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墜ちた大精霊編

精霊王の企み

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 アグニは先ほどと同じく腕を交差させ、球状の黒炎に包まれていた。そして、極光が到達した。

 先程は貫くことができなかった黒炎が、なんの抵抗も見せずにあっさりと貫かれた。

 そしてその中のアグニすら貫いて大広間の壁に衝突し、爆裂するような轟音を響かせる。

 静寂が戻った大広間には、魔力をほとんど使い果たして地に手をつくルシウスと、半身が消滅しているアグニが立っていた。

「我にこれ程の深手を与えるとは……」

「よく言うぜ……もう戻ってるじゃねーか……」

「それは見た目だけだ。今ので消失した力は戻ってはいない」

(くそ……どうする……もうほとんど動けないぞ……)

 ルシウスの体は既に実体に戻っている。アグニに対抗する術は既に無かった。

「お前に頼みがある」

 アグニが溢れていた魔力を霧散させて、ルシウスに話しかける。

「頼み?」

「そうだ」

「大精霊のあんたの頼みってのが何かによるな」

 アグニの瞳が細く鋭く光る。魔力はほとんど残っていないが、気力で警戒を続けるルシウスは既に限界だった。

「精霊王を殺してくれ」

「……は?」

「我は墜ちた大精霊と言われているのだろう」

「あぁ……そう聞いたが……」

「それは正しくもあり、間違ってもいる」

「どういうことだ?」

 アグニは揺蕩う黒炎を抑えて話し始める。

「古の時代、精霊と人は共生していた。上位精霊は人と契約して魔力をもらい、人は魔力を支払って我らの力を得ていた時代だ」

「今でも精霊召喚の魔法は使えていたと思うが…」

「それは下位精霊だろう。仮に上位精霊を召喚する魔法を使ったとしても、応じる精霊はいないだろうな」

(なるほど……ある数値から全く召喚できなくなったのはそういうことか……)

 ルシウスが召喚魔法を試していた際、精霊格をある数値より上昇させることができなかった。いや、数値を変えることは何も問題ないのだが、魔力だけが消費されて召喚されるはずの精霊が全く召喚されなかったことがある。

「上位精霊が応じなくなったことで、いつしか人は精霊と契約しなくなった。今では上位精霊がこの世界に顕現することはない」

「……内容は分かった。それで、正しくもあり間違っているというのはどういうことなんだ?」

「精霊王は人との契約を不浄として、全ての契約を強制的に遮断した。そして、一切の契約を禁止した」

「なんでそんなことを?」

「精霊王はこの世界を、精霊界で浸食しようとしている」

「……すまないが、よく意味が分からない」

 ルシウスが眉を寄せる。

「世界を浸食するということは、上書きするということだ」

「……もっと分かりやすく言ってくれ」

「この世界の全てを消滅させ、精霊界に入れ替えようとしている」

「なんだって!? そんなことが可能なのか!?」

 目を見開いてアグニへ詰め寄る。

「精霊王なら可能だ……ただそれには膨大な魔力が必要だ。だからまだこの世界は残っている。そして我は、精霊王の意志に反対した。人と共生すべきだ、とな」

「それで精霊界から墜とされたってことか」

「そうだ。しかしそれは幸運でもあった。精霊は本来成長することがない。精霊界は時が止まっているからな。だが、ここに来て、我の力は増していった。今の我は、精霊王と比肩しうる程にまでになっている」

「ならあんたがすればいいだろ?」

「それができればしている。我は精霊界から精霊王に追放された。それはただその言葉通りではない。我は精霊界から拒絶されている」

「拒絶?」

「精霊界のルールは全て精霊王が決める。そしてそれは世界の概念となる。我は精霊界に入れないのだ」

 意味は概念を伴って把握され、意味は概念として示される。意味と概念は似通うが、必ずしも同一ではない。

「概念……? 滅茶苦茶な世界だな……それで俺ならってことか……だがあんたと同じくらいって言ったか? それに他の精霊もいるんだよな? ちょっと厳しいんじゃないかそれは……」

 先程嫌という程アグニの力は理解したルシウスが、厳しいと考えるのは当然のことだ。

 精霊界には成長したアグニには劣るとは言え、各属性の大精霊に加えて、アグニと比肩する精霊王までがいる。その他の下位、上位精霊も数え切れない程いるだろう。

「我がお前と契約する」

「え?」

「我とお前……名前はなんだ?」

「ルシウス……っていやいや! そんなことはどうでもいい! 契約? 俺が? あんたと?」

「そうだ。そうすればルシウスの力が増す。精霊界で我を召喚すれば、拒絶されている我でも精霊界に入ることができる。ルシウスと我ならば、可能性はあるだろう」

「……待て。待ってくれ。そんなことが可能なのか……?」

「やらなければそう遠くないうちに、この世界は精霊界に浸食される」

「……あーもう! わかったよ! 契約すりゃいいんだろ!」

「それでいい。ならその腕から流れている血をこの魔法陣へ垂らせ」

 アグニが軽く手を振るうと、二人の足下に魔法陣が現れた。ルシウスはそこへ言われた通り血を垂らす。

「これでいいのか?」

「次は垂らした血に魔力を流せ」

「魔力なんてほとんど残ってねーよ」

「少しでいい」

「はいはい……」

 アグニに言われた通り、残り僅かな魔力を血に流すと、魔法陣が光を放ち始めた。

契約コントラクトと唱えろ」

「まだ魔力使うのかよ!?」

「早くしろ」

「くそ……わかったよ」

契約コントラクト

 魔法陣の輝きが増し、アグニとルシウスを包み込む。そして一際眩い光を発すると、光は魔法陣へと消えていった。

「よし、これで契約は終わりだ……あぁ、魔力切れか」

 ルシウスは契約の魔法で、全てをの魔力を使い果たしていた。本来なら意識を失う程ではないが、魔力炉臨界起動を発動していたことで意識を失っていた。

「ルウ!?」

「ルウ君!」

「ルウ君を殺したの!?」

 アリスの眼光がアグニを射抜く。そして体からは魔力が漏れ出していた。

「アリスやめろ! 逃げるんだ!」

 イザベラが叫ぶ。目の前の死を前にして、あのルシウスですら太刀打ちできなかったのだ。例え残り全員で戦ったとて、ただ死体が増えるだけなのは理解していた。

「うるさい!」

 それでもアリスはそこを動かない。鋭い眼光をアグニへ向けたまま、魔力が急激に高まっていく。
 そして魔法名を紡ぐ直前--

「ルシウスは生きているぞ」

 アグニがアリスへと話しかけた。一瞬言葉の意味が理解できず、放心していたアリスだが、すぐに言葉を理解した。

「生きてる……?」

「そうだ。ただの魔力切れ……ではないか。意識を失うのはおかしい。恐らく魔法の反動か?」

 白雷隊の隊員はルシウスの魔力炉臨界起動を知っている。自分達には未だに使うことができていないが、その反動も当然ながら理解していた。

「おい、そいつの言うことは本当のようだぜ。ルシウスは生きてる」

「ルウ君!」

 アリスが瞳に涙を浮かべて、ルシウスへと駆け寄る。

「どういうことなの……?」

「我はルシウスと契約した」

 呆気にとられる一同。そして数瞬の間を置いて

「「「はぁぁ!?」」」

 六人の絶叫が大広間へ、響きわたった。
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