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零件目【終わりで始まり】
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しおりを挟む――夏姫、大地に立つ。
短い足をぐんと伸ばし、せめて少しでも足を長く見せようとしてみせたが、何も変わらなかった。
『ナツ。大事な話がある』
「きゅ?」
私の命の恩人である龍の形をした神獣、クー様もとい、イフリクト様が神妙な面持ちで私の名を呼ぶ。私は短い足をせっせと動かし、クー様の元に駆け寄れば背中に乗せてくれるようで、大きな頭がぐぅ、と下がる。
『ナツは足が遅いからな。乗りなさい』
「きゅ!」
優しいクー様に礼を言って、私は助走を付けてぴょんと乗れば、冷たい鱗が僅かに蠢き、衝撃を緩和してくれた。
一体何の話があるのだろうか?不思議に思っていると、くー様が教えてくれた。
『今年の巫女が決まったのだよ。それについて話さなければいけない事があるのだ』
はて。みことは。私の知っている巫女なのだろうか。クー様の説明は言葉が足りない――…と言うよりも、私の知識が足りないのだ。
『ああ、すまなかったな。ナツは転生者なのだった。巫女の事も帰ったら教えよう』
「きゅ!」
ありがてぇ、ありがてぇ、と短い足でクー様の鱗を揉む。クー様曰く、肉球がぽむぽむして気持ち良いらしい。
光り輝くクー様の鱗に私が映る。そこには見慣れたわんこの姿をした私が映っていた。
――そう。元は私は人間として生きていた転生者なのだ。
【零件目:終わりで始まり】
此方の世界――アトラナにやって来て早三ヶ月が過ぎた。以前私は、地球の日本という国に住んでいた。しがないOLだった。彼氏も居たし、友達もそれなりに居た私は日々充実した日々を過ごしていたと思う。
事件があったのは、月曜の通勤の時だ。電車通勤だった私は混み合うホームの中、欠伸をしながらいつものように先頭で待っていた。アナウンスで電車が参りますと言う声と共に喧騒が増す。遠くから聞こえる電車の音。周りの話し声。駅員さんの叫びに近い声。
いつもと変わらない風景だった。
電車のライトが眩しくて目を細めた――その時だった。黄色い線より少し後ろに立っていた私の背中に衝撃が走った。時間ギリギリで慌てて掛けてくる大量の人々が押し寄せ、人の波が乱れると同時に誰かの身体が私を押した。
一体何が起きたのか、これから何が起きるのか。一瞬の事過ぎて理解が出来なかった私は大きなブレーキ音と共に近付く電車にぎゅうっと目を瞑った。
こうして日本での私の人生は終わりを告げた……筈だったのだけれど。終わりで始まりだった。気付けばこの森で目が覚めたのだ。
目覚めた私は、わぁぁぁ!と叫びながら地面を蹴った。記憶が事故に遭うまでのもので止まっていたから、跳ねられた、と思ったのだ。
けれど身体に痛みは無く、あれは夢だと知った。
――夢だと思った事が夢だと思ったのは直ぐの事。
見た事の無い風景が眼前に広がる。森。森。森。森だ。しかも、私が知っている木や草よりもとても大きい。何十倍にもなっている気がした。
「きゅう…」
……ん?今のは何の声だろうか。生き物が近くに居るのか。逃げるべきか、様子を見るべきか。今思えば、日本という平和な国に住んでいた私に警戒心というものは存在していなかったのかもしれない。
今なら全力で逃げます。どんな可愛い声だって逃げるよ!
「きゅう」
どうしよう。参ったなぁ、と言葉にしたつもりだった。あれ。おかしいな。私の知っている自分の声が聞こえない。
「きゅ?」
あれ、この声ってもしかしなくても私の声だろうか。しかも言葉に出来てないときた。
そう。おかしいのは声だけでは無い。立っている筈なのに、地面が近い。そして二本の足で立っている気がしない。所謂四つん這いの格好な気がする。
よし、あそこに大きな湖があるから確かめてみよう。正直怖かったさ。だって、覗いたら全てを認めてしまう事になるから。夢という線も木々の匂いや、足の裏の感触からして消えた。
ぽてぽてと歩く。遅い。遅すぎる。走れば良いのだけれど、何だか怖くて抜き足差し足のような状態になった。
やっと池に辿りついた私は舌を出して体温調節しながら湖を覗く。これまた近い湖に恐怖を抱く。が己を奮い立たせた。
「きゅ!?」
短い足と短い首で覗いた結果、そこには黒色の柴犬が居た。お目々くりくりだ!麻呂眉だ!可愛い!――…じゃないよ。
冷静になろう。現状把握だ。
恐らく私は死んで、違う世界に産まれ落ちた。うん。そして、柴犬になった。うん。で?
それでどうしろと?普通は親犬のミルクを飲んでたりするのでは?ま、まさか捨てられた?酷すぎる話だが、あり得ない話では無いのだ。
一人では生きていけない生き物を平気で捨てるのだ。非道な人間は。
「きゅぅ…」
無意識に情けない声が出る。それもそうだろう。見知らぬ土地でひとりぼっちなのだ。しかも人間では無く、無力な仔犬。どうしろと。
湖に映る仔犬の顔が歪む。大きな瞳から涙が止めどなく溢れ、その雫が波紋を呼んだのだ。
――呼んだのは波紋だけでは無かった。
波紋が波紋を呼び、光り輝くサークル――魔方陣が浮かび上がる。私はいきなりの出来事に腰を抜かした。ぽてん、と後ろに転がりながら伏せの姿勢で垂れた耳に手を当てながら震えていた。
『誰だ、我が眠りを妨げる者は』
「きゅうぅぅ!!?」
大きな地鳴りと共に、湖の中から龍が出てくる。とんでもない状況だ。声の主はこの龍のようだ。青白く光る鱗が太陽の光を照らし何だか神々しく感じた。
『産まれたばかりの神獣か――ん?お主、面白い魂をしておるな。ほう、転生者か。元は人間?人間が神獣に転生だと?』
大きな巨体をくねらせ、私の方へと近寄る。大きすぎる真っ青な瞳が私を映す。仔犬が映っている。あ、私か。
龍は色々な角度から私を見る。不思議な事に恐怖は感じなかった。驚きはしたけれど。
『――面白い、面白いなお主は。転生前の魂と、神獣としての魂が見事に融合しておる』
「きゅ?」
もしかして先程からぶつぶと言っている事って私の事だろうか。
『そうだ』
だとしたらやはり私は死んで転生したのか。しかも仔犬に。
『コイヌとやらでは無い、神獣だ』
神獣でも何でもいいけれど、はて。困った。
――と言うか龍さん、私の考えている事、わかるの。先程からさりげなく会話してくれてるよね?
『ああ、我は神龍だからな。神獣は子どものようなものよ。お主が考えている事は我には丸見えよ』
「きゅう!」
何という事だ!これは進展だ。
『予定より早いが…これも縁だ。我が名はイフリクト。主はナツと言うのか?』
「きゅ!」
それはあだ名だ。本名は相澤夏姫と言うが面倒なのでナツで良いか。
『?…世界が違うと色々と違う事もある。お主に教えてやろう、この世界――
アトラナの事を。背中に乗れ』
「きゅ!」
クー様が頭を下げ、乗れと催促する。いや、頭すらでかいよね?届かないよね?戸惑って地面をふみふみしていたらクー様――…
『クー様?…我の事か。まぁ、良い。もう少し下がって、助走を付けてみると良い。そうだ。うむ。ちゃんと乗れたな、では行くぞ』
言われた通りにやってみると思いの外、この身体は身軽だったようで簡単にクー様の頭に乗る事が出来た。
ぽてぽてと滑らないように慎重に胴体へ移動する。クー様の身体は見た目通りツルツルと滑るのだ。
『お主の足の裏はどうなっておる?不思議な感触だ』
どうと言われても、普通の犬の足裏だ。クー様の声色からして不快では無く、寧ろ真逆の感想を持ったのだろう。私はその場で鱗をふみふみしてあげた。
すると、クー様の身体がぶるりと震える。気持ちが良いらしい。
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