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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド
僕にもお札(ふだ)が降ったのかな
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「だからさ、僕らが兄の後をついて伊勢に来てるって聞いてもさ、きっと深刻になったりしなくて絶対にはしゃぐだろ」
「まあ、うん。確かに」
幾久の性格を考えれば、同情はするだろうけれども、だからといって旅行の間中、ずっと気にするなんてことはありえない。
実際、幾久はその事を雪充から聞いているはずだ。
だけど、気にしている様子はない。
「だったら、……あいつら見てたら、みんなあんな風だったんだなって、思ったりできるのかなって」
兄の杉松らが、どんな風に伊勢ではしゃいで遊んでいたのか。
どんな風に楽しんでいるのか、その様子を感じることができるのかもしれない。自分も、高杉も。
三吉は、はあーっとため息をついた。
「じじ臭いなお前は」
「自覚してる」
「飲む?」
酒を示す三吉に、久坂は苦笑した。
「だから僕は老けて見えても未成年。みよちゃん犯罪者になるよ」
「じゃあジュースとか」
「かっこわる」
はは、と笑っていた久坂だったが、三吉に店員が耳打ちすると、三吉が笑って頷いた。
「甘酒あるんですか?ノンアルコール?じゃあそれで」
甘酒は酒粕から作るアルコール成分を含むものと、米麹で作るノンアルコールのものがある。
丁度ノンアルコールの甘酒の扱いがあるというのでひとつ注文することにした。
「じゃあ、頂きます」
「はいどーぞ」
すすめられて飲んだ甘酒は驚くほど甘い。
あたたかさが丁度良く、久坂はほっと溜息をついた。
ばたばたばた、という元気な足音がしたと思ったら、突然背後から声がした。
「あー!瑞祥先輩、未成年なのに飲んでる!」
見つけたぞ!みたいに店に顔を突っ込んだのは幾久だった。
店は客寄せの為に入口の扉を開放していて、大きな酒蔵の暖簾があるだけなので、ちょっと覗けばすぐ誰が居るか判る。
後から山田や普、児玉に御堀まで顔を出した。
久坂は苦笑して甘酒のカップを見せた。
「ノンアルコールだよ。甘酒」
すると一年生連中はぞろぞろと店に入って来て久坂の傍に来た。
「ずるい!いいな!オレも!」
「俺も!俺も!」
「おいしそう!」
「あーもううるさい。みよちゃん支払いよろしく」
「は?なんで僕が」
思わず素になっった三吉だが、御堀が言った。
「生徒がこんなに居るんですから、領収切ったらいいじゃないですか、報国院で。経費で通りますよ」
はっとした表情になった三吉に、御堀が頷く。
「確かにそうだ。じゃあ全部まとめて」
「いえ、三吉先生が飲酒した分は流石に別にしないとまずいのでは。僕なら全額拒否します」
「くっそ……御堀、どのレベルならいけるか計算してくれる?」
すると御堀もカウンターについてスマホを取り出し計算を始めた。
「まとめて領収を切るより学校は三吉先生の飲酒量は想定済でしょうから、このくらいを先生の個人にして、あとはまとめて『生徒の甘酒、菓子代含む』としておけば」
「成程」
ギリギリのラインを計算し始めた二人を置いて、生徒たちはカウンター向こうの店員さんに「甘酒くださいー」「支払いはあっちでー」と声をかけた。
甘酒をおいしい、おいしいと喋りながら飲んでいると店員がにこにこしながら酒粕飴を分けてくれる。
結局そこで皆、お土産をさらに買うことにした。
後から雪充と高杉も合流して来て、一年生が飲み終わった後のカウンターで甘酒を飲んでいる。
幾久は酒店に置いてある、デザインが可愛いワンカップを見つけ、雪充に尋ねた。
「雪ちゃん先輩、これ菫さんにどうですか?お土産」
「いいと思うよ。僕が預かって帰ってあげる」
「やった!お願いします!」
じゃあ、麗子さんと六花さんも同じのにしよう、と甘酒のワンカップと酒粕飴を買う。
