【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【11】歳月不待~ぼくら運命の出会い

I wanted to be stronger

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 御堀が口を開いた。
「……二年になったら、桜柳寮の副寮長やらないかって言われてさ」
「聞いた」
「すぐに嫌だって言えなかった」
「うん」
「考えておきますって口から出た自分が、凄い嫌になって」
「うん」
「受け入れる自分が嫌いなんだ」
「―――――うん」
「本当は、意味もなく断りたいって思うこともある」
「うん」
「でも、断る理由もないし、そこまで嫌かって言えばそうでもないし」
「うん」
 御堀は、きっと自分でも感情がうまくまとめられないのだろう。
「でもこれって、もし僕の嫌いな僕だったら、なんて答えるのかなって考えたらさ」
「うん」
「きっと、薄ら笑い浮かべて、光栄です、先輩の顔を汚さないようにご期待に沿えるように頑張ります、なんて言っちゃってさ」
「うん」
「あーあ」
 言って御堀は、階段にどっと倒れこんだ。
「なぁにが首席で、副寮長で、次期地球部の部長だよ。おまけに桜柳祭の実行委員もしなくちゃだとか。僕が自分でやりたい、って言った事なんか、ひとっつもないっての!」
「あはは」
 文句を言う御堀がおかしくて、幾久はつい笑ってしまった。
「なにがおかしいの、幾」
「だってさ、ホンっと、これまでの誉らしくないっていうか。全然これまでの誉って、誉じゃなかったんだなあって」
「仕方ないだろ。求められてるんだから」
「ウン。みんなの理想の、報国院の鳳だよね」
 賢くて立派でお坊ちゃまで。
 きっとどこに出しても、報国院の鳳で首席と聞けば、御堀を見れば誰もがやはりと言うだろう。
「でもさ、求められてなくてもいいじゃん。誉が鳳で首席なのって変わらない事実だしさ」
「でも、僕は。『立派な鳳』で居たいんだよ」
 御堀が言う。
「本当は両親もまわりも、僕が地元の学校に入ると思い込んでたんだ。でも姉が、なかば無理矢理ここに連れてきたって言っただろ?」
「うん」
「姉もね、本当は地元の学校に行けって言われてたのを、ウィステリアを選んで来たんだ。ウィステリアも成績優秀者には授業料免除ってシステムがあってさ。姉はそれで、両親を説得したんだ。なぜ姉がウィステリアを選択したのかは知らないけど、でも、姉は楽しそうだった」
「うん」
「でも僕も報国院に来たせいで、姉はずいぶんと文句を言われたんだよ。気にはしていないだろうけどね」
「そう、なんだ」
 例えば幾久の父も、ひょっとしたら母に文句を言われていたのかもしれない。
 幾久が知らず、父が何も言わないだけで。
「僕はここが好きなんだ。だけど、立派じゃないと僕のせいで、姉やこの場所が、何も知らない連中に悪く言われてしまう。それは絶対に嫌だ」
 決してここで育ったわけでもない。
 まだ来て半年程度だというのに、御堀はまるで、ずっと地元に居てここを愛しているみたいに言う。
「けど、頑張れば頑張るほど、結果が出てもどんどん苦しくなっていく。姉は、僕に自由を教えてくれたのに」
 地元が息苦しい事に気づかず、知らぬ間に徐々に窒息させられていく。
 じわじわと首にまきつくしがらみに、いつも姉だけが気づいていたのに。
 だけど今度は自分自身のせいで、苦しくなって息が詰まる。
 一生懸命頑張っているのに、やればやるほど、嫌いな大人に近づいてしまう。
 どうしたらいいのか答えが見つからない。
 なりたくないものははっきりしているのに、どうしてもそれに近づいてしまう。
 結局逃げられないのかと思った。
 役目はいくらでも与えられる。
 きっとそれは誇らしいことのはずなのに。
 どうすればいいか判らなくて、こんなにも好きな場所なのに逃げ出したくてたまらなくなって、気づいたらこの場所に居た。
 海なんか見てもなにも解決なんかしないのに。
 こんな無駄な事、したことなんかなかったのに。

