【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド

なれるかな、かっこいいあの先輩みたいに

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「なんでこんなにガキなんだろう」
 事情を知らなかったからと言って、なんでも思ったままを口にするのは子供と同じだ。
 あの時、山田は確かに高杉の違和感に気づいたのに、それを何でもない事だと判断して自分の意見を伝えた。
 その稚拙さを自分で許せない。
「ガキだから、ヒーローに憧れたりすんのかな。子供みたいなんじゃなくて、本当にただのガキじゃん、俺」
 納得したいのか、もしくは本気で悩んでしまったのか、山田がそんな風に呟いた。
 こんな山田を見るのは初めてで、幾久はちょっと、驚いた。
 普が隣に並んで、山田の肩に腕を回した。
「ガキでいいじゃん。ぼくら、まだ全然ガキだよ。コーコーセーだし。子供子供」
 同じ寮で、やっぱり思う事があるのだろう。
 普が言うと、山田が頷く。
「だから、ガキでいいんだ。そのうち嫌でも大人になるんだから、ヒーロー好きでいたらいいよ。でないと御空じゃないだろ」
 山田は橋の欄干に腕を置いたまま、頷いて顔を伏せた。

 山田はヒーローが大好きで、きっとその好きという気持ちに揺らぐことはないのだと幾久は勝手に思っていた。
 だけどきっと、それは幾久のサッカーと同じで、きっといつだって心から信じていられることばかりでないのだ。
(なんか、みんな同じなんだな)
 いろんな悩みや考えを持ってて、いろんな事をクリアして、やってきている。
「大人になってもヒーロー好きでいいじゃん。オレだってサッカー好きだしさ」
 幾久が山田の隣に並んで言う。
「サッカー選手って、いい大人が本気でボール蹴ってるし、ヒーローはいい大人が真剣にヒーロー作ってんだろ?」
 幾久の言葉に山田が顔を上げた。
 泣いたせいで、目と頬が赤い。
 なんだかそれを、可愛いな、と思ってしまった。
「マスターが言ってた。好きな事が出来るのが大人だって。嫌いなものは食べなくても怒られないし、好きな人とも結婚できるって。子供だから、いろんな我慢をしないと大人でいられないんだって」
 山田がぷっと噴出した。
「マスター彼女もいねーくせにさ」
「だよな、それオレも思った。彼女もいないくせに結婚とか」
 頷く幾久に、皆が笑った。
 橋の上を風が通り抜け、皆、見えないはずの風を目で追った。
「きっと、大人になるまで、ずっとこういうの繰り返すんだよ。ハル先輩と瑞祥先輩は、お兄さんの事とかあって、物凄く考えて、だからあんな風になれたんだと思う」
 幾久が想像もできないほど、ひどく重たく苦しい目にあったに違いない。
 あれは余裕から生まれているのではなく、きっと悲しみから生まれる穏やかさなのだ。
 あの二人は、無理矢理大人にされてしまった。
 幾久は思った。
 だったら、もっと楽しい目に合わなくちゃ絶対に駄目だ。
「―――――なれるかな、俺。ハル先輩みたいに」
 山田の言葉に、児玉が答えた。
「なれるよ。あと一年でがんばろーぜ」
 そう言って、にかっと笑い、拳を出した。
 山田も、頷き拳を児玉の拳にぶつけた。

 普が、ふっと笑って言った。
「こういうの青春っぽくていいじゃん」
「セーシュンかあー」
「青春だよ、青春」
 そう言われたらそれっぽい。
 そう思って幾久と普は目を合わせて、なぜか爆笑してしまった。
「あははは!確かに、スゲー恥ずかしいくらい青春してた!やべー、タマと御空、青春だ!」
「なんでそこで笑うんだよ!」
 児玉が照れのあまり、顔を真っ赤にして怒鳴るが、真剣な表情が余計におかしかった。
「じゃあさ、ナンパしよ!旅先の青春だったら!」
 普がそんな事を言った。

「やだ」と幾久。
「一人でやれ」と児玉。
「俺は絶対おまけ扱いされる」と山田。
「僕はお断りだな。必要ないし」と御堀。

「も―――――!ノリ悪ぃなあ!なんでよ!」
「恋愛をノリで考えるの、よくないと思う」
 幾久が言うと、普は言葉を詰まらせた。
「そうそう、それお前のよくない所だぞ」
 児玉が言うと、普は「えぇー!」と返す。
「だって彼女欲しくない?ぼく欲しい!」
「いやー、作るならウィステリアにしとかないと後々怖いし」
 御堀のお見合いの時に大変な目にあった幾久が言う。
「それに旅先ではリスキーだと思うよ」
 そう言ったのは御堀だ。
「旅先くらいでしか!出会いがないよ!」
 普が言うが幾久が首を横に振った。
「そんなことない。栄人先輩にお金払ったら、多分コンパをセッティングしてくれて女の子とも出会える」
「なんか想像つく!いやだ!ロマンがない!」
 普が文句を言っていると、幾久のスマホに連絡が入った。
「あ、雪ちゃん先輩から連絡来た。オレ雪ちゃん先輩んとこ、いこーっと」
 おはらい通りの店の前で待っているとの事だった。
「じゃあ、これからお土産見て回ろうか。面白そうなもの沢山あるし」

