【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく

瑞祥と呼春の秘密

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 答えを聞いて雪充が笑った。
「なんだ、ずいぶん返事が早いな」
「だって雪ちゃん先輩と旅行ってオレ行ったことないし!この際どこでもいい!」
「俺もないし、伊勢行ってみたかった!」
 児玉が言う。
「僕はあるけどね」
 御堀が言うと、雪充は「そうだったね」と頷く。
 御堀と雪充は、夏休みにイギリスに留学した経験がある。
「伊勢なら学校も快くお金をくれるからね。実際、もう申請は出してあるけど、構わないと言われてるんだ」
「卒業したのに、スゲーっすね」
 幾久が驚くと雪充は頷く。
「報国院は鳳には甘いっていったろ。それに、どうせ僕は今後も報国院の経営する寮に入るつもりだから、まだ繋がっていると思っているし」
 ただの私学の高校じゃなかったんだなあ、と幾久は感心する。
「お金に汚いだけかと思ったけど、こうして配ってくれるんスね」
「授業料も寮費も無料で、旅費も出すとか、鳳って今更だけどスゲーな」
 児玉が驚くと雪充が言った。
「むしろ見分を広げて、情報を共有しろっていうのが報国院の考えだからね。鳳は贔屓されているんじゃなくて、言うなら学校は鳳に『投資』してるんだよ」
「投資」
 聞きなれない言葉に幾久は首を傾げると、雪充が言った。
「つまりね、鳳に投資して、いずれ報国院に関りを持ってくれれば、学校は労せず実力者を手に入れられるだろ?例えば、そうだね、秋にグラスエッジってバンドが来たけど、あれだって呼ぶとしたらとんでもなくお金がかかる」
 うんうん、と児玉が頷く。
「だけど、報国院がグラスエッジの面々に投資していたから、逆にリターンもあるんだよ。実際、秋に学校で演奏したのは無料どころか、逆に学校にお金を払ったそうだし」
 そうなのだ。
 今をときめくグラスエッジのPV撮影に母校を使うという名誉を受けたというのに、報国院はしっかりバンドから使用料を徴収したというではないか。
 屋上使用料、ヘリでの乗附料、アンプなんかの機材使用料に外部委託料で手数料を加算、サービスで御門寮への宿泊は無料という、とんでもなく酷い有様だった。
 しかし、それでもメンバーは文句なく払ったという。
 なぜなら、OBの全員が鳳出身で、報国院には手厚いサポートを受けてきたからだ。

