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【14】星羅雲布~わたしの星の王子様
似ている所と似ていない所
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「なんか嫌じゃない?こういう話。いっくんには関係ないのに。こんなおばちゃんが昔話ばっか勝手にしてさ」
「菫さんはきれいなお姉さんです」
おばちゃんはないわ、と首を横に振ると、菫は言った。
「いっくんってひょっとして面食い?」
「そう、っすかね?」
自分で言うのもどうかと思うが、それを差し引いても十分なくらいには菫は美人だ。
菫はきらきらした瞳で幾久に尋ねた。
「こんな風にさ、あたしらみたいなのに、似てる似てるって言われるの、嫌じゃない?」
幾久はうーん、と考えて答えた。
「よくわかんないっすけど、嫌だと思ったことはないっすよ。なんていうか、ふーん、そうなのかってくらいで」
幾久は続けて言った。
「オレ、多分、いろいろ杉松さんのおかげで得してるんス」
いつのまにか二人は、しろくま保育園の前に立ち止まっていた。
保育園は当然この時間なので門が閉じられている。
神社の敷地内にあり、道路よりくぼんだ入り口には木製の車止めのガードがある。
「オレ、去年のドラマで茶化されて。あったじゃないっすか、乃木希典の」
「うん。知ってるし、見たよ」
ここに来た理由の一番の原因は、自分が志士の子孫で、それを茶化された事だった。
正直、面倒くさいとか、なんで無関係のオレが、とも思った。
だけど、今更判るのは、高杉も久坂も、ずいぶんと幾久に対しては甘かった、ということだ。
他人に対する態度とか、自分に関わる態度とか、そういうのを観察すると、つくづく最初に山縣が言っていたことは正しかったのだと判る。
「子孫だってバレて、オレがばらしたわけでもないし、なんとも思ったことなかったんすけど、いじめっぽい目にあって」
「うん」
「東京にいたんですけど、父さんが母校だから受けてみないかって言われて、なんか流れでここに来たんす」
綺麗な年上のお姉さんに対して、よどみなく喋れるのは雪充の姉だから、という事もあるかもしれないが、菫がどことなく、六花と似た雰囲気を持っているせいかもしれなかった。
幾久は話を続けた。
「よくわかんないし、正直すぐ転校してやろうとか思ってたんです。でも先輩は面白いし、いろんな事があったし。それで、夏まで悩んでたんですけど、ここに通いたいって思って」
「うん」
「で、杉松さんに似てるって言われても、知らないしよく判らないけど、そのおかげで良い目にもあってるんだって思えることが何回かあって」
「うん」
多分幾久は、何度か杉松の財産でくいつないでいる。
もし、幾久が杉松に似ていなかったら、高杉や久坂はこんな風に幾久を扱ったろうか。
御門寮に入れてくれただろうか。
生意気で世間知らずで、我儘な鳩の自分なんかを。
ずっと見守ったりしただろうか。
「だから、良かったのかもって思うことはあっても、嫌だなんて思ったことなんかないっす。そりゃ、杉松さんが嫌な人だったら嫌だけど、誰もみーんな、良い人だって言うじゃないっすか。逆になんか、悪い事できないなあって。あ、勿論悪い事するつもりなんかないッスけど」
血がつながっているとはいえ、先祖という知らない誰かの存在のせいで嫌な目にあった。
だけど、知りもしない杉松と言う人の財産で、幾久はいろんな手に助けて貰っている。
東京から逃げた幾久に、同じものを与えている。
嫌なものと、ありがたいもの。
そのどちらも、知らない人の遺したものなのに。
「みんながよくしてくれるの、杉松さんの財産があるからなんだなって。そのおかげだって事くらいは判るっす」
多分、一度もなかったチャンスは一度に。
一度くらいはあったチャンスは二度、三度に。
それはきっと、杉松の財産がそうさせてくれたのだろう。
菫は嬉しそうに話した。
「いい人だったの。優しくて穏やかで、怒ることがなくってね。嫌な事もまっさきに気づいて対処してくれるような、そんな人だった。でも、ちゃんと厳しくもあって。あとは、すごくこの場所に似合ってる人だった」
「似合ってる?」
幾久が尋ねると菫は頷く。
