ご令嬢は婚約破棄をしてみたい

新高

文字の大きさ
2 / 7

しおりを挟む



 それなのに、ミッシェルのすぐ傍で、まるで一冊の恋愛小説かと思いたくなる様な胸のときめく実話が起きたのだ。目の当たりにした。なんなら少し巻き込まれた。まさに事実は小説よりも、を体感してしまったらばもう、これまで軽くで抑えていた素敵な話への憧れは強まる一方で。

「だってあんな会う度に幸せです! って空気をぶつけられるんだもの!! ちょっとは自分にもって夢を見てもしかたがないと思うの!!」
「あー……うちの上司か……」
「そうよ! あなたの上司が毎回会う度に【俺の嫁が可愛い】って甘さしかない空気をダダ漏れさせてくるのよ! 遊びに行くたびにそれを直撃な私の気持ちも考えて!」
「それに関しては本当にお詫びのしようも無く」

 ルークの上司であり、第二王子の専属護衛の騎士と、ミッシェルの友人が結婚したのが三年前。二人はその式で初めて顔を合わせ、それからの付き合いだ。
 ルークにとっては上司の結婚相手の友人、ミッシェルにとっては親友の結婚相手の部下、というなんとも微妙に遠い距離間であったが、とある理由で今もこうして細々と続いている。

「結婚した当初はこっちが毎日顔付き合わせる勢いで心配してたっていうのに、なんなの!? なんなのあの変わり様!? いいわよあの子が大事にされていてとっても、ものすごく、鬱陶しくないの!? って訊きたくなるくらい愛されているからいいんだけど!」

 しれっと本心が交じっているのはご愛敬だ。尊敬して敬愛している相手ではあるけれど、たしかにここ最近の上司は非常に鬱陶しいとルークも思う。

 結婚した当初はお互い年の差や身分差を気にしてかすれ違いが多かったようで、新婚でありながら仕事に明け暮れてなかなか帰宅しようとしない上司と、そんな彼とどう接していいか分からない友人との間で、ルークとミッシェルは連日話し合う日々だった。

「ご両親を亡くして、ロクデナシの叔父に家を乗っ取られて、財産食い潰されて身売り同然でさらにロクデナシと結婚させられそうになっていたのを助けてくれたと思ったのに! そこから無駄に三年も遠慮し合ってすれ違うってなんなのよ本当に!」
「それなあ……そこは俺らも謎なんだよ……」

 上司は常に冷静で、的確な判断を即座に下す有能な人物でありながら、女性にはどこか淡泊というか、最早冷淡なのではなかろうかと思うほどの対応をする事のある人だった。そんな上司がとったまさかの行動で、どれだけその妻となった女性に入れ込んでいるのかと思っていたのだが。

「奥様の事情があったにしても、随分と遠慮がちだったもんなあ」
「せっかく幸せな結婚ができたから、これであの子も心穏やかに過ごせるって思っていたのに」

 ドン、とミッシェルはテーブルを叩く。するとそれに触発でもされたのか、ルークが軽く吹き出した。

「なによ?」
「いや……そういやお嬢さんの式での啖呵が凄かったなって……思い出した……」

 くつくつと喉奥で笑いながら肩まで揺らすルークに、今度はミッシェルが吹き出す。こちらは笑いではなく動揺の為だ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お母様!その方はわたくしの婚約者です

バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息 その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。 面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。 そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。 どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。 この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。

悪役令嬢は追放エンドを所望する~嫌がらせのつもりが国を救ってしまいました~

万里戸千波
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢が、追放されようとがんばりますがからまわってしまうお話です!

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

悪役令嬢カタリナ・クレールの断罪はお断り(断罪編)

三色団子
恋愛
カタリナ・クレールは、悪役令嬢としての断罪の日を冷静に迎えた。王太子アッシュから投げつけられる「恥知らずめ!」という罵声も、学園生徒たちの冷たい視線も、彼女の心には届かない。すべてはゲームの筋書き通り。彼女の「悪事」は些細な注意の言葉が曲解されたものだったが、弁明は許されなかった。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

処理中です...