「鳳の全員が成功しなくったって、一部の成功者がそうやって学校に寄付したり、愛情をもって協力してくれるから、学校としてはその投資が成功している限りは、いまのやり方を変えないだろうね」
「なんか凄い信頼っスね。そんなの、投資を受けるだけ受けて、知らんふりしたら損じゃないっスか」
 幾久が言うも、雪充は笑った。
「そうかもしれないけど、案外うまくやれてるんだよね。あの梅屋が報国院と関りを持ち続けるっていうのも、答えになるだろ?」
「確かに」
 幾久が頷くと御堀も頷いた。
 なんたって、御堀が桜柳寮から移寮する際、どうするか知恵を貸してくれたのは梅屋だし、梅屋は売れるものはなんでも売ると豪語していて、実際金の為に御堀を自分の寮から放出させた。
「報国院は鳳出身であれば話を聞くし、学校という大きな単位だから企業としてもおいしいよね」
「報国町の小さな店は、報国院で成り立っている所も多いですし」
 御堀が言うので、幾久が「本当?」と尋ねると、御堀は頷く。
「髪を切るのも、うちは学校で指定してるだろ?」
「あ、そっか」
 報国町に古くからある商店街には、美容室や床屋がいくつもあるのだが、報国院の生徒はそこで髪を切るようになっている。
 千鳥はカットのみ、それ以上のクラスになれば、金額の上限があり、そこまでなら好きにしていい。
 鳳になれば学校負担で、髪を染めたりパーマをかけたりも出来る。
 千鳥クラスも合わせれば、報国院の人数はかなり多い。
 小さな店なら確かに、生徒分の売り上げは大きいだろう。
「栄人先輩はバイトしてるから、実験台になってるって言ってましたけど」
「そう。あいつはそうやって新人の美容師の実験台になって、浮いた費用をバイト代に加算して貰ってんだよ」
「へぇ、そんな風にしてるのか」
 御堀が感心した。
「あいつはとにかく、金が必要だからな」
 鳳から落ちたら報国院に通うことは難しい、万が一の為にお金をためておきたい、と栄人は言っていた。
「でも、報国院って成績優秀なら金、貸してくれるんスよね?」
 もしお金がなく、頑張って鳳に所属しても、鷹になれば授業料と寮費が発生する。
 だが、そういった場合に優秀な頭脳が失われるのは惜しいので、報国院は生徒に金を貸すシステムがある。
「あいつは弟が居るから、その為に出来るだけ金を使いたくないんだろうな」
 栄人には三つ下の弟が居て、ずいぶんと可愛がっている。
「そっか。自分だけならともかく、下が居たら気になるよな」
 自身も弟と妹がいる児玉が頷く。
「幸い、栄人の弟の出来はかなりいいから、このままなら鳳に入れるだろうけど、その先もあるからね」
「―――――大学、っすか」
「そう。大学にはうちみたいなシステムはないからね。とはいえ、鳳にずっと所属したら破格の利率でお金は貸してくれるから、優秀なら学校がどうにかするよ」
 報国院としては、折角育てた鳳がそのまま終わるよりは、大学に行ってくれたほうが投資の意味がある。
「栄人くらいの成績なら本人にも余裕でお金を貸すだろうし、多分弟に対しても対応してくれるよ。特に栄人の弟は成績優秀って事だから報国院も欲しがるだろうし」
「やっぱ、栄人先輩みたいに、鳳に来ないと厳しいん、でしょうか」
 心配になって幾久が言うと、雪充は「そりゃね」と頷く。
「でも、例え千鳥であっても報国院は金を貸すから。その代わり、高卒ですぐ就職して、確か五、六年は働きながらお金を返すシステムを取ってるからとりっぱぐれはないよ」
「就職まで面倒見るんすか!」
「そりゃ、そうしないと踏み倒されたら大変だからね」
 児玉が尋ねた。
「万が一、とりっぱぐれたりしたらどうなるんですか?」
「そのための保証人だろ?必ず、保証人に払わせるよ」
 そこは怖いよ、と雪充はにっこりと微笑む。
「うーん、報国院やっぱがめつい」
 幾久が言うも、雪充が笑った。
「だから僕らはこうして呑気に旅行に行けるんだろ?」
「千鳥から奪った金じゃないっすか」
 幾久が言うと御堀が「今更」と言った。
「千鳥は僕らのおかげで報国院って言うブランドをおすそ分けされてるんだからいいんだよ」
「誉、がめつい、がめついぞ」
「僕はがめついよ」
 ふんと鼻を鳴らす御堀に、雪充と児玉が苦笑した。
「そんなに気になるなら、幾は自腹切って旅行に行けば?」
「や、そこはありがたく鳳の名前に甘えさせていただく」
 そう言う幾久に児玉は「ちゃっかりしてんのな」と笑った。