「最初はよしひろのバカが言い始めたんだけどさ、言われてみたら確かにそうだなって。雰囲気とか?うまく言えないんだけど。あたしらは子供の頃からこの城下町で育ってきたからさ、やっぱここが好きなのね。土塀とか、川とか、石畳とか」
「はい」
「だから、ひょっとしたら、みんな杉松先輩の事が余計に好きなのかもしれない。どこか古くて懐かしいんだろうけど、あたしらには日常で」
春はお花見、夏は影追い、秋は椛を眺め、寺の山に登って、山の墓場の斜面から、ぼたん雪の舞い落ちる町を眺めた。
その場所には、いま杉松が眠っている。
「杉松先輩は東京の出だけど、誰よりもこの場所が似合ってた」
物静かで、穏やかで、知らぬ間に美しい季節にかわっていっても、どの季節にも馴染んでいた。
まるで昔からそのままのように。
そしてそのまま、いなくなってしまった。
幾久は菫に言う。
「なんか嬉しいッス」
「どうして?」
「オレも、友達にこの町が似合ってるって言われて、その時は意味が判んなかったんスけど。今はここ、大好きなんで、似合ってると嬉しいし、杉松さんに似てるなら、雪ちゃん先輩にも似てるかもだし」
菫は大きな目をますます大きく見開いた。
「あたしたち無理やり、杉松さんと似ている所を探しているのかもしれないよ?」
「でも、そういうもんじゃないっすか?」
何も知らない頃だったら、知らない人に似ていると言われ続けるのは面倒でうっとおしいと思ったかもしれない。
でも、今はそうじゃない。
知らない、会ったことも無い人だけど、写真で見て、話を聞いて、杉松に関わった人に関わると、もう何度も会った事のある人のように思えた。
「偶然、オレの東京の友達もいま福岡の学校にいるんス。今日の桜柳祭にも来てくれたんすけど。その友達と今の寮の仲間って、似てるとこあるなって思う事があるんス」
児玉と多留人は、なんとなく似たタイプだった。
面倒見が良くて、包容力があって。
ちょっと感情が激しいところや、悪い事があっても謝る気持ちよさは似ているなと思う事があった。
「でもそれってたまたまかもしれないけど、オレは似てるなって思うし、だから似てる奴と友達になったのかなとか思うし。ふつう、じゃないっすか」
多留人に似ているなと思えば、なんとなく児玉の事も理解できるし、大抵それはあっていた。
菫は肩を軽くおとすと、幾久に静かに言った。
「普通か」
「普通ッス。星座とか血液型とか、そういうのでも似てるとか言うじゃないっすか」
「そっか」
「気にしすぎッス」
「気にしすぎか」
そもそも、幾久は雪充に寄せていっているのだから、雪充が杉松を目指しているのなら似てしまって当たり前だ。
ふふっと菫が笑う。
その笑い方も、どこか老成した雰囲気も、幾久にとっては知っている女性に似ていた。
「菫さんは、六花さんに似てます」
「……なりたかったのよ。憧れでね」
あの人と同じようになれば、少しは好きになってもらえるかもと、そう思ったのは仕方がないだろう。
菫もあの頃は未熟な十代だった。
「オレも、雪ちゃん先輩みたいになりたいっす。憧れッス」
「そっか」
「はいっす」
幾久は言う。
「普通に、カッコいいッス」
「そっか、カッコいいか」
「ハイっす。雪ちゃん先輩が杉松さん目指してるんなら、オレは雪ちゃん先輩がお手本だし、だったら似ててもそっかなって思うくらいだし、むしろ嬉しい?かな?って」
菫は静かにため息をついて、微笑んだ。
「……いっくんはいい子だね」
「そ、そっすか?」
照れると菫は微笑んだ。
菫はひょこっと歩き始めた。
幾久もその後を追う。
振り返り菫が微笑むと、こんな暗くても花が咲いたように華やかだし、雪充に似ているな、と思った。
菫が尋ねた。
「ねえ、いっくん。六花さんの事は好き?」
「六花さんすか?うーん、好きっていうか、尊敬?畏怖?なんか違う場所にいる人だなあとは思います。スゲーかっこいいなって」
児玉が倒れたとき、てきぱきと支度してくれ、幾久が眠ってしまっても翌朝、嫌な顔ひとつせず笑っていた。
朝ごはんを用意してくれ、児玉が泣いてしまったときも、さっと姿を消した所は後から考えても見事だったと思う。
あ、そうだ、と幾久は気づいて言った。
「たよりがいがある!」
女の人には変なのかな?と幾久は首を傾げるが、菫は目を細めて「そっか」と頷いた。
六花先輩の、どのへんが好きなんですか。
杉松に尋ねると、微笑んで言った。
『あえて言うなら、頼りがいがある所かな』
僕がちっとも駄目なんだよね、そういうの。
