【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【3】右往左往~幾久、迷子になる

無事にお帰りなさい

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 爆音を響かせてバイクが幾久の所属する『御門寮』の前に到着した。

 降りた瞬間、ふらついてしまったが宇佐美が腕を引っ張ってくれる。
「……あざす」
「お疲れさんーお、けっこう早かったなあ」
 時計で時間を確認しながら宇佐美が言うが、幾久はそれどころじゃない。
「し、死ぬかと思った……」

 迷子だったのを助けてくれたのはありがたかったが、さすがにバイクはちょっと大変だった。
 生まれて初めて乗ったけど、もう二度と乗りたくない。
 というか今日は大変じゃないことがなかった気がする。

「大げさだなあ。ちゃんとスピード出てなかったっしょ」
 一応気をつかったらしい宇佐美は反撃するが。
「スピードは出ないけど角度が……」
「あー、まあね。でもあそこまで角度あったらねえ、とばしたらふっとんじゃうし」
 スピード出されなくてよかった!と幾久はほっと胸をなでおろした。
「ついでだから寮に寄ってくわ」
 報国院高校のOBで、この御門寮出身でもある宇佐美は気安く寮に入っていく。
 一緒に御門寮の門をくぐり、敷地内の庭に入ると、すでに寮から誰か出てきた。

「いっくん!よかった、帰ってきた!」
 幾久の姿を見て安心して近づいてきたのは二年生の吉田栄人だ。
「ただいまっす」
「おっす。あれ?バイクに気付いた?」
 宇佐美の言葉に吉田が首を横に振る。
「双子から電話があったって、ハルが」
「あー、それでか」
 さっと吉田が何も言わずに幾久や宇佐美の荷物を受け取る。
「いっくんが出かけたってガタに聞いて、それなら別にいっかと思ってたんだけど、遅くなっても帰ってこないしおかしいなと思ってスマホ鳴らしたら寮の中にあるし。困ってるんじゃないのかって思ってたら案の定」
「えーと……」
 山縣に頼まれた事は喋っていいのだろうか、と思っていると吉田が答えた。
「あ、ガタは全部吐かせた。ほんっとあいつ、どうしようもない!ボコボコにしといたから安心して」
「えっ……」
 ボコボコとは穏やかじゃない、と幾久は思ったが、吉田は笑顔で答えた。
「あ、あいつじゃないよ。あいつの大事にしてるフィギュア」
 ひどい。
 あのオタクの山縣はフィギュアを大事に大事にしてるのに。
 倒れただけで叫ぶレベルなのに。
 本人を殴るよりよっぽどダメージを食らっただろう。

