1 / 11
一章【転生乙女(30)、保健室の先生になる】
01
しおりを挟む
「あ?」
私は激怒した。
毎週の楽しみである『週刊少年チョップ』に連載されている大好きな推し漫画『ラブ・サッカー』が12話で打ち切りとなって幕を閉じたのだ。
最初のうちはそこそこ人気があった。何よりも絵が素晴らしかったのだ。え、雑誌間違えてない?と最初は思った程だ。この作画を週単位で仕上げる先生とアシスタントさん凄い。
だが、如何せんストーリーが駄目だった。
サッカー漫画なのに一切サッカーをしないのだ。部活動描写おろか、サッカーボールすら出てこない始末である。終いには人気が低迷したと同時に媚び始めたのだ。男性同士の絡みが好きな方々に。
おーい、これ少年漫画ですよ?大半のファンが大人ですが少年漫画ですよ?高校男子同士でキュン…じゃないですわ。ラブ・サッカーならサッカーしようよ…。サッカーボール蹴ろうよ。
こんな漫画になってしまった為、某掲示板やSNSで叩かれまくった漫画だった。けれど私は好きだった。この漫画が…と、言うよりもサッカー部顧問、体育教師の 夏目尊さんが大好きなのだ。毎週、彼の顔を見る為に週刊少年チョップを買っていると言っても過言では無い。
何時もは購入して舐めるように読む私だけれど、今日はどうしても直ぐに読みたかった。
何と言っても推し漫画の最終回ですから。家まで我慢出来なかった。そして現在、絶賛立ち読み中なのだけれど…。
――それが間違いだった。
(は?夏目先生が淫行で逮捕?え、それで終わりってどういう事?え?)
雑誌を握る手がふるふると震える。隣で立ち読みしていたお兄さんが、週刊少年チョップを持って逃げ出した。おう、立ち読みは駄目ですよ。きちんと買いなさい。
気のせいだ。きっと。私は幻を見せられていたんだ。
再びチョップを後ろから開き、ラブ・サッカーの表紙を見つけ読み進める。
「あ?」
――私は激怒した。
冒頭に戻る、と言う奴だ。
怒るよね?だって推しが犯罪者になって終わりですよ?しかも主人公の田中太郎君を押し倒してセクハラしたってなんやねん。先週号の夏目先生は影の薄いヒロインの桂木花ちゃんと良い雰囲気でしたよね?
花ちゃん相手も良くないけれど、太郎は無いよ。
夏目先生と花ちゃんは沢山の苦悩を乗り越えて卒業式に結ばれるんじゃないの?えぇ?
嗚呼、始業時間が近付いている。うん、大丈夫。オフィスは目の前だ。ダッシュすれば間に合う。それよりも問題なのはこの話だ。
「なん…だと……」
駄目だ。何度読み返しても結末は変わらない。
どうして。どうしてこんな結末なの。目眩がする。目が霞む。車のバックブザーが煩い。
…煩い?
「え?」
状況がおかしい事に気が付いた私は目の前に視線を向けた――…時には手遅れだった。先程まで止まっていた車が勢いをつけて、こっちに向かってきたのだ。
(これが俗に言う車ミサイル…!)
何て事を考えているうちにガラスが大破し、本棚と共に大きな車が私の身体に打つかった。そしてトドメだ、と言うように数トンの重さが私の身体を通って、周りの喧騒を耳にしながら私の記憶はブツリと切れた。
――こうして私はこの世を去ったのであった。終わり。
…あ、最期に一言だけ良いですか…
「立ち読み駄目、絶対」
一章【転生乙女(30)、保健室の先生になる】
――こうして私はこの世を去っていない。終わっていない。
遠くから聞こえる不揃いな楽器の音。
子ども達が一生懸命運動に勤しんでいる声。
嗅ぎ慣れた薬品の匂い。
私――七瀬みつは痛む胸を押さえながらゆっくりと周りを見渡した。
間違い無い。此処は保健室だ。そして私は、養護教諭…所謂、保健室の先生だ。
先程まで立ち読みをしていた私。
運悪く車ミサイルによって命を落とした私。
前世の私の記憶だった。最初は夢かと思ったけれど、夢にしてはリアルだったのだ。
夢の中に登場した私の全てを、今の私は全て知っている。遠い記憶から最新の記憶まではっきりと覚えているのだ。
もしも家で記憶が目覚めていたら私は思いきり叫んでいただろう。
認めたくない。認めたくなかった。
私は覚えている。記憶だって混乱していない。前世と現世の記憶がはっきりと分かれている。だからこそ認めたくなかったのだ。
――私が『ラブ・サッカー』の世界に転生している事を。
主人公の田中太郎君だって居るし、ヒロインでサッカー部マネージャーの桂木花ちゃんも居る。他のメンバーである阿部君、佐藤君、鈴木くん、高橋君も、そして推しの夏目尊さんだって居るのだ。
それだけでは無い。現世が漫画通りに進んでいるのだ。
何故、現世が漫画通りに進んでいると断言出来るかと言うと、入学式に主人公が校長先生のマイクを奪って「ラブ・サッカー!」と叫んだのだ。
それは漫画の一話目のイベントシーンだった。
当時は、前世の記憶なんて無かったからぽかーんとしていたけれど…今なら理解出来る。
他にも3話までの出来事が現実でも起きているのだ。認めざるを得ないだろう。
――唯一イレギュラーなのは私、という存在だ。本作では、若くて綺麗な男性が保健室の先生だった。それが私に変更になっている。他は全く同じなのだ。
だとすると非常に厄介だ。もしもこのまま、漫画通りに進んでいくと、来年の冬に夏目先生は淫行で逮捕されてしまう。
それだけは阻止したい。絶対に、阻止したい。
だって私は、夏目先生と花ちゃんのカップリングが好きだから――…。
私は激怒した。
毎週の楽しみである『週刊少年チョップ』に連載されている大好きな推し漫画『ラブ・サッカー』が12話で打ち切りとなって幕を閉じたのだ。
最初のうちはそこそこ人気があった。何よりも絵が素晴らしかったのだ。え、雑誌間違えてない?と最初は思った程だ。この作画を週単位で仕上げる先生とアシスタントさん凄い。
だが、如何せんストーリーが駄目だった。
サッカー漫画なのに一切サッカーをしないのだ。部活動描写おろか、サッカーボールすら出てこない始末である。終いには人気が低迷したと同時に媚び始めたのだ。男性同士の絡みが好きな方々に。
おーい、これ少年漫画ですよ?大半のファンが大人ですが少年漫画ですよ?高校男子同士でキュン…じゃないですわ。ラブ・サッカーならサッカーしようよ…。サッカーボール蹴ろうよ。
こんな漫画になってしまった為、某掲示板やSNSで叩かれまくった漫画だった。けれど私は好きだった。この漫画が…と、言うよりもサッカー部顧問、体育教師の 夏目尊さんが大好きなのだ。毎週、彼の顔を見る為に週刊少年チョップを買っていると言っても過言では無い。
何時もは購入して舐めるように読む私だけれど、今日はどうしても直ぐに読みたかった。
何と言っても推し漫画の最終回ですから。家まで我慢出来なかった。そして現在、絶賛立ち読み中なのだけれど…。
――それが間違いだった。
(は?夏目先生が淫行で逮捕?え、それで終わりってどういう事?え?)