幾久等は未成年なので酒を購入できないが、三吉が代わりに買ってくれた。
幾久が貰った領収書と引き換えな所がちゃっかりしている。
「君たちはどこ行くの?買い物はもう終わったでしょ」
三吉が尋ねると、一年生らは頷き、三吉の前に荷物をどさどさと置いた。
「これから内宮見てきます!じっくり見てないし」
「でもお土産重たいし」
「どうせここでずっと飲んでるでしょ?先生」
「というわけで荷物の見張りお願いしまーす!帰りに回収します!先生も!」
それだけ言うと、行ってきまーす!と三吉の許可も取らずに店を出て行ってしまった。
「騒がしいなあ」
そう言いながら、三吉は笑っている。
久坂は呆れて呟いた。
「僕らは保父さんか」
すると三吉が噴出して笑った。
「お前、やっぱ杉松先輩と兄弟なんだな」
「……なにが」
三吉は酒の入った猪口をゆるやかに回しながら、ゆらぐ酒をじっと見て言った。
「僕らが学生の頃、伊勢に来てさ。でも青木やら福原やらがさっきみたいに走り回ってて喧しくって。そん時杉松先輩が宇佐美先輩と言ってたんだよ。『僕らは保父さん役だな』って」
久坂の目が驚いて見開く。
「結局、馬鹿は変わらないんだよ。いつの時代も、似たような馬鹿が出てくる」
だけどその事に、いつも救われている気がする。
よしひろのような事を言う児玉や、杉松のような事を言う幾久。
悩んでいた自分や青木のような雰囲気の御堀。
まるであの頃と変わらなかった。
―――――だから、何を言って欲しいのかも、どうして欲しいのかも手に取るように判る。
答えだけを伝えても、何の役にも立たない事も。
全速力で、笑いながら走り抜けた幾久等の後姿。
三吉も、見て思い出した。
あの頃の自分の記憶に重なった。
久坂はぽつりと、長年の疑問を三吉に尋ねた。
「―――――なんで兄ちゃんは、伊勢を選んだんだろう」
三吉は驚いて久坂に返す。
「知らなかったのか?お前が言ったからだぞ」
「……え?」
三年が卒業旅行に出かける話を聞いて、ついて行きたいと駄々をこね、どこでもいいからついて行く、と後輩たちは行き先を希望しなかった。
じゃあ、どこにしようか、後輩がいるなら学校に希望が通りやすいほうが良い。
いくつかの候補地を悩んでいると、たまたま遊びに来ていた久坂が杉松に尋ねた。
「伊勢はどうかなって杉松先輩達が話に出した時、一緒に居たお前が『お札が降ったの?』って聞いたんだぞ」
「……なにそれ」
伊勢に連れて行ってもらえずに号泣したのは覚えているが。
「多分、『ええじゃないか』の話でも聞いてたんだろうな。伊勢もいいなあ、って先輩が言ったら、お前が『お札が降ってきたの?だから伊勢にいくの?』っていうからさ、それがあんまり可愛いくて、つい『そうだよ』って嘘ついて」
「―――――覚えてない」
「だから、先輩も僕らも『お札が降ったから仕方がないんだ』って説得して伊勢に来たよ。お土産山ほど買って帰ってやったろ。お前にもお札が降ったら一緒に伊勢に行こうなって」
じゃあ、兄が伊勢を選んだのは。
皆が伊勢に出かけたのは。
「―――――僕が、言ったから。伊勢に来たの?」
「そうだよ。杉松先輩はいっつも、お前中心に考えていたし。誰も異論はなかったよ」
自分が呟いた、子供の意味不明な疑問を、杉松は笑って真実にしたのか。
その旅行が楽しかったと杉松は何度も話してくれた。
いつか行こう、そう言っていたのに一緒に行けなかった。
逃げ出した場所もここで、求めた場所もここで、帰る事を決めたのもこの場所だった。
「僕が、言ったから」
なんだ、と久坂は苦笑した。
最初から、言い出しっぺは自分だったのか。
全然覚えていなかったのに。
「そっか」
お札が降ってくることはなかったけれど、城下町に雪が降った日、真っ暗な夜中、高杉が久坂を迎えに来た。
そして二人でこの場所に逃げた。
逃げ出して、あの町に帰って、実の親と決別した。
十五になった久坂には、法律が味方に付いた。
なにもかも、六花の手のひらの上だった。
生まれてずっと一緒に過ごした高杉と随分と話していなかった。
