に入っていた。相手が強いことはわかっていた。自身では底を測れない程の化け物だということも。しかし狂犬は戦うことしか知らない。そしてここを抜ける方法もそれだけだ。
厳しくはあるが、最善の手であることは間違いなかった。
「仰る通りで」
「分かりましたわ……」
「うん。わかってくれたようだね。準備する間くらいは待ってあげるよ」
「そりゃ助かる」
そして三人が身体強化を発動させた。
「灼熱を我が身に-其は炎帝に焦がれる-」
『灼熱の法衣』イザベラが灼熱を
「風の息吹が舞う-悉くを切り裂く風の衣-」
『風の息吹』ダーウィンが風の息吹を
「大地は氷に-氷は大地に-星は錬成する-」
『錬成銀の星』ヴァネッサが錬成銀の星を
それぞれが最大の強化を施す。一人一人が宮廷魔術師を越える程の練度の魔法だ。しかしそれでも、だ。この男には届かない。
「準備はできたかな?」
返答はイザベラの斬撃で返された。
一対の短剣が両手に握られ、灼熱が刃にまで及んでいる。破壊力を増した斬撃が、ヴァレリアへと振り下ろされる。
ギィン、とおよそ生物の体が出すとは思えない音と共に短剣ごとイザベラが弾き飛ばされた。
「イザベラ、君は魔力の移動がうまいね」
「くそがっ!」
イザベラの魔力移動、部分強化は相当なレベルに達している。S級の中でも上位に入るだろう。だが、深淵を相手にするには、些か量が足りていない。この程度ではヴァレリアが意識せず纏っている魔法障壁すら貫けないだろう。
「ダーウィン、君は相変わらず隙をつくのが好きだねぇ?」
背後から斬りかかったダーウィンの剣は、ヴァレリアの指に止められていた。全力の一撃が、ヴァレリアの細い指にすら毛程の傷もつけることができなかった。
「化け物め……」
「離れて!」
後ろで詠唱を終えたヴァネッサが叫ぶ。そして急激に高まる魔力と共に魔法名が紡がれる。
『氷地獄』
ヴァネッサが誇る最大の魔術である氷地獄が放たれた。ヴァレリアの周囲の空気が凍り付いていく。それに止まらず、上空の空気すら凍り付き、巨大な氷塊となって地上へと降り注ぐ。
大地から巻き上げた粉塵と、氷が粉砕された細氷が煌めく。
ヴァネッサのこの魔術を受けて、無事だった魔物はいない。しかし、ヴァレリアの魔力は僅かな衰えも見せてはいなかった。
「なんですの……こんなのあり得ませんわ……」
視界が晴れたそこには、まるで何も変わらないヴァレリアが佇んでいた。
「なかなか良かったよ。そこの僕の配下なら、それで傷をつけられたかもね」
「おいおい、あれが上級吸血鬼だと?」
上級だと思っていた吸血鬼の魔力が、さっきまでに比べて数段上昇していた。
「隠蔽していたのか……」
「確かに、あんなのが迎えに来ていたら、こんなところには来ていませんわね」
あの配下の吸血鬼、あれですら今動ける三人で倒せるか分からない。上級吸血鬼など比較にもならない化け物だ。
「こいつは上級吸血鬼じゃないよ。吸血侯だよ」
「吸血侯? 第一級の化け物じゃねぇか……」
「これはまずいな……」
「逃げますわよ。いいですわね。逃げられるかどうかなんて知りませんわ」
「ヴィヴィスはどうすんだよ?」
「助ける余裕があるのか?」
ヴィヴィスは魔力にあてられて、ほとんど動けなくなっていた。どちらかといえば、魔法よりも技を極めてS級となった男だったことが不運だった。実力は確かで、魔力が多少劣っていても、その剣技で斬り伏せてきたが、代わりに膨大な魔力に対抗する術が未熟だったのだ。
「そんな余裕はねぇな。一発デカいの撃ち込むぜ」
「あぁ。合わせる」
「分かりましたわ」
三人がヴァレリアに向かい立つ。
「話はまとまったかな?」
「はっ。喰らいやがれ」
三人が同時に極大呪文の詠唱を開始する。ヴァレリアはそれを薄い笑みのまま傍観する。
「焦がれるは炎帝の焦熱-大地を焦がす灼熱よ-悉くを焼き尽くせ」
「凍れ、凍れ、凍れ-万物を止める地獄の氷土-何者も動くこと叶わず-」
「旋回する大気-剥き出しの刃-舞う術を持たない咎人よ-大地に落ち-跪け-」