まるで女性に対する誉め言葉じゃなかったけれど、だから素直に、そうか、この人は、先輩をちゃんと評価しているのだと安心したのを覚えている。
「いっくんは、ちゃんと見ている子だね」
「そうだったらいいなって、思います。先輩達みたいに、いろいろ見ないとダメだなって」
解決方法をただ教えるだけじゃなく、どうするべきかを伝えるようになりたい。
御門の先輩たちのように。
「雪ちゃん先輩が、オレを助けてくれたみたいに、オレも、いつか」
誰かの助けになれればいいのに。
幾久はそう思った。
保育園の敷地内をわかつ通路は、誰でも通れるようになっていて、小さな鳥居が立っている。
報国院の敷地内に続く細い路地だ。
「ねえ、いっくん。申し訳ないんだけど」
「はい」
菫は立ち止まると、軽く両手を広げた。
その意味を察した幾久は黙って立っていると、菫が近づき幾久を抱きしめた。
長い髪が、菫の肩を滑り落ちて幾久の肩に触れた。
多分普通なら、それだけで緊張して慌ててしまうのに、そうはならなかった。
静かな呼吸が、泣くのを我慢しているように思えたからだ。
菫は幾久よりちょっと背が高い。
ヒールの靴を履いているせいかもしれない。
(背伸びしてるから、大人に見えるだけなのかな)
大人の女性に抱きしめられているのに、まるで同じ高校生の女の子が泣いている気がして、幾久はただ立っていた。
理由は判らない。
でもこの人はとても傷ついていて、その傷は癒えていない。
それだけが痛いほど伝わってくる。
なにもできないのが悔しい。
しばらくそうして、菫は深呼吸すると顔を上げた。
「ごめんね、つい」
ははっと笑って菫は言った。
「杉松先輩を、思い出しちゃってね」
「はい」
そうだろうな、と幾久は思って、笑顔を見せた。
「オレは全然大丈夫っすよ」
「ほんっと何回もごめん!」
両手を合わせて頭を下げる菫に、幾久は首を横に振って答えた。
「役得ッス。オレが高校生じゃなかったら、こんなきれいな人に抱きつかれたりされないし。杉松さんのお陰っす」
そう言うと、菫は目を丸くして、思い切り噴き出した。
「そういうとこは違うのね!」
あはは、と菫さんは豪快に笑った。
(良かった。笑ってくれた)
少しは気が晴れてくれたらいい。
杉松じゃない自分には、たいした助けにはならないかもしれないけれど。
「菫さんはきれいなお姉さんです」
おばちゃんはないわ、と首を横に振ると、菫は言った。
「いっくんってひょっとして面食い?」
「そう、っすかね?」
自分で言うのもどうかと思うが、それを差し引いても十分なくらいには菫は美人だ。
菫はきらきらした瞳で幾久に尋ねた。
「こんな風にさ、あたしらみたいなのに、似てる似てるって言われるの、嫌じゃない?」
幾久はうーん、と考えて答えた。
「よくわかんないっすけど、嫌だと思ったことはないっすよ。なんていうか、ふーん、そうなのかってくらいで」
幾久は続けて言った。
「オレ、多分、いろいろ杉松さんのおかげで得してるんス」
いつのまにか二人は、しろくま保育園の前に立ち止まっていた。
保育園は当然この時間なので門が閉じられている。
神社の敷地内にあり、道路よりくぼんだ入り口には木製の車止めのガードがある。
「オレ、去年のドラマで茶化されて。あったじゃないっすか、乃木希典の」
「うん。知ってるし、見たよ」
ここに来た理由の一番の原因は、自分が志士の子孫で、それを茶化された事だった。
正直、面倒くさいとか、なんで無関係のオレが、とも思った。
だけど、今更判るのは、高杉も久坂も、ずいぶんと幾久に対しては甘かった、ということだ。
他人に対する態度とか、自分に関わる態度とか、そういうのを観察すると、つくづく最初に山縣が言っていたことは正しかったのだと判る。
「子孫だってバレて、オレがばらしたわけでもないし、なんとも思ったことなかったんすけど、いじめっぽい目にあって」
「うん」
「東京にいたんですけど、父さんが母校だから受けてみないかって言われて、なんか流れでここに来たんす」
綺麗な年上のお姉さんに対して、よどみなく喋れるのは雪充の姉だから、という事もあるかもしれないが、菫がどことなく、六花と似た雰囲気を持っているせいかもしれなかった。
幾久は話を続けた。
「よくわかんないし、正直すぐ転校してやろうとか思ってたんです。でも先輩は面白いし、いろんな事があったし。それで、夏まで悩んでたんですけど、ここに通いたいって思って」
