【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【3】右往左往~幾久、迷子になる

遅き日

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 どうしよう。
 一体ここはどこなんだ。

 笑っている場合じゃない、と、幾久は神社の鳥居をくぐって敷地内へ入った。
 報国院の隣の神社より、かなり大きくて綺麗な神社だ。
 石造りの鳥居は見上げないと見えないし、神社までの参道は綺麗な石畳が敷いてあり、その中央にはまるで時代劇に出るような、赤いアーチ型の橋がかかっている。
 ただ、不思議なのはなぜか参道のど真ん中にあることだ。
 しかしそれをなぜかと調べる余裕は幾久にない。

 迷子だ。
 本当に心底、迷子になってしまった。
 時刻は十八時。
 東京より日が長いおかげでまだ明るいが、それでもあと一時間もないうちに日が落ちるだろう。
 それにスマホはないし、お金もない。
 連絡先は全部スマホの中だし、電話番号のメモもわざわざ別にとっていない。
(万事休す、ってこの事?)
 はあ、と幾久は参道の横に据えてあるベンチに腰を下ろしてがっくりと肩を落す。

「もーマジでどうしたらいいんだよ。ったく」

 まさか『迷子なんで助けて下さい』なんていう訳にもいかない。
(でも、それしか方法がない気もする)
 このままでは日も暮れるし帰り方も判らない。
 歩いて帰ろうにも場所が判らないとどうにもならないし、タクシーを使おうにも、いくらかかるか判らない状態では使えない。
(ほんっとマジでどうすんの、オレ)
 どうしたらいいのか全く判らない。
 もう警察に行くしかないのか。
 迷子です助けてくださいって?
 高校生にもなって?

「うわああ、恥ずかしい!」

 せめてスマホをちゃんと忘れずに持って出かけたら、と激しく落ち込んでいると、爆音が近づいてきた。
 一体何の音だと驚いて顔を上げると、どこかのお兄さんが鳥居の前でバイクを止めている所だった。
 お兄さんはバイクを止め、鳥居の横にある、石灯籠の隣にバイクを置くとヘルメットを外し、そして片手に発泡スチロールの箱を抱えて、鳥居に入る前にぺこりと一礼して、神社に入って来たのだが。

「……あれ?」
 幾久は驚いて目を見張る。
 そのバイクに乗ってきたお兄さんに見覚えがあったからだ。
「あれぇいっくん?!こんな所でなにやってんの?!」

 正直、こっちが聞きたいです。



 見覚えがあったのは当然だ。

 バイクに乗ってきたお兄さんは、幾久が入寮した日に魚を運んできた、魚市場に勤めているという『うさちゃん』『うさ兄』こと、宇佐美だった。
 報国院のOBなので、当然今のところは幾久の先輩にもなるのだが。

 大雑把に今まであったことを説明すると、宇佐美は「そっかあ、そりゃ大変だったねえ」とげらげら笑ったものの、「じゃあ寮まで俺がおくったげる!」と言ってくれたのでもうなんでもいい。
 良かった、本当に良かった、とほっとしていると、宇佐美が神社へ進んでいく。
「え?あの、」
「いっくんお参りした?してないなら一緒に参ろうよ」
 言われて宇佐美について行くと、さっきのなぜか参道にある橋の向こうに手水場があった。
 木の柄杓がたくさん並んでいて、手水場も立派だ。
 宇佐美は柄杓に水を掬い、一杯で綺麗に手を濡らし、口をすすぎ、元に戻していた。
 この神社には手水場に作法が乗っている。
 真似てみたものの、左手にかけ、右手にかけ、左に口をすすぐ用の水を移したところで柄杓は空になった。
「一杯じゃ無理っす」
 そう言う幾久に宇佐美がはは、と笑う。
「そのうち慣れるって」
 仕方なく、二杯目の水を掬って全部の作法を済ませた。
 ハンカチで手を拭きながら、長い石段を登る。
 石段の前には大きな狛犬があったが、狛犬、というにはなんだか全体がもっちゃりしてコミカルだ。
(なんか、かわいいかも?)
 神社と言うと少し怖い雰囲気もありそうだが、ここの狛犬はそんな風に見えなかった。
 石段を登ったところには赤い門があった。
 そして雰囲気を感じて思わず顔を上げると。
「うわっ!」
 びっくりしたのは、人形が二対あったからだ。
 門はちょっとした厚さがあり、門の両脇に空間があり、そこにガラス越しではあったけれどおじいさんと若い男の、ひな人形のような平安時代の格好をした等身大の人形があった。
「はは、びっくりした?」
 宇佐美が笑う。
「なんででっかいひな人形が」
「ひな人形……まあそうだけど。ただしくは随身、って言うんだよ」
「ずいしん?」
「今でいう所のSP」
「へぇー」
 確かに弓とか持っている。なるほど、神社を守っているのかと納得する。
 でかい人形はどことなく雰囲気があって、こんなの夜中にいきなり見たら泣くだろ、と思った。
 門を過ぎると目の前に神社のがあった。
 重要文化財とか国宝とか書いてある。
 見るからに立派だと思ったがやはり立派な神社だったらしい。
 賽銭箱があったので、宇佐美とそこに賽銭を入れた。
 ちなみに幾久は残った十二円を全部入れた。
 無事寮に帰れるのがここの神様の采配なら、全財産放り投げてもおしくない。
 十二円だけど。
 そう思いながら、とりあえずここの神様にも感謝をしておいた。


 お参りをすませると、宇佐美はお札を売っている事務所のようなところへ顔を覗かせた。
「アキとヨルは?」
「いますよ。呼んできましょうか?」
「頼む頼む。あ、あとこれね、魚」
「いつもありがとうございます!」
「いいえー」
 さっき持っていた発泡スチロールを巫女さんに渡し、宇佐美はその隣にある待合室へ勝手に入っていく。
「勝手に入っていいんすか?」
「あー、いいのいいの。いつもそうだし。いっくんジュースいる?おごるよ?」
「お茶があるんで、いいっす」
 思えばこのお茶のせいで、どれだけしんどい思いをしたか。いや、元はと言えば山縣のせいだけど。
 宇佐美がジュースを販売機で買おうとしたところで、二人の神主が出てきた。
 神主は驚いたことに双子で、全く同じ人にしか見えないくらいにそっくりだった。
 この神主達も報国院の卒業生なのだという。
 幾久が後輩だと知って、じゃあコーヒー入れてあげる、と楽しそうにコーヒーを準備してきた。
(神社なのにコーヒーなんだ)と思ったけどそこは聞かないことにした。
 なぜか甘いおせんべいとコーヒーを出され、幾久はそれを飲む。
 やっぱり、コーヒーは寮のと同じ味がする。
 気が緩むと急にお腹がすいた気がして、せんべいも遠慮なくばりばりと食べた。
 休憩所には宇佐美と神主が二人、幾久の四人がベンチに座り、全員でコーヒーを飲んでいた。
「俺さあ、ここにコーヒーとか、あと神様にお供えするものとか運んでんのよ。今日は配達の帰り」
 宇佐美が言うと、双子の神主の片方が言った。
「殆ど毎日来てるからな」
「そうなんすか。宇佐美先輩って、魚市場に勤めてたんですよね」
「おお!いっくん覚えてくれてたんだ!そうそう、亀山市場のフクヤマって言われてるんだ!」
「言ってるのお前だけだって、市場のおっさん言ってたぞ」
 神主からのツッコミが入る。
「中々浸透しなくてさあ」
 宇佐美は気にせずに首をかしげるが、もう一人の神主も呆れた風に言う。
「させるもんなのかよ」
「やっぱり最初は自己紹介だし!」
「いや、言葉の意味がちげえし」
 雰囲気から見て、双子の神主と宇佐美はかなり仲が良さそうだ。
 やっぱり同じ寮だったりしたんだろうか。
「あ、そうそう、ここメット置いてただろ?あれ持ってきて」
 宇佐美が言うと、神主が言う。
「あれ?お前今日車じゃねーの?その子とニケツできたわけ?」
「違う違う。いっくんとはさっきそこで偶然会っただけ。困ってるみたいだから、俺が送ってくの」
「はぁ、まあ、それならしょうがねえけどな」
 神主が言い、フルフェイスのヘルメットを持ってきた。
「え?ひょっとしてバイク、っすか?」
 幾久は驚く。
「そう。だって俺今日バイクだもん」
 宇佐美の言葉に、勘弁してくれと幾久は首を横に振る。
「いや、俺バイク乗ったことないし!」
「大丈夫だって。絶対に飛ばさないし、車の来ない道を選ぶから。バイクだって二ケツOKの奴だし」
 バイクなんて乗ったこともないし興味もない。
 それなのにいきなり後ろに乗るとか冗談じゃない。
「えと、道さえ判れば歩いて……」
「言っとくけどここから寮まで、判りやすい道なら十キロ近くあるよ?」
「……マジすか」
「マジす」
 結局、ちっとも報国院は近くなっていなかった。
 今更十キロ歩くとか無理だ。もうすぐ夜になるのに。
「だから諦めて、お兄さんに送られなさいって」
 ぽんっと頭に手を乗せられて、幾久は頷く。
「……そうします」
 どっちにしろ諦めるしかなさそうだ。
「じゃ、あんまり遅くなってもアレだし、俺いっくん送ってくるわ」
「おー、またな」
「気をつけて。あ、ちょい待ち、待ち」
 ばたばたっと一人の神主が席を外し、戻って来た。
「これあげる。今度はゆっくりお参りしに来て」
 渡されたのは小さな白い紙の手提げ袋だった。
 なにか入っているらしい。
「うわー、ヨル、やっさしぃー!」
「後輩じゃん」
「あ、じゃ俺もなんかあげる」
 双子が喋っているので幾久は慌てて首を横に振る。
「いえ、さっきもコーヒーご馳走になりましたし!オレ、賽銭十二円しかあげてないし!全財産それしかなかったし!」
 慌てて首を横に振ると、神主と宇佐美に爆笑されて、金額なんか言わなきゃよかったと思ったがあとの祭りだった。

 神主二人に別れを告げ、石段を降りる。
 参道を歩いていると、宇佐美がたたっと池の傍にある大きな木に近づき、挨拶した。

「じゃな、杉松(すぎまつ)」
「木に名前つけてるんすか?」

 変わった人なのでそういう事をするのかなと素直に尋ねると、宇佐美が言う。
「んー?そうじゃないんだけどさ。寮にさ、瑞祥(ずいしょう)いるだろ?久坂瑞祥」
 突然、寮の先輩の名前を出され、幾久は頷く。
「あ、はい」
「あいつの兄貴の名前がな、杉松って言うんだ。久坂杉松。この木、二つくっついてるだろ?」
 偶然なのか、わざとそうしたのか。
 確かにかなり大きな杉の木と、松の気が根元でくっついて、Vの字みたいになっている。
「これ、杉と松なんすね」
「そうそう。杉松の名前の由来。杉のようにまっすぐ育て、松のように長生きしろ、って」
「いい名前っすね」
 ちょっと古臭くて時代劇みたいだが、そういういわれを聞くといいなあ、と思う。
 でも久坂は確か天涯孤独、とか言っていた気がするが。
 兄とは仲が悪いのだろうか。
 そう疑問に思った幾久だったが、宇佐美が答えた。

「名前負けしちゃったんかな。アイツ、もう死んじゃったし」

「え?」
「あれ?聞いてなかった?」
 驚く宇佐美に、幾久は答えた。
「久坂先輩は、自分は天涯孤独で、身内はハル先輩しかいない、みたいな事は言ってましたけど」
 天涯孤独というなら、そういえば親はどうしているのだろうか。
 両親とも、もういないのだろうか。
 以前、吉田が『高杉も久坂も、家庭環境は複雑でヘヴィーだ』と言っていたが。
「ああ、まぁ……そうだな。そうかもな」
 バイク用のグローブをはめながら宇佐美が言う。
「確かにまあ、複雑だよな。そのうち瑞祥から話あるだろうけど」
 聞けば答えてくれるよ、と言う宇佐美に幾久は言う。
「興味ないっすし」
「さっぱりしてるなあ」
「それにそういうの、聞かれると嫌なもんじゃないですか?」
 よく判らないけど、と幾久は言う。
 自分は複雑ではないけれど、けどあのヒステリックな母親の事を事細かに説明しろ、と言われたら嫌かもしれない。
 実際にこの長州市に来たのだって、幾久の先祖だという乃木希典のことを色々言われたせいだからだ。
「さあなあ。いっくんならどうかなあ」
「なんでオレならどうかなーなんすか?」
「いっくんは特別だから」
「特別?」
 宇佐美が笑って言う。
「そうそう。なんたって東京から来たメガネ君、しかも受験に失敗つか、そういう理由っしょ?そりゃハルも瑞祥も穏やかじゃないよ」
 ハル、とは寮の先輩で久坂の親友である、高杉(たかすぎ)呼春(よぶはる)のことだ。
 幾久はこの二人の仲が良過ぎて、できていると信じていたくらいべったりだった。
 実際は久坂が、幾久の誤解に気付いて幾久をからかっていただけだったが。
 高杉と久坂は親友というより、双子のようなもの、と久坂本人も言っていた。
「それ、毛利先生にも言われたんですけど、どういう意味っすか?」
「あれ、もうあいつも絡んできてたの?」
 こくりと幾久は頷く。
 確かに幾久は東京から引っ越してきたしメガネ君に違いない。
 受験に失敗した、とは細かく言えば語弊はあるが、確かにまあ、間違ってはいない。
 そんな幾久に、宇佐美が言った。
「いや、単純なことだよ。杉松、久坂の兄貴も昔は東京に住んでてさ、受験に失敗して報国院に来たんだよ。アダ名が暫く『東京のメガネ君』でさ」
 幾久がバイクにまたがると、宇佐美がエンジンをかける。またすさまじい爆音が響いた。
 バイクってみんなこんなだっけ。
「いくよー!しっかりしがみついてないと死ぬからねー!」
「えっ」
 ぎゅっとしがみついた途端、引っ張られるようにバイクは神社から出て行った。


 爆音の中、乗ったことの無いバイクにのせられてあまりの怖さに必死にしがみついていたが、その後もかなりの恐怖を味わった。
 というのが、これがまた、山の中を通られた。
 家は確かにあるけれど、どう考えても山だろ!という環境の中にある道路を宇佐美は下った。

 最初はゆるゆると登っているだけだったのに、くだり坂から急に傾斜がひどくなって、もう何度『落ちる!落ちる!』と叫んだか判らない。

 しかもかなりの傾斜なので、バイクが早く走れないらしくそこそこゆっくり降りるので余計に怖かった。
 それでも手を離したら死ぬ!と思っていたので必死に宇佐美にしがみついた。
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