神話的短編集

本田星野

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2 神様とお友達

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「神谷さん、かーみーやーさーん」
 大学内に響く声に青筋を立てながら、神谷はズンズンと校舎内を歩く。昨日の朝に大層なご挨拶をかましたそいつは一夜明けても神谷の後ろを雛鳥のように付き纏っていた。

 隠れても走っても必ず爽やかな笑みとともに現れる星崎に恐怖を通り越して怒りが湧いてくる。いっそ構わず無視を続ければその内飽きるだろうと数時間前から延々と無視を貫いているのに気付いているのかいないのか、けろりとした顔をして大学内を付き纏う星崎に神谷の方が折れてしまった。
「うるっさい! でかい声で俺の名前呼ばないで! 俺まで変な目で見られるじゃん!」
 突然立ち止まって振り返った神谷の動きを予知したように数歩後ろで立ち止まった星崎は小首を傾げて眉を吊り上げる神谷を見つめる。
「神谷さんこそ、人に呼ばれたらきちんとお返事しなさいって道徳で学ばなかったんですか?」
「知らない人や変な人に声をかけられても反応しないって義務教育で習ってるもんで」
 神谷の言葉に星崎が初めて表情を変えた。怪訝とも見える顔で、まるで神谷の言葉が理解できないとでも言うように。
「俺たち、お友達でしょう?」
「違います」
「だって、人間ははじめましてからいくつかお話をしてお友達になるって姉さん言ってたのに……」
 本気でわからないと言いたげな星崎に神谷は辟易とした。こいつがこんな育ち方をしたのはその姉にも幾分責任があるな、と思いつつ神谷は溜息をつく。
「はじめましての挨拶って昨日の一方的なアレか? そうだとしても俺はあれからお前とまともに会話してないだろ」
「? 人間の基準は難しいですね……俺が頷いたり一言喋っただけで感涙に咽ぶ奴もいるのに……」
「なにそれ、やっぱお前やばい宗教的な家の子だったりする?」
 一歩後ずさる神谷に星崎は違いますよぉと笑う。自己紹介で神様を自称するからそうなのかと思ったが、ちょっと世間とはズレてるだけで普通の家庭で育っているのだろうか?
「俺が宗教ですよ。ナイアーラトテップって知ってます? ナイアルラトホテップ、ニャルラトホテプ、ニャルラトテップ、とか色々な呼び方されてますけど、結構有名なんですよ? まぁその分、風評被害も凄まじいんですけどぉ」
 なぜか照れるように頬を染めて話す星崎に、神谷は確信した。こいつ電波キャラだ。
「あれ……もしかして知りません!? アメリカ生まれのにゃるっと這い寄る神様ですよ!? アニメやゲームのおかげで日本での知名度もそこそこあるはずなんですが……!?」
「聞いたことないけど?」
 あれぇ、と首を傾げる星崎はそれについてはさほど気にしていないらしく、それより、とその整った眉を吊り上げた。
「俺とこれだけお話しした神谷さんはもう俺のお友達ですよね!? ねっ!? お友達じゃないなんて言わせません!」
「え~、俺はお前みたいなのと友達とか嫌なんだけど」
「神谷さんに拒否権はありませんッ! 絶対にもうお友達です!」
 幼児の駄々のように友達だと繰り返す星崎に神谷はとうとうわかったと頷いてしまった。自分も物心ついた頃からゲームやアニメや漫画が好きで人見知りするタイプだったが、ここまで友達作りが下手な人間は見たことがない。諦めた、というよりは可哀想に思えてきた、の方が近い。
「わかったよもう、友達でいい友達で」
「! 本当ですか!?」
 あからさまに破顔する星崎は見目が良いので神谷の荒んだ心にも幾許かの癒しをもたらしてくれる。荒ませたのが星崎なら癒すのもまた星崎か。いや荒ませるんじゃねーよ。
「ほんとほんと。これでいい? 友達なったからもう関わらないでね。俺はお前と違って忙しーの」
 虫を払うようにしっしと片手を振れば星崎は目を細めて笑った。えぇ、という声音は先ほどよりも落ち着いている。
「俺も今日は用事があるのでこの辺で。では神谷さん、また明日」
 あっさりとした返事に振り返ると、そこには星崎の姿はなかった。屋外とはいえ足音の一つも立てずに消えるとは、と辺りを見渡すが、やはり星崎の姿どころか影すら見当たらない。
「……嵐みたいな奴だなあいつ。いや……忍者か……?」
 もしくは神様か、と思いかけて神谷は自分の思考に鼻で笑った。神様だなんて星崎に感化されてるな、と思いながら信じてもない神に祈ってみる。願わくばあの星崎がもう少し大人しく常識的になりますように、と。




「ん~、今回のシナリオは完璧ですね! 生存者なし!」
 ガタンゴトン、無人になった電車の中で最後の一人となった探索者が赤い舌と鋭い牙に飲み込まれていくのを眼下に、満足げな笑みを浮かべる。今日の仕事はこれくらいかと閉鎖空間の後始末をして、星崎楽として借りているマンションの一室に戻ってくる。
 真っ暗な部屋の中に蠢く巨大な影に気付いて、慌てて部屋の電気を付けた。
「ナイちゃん」
「姉さん、来るなら連絡くれればいいのに」
 気配に気付いた蠢く影は歪に変形し、やがて部屋の照明が着く頃には人の姿を形作る。ふわっと巻いた髪に豊満な胸。困ったように眉を八の字にして穏和な笑みを浮かべる美女が、星崎を抱きしめた。
「大佑くんとようやくお友達になれたって連絡きて居ても立っても居られなくって……ごめんね」
 ちゅ、ちゅと星崎の両頬に挨拶のようにリップ音を鳴らす彼女に星崎は笑んだ。
「姉さんにはいっぱい相談に乗ってもらったから一番に報告しようって……兄さんには言ってないですよね?」
「当たり前よ、前みたいに邪魔されたら困るもの」
 ぷく、と頬を膨らませた姉に星崎が笑った。安堵の笑みを浮かべる弟に姉は祈るように何度も背中を撫でる。
「うまくいくと良いね……今度こそ」
 お姉ちゃん応援してるからね、と笑った姉に星崎は目を細めた。今度こそ。何度目かもわからない誓いをまた抱いて、頷く。自分より少し背の低い姉の肉付きの良い体を抱きしめて、甘い香りのする髪に顔を埋めた。
「今度こそ、絶対に、うまくやってみせます」
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