でも『行くぞ』と言われた時、素直に頷いた。
なぜ、とも、どこに、とも尋ねなかった。
でもここに来るのだと、どこかで判っていたような気がする。
『逃げるのは、負けじゃのうて、作戦じゃ』
どうしてこの場所に来たんだ。
どこにも兄はいないというのに。
寒々しい冬の伊勢で、にぎやかな中を歩いても、ちっとも楽しくなんかなかった。
もうすぐハルとも離れ離れだ。
思い出をつくりにきたのか。
ずっとため込んでいた真っ黒な感情を全部吐き出して喧嘩して、仲直りして―――――そして帰った。
三吉は笑って静かに呟く。
「お前にもお札が降ったんだな」
「―――――そうだね。うるさくってたまらないけど」
そうか、と久坂は気づく。
(これまでずっと楽しくなかったのは、きっとお札が降ってこないのに伊勢にお参りしていたからか)
雪充が、久坂と高杉に伊勢に行くけど、一緒に行かないか、そう言った時、まるで目の前が明るくなった気がした。
―――――あれが、お札だったのかな
そうかもしれない。久坂は思う。
だって今、こんなにも楽しいのだから。
もうすぐ店が閉まる頃になって、ようやっと騒がしい連中は帰って来た。
内宮広―い!歩いた!疲れた!でっかい鯉居た!と見た事全部を話しまくって、三吉は久坂と目を合わせ笑った。
本当に騒がしい子供たちに連れられ、三吉はやっと宿に帰ることにしたのだった。
翌日の早朝、全員がロビーに集合した。
宿のサービスで早朝参拝というものがあり、夜明け前の六時半から内宮を二時間近くかけて周る。
「なんかやっと学校行事っぽくなった」
普が言うと、幾久が「確かに」と笑う。
朝の内宮は厳かな雰囲気で、人もまばらでとても静かだ。
昨日も周ったのに、時間でこんなにも風景が違うのかと驚く。
「こちらに使われているのが、鼠を避ける鼠返しと言う……」
係の人の説明に、周布のグループが熱心に聞き入り、時々専門的なことを尋ねたりして、係の人は驚きながらも快く説明してくれて、幾久達もそうなのか、と驚く。
「昨日見たけど、そこまで見てないし考えてなかったね」
「やっぱ専門の人いないと判らないなあ」
感心しながら社の説明を聞き、お参りをする。
本殿はきちんとお参りしたけれど、それ以外はそんな風でもなかったな、と反省しながら丁寧にお参りをして、明るくなりつつある空に染まる内宮を眺めた。
「まあ、うん。確かに」
幾久の性格を考えれば、同情はするだろうけれども、だからといって旅行の間中、ずっと気にするなんてことはありえない。
実際、幾久はその事を雪充から聞いているはずだ。
だけど、気にしている様子はない。
「だったら、……あいつら見てたら、みんなあんな風だったんだなって、思ったりできるのかなって」
兄の杉松らが、どんな風に伊勢ではしゃいで遊んでいたのか。
どんな風に楽しんでいるのか、その様子を感じることができるのかもしれない。自分も、高杉も。
三吉は、はあーっとため息をついた。
「じじ臭いなお前は」
「自覚してる」
「飲む?」
酒を示す三吉に、久坂は苦笑した。
「だから僕は老けて見えても未成年。みよちゃん犯罪者になるよ」
「じゃあジュースとか」
「かっこわる」
はは、と笑っていた久坂だったが、三吉に店員が耳打ちすると、三吉が笑って頷いた。
「甘酒あるんですか?ノンアルコール?じゃあそれで」
甘酒は酒粕から作るアルコール成分を含むものと、米麹で作るノンアルコールのものがある。
丁度ノンアルコールの甘酒の扱いがあるというのでひとつ注文することにした。
「じゃあ、頂きます」
「はいどーぞ」
すすめられて飲んだ甘酒は驚くほど甘い。
あたたかさが丁度良く、久坂はほっと溜息をついた。
ばたばたばた、という元気な足音がしたと思ったら、突然背後から声がした。
「あー!瑞祥先輩、未成年なのに飲んでる!」
見つけたぞ!みたいに店に顔を突っ込んだのは幾久だった。
店は客寄せの為に入口の扉を開放していて、大きな酒蔵の暖簾があるだけなので、ちょっと覗けばすぐ誰が居るか判る。
後から山田や普、児玉に御堀まで顔を出した。
