【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

文字の大きさ
63 / 416
【4】夜の踊り子

幽霊は内緒

しおりを挟む
 昨日が遅かったせいもあり、起こされたときの眠気といったら半端なかった。
 流石にそう寝坊はしない幾久も、いつもより遅い時間に吉田から『そろそろ起きないと本気で遅刻するよ』と言われて、慌てて起き上がったくらいには。

 急いで支度したので、着替えて朝食のテーブルについたくらいにはいつもより少し遅い時間程度においついていた。
 高杉と久坂とすでに食事を終えて食後のコーヒー、吉田は給仕をおえて今から幾久と一緒に食事を取ろうかというところだった。
「はよございます、ハル先輩久坂先輩栄人先輩」
「おう」
「うん」
「はよっ」
「時山先輩は?」
 きょろっと見渡したが時山の姿がない。と、吉田が言った。
「とっくに帰ってんじゃないのかな。多分もう自分の寮だよ」
「ええっ」
 幾久は驚いて声を上げてしまう。自分ですら、さっきまで自力で起きることができなかったのに、あんなにも簡単に寝落ちした時山が、自力で早朝に目を覚まして寮に帰るなんて。
「凄いっすね、時山先輩」
「直ちゃん、寝坊はしたことないって」
「それにしたってスゲーっす」
 あの時間から早朝なら、数時間程度しか眠れていないだろうに、よく自力で起きて帰れるものだ。
「……そういえば、なんか夜中に『かえるねー』みたいな声を聞いた気がする」
 幾久が思い出すと、吉田が言った。
「ああ、じゃあきっとそん時だよ。いっつも勝手に帰るから、そこは心配しなくていいよ」
「ウス」
 昨日はあまりに驚いてしまったが、理由と事情が判れば別に次から騒ぐこともない。
「なんかごめんね。黙ってて」
 久坂が言うので、幾久は首を横に振った。
「仕方ないっす。隠してたんならそれはそれで」
「ま、他に夜中にあんな馬鹿するのはおらんから安心してエエぞ」
 高杉も言うので、これ以上こんな内緒の話はないんだな、と幾久もほっとする。
「オレが入寮したとき、幽霊だなんだって脅したのは時山先輩がいるからなんすね」

 幾久がこの御門寮に入寮したその日、高杉も久坂も吉田も山縣も、この寮が『出る』からお守り持っておけ、とか言っていたのは本当に幽霊が出るからではなく、時山が『出る』せいだったのか。

「そのほうが説得力あるでしょ?」
「ありすぎで、真っ先にそれ疑いましたよ」
 ふう、と幾久は肩を落とすが。
「ああ、でもまあ城下町に出るっていうのは、ホント」
 にこにことそう言う吉田に、幾久は呆れてため息をつく。
「もうそういうの、いいっスから」
「いやーまじでまじで。夜の城下町ってけっこうコエーよ」
「はいはい」
 吉田の冗談につきあっていたら本気で遅刻してしまう。
 高杉も久坂も静かなので、きっとこれもただの軽口だろう。
「じゃあ、ぼちぼち出ようか」
 食事を済ませると吉田がそう言うが、幾久はあれ?と首をかしげる。
「ガタ先輩、起こさなくていいんスか?」
 しかし幾久の問いに、吉田は笑顔で言い放った。
「誰それ?」
 あ、これ本気で怒ってるヤツだ、と幾久は気づく。
 がたんと高杉と久坂が立ち上がる。ということはもう登校するつもりだ。
(やべ。ガタ先輩、このままじゃほったらかし)
 多分ゆうべの事に吉田が山縣に仕返ししているのは明らかだ。高杉も久坂も当然知らんふりで、吉田は露骨に無視している。
(……スンマセン、ガタ先輩)
 さすがにこの三人に逆らえるはずもなく、幾久も大人しく三人について寮を出たのだった。