「うん」
「で、杉松さんに似てるって言われても、知らないしよく判らないけど、そのおかげで良い目にもあってるんだって思えることが何回かあって」
「うん」
多分幾久は、何度か杉松の財産でくいつないでいる。
もし、幾久が杉松に似ていなかったら、高杉や久坂はこんな風に幾久を扱ったろうか。
御門寮に入れてくれただろうか。
生意気で世間知らずで、我儘な鳩の自分なんかを。
ずっと見守ったりしただろうか。
「だから、良かったのかもって思うことはあっても、嫌だなんて思ったことなんかないっす。そりゃ、杉松さんが嫌な人だったら嫌だけど、誰もみーんな、良い人だって言うじゃないっすか。逆になんか、悪い事できないなあって。あ、勿論悪い事するつもりなんかないッスけど」
血がつながっているとはいえ、先祖という知らない誰かの存在のせいで嫌な目にあった。
だけど、知りもしない杉松と言う人の財産で、幾久はいろんな手に助けて貰っている。
東京から逃げた幾久に、同じものを与えている。
嫌なものと、ありがたいもの。
そのどちらも、知らない人の遺したものなのに。
「みんながよくしてくれるの、杉松さんの財産があるからなんだなって。そのおかげだって事くらいは判るっす」
多分、一度もなかったチャンスは一度に。
一度くらいはあったチャンスは二度、三度に。
それはきっと、杉松の財産がそうさせてくれたのだろう。
菫は嬉しそうに話した。
「いい人だったの。優しくて穏やかで、怒ることがなくってね。嫌な事もまっさきに気づいて対処してくれるような、そんな人だった。でも、ちゃんと厳しくもあって。あとは、すごくこの場所に似合ってる人だった」
「似合ってる?」
幾久が尋ねると菫は頷く。
「最初はよしひろのバカが言い始めたんだけどさ、言われてみたら確かにそうだなって。雰囲気とか?うまく言えないんだけど。あたしらは子供の頃からこの城下町で育ってきたからさ、やっぱここが好きなのね。土塀とか、川とか、石畳とか」
「はい」
「だから、ひょっとしたら、みんな杉松先輩の事が余計に好きなのかもしれない。どこか古くて懐かしいんだろうけど、あたしらには日常で」
春はお花見、夏は影追い、秋は椛を眺め、寺の山に登って、山の墓場の斜面から、ぼたん雪の舞い落ちる町を眺めた。
その場所には、いま杉松が眠っている。
「杉松先輩は東京の出だけど、誰よりもこの場所が似合ってた」
物静かで、穏やかで、知らぬ間に美しい季節にかわっていっても、どの季節にも馴染んでいた。
まるで昔からそのままのように。
そしてそのまま、いなくなってしまった。
幾久は菫に言う。
「なんか嬉しいッス」
「どうして?」
「オレも、友達にこの町が似合ってるって言われて、その時は意味が判んなかったんスけど。今はここ、大好きなんで、似合ってると嬉しいし、杉松さんに似てるなら、雪ちゃん先輩にも似てるかもだし」
菫は大きな目をますます大きく見開いた。
「あたしたち無理やり、杉松さんと似ている所を探しているのかもしれないよ?」
「でも、そういうもんじゃないっすか?」
何も知らない頃だったら、知らない人に似ていると言われ続けるのは面倒でうっとおしいと思ったかもしれない。
でも、今はそうじゃない。
知らない、会ったことも無い人だけど、写真で見て、話を聞いて、杉松に関わった人に関わると、もう何度も会った事のある人のように思えた。
「偶然、オレの東京の友達もいま福岡の学校にいるんス。今日の桜柳祭にも来てくれたんすけど。その友達と今の寮の仲間って、似てるとこあるなって思う事があるんス」
児玉と多留人は、なんとなく似たタイプだった。
面倒見が良くて、包容力があって。
ちょっと感情が激しいところや、悪い事があっても謝る気持ちよさは似ているなと思う事があった。
「でもそれってたまたまかもしれないけど、オレは似てるなって思うし、だから似てる奴と友達になったのかなとか思うし。ふつう、じゃないっすか」
多留人に似ているなと思えば、なんとなく児玉の事も理解できるし、大抵それはあっていた。
菫は肩を軽くおとすと、幾久に静かに言った。
「普通か」
「普通ッス。星座とか血液型とか、そういうのでも似てるとか言うじゃないっすか」
「そっか」
「気にしすぎッス」
「気にしすぎか」
そもそも、幾久は雪充に寄せていっているのだから、雪充が杉松を目指しているのなら似てしまって当たり前だ。