三人の魔力が高まり、魔法名が紡がれる。
『大爆発!』
『氷地獄!』
『暴風の嵐!』
火、氷、風の嵐が吹き荒れる。巻き上げられた粉塵に紛れて、三人は逃走を開始した--その時だった。
『暴食の闇』
ヴァレリアから、恐怖を体現する闇が這い出る。それは一瞬で大気を覆い尽くすと、発動した三つの極大魔法を丸ごと喰い尽くした。
「……は?」
「残念だけど、目眩ましは闇の領分だ。さて、そろそろ出し尽くしたかな?」
「逃げろ! 振り向くな!」
ダーウィンが叫ぶ。イザベラとヴァネッサも眼前の光景を振り払って、走り出した。
「今度は鬼ごっこかい? 楽しませてくれるね」
闇を体現する悪魔が動き出す。森の中は既にこの悪魔の手中。逃れる術など--存在しない。
「まさかホントに転移とはな」
「怖いなら帰っていいぜ」
「馬鹿を言うな。もう裂け目も消えている」
「この中に真祖がいるんですね」
目の前にそびえ立つ古城は、数百年は前のものだろう。外壁に所々苔がついているのが見える。そしてその大きさは、王国の王城よりも二周りは大きい。
「あん? なんでこの吸血鬼はあたしらに跪いてんだ?」
「む……?」
先ほどの吸血鬼は、転移した直後から五人に対して跪いた姿勢を崩さない。いや、正確には一人に対して。四人の意識が吸血鬼に向かった直後、すぐ側で膨大な魔力が解放された。
「はっ……?」
イザベラがあり得ない程の魔力に放心する。ヴィヴィス、ヴァネッサ、ダーウィンも同様だ。ただ一人、ネイガウスだけが、変わらぬ笑みを携えて、膨大な魔力に身を委ねていた。
「いやぁ、まさか僕の討伐に僕が呼ばれるとは思わなかったよ」
「おい、ダーウィン……テメェ後で殺す」
「その話はここを切り抜けられたら聞くさ。切り抜けられたら……な」
「まさか戦鬼が真祖……? しかし髪の色が……」
「あぁこれかい? これなら……ほら」
ネイガウスの髪が白く変質していく。そして体から黒い煙が吹き出すと、膨張していた筋肉が萎んでいく。眼は紅く、正に話に聞く真祖そのものだった。
「この姿は目立つだろ? だから変装していたんだよ」
「カハッ……」
ヴィヴィスが真祖の魔力にあてられて吐血している。しかしそれも無理からぬことだ。およそ人が内包できる魔力とは桁が違う。大きすぎて四人には正確な魔力を測ることすらできず、ただ膨大ということしか分からない。
「自己紹介をしようか。ヴァレリア=ルゥ=フィール=ローエンだ。君たちは僕を狩るんだろ? さぁ、殺し合おうじゃないか」
「冗談だろ……なんだこの魔力……」
「さて、どうしたものか……ヴィヴィスは使い物にならなそうだ」
「……私帰ってもいいかしら?」
「逃がしてくれると思うか?」
「ダメだねぇ。君たちには正体を晒してしまったし、残念だけど僕を倒すしか帰る方法はないと思うよ?」
ネイガウス、いやヴァレリアの笑みが深まる。ただの優男だと思っていたあの顔が、今は地獄の主のようにさえ四人には見えている。
「……だそうだ」
「最悪ですわ。あーもう最悪」
「いいから動け。遊んでる暇があんのかテメェら」
イザベラは誰よりも早く戦闘態勢に入っていた。相手が強いことはわかっていた。自身では底を測れない程の化け物だということも。しかし狂犬は戦うことしか知らない。そしてここを抜ける方法もそれだけだ。
厳しくはあるが、最善の手であることは間違いなかった。
「仰る通りで」
「分かりましたわ……」
「うん。わかってくれたようだね。準備する間くらいは待ってあげるよ」
「そりゃ助かる」
そして三人が身体強化を発動させた。
「灼熱を我が身に-其は炎帝に焦がれる-」
『灼熱の法衣』イザベラが灼熱を
「風の息吹が舞う-悉くを切り裂く風の衣-」
『風の息吹』ダーウィンが風の息吹を
「大地は氷に-氷は大地に-星は錬成する-」
『錬成銀の星』ヴァネッサが錬成銀の星を
それぞれが最大の強化を施す。一人一人が宮廷魔術師を越える程の練度の魔法だ。しかしそれでも、だ。この男には届かない。
「準備はできたかな?」
返答はイザベラの斬撃で返された。