 幾久達が一緒に行くのでスケジュールは当然春休みで、泊まる場所もすでに押さえてあるとの事だった。
「三年は僕と前原、周布の三人で、二年はハルと瑞祥。一年は、ここに居る三人と、あとは恭王寮から数人、桜柳寮からも来るかもしれないね」
「なんか楽しくなってきた!」
「いっくんが楽しそうで良かったよ」
「ルートは決まってるんですか?」
 御堀が質問する。
「ある程度はね。でも希望があればそれに合わせるよ。予算はたっぷりあるから安心して」
「うわあ、強い」
「千鳥から巻き上げたお金なのにいいの?」
「言うな誉。お金に名前は書いてないんだ」
「幾のほうがお金先輩みたいになってるよ」
 御堀と幾久のやりとりに笑う雪充は、伊勢のガイドブックを取り出した。
「このガイドブックにいろいろ乗ってるから、希望があったらハルに言っておきな。あいつは詳しいから」
 幾久は本当に何気なく、雪充に尋ねた。

「なんでそんなにハル先輩、詳しいんスか?」

 雪充の表情が一瞬固まる。
 そしてしばらく、どうしようかな、といった風に微笑んだ。

「えと、なんかヤバいならいいっス。別にそこまで」
 幾久が慌てて言うと、雪充は首を横に振った。

「―――――いや、どっちにしろ……伝えるつもりでいたから」
 そうだな、と雪充は意を決して御堀と児玉を見据えた。
「お前たちなら心配ないから、ちょっと話しておこうか」

 そう言って雪充は静かに語り始めた。

 雪充の話は、淡々としていたけれど、幾久等にとってはちょっとした衝撃だった。
 久坂の兄の杉松と、毛利や宇佐美、マスターに三吉に青木や福原に来原といった面々が、今回の自分たちと同じように高校生の頃、伊勢へ卒業旅行と称して遊びに行った事、久坂と高杉は子供だったから一緒に行けず、号泣したこと。
 いつか大きくなったら一緒に行こうと約束していたのに、杉松の病気が見つかり、結局叶わなかった事。
 兄が亡くなり、祖父を亡くし、久坂を誰が引き取るか、となった時に相続の争いになり、それら全てに、久坂は巻き込まれてしまった事。
 高杉は我が家のように久坂家に入り浸っていたのに、勝手に家に入るなと久坂の血縁に言われ追い出された事、久坂家にお手伝いとして入っていた麗子も、なかなか近づけなくなった事、久坂が孤独になって追い詰められ、高杉と二人で家出した事。
「―――――家出、っスか」
「そう。でもハルの父親が圧力かけてね。事件にはならなかった。知っている連中はわずかだよ」
 児玉は言う。
「でも、そういうの俺らが聞いていいんでしょうか」
 そんな自分の弱みみたいな事を、同じ寮の後輩とはいえ聞いてもいいのか、と一年生三人は顔を見合わせて頷く。
 だが、雪充は、「いいんだよ」と頷いた。
「ハルも瑞祥も気にしてないし、……むしろ、この先は知っていた方が良い。御門の子なら。特にいっくんは」
「へ?オレが?なんで?」
 きょとんとする幾久に、雪充は苦笑した。
「だってあいつら、今回の旅はいっくんが一緒ならいいって言ったんだから」
「―――――え?」
 ますます訳が分からない。
 首を傾げる幾久に、雪充は言った。
「あいつら、毎年二人だけで伊勢に行ってたんだよ。ふたりきりで行って、帰って来て、でも何も言わないし、お土産もなし。この夏にも出かけてたけど、知らないだろ?」
 幾久は首を横に振る。
「知らないっス」
「お盆位に寮が閉じられてただろ?その時に行ってるよ」
 お盆位といえば、幾久が山縣に連れられ強引にコミケに参加していた頃だ。
 てっきりずっと久坂家に居たのかと思い込んでいたが、まさか伊勢に行っていたとは。
「あいつらはずーっとそう。伊勢はふたりきりで行って、黙って帰ってくるんだ」
「―――――まるで、追悼みたいですね」
「うん、多分御堀の解釈で正しいと思うよ。別にそれはそれでいいんだけどさ」
 雪充は、苦笑して続けた。
「なんかきかっけがないと、いつまでもあいつら、続けそうでさ」
 それは確かにそうだ、と幾久も頷く。
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