久坂は苦笑して甘酒のカップを見せた。
「ノンアルコールだよ。甘酒」
すると一年生連中はぞろぞろと店に入って来て久坂の傍に来た。
「ずるい!いいな!オレも!」
「俺も!俺も!」
「おいしそう!」
「あーもううるさい。みよちゃん支払いよろしく」
「は?なんで僕が」
思わず素になっった三吉だが、御堀が言った。
「生徒がこんなに居るんですから、領収切ったらいいじゃないですか、報国院で。経費で通りますよ」
はっとした表情になった三吉に、御堀が頷く。
「確かにそうだ。じゃあ全部まとめて」
「いえ、三吉先生が飲酒した分は流石に別にしないとまずいのでは。僕なら全額拒否します」
「くっそ……御堀、どのレベルならいけるか計算してくれる?」
すると御堀もカウンターについてスマホを取り出し計算を始めた。
「まとめて領収を切るより学校は三吉先生の飲酒量は想定済でしょうから、このくらいを先生の個人にして、あとはまとめて『生徒の甘酒、菓子代含む』としておけば」
「成程」
ギリギリのラインを計算し始めた二人を置いて、生徒たちはカウンター向こうの店員さんに「甘酒くださいー」「支払いはあっちでー」と声をかけた。
甘酒をおいしい、おいしいと喋りながら飲んでいると店員がにこにこしながら酒粕飴を分けてくれる。
結局そこで皆、お土産をさらに買うことにした。
後から雪充と高杉も合流して来て、一年生が飲み終わった後のカウンターで甘酒を飲んでいる。
幾久は酒店に置いてある、デザインが可愛いワンカップを見つけ、雪充に尋ねた。
「雪ちゃん先輩、これ菫さんにどうですか?お土産」
「いいと思うよ。僕が預かって帰ってあげる」
「やった!お願いします!」
じゃあ、麗子さんと六花さんも同じのにしよう、と甘酒のワンカップと酒粕飴を買う。
幾久等は未成年なので酒を購入できないが、三吉が代わりに買ってくれた。
幾久が貰った領収書と引き換えな所がちゃっかりしている。
「君たちはどこ行くの?買い物はもう終わったでしょ」
三吉が尋ねると、一年生らは頷き、三吉の前に荷物をどさどさと置いた。
「これから内宮見てきます!じっくり見てないし」
「でもお土産重たいし」
「どうせここでずっと飲んでるでしょ?先生」
「というわけで荷物の見張りお願いしまーす!帰りに回収します!先生も!」
それだけ言うと、行ってきまーす!と三吉の許可も取らずに店を出て行ってしまった。
「騒がしいなあ」
そう言いながら、三吉は笑っている。
久坂は呆れて呟いた。
「僕らは保父さんか」
すると三吉が噴出して笑った。
「お前、やっぱ杉松先輩と兄弟なんだな」
「……なにが」
三吉は酒の入った猪口をゆるやかに回しながら、ゆらぐ酒をじっと見て言った。
「僕らが学生の頃、伊勢に来てさ。でも青木やら福原やらがさっきみたいに走り回ってて喧しくって。そん時杉松先輩が宇佐美先輩と言ってたんだよ。『僕らは保父さん役だな』って」
久坂の目が驚いて見開く。
「結局、馬鹿は変わらないんだよ。いつの時代も、似たような馬鹿が出てくる」
だけどその事に、いつも救われている気がする。
よしひろのような事を言う児玉や、杉松のような事を言う幾久。
悩んでいた自分や青木のような雰囲気の御堀。
まるであの頃と変わらなかった。
―――――だから、何を言って欲しいのかも、どうして欲しいのかも手に取るように判る。
答えだけを伝えても、何の役にも立たない事も。
全速力で、笑いながら走り抜けた幾久等の後姿。
三吉も、見て思い出した。
あの頃の自分の記憶に重なった。
久坂はぽつりと、長年の疑問を三吉に尋ねた。
「―――――なんで兄ちゃんは、伊勢を選んだんだろう」
三吉は驚いて久坂に返す。
「知らなかったのか?お前が言ったからだぞ」
「……え?」
三年が卒業旅行に出かける話を聞いて、ついて行きたいと駄々をこね、どこでもいいからついて行く、と後輩たちは行き先を希望しなかった。
じゃあ、どこにしようか、後輩がいるなら学校に希望が通りやすいほうが良い。
いくつかの候補地を悩んでいると、たまたま遊びに来ていた久坂が杉松に尋ねた。