 そう言って普を置いて、皆は橋を背に、歩き出した。

「……もーぉ!」

 仕方なく、普も一緒について行くべく、橋を後にする。
 暖かい春の風が、橋の向かいから内宮へ向かい吹いた。
 まるで幾久達を後押しするように。


「やっぱりここに居た」
 そう言って三吉の居る酒屋のカウンターに入ってきたのは久坂瑞祥だった。
 小さな酒造メーカーの経営する店舗は、おかげ通りのイメージのまま、江戸時代風の建物になっている。
 木造の天井に梁、そしてカウンターテーブルも椅子もすべてが木製だ。
 三吉はカウンターテーブルに肘をつき、カウンターチェアーに腰掛け、陶器の猪口で酒を飲んでいた。
「瑞祥か。ハルはどうした」
「さっき別れて雪ちゃんと合流したよ。一年どもがこれからお土産買うんだってさ」
「へえ」
 そう言って三吉は、酒を飲む。
「のんだくれ」
 呆れて言う久坂に三吉は「失礼な」と返す。
「まだそこまで飲んでない」
「嘘ばっか。僕らと別れてずっとだろ」
「途中で昼飯食いに出た」
「ってことはまた戻ってきたの?うわあ、迷惑」
 お店に一度入って飲んで、その後に別の店で食事してからまた同じ店に戻るとは、三吉のメンタルに久坂は呆れた。
「いいの。ちゃんと大量に購入したから」
 ね、と三吉がカウンターの向かいに居る、酒造の愛染の法被を着た男性の店員に言うと、店員さんも笑顔で頷いた。
「ええ、とってもたくさんお求めいただきまして!」
 にこにこと物凄い笑顔なので、一体どれだけ買ったのか久坂は不安になった。
「どれだけ買ったの」
「樽」
「嘘だよね?」
「嘘だよ」
「でも、余裕で樽一つは超えてますよ!」
 店員が笑顔で言うので、久坂がじっと三吉をなにか言いたげに見つめるが三吉は言い訳のように言った。
「学校に頼まれてんだって」
「じゃないのもあるよね」
「あるにはある」
 やっぱり、と久坂は呆れた。

「もしよろしければお座り下さい」
 三吉の傍に立っている久坂に、店員が声をかけた。
「いえ、僕は」
「どうですか、一杯。サービスしますよ?」
 久坂を成人と思ったのか、店員が言うが、三吉が笑った。
「すみません、こいつまだ高校生なんで、私が飲みます」
「えっ、それは失礼しました!いや、大人っぽいですねえ。かっこいいし」
「こいつ老けてるでしょ、無理もな、っ痛って!」
 三吉の足をぎゅっと踏みつけた久坂だった。

 カウンターで酒をおかわりしながら飲み続ける三吉の隣に久坂は座った。
 気を使った店員がお茶を入れてくれ、店で売っているという酒粕のキャンディも試食でどうぞ、と貰う。
 三吉はちびちびと日本酒をおいしそうに飲みながら、それでも顔色は全く変わらないままだった。
「瑞祥」
「なに?みよちゃん」
「お前が許すとは思わなかったよ」
「……何を」
「よく伊勢に連れて来たな」
 伊勢は久坂と高杉にとって、大切な場所だったはずだ。
 それは三吉にとっても同じで、学生の頃、杉松らと旅行に出たことは幸福な思い出だ。
 久坂と高杉は、辛い時期を過ごして、その最後の最後に伊勢に逃げた。
 そしていつも、ひっそりと二人きりで伊勢に行っては帰ってきた。
 そんな二人が、雪充の提案とはいえ従って、その上後輩まで一緒に連れてくることを承知するとは思えなかった。
 三吉は近くで二人を知っているから余計に、受け入れたことに驚いた。
 久坂はぽつりと三吉に告げる。
「……僕らってさ、最初にここに来たのって、家出した時だったじゃん。その後何回来てもさ、結局、もう『知ってる』んだよね」
「知ってる?」
「そう。『知ってる』んだよねもう」
 仲間や後輩らとの旅行を心から楽しんだ杉松と違い、久坂と高杉は逃げてここへ来た。
 だから、最初から悲しくてつめたい思い出ばかりだった。
「兄ちゃんから聞いてた、物凄く明るくて暖かくて楽しい『伊勢』なんて、僕らは知らなかった。最初は真冬だったし、雪も降ってたし灰色にしか見えなかった。ちっとも楽しくなんかなかった」
 何度来ても、最初の時ほどひどくないだけで、兄が話してくれたような、まるで天国みたいに素晴らしい場所だ、なんて久坂は一度も思えなかった。
「最初からそれだったから、僕らはもう兄ちゃんらみたいな『楽しさ』って絶対に判らない。楽しくないから、騒ぐことって出来ないんだろうなって」
 三吉はまるで酒の味が急に変わってしまったように、まずそうな表情になった。
「多分、モウリーニョに聞いてもよしひろに聞いても、教えてはくれるんだろうけどさ。僕やハル相手じゃ、どうしても身構えるだろ。兄ちゃんの事聞いて……お前の兄貴は、って思い出話になっちゃうだろ?」
「そりゃ……そうなるだろうね。死んだ人を悪くは言えないし。杉松先輩に悪い所なんかなかった」
「みよちゃんはそう言うだろうね。青木君も」
 杉松の強烈なシンパであるこの二人なら、その言葉は判る。
 だけど、兄が全てを受け入れて神様みたいな人だったとは思えない。
「……そういうことが、聞きたいんじゃないんだ。普通に、その頃、どんな風だったのか、知りたかった」
 褒め言葉でも、ちょっと虚飾が入った内容も出ない、ただバカみたいな事でも、わずかでも知りたかった。
「―――――いっくんってさ、馬鹿じゃん」
「バカって」
 酷いな、と言いつつ三吉は苦笑する。
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