 幾久は静かに御堀に告げた。
「タマみたいだ」
「え?」
 御堀が幾久を見る。幾久は笑って答える。
「タマいんじゃん。児玉。元鳳で、うちの寮に来た」
「ああ、児玉君」
 前期は同じクラスだったから、面識は当然ある。
「タマもさあ、同じようなこと言ってたよ。昔泣き虫で弱くて、そんな自分が嫌だったのに、強くなればなるほど、誰も殴れなくなってしまって、なんのために強くなったんだって」
 恭王寮でトラブルに巻き込まれ、殴れないのをいいことに一方的にやられてばかりで。
 結局恭王寮を出て御門に来た。本人は喜んでいるけれど。
「児玉君はどうしたの?」
「やりかえした」
「やりかえしって……児玉君、確かボクシングとか習ってたよね?」
 驚く御堀に幾久が笑った。
「ずっと我慢してたけど、雪ちゃん先輩が言ったんだって。力がある奴は、怒るべき時に怒れって。そうでないと、秩序なんか守れないって」
「……」
「雪ちゃん先輩もさ、怒ったら怖かったりするんだよ。それって必要だからやってるわけで、本気で頭に来てやってるわけじゃないんだよ」
 そうだ、と幾久は御堀に言う。
「サッカーの時もそうじゃん。見てなくちゃいけないとこ、ポジションの奴が見落としてたりしたらめっちゃ怒鳴られるじゃん」
「あ、うん」
「でもそれって、感情で怒ってるんじゃなくてさ、やるべき仕事をやってないから、叱られてるだけじゃん」
「そう、だね」
 サッカーの話なら幾久にも御堀にも判る。
 チームプレイには仕事が割り振られてあって、やるべき仕事がちゃんとある。
 それを見落としてしまえば、チーム全体が不利になったり負けてしまう。
「誉はチームを優勝に導きたいのかもだけど、一人じゃ無理だよ」
 幾久の言葉は御堀に驚くほどするりと届く。
「チームのイメージとか、そりゃ悪く言われるのは嫌だけどそれって一人でどうこうできるほど、甘いものじゃないと思うし。報国院のイメージを、誉一人が背負うのはそりゃしんどいよ」
 幾久の言葉が、御堀の中に波のように届いて満ちてゆく。
 自分は何をしたかったのだろう。
 一人で報国院のブランドを背負って、一人で地元の大人連中を黙らせてやろうと無理な戦いをしかけていなかったか。
 だからたかが有能なふりをしている高校生の御堀が勝てるはずもなく、ずるくて上手な大人のフリをするしかなかった。
「オレは誉より全然、もっと報国院がどんなもんか判ってないんだけどさ。でも、悪く言う人ってなんでもいつでも悪く言うもんじゃないかな。意地悪な泥のおばさんみたいにさ」
「でも放っておくのも癪だろ?悪い噂をばらまかれるのもむかつくし」
「それはそうだよ。だから、そういう時は」
「そういうときは?」
 幾久は言う。
「やりかえす!タマみたいに!」
 だろ?という幾久に御堀は目を見開いて呆れた。
「子供じゃないんだから」
「そうやって大人ぶってるからしんどくなるんだよ。いいじゃん子供で」
 幾久の言葉は無責任で、御堀の守りたいものを何も守れない。
 だけど、それが答えのような気がする。
(子供か。そうだな、僕が)
 できもしないことをできると勘違いして、それをやる為に無茶をする。
(子供だ)
 嫌いな連中に悪口を言われたくない。
 そんなことが叶うわけがない。
 結局うまくなんかやれない。
 全部うまくいっているように見えるとしたら、それはきっと誰かの、なにかの犠牲のせいなのだろう。
「じゃあ、もう無理とか、やりたくないって言っていいのか」
 御堀の言葉に幾久が答えた。
「言わなくちゃダメなんだよ」
「でもそれって、自分が勝手に決めていいのかな」
「自分にしかわかんないんじゃないかな。気分が乗らなかったら、それも理由だって先輩が言ってたよ」
「そっか」
 結局、自分にしか判らないのなら、御堀自身が限界だと信じなかったらきっと今も限界なんかじゃないのだろう。
 だけどもう、頑張れても、頑張る理由が判らない。
 いや、頑張る理由はいくつもある。
 学校の為とか、姉の為とか、自分の評判の為だとか。
 でもどうしても、いま、やりたくない。
「誉、いまなにがしたい?」
「いま、かあ……」
 面倒な仕事もなにもかも、考えなくていいのなら、地球部の部活をずっとやりたい。
 みんなで真剣に、素人芝居に本気になって、大声で絶対に普段なら言えない恥ずかしいセリフやありえない言葉を叫ぶことが、表現することが、なにより楽しかった。
「ロミオかな」
「なんでそこでまた真面目に」
 幾久が呆れて言うが、本気なのだから仕方がない。
「―――――僕は誓うよ、あの月にかけて。君を愛している」
 御堀がロミオのセリフを告げた。
 幾久が笑ってジュリエットのセリフを続けた。
「形を変える、不実な月に誓わないで。お前の心も変わってしまう」
「では、何に誓おうか」
「ではお前自身に誓って欲しい。オレの全てはお前なのだから、お前の言葉なら信じるよ」
 明るい中の言葉なら、笑いさえ出てしまうセリフなのに、暗い海辺の岸辺では、どうしてこんなにも甘く響くのだろうか。
 互いに隣に存在するのに、服のこすれる音と、時折聞こえる動く音が、波音に埋もれる互いの全てだ。
 だから言葉が全部届く。
 暗い中、相手を失わないように、どこまでもまっすぐでなければ波の中に奪われてしまう。

「―――――帰ろう」

 御堀が告げた。
 それはロミオのセリフではなく、御堀自身の言葉だった。

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