雑誌を握る手がふるふると震える。隣で立ち読みしていたお兄さんが、週刊少年チョップを持って逃げ出した。おう、立ち読みは駄目ですよ。きちんと買いなさい。
気のせいだ。きっと。私は幻を見せられていたんだ。
再びチョップを後ろから開き、ラブ・サッカーの表紙を見つけ読み進める。
「あ?」
――私は激怒した。
冒頭に戻る、と言う奴だ。
怒るよね?だって推しが犯罪者になって終わりですよ?しかも主人公の田中太郎君を押し倒してセクハラしたってなんやねん。先週号の夏目先生は影の薄いヒロインの桂木花ちゃんと良い雰囲気でしたよね?
花ちゃん相手も良くないけれど、太郎は無いよ。
夏目先生と花ちゃんは沢山の苦悩を乗り越えて卒業式に結ばれるんじゃないの?えぇ?
嗚呼、始業時間が近付いている。うん、大丈夫。オフィスは目の前だ。ダッシュすれば間に合う。それよりも問題なのはこの話だ。
「なん…だと……」
駄目だ。何度読み返しても結末は変わらない。
どうして。どうしてこんな結末なの。目眩がする。目が霞む。車のバックブザーが煩い。
…煩い?
「え?」
状況がおかしい事に気が付いた私は目の前に視線を向けた――…時には手遅れだった。先程まで止まっていた車が勢いをつけて、こっちに向かってきたのだ。
(これが俗に言う車ミサイル…!)
何て事を考えているうちにガラスが大破し、本棚と共に大きな車が私の身体に打つかった。そしてトドメだ、と言うように数トンの重さが私の身体を通って、周りの喧騒を耳にしながら私の記憶はブツリと切れた。
――こうして私はこの世を去ったのであった。終わり。
…あ、最期に一言だけ良いですか…
「立ち読み駄目、絶対」
一章【転生乙女(30)、保健室の先生になる】
――こうして私はこの世を去っていない。終わっていない。
遠くから聞こえる不揃いな楽器の音。
子ども達が一生懸命運動に勤しんでいる声。
嗅ぎ慣れた薬品の匂い。
私――七瀬みつは痛む胸を押さえながらゆっくりと周りを見渡した。
間違い無い。此処は保健室だ。そして私は、養護教諭…所謂、保健室の先生だ。
先程まで立ち読みをしていた私。
運悪く車ミサイルによって命を落とした私。
前世の私の記憶だった。最初は夢かと思ったけれど、夢にしてはリアルだったのだ。
夢の中に登場した私の全てを、今の私は全て知っている。遠い記憶から最新の記憶まではっきりと覚えているのだ。
もしも家で記憶が目覚めていたら私は思いきり叫んでいただろう。
認めたくない。認めたくなかった。
私は覚えている。記憶だって混乱していない。前世と現世の記憶がはっきりと分かれている。だからこそ認めたくなかったのだ。
――私が『ラブ・サッカー』の世界に転生している事を。
主人公の田中太郎君だって居るし、ヒロインでサッカー部マネージャーの桂木花ちゃんも居る。他のメンバーである阿部君、佐藤君、鈴木くん、高橋君も、そして推しの夏目尊さんだって居るのだ。
それだけでは無い。現世が漫画通りに進んでいるのだ。
何故、現世が漫画通りに進んでいると断言出来るかと言うと、入学式に主人公が校長先生のマイクを奪って「ラブ・サッカー!」と叫んだのだ。
それは漫画の一話目のイベントシーンだった。
当時は、前世の記憶なんて無かったからぽかーんとしていたけれど…今なら理解出来る。
他にも3話までの出来事が現実でも起きているのだ。認めざるを得ないだろう。
――唯一イレギュラーなのは私、という存在だ。本作では、若くて綺麗な男性が保健室の先生だった。それが私に変更になっている。他は全く同じなのだ。
だとすると非常に厄介だ。もしもこのまま、漫画通りに進んでいくと、来年の冬に夏目先生は淫行で逮捕されてしまう。
それだけは阻止したい。絶対に、阻止したい。
だって私は、夏目先生と花ちゃんのカップリングが好きだから――…。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる