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月夜野レオン

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楽園にて

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「な………なんと、ここは天国ですかな?」
普段はとても冷静沈着で常に紳士な態度を崩さないナッシュ卿が、プルプルと震えながら自分の頬を何度もつねっている姿に、ゼオンは吹き出しそうになるのを何とか堪えた。
「シャム好きな方には、そうですね。天国と言えるでしょうね」
ゼオンとダレルの2領主で構えた結合屋敷の中庭は、春まっ盛りで色とりどりの花が咲き乱れ、その中ではシャム族の子供がじゃれ合いながら遊んでいる。
夢のようなその光景を、ナッシュ卿とその息子のサクヤは茫然と眺めていた。


ダレルの伴侶セシルは合同屋敷での初となる子供セレンを産んだ後も、去年双子を産んでおり、トリンドル家の子供は3人になっていた。
ゼオンの伴侶ユイハはセレンに遅れること数カ月後に双子を産んで、今また子供がお腹にいる。
そして驚いたのは、警備長のルースが副警備長であるレンに結婚を申し込んで夫婦になり、レンが子供を産んだことだった。
ルースは元々レンに惚れていたが、騎士団をやめて流れ者として旅をしていたのでずっと黙っていた。
この2領主の館の警備という安定した職を得て、更にはシャム族が安心して暮らせる地に安住出来るようになったので求婚したのだった。
レンは成人してから10年経っていたので、ルースはただレンと一緒に領主のシャム族の子供達を穏やかに見守りながら2人で仲良く生活していけたらいいと思っていた。
そんなルースに、ある日レンが子供達を見ながらサラリと爆弾発言をかました。
「う~ん、やっぱり子供は可愛いなぁ。ルース、子供作ろっか?」
「は………?」
「子供、ほしくない?」
固まっているルースの手に、先の白いシッポを絡めてレンは首を傾げながら覗きこむ。
「……いやまて……レン、お前…子供産めるの……か?」
ギギギと音がしそうな固さでレンを見たルースに
「あれ?言ってなかったっけ~。ちゃんと成人したときに致してるから、産めるよ~ん」
紫色の瞳を悪戯っぽく光らせ、シッポとネコ耳をピルルッと振ってペロッと舌を出すレンは小悪魔そのものだった。
きっと可愛いよ?金髪に紫の目の子とか~、と猫なで声でルースに甘えている。
「……あざといな、あれは」
ダレルが呆れたように呟くくらい、可愛く誘っている。
「シッポの先が三角に見えますね」
ゼオンもクスッと笑って、腕に抱いている双子の子供を愛し気に見下ろした。
ひとりはゼオンの銀色を受け継ぎ、ひとりはユイハの黒を受け継いだユリとマリ。
時おり耳をピルッと震わせてスヤスヤ眠る愛しい伴侶の愛しい子供達に、笑みが止まらない。
「すみませんが、2人揃って4日休みをもらうことは可能でしょうか?」
無表情で領主達に了解を求めてくるルースに、2人は快く頷いた。
「構わないよ、暫くは館での執務になるし、他の警備のメンバーも優秀だ」
可愛いシャムの子供は何人でも大歓迎だよとウインクして親指を立てるダレルに、ルースはありがとうございますと頭を下げた。
「ん?4日?何でそんなに休むの?」
キョトンとしていたレンは、頭を上げたルースの視線を正面から受けた途端、ニャッと小さく悲鳴を上げて耳をペタンと伏せた。
「レン、今まで微妙な話だから特に突っ込んで聞いたことはなかったが、お前が子供を産めるんなら、そしてそれを望むんなら俺は容赦しないからな」
「え……えぇ~…?」
ニヤリと笑うルースに、じりじりと引けていた腰をガッと掴まれ、あっという間に肩に担がれてしまう。
「お前、一昨日誕生日だったよなぁ?これから4日間、ベッドから出られると思うなよ?」
「うそっ、やあぁ~~ん」
ひえぇっとワタワタするレンを意に介さず、スタスタと廊下を進んでいくルース。
悲痛なニャアァ~という叫び声を残して、2人は4日間きっちりと部屋から出て来なかった。
そして1年後、なんとレンは3つ子を産んだ。
金髪に紫の目、白にオレンジの目、レンと同じ薄紫の髪とピンク色の目。
ニャアニャアと鳴く愛らしい子供達にルースの顔は緩みっぱなしだった。


皆、安全な場所でスクスクと育ち、日増しにヤンチャになってくる。
それでも4才になったセシルの子供セレンは、ゆっくりと教育が始まっていて親に似て聡明な頭脳の片鱗を見せていた。
「あの一番大きい子は、シャム族で最も高貴とされる色合いではないですか」
驚くナッシュ卿に、ダレルが頷く。
「ああ、私の子セレンですね。伴侶のセシルがグレーだったので、私の黒髪と目の色が入ってあの色になったのですよ」
「おお、トリンドル家の血を引かれているのですな」
ダレルが呼ぶと、先の黒いグレーのシッポを振りながらセレンがトトッと走り寄って来た。
「父様っ」
満面の笑みでダレルに飛びつき、抱え上げられると首に抱き着いて頬にチュッとキスをしてふふっと笑う。
「ああ、なんと可愛らしい」
ダレルとセレンの様を見たナッシュ卿はもうメロメロの様子で、普段の厳格な姿はきれいさっぱり消えていた。
「セレン、こちらはナッシュ様とそのご子息のサクヤ様だ。ご挨拶なさい」
下に降ろされたセレンは2人の前にちょこちょこと出ると、
「初めまして、ナッシュ様。サクヤ様。セレン・トリンドルです」
とニッコリ挨拶をする。
2人はセレンの目線に合わせる為に膝をついてニコニコと挨拶を返す。
「初めまして、セレン殿。お父上の友人のナッシュ・ダービルです。こっちは息子のサクヤ・ダービル」
お土産を持って来たんだよと言って、開けて見せた箱の中身は色とりどりのマカロン。
「わあっ、マカロン!」
甘いものに目が無いシャム族にはたまらないお菓子だった。
しかも色がキレイなのも良い。
セレンの目がキラキラと光り、シッポがせわしなく振られる。
「ありがとう、おじさま」
セレンはナッシュ卿の首に手を回して、頬にキスをした。
「ほほっ、天使にお礼をもらったぞ」
デレデレしているナッシュの横で、サクヤがおずおずと手に持った本をセレンに差し出す。
「あの、僕からも。この国の歴史が絵で描かれた絵本なんだ。良かったら読んでほしい」
13才のサクヤは黒髪に緑色の目をしていて、まだ小さいながらも整った顔立ちの少年だった。
セレンの青い瞳でじいっと見つめられて、頬を赤くしている。
「ありがとう、あの……一緒に読んでくれる?」
首を傾げたセレンに、サクヤは嬉しそうに頷いた。
「もちろん」
マカロンを皆にあげてくるから待っててねと箱を持って走っていくセレンの後ろ姿をぼうっと夢見るように見ている息子の姿に、ナッシュ卿は
「おやおや、息子もシャム族の可愛さにやられてしまったようだ」
と笑った。
ナッシュ卿は元々シャム族の擁護派で、前に傷ついたシャム族を助けて屋敷に住まわせていた経緯を持っている。
今回ナッシュ卿を館に招待したのは、力のある貴族でシャム族の擁護派を味方につけ、更に安全を確保する狙いがひとつ。
もうひとつは、シャム好きの貴族達から、ぜひ一目ここを見たいとの申し入れが殺到していて、お試しの意味もあった。
やたらめったらに人を入れるのはセキュリティー上良くないし、子供達も驚いてしまう。
厳選して招待して、シャム族の保護に協力してもらう方向に持って行きたかった。


マカロンを食べてゴキゲンでニャアニャア言いながらシッポを振るシャム達を見ながら、領主の2人はナッシュ卿とテラスでお茶を飲んだ。
「お二方、ぜひ館の警備の増強に協力させてもらいたい。資金はもちろんのこと、人員も厳選して送ろう」
こんな素晴らしい天国はしっかりと守らなくてはねとナッシュ卿はニコニコだった。
「それは有り難い。これからもっと増えますし」
「あと、ここから南に行った所に湖があるだろう?そこに私の別荘があるんだが、今度大々的に改修する予定でしてな。セキュリティーも更に上げるので、良かったら夏は避暑を兼ねて遊びに来てくれんかの?もちろん他にも色々と遊べる場所もある」
「ああ、あの景色の良い場所ならば、素敵なバカンスができますね」
楽しみですねと3人で笑い合う。
セレンとサクヤは仲良く並んでベンチに座って、絵本のページをめくっていた。
セレンのシッポがソワソワとサクヤの背中辺りで揺れているのを見て、ダレルはセレンがサクヤを気に入ったようだなと微笑んだ。
「おぉ、これは憧れのっ…」
ナッシュ卿が興奮して見ていたのは、シャムの子供達が固まって昼寝をしている姿だった。
シャム族はお互いに触れ合って眠るのが好きな習性を持っているので、密着して重なり合うように眠る。
「シャム団子が見れるとは、やはりここは天国っ」
感無量といった感じで震えているナッシュ卿に、2人の領主は吹き出しながらも大きく頷いた。
「確かに、お互いに楽園ですよね」
陽だまりの中、回りを色とりどりの花に彩られて団子状になってスヤスヤと眠るシャム族の子供達。
暖かな眼差しに見守られながら夢の中でも遊んでいるのだろう、耳をピルピルッと震わせ、シッポをパタパタと楽しそうに揺らしていた。
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