ふふっと菫が笑う。
その笑い方も、どこか老成した雰囲気も、幾久にとっては知っている女性に似ていた。
「菫さんは、六花さんに似てます」
「……なりたかったのよ。憧れでね」
あの人と同じようになれば、少しは好きになってもらえるかもと、そう思ったのは仕方がないだろう。
菫もあの頃は未熟な十代だった。
「オレも、雪ちゃん先輩みたいになりたいっす。憧れッス」
「そっか」
「はいっす」
幾久は言う。
「普通に、カッコいいッス」
「そっか、カッコいいか」
「ハイっす。雪ちゃん先輩が杉松さん目指してるんなら、オレは雪ちゃん先輩がお手本だし、だったら似ててもそっかなって思うくらいだし、むしろ嬉しい?かな?って」
菫は静かにため息をついて、微笑んだ。
「……いっくんはいい子だね」
「そ、そっすか?」
照れると菫は微笑んだ。
菫はひょこっと歩き始めた。
幾久もその後を追う。
振り返り菫が微笑むと、こんな暗くても花が咲いたように華やかだし、雪充に似ているな、と思った。
菫が尋ねた。
「ねえ、いっくん。六花さんの事は好き?」
「六花さんすか?うーん、好きっていうか、尊敬?畏怖?なんか違う場所にいる人だなあとは思います。スゲーかっこいいなって」
児玉が倒れたとき、てきぱきと支度してくれ、幾久が眠ってしまっても翌朝、嫌な顔ひとつせず笑っていた。
朝ごはんを用意してくれ、児玉が泣いてしまったときも、さっと姿を消した所は後から考えても見事だったと思う。
あ、そうだ、と幾久は気づいて言った。
「たよりがいがある!」
女の人には変なのかな?と幾久は首を傾げるが、菫は目を細めて「そっか」と頷いた。
六花先輩の、どのへんが好きなんですか。
杉松に尋ねると、微笑んで言った。
『あえて言うなら、頼りがいがある所かな』
僕がちっとも駄目なんだよね、そういうの。
まるで女性に対する誉め言葉じゃなかったけれど、だから素直に、そうか、この人は、先輩をちゃんと評価しているのだと安心したのを覚えている。
「いっくんは、ちゃんと見ている子だね」
「そうだったらいいなって、思います。先輩達みたいに、いろいろ見ないとダメだなって」
解決方法をただ教えるだけじゃなく、どうするべきかを伝えるようになりたい。
御門の先輩たちのように。
「雪ちゃん先輩が、オレを助けてくれたみたいに、オレも、いつか」
誰かの助けになれればいいのに。
幾久はそう思った。
保育園の敷地内をわかつ通路は、誰でも通れるようになっていて、小さな鳥居が立っている。
報国院の敷地内に続く細い路地だ。
「ねえ、いっくん。申し訳ないんだけど」
「はい」
菫は立ち止まると、軽く両手を広げた。
その意味を察した幾久は黙って立っていると、菫が近づき幾久を抱きしめた。
長い髪が、菫の肩を滑り落ちて幾久の肩に触れた。
多分普通なら、それだけで緊張して慌ててしまうのに、そうはならなかった。
静かな呼吸が、泣くのを我慢しているように思えたからだ。
菫は幾久よりちょっと背が高い。
ヒールの靴を履いているせいかもしれない。
(背伸びしてるから、大人に見えるだけなのかな)
大人の女性に抱きしめられているのに、まるで同じ高校生の女の子が泣いている気がして、幾久はただ立っていた。
理由は判らない。
でもこの人はとても傷ついていて、その傷は癒えていない。
それだけが痛いほど伝わってくる。
なにもできないのが悔しい。
しばらくそうして、菫は深呼吸すると顔を上げた。
「ごめんね、つい」
ははっと笑って菫は言った。
「杉松先輩を、思い出しちゃってね」
「はい」
そうだろうな、と幾久は思って、笑顔を見せた。
「オレは全然大丈夫っすよ」
「ほんっと何回もごめん!」
両手を合わせて頭を下げる菫に、幾久は首を横に振って答えた。
「役得ッス。オレが高校生じゃなかったら、こんなきれいな人に抱きつかれたりされないし。杉松さんのお陰っす」
そう言うと、菫は目を丸くして、思い切り噴き出した。
「そういうとこは違うのね!」
あはは、と菫さんは豪快に笑った。
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少しは気が晴れてくれたらいい。
杉松じゃない自分には、たいした助けにはならないかもしれないけれど。
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