「伊勢はどうかなって杉松先輩達が話に出した時、一緒に居たお前が『お札が降ったの?』って聞いたんだぞ」
「……なにそれ」
伊勢に連れて行ってもらえずに号泣したのは覚えているが。
「多分、『ええじゃないか』の話でも聞いてたんだろうな。伊勢もいいなあ、って先輩が言ったら、お前が『お札が降ってきたの?だから伊勢にいくの?』っていうからさ、それがあんまり可愛いくて、つい『そうだよ』って嘘ついて」
「―――――覚えてない」
「だから、先輩も僕らも『お札が降ったから仕方がないんだ』って説得して伊勢に来たよ。お土産山ほど買って帰ってやったろ。お前にもお札が降ったら一緒に伊勢に行こうなって」
じゃあ、兄が伊勢を選んだのは。
皆が伊勢に出かけたのは。
「―――――僕が、言ったから。伊勢に来たの?」
「そうだよ。杉松先輩はいっつも、お前中心に考えていたし。誰も異論はなかったよ」
自分が呟いた、子供の意味不明な疑問を、杉松は笑って真実にしたのか。
その旅行が楽しかったと杉松は何度も話してくれた。
いつか行こう、そう言っていたのに一緒に行けなかった。
逃げ出した場所もここで、求めた場所もここで、帰る事を決めたのもこの場所だった。
「僕が、言ったから」
なんだ、と久坂は苦笑した。
最初から、言い出しっぺは自分だったのか。
全然覚えていなかったのに。
「そっか」
お札が降ってくることはなかったけれど、城下町に雪が降った日、真っ暗な夜中、高杉が久坂を迎えに来た。
そして二人でこの場所に逃げた。
逃げ出して、あの町に帰って、実の親と決別した。
十五になった久坂には、法律が味方に付いた。
なにもかも、六花の手のひらの上だった。
生まれてずっと一緒に過ごした高杉と随分と話していなかった。
でも『行くぞ』と言われた時、素直に頷いた。
なぜ、とも、どこに、とも尋ねなかった。
でもここに来るのだと、どこかで判っていたような気がする。
『逃げるのは、負けじゃのうて、作戦じゃ』
どうしてこの場所に来たんだ。
どこにも兄はいないというのに。
寒々しい冬の伊勢で、にぎやかな中を歩いても、ちっとも楽しくなんかなかった。
もうすぐハルとも離れ離れだ。
思い出をつくりにきたのか。
ずっとため込んでいた真っ黒な感情を全部吐き出して喧嘩して、仲直りして―――――そして帰った。
三吉は笑って静かに呟く。
「お前にもお札が降ったんだな」
「―――――そうだね。うるさくってたまらないけど」
そうか、と久坂は気づく。
(これまでずっと楽しくなかったのは、きっとお札が降ってこないのに伊勢にお参りしていたからか)
雪充が、久坂と高杉に伊勢に行くけど、一緒に行かないか、そう言った時、まるで目の前が明るくなった気がした。
―――――あれが、お札だったのかな
そうかもしれない。久坂は思う。
だって今、こんなにも楽しいのだから。
もうすぐ店が閉まる頃になって、ようやっと騒がしい連中は帰って来た。
内宮広―い!歩いた!疲れた!でっかい鯉居た!と見た事全部を話しまくって、三吉は久坂と目を合わせ笑った。
本当に騒がしい子供たちに連れられ、三吉はやっと宿に帰ることにしたのだった。
翌日の早朝、全員がロビーに集合した。
宿のサービスで早朝参拝というものがあり、夜明け前の六時半から内宮を二時間近くかけて周る。
「なんかやっと学校行事っぽくなった」
普が言うと、幾久が「確かに」と笑う。
朝の内宮は厳かな雰囲気で、人もまばらでとても静かだ。
昨日も周ったのに、時間でこんなにも風景が違うのかと驚く。
「こちらに使われているのが、鼠を避ける鼠返しと言う……」
係の人の説明に、周布のグループが熱心に聞き入り、時々専門的なことを尋ねたりして、係の人は驚きながらも快く説明してくれて、幾久達もそうなのか、と驚く。
「昨日見たけど、そこまで見てないし考えてなかったね」
「やっぱ専門の人いないと判らないなあ」
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