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一章【転生乙女(30)、保健室の先生になる】

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私はノーマルカップリングが大好きなのだ。キャラクターの推しは夏目先生だけれど、推し単体を拝むよりも花ちゃんとのやり取りを眺めて妄想する方が好きだった。

なのに…。

「クッ…」

最終回を思い出すだけで悲しさやら悔しさが込み上げる。本気で涙まで出て来た。それ程までにあの最終回は衝撃的だった。

白衣からハンカチを取り出したと同時に、ガラガラと音を立てながら身長の高い男性が入室し、私を見て停止した。そんな思わぬ来客に、涙を流していた私の動きも止まってしまう。

「ちょ、七瀬先生!?」

大きな声をあげ私の元にやって来た男性は、現世に存在する夏目先生だった。現世でも前世でも、相変わらずハンサムな方だ。
私はハンカチで目元を拭いながら慌てる夏目先生に、ゴミが入って…と嘘の言葉を吐く。

「そうですか…。生徒や他の先生にまた変な事を言われたら直ぐ僕に言って下さいね」
「はい、何時もありがとうございます…」

自慢では無いが胸が大きい為、生徒に揶揄われる事が有るのだが、ある日私が揶揄われているところを見た夏目先生が本気で怒ってくれた。
それ以降、気を遣って優しい声を掛けてくれる。本当に優しい方だ。

秘密の話になるが、前世の記憶を思い出す前の私は彼に惹かれていた。けれど、前世を思い出した今、私の使命は決まった。モブがうつつを抜かしている場合ではない。

夏目先生の打ち切りルートを、本来のルートに戻すこと。本来のルートとは即ち、花ちゃんとゴールインだ。絶対に田中太郎君にセクハラして逮捕なんかさせるか。

「七瀬先生?どうしました?」
「いえ!そう言えば何かご用でしたか?」

有り余るオタク特有のテンションに思わず叫び出しそうになったが、こっそりと自分の太腿を抓る事で回避した。自然に話を逸らせながら、夏目先生の身体に異常が無いかをチェックする。勿論、養護教諭としてだ。

相変わらず尊い。爽やかハンサムと言う言葉は夏目先生の為に生まれたと言っても過言では無い程の造形美だ。
やや長めの髪は癖っ毛らしく、動く度にふわふわと揺れている。小さな顔に収まっているパーツも一つ一つが芸術品だ。
美しい夏目先生を見て、某ハンサム石像もハンカチを噛みしめる程だ、多分。

真剣に見ている私を、くりっとした大きな瞳が不思議そうに見つめる。
体育教師と言うだけあって肉体も美しい。ジャージの上からでも分かる肉体美に目眩がするレベルだ。腕に浮き出ている血管が美しい。

夏目先生に怪我が無いか診ていますよ風で存分に視線で舐め回した私は、異常の無い彼を見上げる。

「怪我、は無いですね。どうしました?」
「え、と…あの、ですね…」

少し頬を染めた夏目先生が頭を掻きながらモジモジしている。恥ずかしい相談だろうか。例えば花ちゃんへの想いとか。

だとしたらその表情も頷ける。だって、如何にも恋する乙女の表情では無いか。可愛い。可愛すぎる。永久保存したい。最終巻の表紙にして。

菩薩のような表情を浮かべながら、煩悩と脳内バトルしている私に夏目先生が思いきり私の肩を掴んだ。

「わっ…!な、夏目先生…!?」
「す、す、す、スキ…すき…スキンケア…」
「え、スキンケアですか?」

夏目先生の行動に驚きながら、更に言葉にも驚く。
凄くどもった挙げ句、まさかのスキンケア調査だ。呆気に取られつつ、私のお勧めのオイルを進めれば頬を引き攣らせながらお礼の言葉を頂いた。

見る限りお肌艶々なのだが?羨ましいを通り越して見惚れてしまう。邪な視線を隠しながら、バッグから先程進めたオイルを取り出し、夏目先生に渡した。

「良ければどうぞ。使いかけで申し訳ないですが…」
「えっ!?く、くれるんですか?」
「はい。新しいの買って肌に合わなかったら悲しいじゃないですか。次のボトル買ってるのでどうぞ」

私から小さなボトルを受け取った夏目先生が、蓋を開けクンクンと匂いを嗅ぐ。そして七瀬先生の香りだ…と何とも艶めかしい表情で言ってのけた。

「えっ、もしかして私って匂いキツいですか…?」

強烈な匂い――…スメルハラスメントの言葉が思い浮かんだ私は、恐る恐る訪ねれば、首を横に振りながらキツくないですよ、と教えてくれた。

「僕、匂いに敏感なんです。近付かないと気付かない程度ですよ」
「成る程…。良かったです、臭いって言われなくて」
「臭いだなんて!寧ろずっと良い匂いだなって思ってたんです」

幸せそうに言う夏目先生に、余程匂いマニアなんだなと思った私は今度お勧めのハンドクリームも教えようと思った。

オイルの使用方法を教えながら、お揃いになった香りに、思わずときめいてしまった。まるで彼氏のシャンプーと同じ匂いだわトゥクン…シーンのようではないか。

夏目先生も同じ事を思ったようで、可愛い笑顔でお揃いですね…と言われて、はははと笑顔で躱した私を誰か褒めて欲しい。

――どうやら現世の私の顔の皮は厚いようだ。

「大切に、させてもらいますね」

そう言って大事そうにジャージのポケットにボトルを入れた夏目先生が時計を見て、お礼を言い保健室から出て行った。

「…あー……大丈夫かな、私」

その場でズルズルと崩れ落ちた私は、独りごちながら頭を抱える。

推し単体でこんなに脳内取り乱し事項連発だったのに、推しと推しの嫁が一緒のシーンを見たら私はどうなってしまうのだろうか。爆発して挽肉になってしまうのだろうか。

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