「じゃあ、やっぱり街灯だったんだ。雪ちゃん先輩の言うとおり」
 幾久が寮で妙な光を見た、と聞いてから弥太郎も気にはなっていたらしい。教室で尋ねられたが、幾久は当然、時山の事は隠した。
「ウン。本当にガラスにうつっただけだった」
「なぁんだー。ちょっとは期待したのに」
 コレ、と手首を下げて幽霊のポーズを取る。
「残念ながらそういのはないってさ」
「そっかー」
 どこまで本気か判らないが、残念そうな弥太郎に、伊藤が言う。
「マジで幽霊なら、俺、退治しに御門寮に行くのに!」
「トシは御門寮に入りたいだけだろ?」
 茶化す弥太郎に「そうなんだ!」と伊藤も悪びれず答える。
 伊藤は殆ど千鳥クラスで構成されている、学校から一番近くて大きい報国寮の所属なので御門寮には入れない。しかし、許可を取れば入れるはずだ。
「そんなに行きたいなら、許可貰ったらいいのに。ハル先輩なら簡単に『いいぞ』とか言いそう」
 御門寮の責任者は高杉なので、頼めば入れてくれそうだが、伊藤は首を横に振る。
「ばっ、おめ、ハル先輩がんなの許すかよ!もし万が一、億が一あったとしても死ぬほど勉強させられるわ!」
 高杉を尊敬している割には妙に怖がっている伊藤が幾久には不思議だった。
 いつも高杉の事を説明してくれるのだが、幾久の知っている高杉と、伊藤の言う高杉の姿が一致しない。
 幾久にとって高杉はつっけんどんだが面倒見が良く、気もよく使っていて頭も良いというのが印象だ。
 トラブルを起こさないように気を使っているという、毛利先生の言葉は本当だなと最近になって気づいていた。
 どちらかといえば怖いのは吉田や久坂だ。
 吉田はわりとすぐに怒るし(その原因の殆どは山縣のせいだが)すぐに仕返しもする。
(その結果、痛い目を見るのは山縣だけだが)
 久坂は、なんというか、判らない、見えにくい、見えないタイプの人だ。
 正直、久坂とふたりきりになると今でも緊張する。
 ぼうっとしている風にしか見えないのに隙がない雰囲気があるし、それに高杉と一緒に居るときの空気感は独特だ。
「ああー、御門入るなら、絶対に鳳だよなあ」
 がくー、と伊藤が机に突っ伏す。
「でも鷹でもいいんじゃないの?ガタ先輩鷹だし」
「鳳から鷹ならなあ、説得力あんだけど」
 はあ、と伊藤が再びため息をつく。
「俺の頭じゃ鳳は難しーわ」
「そういえば、タマ次こそ御門寮ってめっちゃ気合入ってんもんね」
 弥太郎の言葉に幾久が顔を上げた。
 タマ、とは弥太郎と同じ寮の児玉の事だ。
 幾久が知っている唯一の鳳クラスの一年生で、御門寮に入りたくて仕方ないらしい。そこで幾久は初めて気がついた。
「ってことは、二学期からみんなと違うクラスになるかもしれないって事?」
「いっくん今更?当然じゃん。それと二学期じゃなく中期、ね」
 この学校は学期ごとに試験があり、その試験の結果でクラス分けがされる。
 成績の優秀なものから鳳、鷹、鳩、千鳥、という風に分類される。
 幾久がいま、伊藤と弥太郎と同じクラスに所属しているのは鳩だ。つまり幾久が試験で良い結果を出して、鳩より上の鷹クラスか鳳クラスに行けば、伊藤とも弥太郎とも離れてしまう。
「えー、なんかそれは……ヤダな」
 折角伊藤や弥太郎と仲良くなっているのに、離れるのは嫌だ。
「しょうがないじゃん、それがこの学校のシステムなんだし」
 それに、と弥太郎が言う。
「俺だってせめて鷹くらい行ってみたいもん。そしたらいっくんと一緒だし」
「そっか。ヤッタもトシも鷹いけば問題ないのか」
 ほっと幾久は胸をなでおろし、弥太郎と幾久はじっと伊藤を見つめるが。
「なに見てんだよ!無理だよ!鳩だってギリだぞ俺は!」
「いや、頑張ればいける?」
 幾久が言うと、弥太郎も頷く。
「そうだよトシ、あきらめるのはよくないし」
「ヤッタだって俺と似たようなもんだろ!おめーだってやべーって!」
「確かに次は無理かもねー。けっこうマジで頑張るヤツ多いし」
 ちらっと弥太郎があたりを見渡す。
 すでに試験週間に入ってはいたが、クラスの三割程度は授業が始まる前なのに勉強をしている。
「最近妙にクラスが静かだなって思ったら、勉強してたのか」
「言ったろ、入学の時にさあ、目指していたクラス落ちた奴が一番頑張るのが一年前期の試験だって」
「ああ、そうだっけ」
 この報国院は入試試験の結果でクラス分けがされるので、当然報国院には受かっても、自分の望んだクラスじゃない場合もある。
 ここに入るまでそんなシステムを全く知らなかった幾久にとって、自分がどのクラスに所属しているかなんてあまり意識したことがない。
 クラスが上れば授業料が安くなる、トップクラスの鳳になると免除となるので幾久の父は金銭的な理由でそうして欲しいとは言っていたが。
(そういや、父さんはどのクラスなんだろう)
 報国院は父の母校で、あまり喋らない、関わらなかった父が幾久を報国院に入れようといろいろ走り回っていた所を見ると、かなり愛着があると思う。
 頭はいいはずなのでやっぱり鳳クラスなのだろうか。
 しかし、入学式の日に、父と一緒に居た派手なミュージシャンくずれのおじさんを見ると、あの人が鳳クラスとはどうしても思えない。
(クラブ活動が同じ、とか?)
 父のそんな事も全く知らない幾久だった。
「俺も頑張らねーと、次、鳩ですらねーかも」
 はあ、と伊藤がため息をつく。
「幾久はいいよな。鷹安泰だろ。鳳だっていけるんじゃね?」
「よく判らない。先輩たちは、鷹はいけそうって言ってくれてるけれど」
 そういえば、高杉も久坂も吉田も、幾久のレベルを知っているはずだが『これなら鳳だっていける』とは言ったことがない。
「鳳ってむずいのか」
 幾久が言うと、弥太郎も伊藤も『なにを今更』という目をして幾久を見た。


前期の試験は二度行われる。
その一度目が今回の中間考査で、二度目が夏休み前にある期末考査だ。
この二回の試験結果で二学期、この学校では中期という言い方をするが、その間のクラスが決まる。
クラスが上に行けば、寮の移動も許可されやすくなり、希望の寮へ移ることもできる。

必ず、という訳ではないが成績がよければ何事も優先される報国院ではそのほうが通りやすいというわけだった。
幾久は寮の先輩達のおかげで、中間考査を無事乗り切ることが出来、そして試験が終わる頃には試験週間に時山に酷い目にあったことはすっかり忘れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...