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月曜日
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しおりを挟む週が明けての月曜日は朝から怒濤の忙しさだった。
通常業務に加え、急遽入った昼からの会議。議題は当然土曜に起きた納品ミスについて。事故案件の共有と今後の対策、そして二課担当であった業務を三課の担当に変更する件も含まれている。葛城の指示に従い晴香はデータを用意しそれを資料として纏め、なんとか会議で使用する書類として形にできた。正直昼休憩などあったものではない。若干の空腹を感じつつ会議に参加する。
一課から三課までの各課長にそれぞれの営業主任と各チームリーダーともいえる営業担当者、という社内の営業トップ集団が揃っている。晴香がこの場にいるのは議事録を取るのとあとは雑用をこなすためだ。女性社員にだけこんな、と憤る層もいるけれども、これは単純に一番下っ端で若手だからだろうなと晴香は特に気にしていない。むしろこれだけの面子のやり取りを目の前で見聞きできるのだからありがたいくらいだ。見ているだけでも学ぶ所は大きい。
などと殊勝な考えに、今日は失礼ながらも野次馬気分も混じっている。だって二課から三課に椿の今後のイベントを奪ってきたのだ、荒れるに違いない。
でもそもそもイベント自体は先輩と中条先輩が取ってきたのを二課が横取りしたやつだし、これは奪ったんじゃなくて取り返したやつだからコッチは悪くないやつ、と晴香は一人息巻いている。三課の課長は見た目も性格も丸くて温和でふわふわしているが、言うべき時はしっかり言う人であるし、先輩達だって揃ってるから負けないんだから、と戦いの火蓋が切って落とされるのを待つばかり。
しかし一向に始まらない。いや会議はすでに始まっているのだが、終始静かというか穏やかだ。
最初に失敗をした二課からの謝罪と報告、それを受けての今後の注意点と対策、とサクサクと話は進んでいく。その中に先方からの希望もあり今後は三課が主導で、と言う話があがりその件へと移っていく。晴香は議事録を取りつつ軽く頭を捻った。喧々囂々とした会議になると思っていたのだが。というか、二課をやり込める姿を見たかった。イベントの失敗もだが、なによりも葛城と中条が持ってきた話を横取りされたのが晴香としてはとにかく腹立たしかったのだ。
チラリと視線を動かせば葛城と目が合う。ゆっくりと葛城の口が動く。会議の最中なので声は出していないが、動きだけでも言葉は伝わる。「ばあか」と言われたのが分かり晴香は怒りの矛先を葛城へと向けた。自分がこんなにも怒っているのは先輩達のせいなのに、と思う一方、まあ確かにいい大人の集団で喧嘩腰の会議になるはずもないなというのも理解はしている。それでも一矢報いるくらいはしたかったのに、と晴香はむすくれながらも後は大人しく与えられた仕事に集中した。
終始荒れる事なく会議は終わり、軽く雑談をしつつそれぞれの部署へ戻ろうかとなった時、一人が軽い口調で話し始めた。大きな声、というわけではない。しかしさして広いわけでもない会議室だ、いやでも耳に入る。
「いやあそれにしてもさすが三課のトップ二人だよな! ピンチをチャンスに繋げて新しく契約取ってくるってさあ!」
声の主は一課の吉川だ。同じ課の人間と、近くにいた二課の同期へ話しかけている、という態でいるが言葉に込められた悪意の向く先は葛城と中条である。
「ただでさえ今月も成績負けてんのになースゲーよなー、俺らも枕しねえと無理だぜこれ」
おい、と吉川に絡まれている数人が眉を顰めて諫める。しかし吉川は「冗談だよ冗談」と笑っている。
「でも冗談じゃなくコツを教えて欲しいもんだけど、枕の」
あからさまな煽りに乗るほど葛城も中条も血の気が多くもなければそれ以上に馬鹿でもない。相手にしないのが一番、と手元の資料を片付け一足先に会議室を出ようとする。その耳に今度は吉川ではない声が響いた。
「枕……?」
「日吉、戻るぞ」
馬鹿の相手はするな、と言外に葛城は晴香を呼ぶ。しかし晴香はハッとした顔をして吉川を見る。あ、これ駄目なやつ、と何故かその瞬間葛城は思った。
「枕営業……!」
「日吉」
「――大林ヒミコ」
晴香の口から突如出てきた人名に反応したのは二課の課長とそこの営業主任だった。そして三課の主任も。三人が同時に吹き出すので葛城や残りの面子は驚くしかない。三課の課長は「うわあ」と呟くだけ。吉川もポカンとした顔をしているが、その顔を確認したと同時に晴香は彼に詰め寄った。
「先輩と中条先輩が枕営業しかけて契約取ってきたって言いたいんですよね? それって先輩達に失礼なのはもちろんですけど、相手先の人にも失礼すぎじゃないですか!?」
「日吉、いいから」
「そうだよ日吉ちゃん」
葛城と中条が晴香を止めるべく声をかける。自分達に怒ってくれるのは嬉しいが、ここで揉めても仕方が無い。くだらないにも程があるやっかみだ、流すに限る。しかし晴香は止まらなかった。
「リアルでそんなこと言う人がいるなんて思ってもなかったです知ってる単語使いたいだけのくせにってなるのにでも大林ヒミコを知らないなんてニワカどころか見てもいないってことでしょう!?」
先程反応した三人がまたしても吹き出す。二課の課長は隣で苦笑したままの三課の課長の肩をバシバシと叩いている。待て待てこれなんだこの状況はものすごく悪いと言うか面倒くさいと言うかグダグダしてきてんな? と葛城は反応している三人の共通項を急ぎ探す。あの三人がよく盛り上がってる話題ってなんだ、と考えて出てきた答えは先日晴香が酔っ払って連呼していた物ではなかったか。
「一旦は引退していたのに、颯爽と美人人妻営業主任シリーズで復活した伝説の熟女AV女優さんを知らないなんて失礼にもほどがあります!」
「えソッチ!? ソッチが失礼!? てか日吉ちゃんAV女優の名前なんでそんな知ってんの!?」
吹き出しそうなのを懸命に堪えながら中条が突っ込む。葛城は痛むこめかみに手をやりつつ盛大にため息を吐いた。
反応していた三人はAV鑑賞が趣味だと豪語している三人だ。頼みもしないのにお勧めリストを貰った事もある。さすがに女性社員が近くにいる時は話題にはしないが、男しかいない時の飲み会の席など酷い物だ。
「日吉!」
いいから黙れ、と葛城は強めの声を出す。が、興奮していて聞こえないのか晴香は口を閉じようとはしない。
「セル版でもレンタル回数でも驚異の記録を叩き出した人なんですよ! うちの店はそんなにAVコーナー広くはなかったですけど、それでも若い女優さんを押さえて常にランキング上位にいたし、返却されてもすぐ貸し出しになってですね!?」
「日吉ぃ!」
「好きなAV女優さんのランキングに今でも載ってるくらいの人の! 枕営業モノと言えばこの人、ってくらいの女優さんなのに!!」
「日吉ぃっ!」
「日吉ちゃん落ち着いて! 葛城がやばい」
「大丈夫です中条先輩これはまだもう少しいけるやつです!」
「なんでギリギリ攻めるの!?」
「観たこともないくせに枕営業とか言って!! だいたい本当に先輩達が枕営業してたらこんな契約件数で済むわけないでしょう!? ダントツぶっちぎりですよ! 美人人妻営業主任シリーズみたいに!」
「日吉いいいいい!!」
月曜昼過ぎの会議室に特大の雷が落ちたのは言うまでもなかった。
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