 にこやかなのに、やっぱ栄人先輩もちゃんと怖い、と幾久は体を震わせた。


 寮に戻ると、犠牲のフィギュアのせいだろう、憔悴しきって倒れている山縣先輩と、幾久を心配してくれたらしい高杉と久坂の顔があった。
「ただいまっス」
 幾久が言うと、高杉も久坂もほっとして、「おかえり」と言ってくれた。
「電話あったんか」
 宇佐美がブーツを脱ぎながら尋ねると高杉が頷く。
「うん。双子が電話してきてくれた。うさ兄が、さっきいっくん連れて出たって」
「気が利くなあ、あいつら」
 俺がそうすりゃよかったかなー、でもすぐだしなーと言いながら上がってくる。
 吉田が二人の荷物を置き、いつものように、こまごまと動き始めた。
「いっくん、コーヒー飲む?」
「いや、さっき神社で貰ったんで」
 それより空腹だからご飯がいい。夕食まだかな、と思っていると、宇佐美が尋ねてくれた。
「それよりさあ、ご飯まだ?」
「まだも何も、うさ兄急に来たじゃん。まあ一応、麗子さんがいろいろ置いてくれてる」
 呆れていう久坂だったが、宇佐美は全く気にしない。ああ、それで宇佐美のことを『うさ兄』と呼んでいたのかと納得した。
 久坂は人を寄せ付けない雰囲気があるし、自分でも人見知りと言っていたけど、宇佐美に対しては全くそんな感じがなかった。
 兄と親しかったのなら、久坂も宇佐美をよく知っているのだろう。
「それでいいや。それ食お」
「ま、幾久が帰ったら飯にするつもりだったからの」
 高杉が口を開く。案外、面倒見のいい先輩なので心配してくれたのだろう。
「えと、アリガトウゴザイマス?」
「別にええ。ガタの阿呆が全部悪い」
 あ、そういえば出かけたのは山縣に頼まれた明太子を買ってきたからだった。
 幾久は荷物の中から明太子を取り出した。
 皆が夕食の仕度を始める中、山縣はべったりとうつ伏せになって意気消沈中だ。
「えーと、ガタ先輩?明太子買ってきましたよ?」
「……お前のミッションは成功(コンプリート)したが、俺のハートはブロークンだ」
「とりあえず置いておくっス」
 言って寝ている山縣の後頭部に明太子の箱を置いた。
「オレ、預かったお金も忘れちゃってたんで、あとで計算してお釣り返します」
「いっくん、もうお釣り貰ってもいいよそれ」
 ぶぎゅっと吉田がわざと寝ている山縣の背中を踏みつける。
「そうじゃ。つうか、別に賃金払ってもらってもええくらいじゃ」
 更に高杉が山縣を踏んで歩く。
「ほんっと、余計なことばっかりする為にならない先輩だよね、山縣って」
 どすんと久坂が山縣の背中に座り、山縣がぎゃああ、という声を挙げた。
 さすがに太ってないとはいえ、身長が百八十はあろうかという久坂が上に座ると苦しいらしい。
 悶えながら横に転がり、久坂の下から脱出する。
「あれ?山縣先輩いたの?」
 にこっと微笑んで言う久坂に、山縣はなにか言いたげにするが、「ふんっ!」と子供のようにそっぽを向いて、自分の席に戻る。
 幾久は吉田が配膳するのを手伝い、全員の前に食事が揃った。
「合掌!いただきます!」
「いただきます!」
 全員が挨拶して、すぐに食事が始まる。食事中は喋らない人が殆どなので、もくもくと食事をすませて、ぽつり、ぽつりと互いの報告をするくらいだ。
「やでも、ほんとビックリしたよ。いっくんが出かけたって聞いたからさ、てっきり一年の友達と出かけてるもんだとばかり」
 吉田に幾久が答える。
「一年は殆ど、片付けするって言ってましたよ」
 誘われもしたが、まだ寮に入って間もないので、この土日で片付けるというのが殆どだった。
 よっぽど荷物が少ないか、だらしないか、片付けないのはそういう人だろう。
「だよねえ、そっかあ」
 吉田がなるほど、と納得する。
「その一年生の貴重な時間をどっかの馬鹿の三年生が奪っちゃってねえ」
 ちくりと久坂が山縣のことを言う。
 山縣はばつが悪そうに食事をしている。
「ほんっと、馬鹿にも程がある」
 高杉もあきれているが、それには嬉しそうだ。
 このあたりが山縣の理解できないところと言うか、気持ちの悪いところと言うか。
 山縣は三年のくせに二年生の高杉を心酔しきっているので、何を言われても嬉しいらしい。
「ガタ、ちゃんといっくんに謝った?」
 吉田の言葉に、山縣は一言「サーセン」と言うが、そこで高杉の拳骨が入る。
「ちゃんと謝れ」
 高杉の拳骨が入った途端、山縣はさっと端をおき、幾久の前まで行くと深々と土下座をした。
「ほんっとすみませんでした!反省しております!」
「や、別にいいっすってば」
 酷い目にはあったけれど、土下座までされるほどの事じゃない。
 この年で迷子になるのは驚いたが、新赤間ヶ関の駅が報国院に近いと勝手に思い込んだのは幾久だ。

 あの時点でもうちょっと無茶な行動に出ず、あと駅員さんには正直に『迷子になったので、報国院高校までの正しいルートを教えて下さい』と言えばよかっただけの事だ。

 迷子になったのが恥ずかしくて変な誤魔化し方をしたせいで、結局間違えてしまった。
 幾久が間違えた一ノ宮、住吉神社は確かに傍に学校があったが、報国院ではなく、地元の小学校だった。
 説明を誤魔化したせいでこうなったし、スマホを忘れたのも自分なので、自業自得という事もある。

「それに、ちょっと楽しかったし」
 幾久の言葉に、山縣が『ほらな!』みたいに勝ち誇った顔をしたので、高杉がもう一度拳骨を喰らわせた。


 食事をすませ、いつものように食後のコーヒータイムになった。
 そこで初めて、山縣がなぜ幾久に明太子を買わせる羽目になったのか、という事を吉田が尋ねると山縣が言った。
「明太子食っちまったんだよなー、麗子さん宛ての奴」
 麗子さん、とはこの御門寮の寮母である、吉田麗子のことだ。五十歳くらいのおばさんだが、料理が上手で優しいおばさんだ。
 この御門寮のある敷地内にもう一軒家があり、そこで暮らしている。
 基本、土日は麗子さんは休みになっているが食事を作ることも多く、出かける用事があるときなんかは今回のように作っておいてくれる。
 つまり、日常でも麗子さんはこの寮に居ることが多いので、荷物、特に食料関係はこちらの寮で受け取っておく場合が多い。
 今回山縣が食べてしまったのは、その麗子さん宛ての宅急便だったらしい。
「なんで麗子さんの荷物をお前が勝手にあけるんだよ」
 吉田の言葉に山縣が反論する。
「ハァー?お前が宅急便の伝票剥がして明太子だけ俺らの場所につっこんだんだろ?!んなことすっから俺が間違えて食っちまったんだよ!」
「おれそんなことしてない」
 吉田もきちんと反論する。
「は?だって伝票が」
「や、だからしてねえし」
「ごみ箱に……」
 御門寮の冷蔵庫はかなり大きい。
 業務用かと思っていたが、アメリカではよくあるサイズらしい。
 それを聞いたときアメリカ人どんだけ食うんだよ、と思ったが、当然日本人だらけの御門寮では余裕で使える。
 寮生も個人で購入したものは冷蔵庫に入れておくので、『麗子さんが使う場所』と『寮生の個人用』という場所が分かれている。
 その冷蔵庫は、内部がきちんと分かれていて、いくつも棚があるのでスペースには困らない。
 今回の事件は、山縣が『寮生用』のスペースに好物の明太子があったので、それを食べてしまったが、ゴミ箱の中に落ちている伝票を発見。
 明太子は麗子さん宛てだった。
 つまり、うっかり誰かが麗子さんの明太子を間違って寮生用のスペースに入れたのが原因。
 それで山縣が食べてしまった後に気がついて慌てた。幸い、知っている明太子屋だったので同じものを買ってくれば大丈夫だと判断、幾久に買いに行かせたというオチらしい。
「はあ、でも栄人先輩もやってない、っていうし、じゃあ一体誰が寮生用の場所に、麗子さんの明太子つっこんだんですか?」
「うーん、確かに冷蔵庫に一番触っているのは栄人だし、そういう事するのも栄人しかいないけど、そういう失敗しないのも栄人だし」
 久坂がおかしいね、と首をかしげる。
「ひょっとしたら麗子さんが、自分のスペースがいっぱいだから、わしらの方に入れたか、もしくは間違えたか」
 高杉が言うが、それでも勝手に食べてしまったのはまずかっただろう。
 一応、明太子は幾久が買って来たお陰で無事新しいものがそこにあるので、あまり心配はいらないとは思うのだが、それにしてもおかしい、と全員が首をかしげていると、玄関から声がした。
「ただいまーって、表にバイクがあったけどうさちゃん来てるの?」
 寮母の麗子さんの声だ。
「おかえりー」
「ただいまぁ。あらコーヒーのいい香り」
「入れたげる!座ってて!」
 吉田がいそいそと麗子のぶんのコーヒーを用意する。
「あのねえ、今日はちょっとお友達とお出かけしててね、おいしいタルトのお店があるっていうから、みんなにお土産かって来ちゃった!あ、沢山買って来たから、うさちゃんの分もあるわよ」
「え、マジで!麗子さんあいしてる!」
 丁度全員でコーヒーを飲んでいるところだったのでタイミングはばっちりだ。
 幾久も吉田を手伝って皿とフォークを用意する。
「おお!シュークリームあるぞ!」
 高杉のテンションが上がる。
「栄人先輩、ハル先輩って、シュークリーム好きなんですか?」
 吉田に尋ねると、頷く。
「もうすんごい、大好物。瑞祥も好きでさ、あの二人だったらシュークリーム買っておけば間違いないから」
 そういえば、この前久坂がホモのふりをしていたのを謝罪されたときに大量にシュークリームがあったなあ、と幾久は思い出す。
(そっか。あれ、二人の好物なんだ)
 へえ、と思っていると、久坂と高杉がちゃっかり先に自分たちの皿にシュークリームを乗せている。
 嬉しげな様子に、本当に好きなんだなと思った。
「ああ、そうそう、明太子判った?」
 突然の麗子さんの言葉に、コーヒーを飲んでいた山縣がむせた。
「な、なん、な、」
 まともに喋れない山縣に代わって吉田が麗子に尋ねる。
「麗子さん、明太子って、この事?」
 幾久が買って来た、つまり山縣が勝手に食べてしまった明太子を吉田が冷蔵庫から出して見せると、そうそう、と麗子が頷く。
「それね、矜(きょう)ちゃん好きでしょう?だから食べていいほうに入れておいたんだけど判った?」
 矜(きょう)ちゃん、とは山縣の名前だ。
 山縣(やまがた)矜次(きょうじ)というのが山縣のフルネームで、麗子さんは寮のメンバーを皆、名前かあだ名で呼ぶ。

「は?」
「へ?」
「え?」
「……」
「?」

 全員が黙って顔を見合わせて、そして山縣をじっと見る。
「えと。麗子さんが、入れたの?」
「そう。食べていいほうに入れておいたから判ったでしょう?」
「宅急便の伝票……」
「あら?ちゃんと剥がしておいたと思ったけど、剥がしてなかった?」
「いやいやいや、麗子さんはちゃんとしてたよ!大丈夫!ね、ガタ?」
 うんうんと山縣が頷く。
「そう、いただきものだけど矜ちゃんがそこの明太子、好きでしょう?だからお昼に食べたらいいかなあっておいといたの。食べなかったの?」
 食べてましたよ、しっかりと。
 ご贈答用の三百五十グラム、三千七百八十円、大体四本入りのぶっとい明太子をさくっと一人で完食。
「えーと……ありがとうゴザイマス」
 山縣はそうお礼をいい、麗子さんはにこにこしていたが、幾久はあっけに取られていた。
「じゃあ、最初から、ガタ先輩の」
「勘違い、だね。や~ま~が~た~」
 珍しく栄人も怒っている。そりゃそうか、自分のせいにされたんだもんな。
「……ワリ」
 そう言った山縣の脇に強烈なボディブローが叩き込まれ、山縣はしばらくのたうちまわっていた。
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