一対の短剣が両手に握られ、灼熱が刃にまで及んでいる。破壊力を増した斬撃が、ヴァレリアへと振り下ろされる。
ギィン、とおよそ生物の体が出すとは思えない音と共に短剣ごとイザベラが弾き飛ばされた。
「イザベラ、君は魔力の移動がうまいね」
「くそがっ!」
イザベラの魔力移動、部分強化は相当なレベルに達している。S級の中でも上位に入るだろう。だが、深淵を相手にするには、些か量が足りていない。この程度ではヴァレリアが意識せず纏っている魔法障壁すら貫けないだろう。
「ダーウィン、君は相変わらず隙をつくのが好きだねぇ?」
背後から斬りかかったダーウィンの剣は、ヴァレリアの指に止められていた。全力の一撃が、ヴァレリアの細い指にすら毛程の傷もつけることができなかった。
「化け物め……」
「離れて!」
後ろで詠唱を終えたヴァネッサが叫ぶ。そして急激に高まる魔力と共に魔法名が紡がれる。
『氷地獄』
ヴァネッサが誇る最大の魔術である氷地獄が放たれた。ヴァレリアの周囲の空気が凍り付いていく。それに止まらず、上空の空気すら凍り付き、巨大な氷塊となって地上へと降り注ぐ。
大地から巻き上げた粉塵と、氷が粉砕された細氷が煌めく。
ヴァネッサのこの魔術を受けて、無事だった魔物はいない。しかし、ヴァレリアの魔力は僅かな衰えも見せてはいなかった。
「なんですの……こんなのあり得ませんわ……」
視界が晴れたそこには、まるで何も変わらないヴァレリアが佇んでいた。
「なかなか良かったよ。そこの僕の配下なら、それで傷をつけられたかもね」
「おいおい、あれが上級吸血鬼だと?」
上級だと思っていた吸血鬼の魔力が、さっきまでに比べて数段上昇していた。
「隠蔽していたのか……」
「確かに、あんなのが迎えに来ていたら、こんなところには来ていませんわね」
あの配下の吸血鬼、あれですら今動ける三人で倒せるか分からない。上級吸血鬼など比較にもならない化け物だ。
「こいつは上級吸血鬼じゃないよ。吸血侯だよ」
「吸血侯? 第一級の化け物じゃねぇか……」
「これはまずいな……」
「逃げますわよ。いいですわね。逃げられるかどうかなんて知りませんわ」
「ヴィヴィスはどうすんだよ?」
「助ける余裕があるのか?」
ヴィヴィスは魔力にあてられて、ほとんど動けなくなっていた。どちらかといえば、魔法よりも技を極めてS級となった男だったことが不運だった。実力は確かで、魔力が多少劣っていても、その剣技で斬り伏せてきたが、代わりに膨大な魔力に対抗する術が未熟だったのだ。
「そんな余裕はねぇな。一発デカいの撃ち込むぜ」
「あぁ。合わせる」
「分かりましたわ」
三人がヴァレリアに向かい立つ。
「話はまとまったかな?」
「はっ。喰らいやがれ」
三人が同時に極大呪文の詠唱を開始する。ヴァレリアはそれを薄い笑みのまま傍観する。
「焦がれるは炎帝の焦熱-大地を焦がす灼熱よ-悉くを焼き尽くせ」
「凍れ、凍れ、凍れ-万物を止める地獄の氷土-何者も動くこと叶わず-」
「旋回する大気-剥き出しの刃-舞う術を持たない咎人よ-大地に落ち-跪け-」
三人の魔力が高まり、魔法名が紡がれる。
『大爆発!』
『氷地獄!』
『暴風の嵐!』
火、氷、風の嵐が吹き荒れる。巻き上げられた粉塵に紛れて、三人は逃走を開始した--その時だった。
『暴食の闇』
ヴァレリアから、恐怖を体現する闇が這い出る。それは一瞬で大気を覆い尽くすと、発動した三つの極大魔法を丸ごと喰い尽くした。
「……は?」
「残念だけど、目眩ましは闇の領分だ。さて、そろそろ出し尽くしたかな?」
「逃げろ! 振り向くな!」
ダーウィンが叫ぶ。イザベラとヴァネッサも眼前の光景を振り払って、走り出した。
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闇を体現する悪魔が動き出す。森の中は既にこの悪魔の手中。逃れる術など--存在しない。
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