2 / 25
零件目【終わりで始まり】
02
しおりを挟む私を乗せたクー様はふわりと浮遊して大きな翼をはためかせた。
「きゅ!」
何とも言えない浮遊感は動物になっても感じるようだった。心臓が置いて行かれる感覚というか、何というか…。
『我が聖域に着くまでに話をしようか、ナツよ』
「きゅ?」
バッサバッサと音を立てながらクー様が振り返る。綺麗な瞳に弱々しい私が映る。そうだ。クー様はこの世界の事を教えてくれると言っていた。冷静に見えるかもしれないけれど、これでも凄く混乱しているのだ。
私の気持ちを察したクー様が少しだけ同情の色を見せる。そして私にもわかりやすいようにこの世界の事を教えてくれた。
『この世界――アトラナは神によって護られている。この国が人々の醜い争いが無いのも、争いの元となる食糧不足が無いのも神のおかげなのだ』
「きゅ…」
私の知っている冒険者がーとか勇者がーとか、黒魔法がぁ、とかそう言った世界では無いらしい。良かった。だって怖すぎでは?いくら俺強い!な転生ものだとしても死と隣り合わせなのだ。
『だが、神の加護を得るには神獣の力が必要でな』
どういう事だ。先程クー様は私の事を仔犬では無く、神獣と言っていた。もしかして私の立場とその話は関係あるのだろうか。
『無い、訳ではない。だが有るとも言い切れぬ』
「きゅ?」
はっきりと言わないクー様に私の麻呂眉が下がる。嫌な事なのだろうか。例えば人柱になるとか、生き血を捧げるとか、心臓を捧げるとか…。考えるだけで恐ろしい。
『違う。そんな愚行…する訳なかろう。寧ろ誉れ高い事なのだが…この世界には巫女という存在が居るのだが、その巫女と共に神獣は神に祈りを捧げる五元の源を手に入れなければならないのだ』
「きゅ…」
この世界には火・木・水・雷、そして光を司る地があり、各々の主が元素を管理しているらしい。その元素を五元といい、五つ合わせたものを五元の源というとの事だ。
五元の源を手に入れ、神に捧げれば加護が得られる仕組みとなっている。だが、その五元の力は誰でも手に入れられる訳では無く、神託を受けた巫女と巫女に選ばれし神獣のみが土地を回って祈りを捧げなければ力を手に入れる事が出来ないらしい。
話を聞いているだけだと何とも面白そうなストーリーなのだが、自分の立場とクー様が言う神獣は同じなのだろうか。だとしたら全力で断りたい。何をするのかはわからないけれど、絶対に嫌だ。
そんな私の不安を察したクー様が教えてくれた。
『主は…神力が少ない故、選ばれる事はないだろう』
神力とは神の与えられた力の事で、神の遣いとして生まれた神獣が持っている力らしい。良く分からないが、取りあえず凄い力だという事が分かった。私はその力が少ないと。だったら良し、だ。面倒くさい事に巻き込まれずに済んだ訳で。
そう考えていたらクー様が微妙な表情をしながら溜息を吐いた。
『巫女に選ばれる事は神獣にとって名誉だと言うのに…。主は喜ぶのか』
「きゅ!」
当たり前だ。面倒臭そうだし、そもそもこの世界の事を理解するには程遠いレベルなのに。そんな事よりも楽しい事があるかもしれない。まぁ、仔犬なんで出来る事は限られているかもしれないけど。でも神獣とやらだったら少しは便利な能力あるのでは?魔法とか。
『魔法…?ああ、五元の源の事か。誰でも使える訳では無いぞ。使えるのは五元の主と、巫女と…加護を得た神獣のみよ』
うわぁ、残念な話だ!普通、ファンタジーなら村人すら使えるレベルじゃないの。火の玉とかさ。でもこの世界では魔法という存在は超高級品らしい。
魔法を使えない神獣ってただの犬じゃないの。この森で自給自足をするしか無いのか?それとも飼い犬になる?
『――…主は良く喋るな。主の見た目は大分変わっておるからの…。あまり人間に近付かない方が良い』
バラバラにされるぞ。と脅されて私の血が引いた。
私の柴犬ボディは余程変わっているらしい。私からしたらクー様の方が変わってるけど。まぁ、世界が違えば文化も違うと言うように、この世界では龍という存在は沢山居るのだろう。
『着いたぞ。此処が我が聖域だ』
「き、きゅ!」
そう言ったクー様の身体がゆっくりと降下する。聖域だなんて凄いネーミングだったからクリスタルとか想像していたけれど、先程クー様と出会った湖となんら変わりが無い。
ぽて、と音を立てながら聖域に立つ。すると淡い光が私を包んだ。まるで生きているかのような光の動きに目を見張る。
『それは聖痕という。妖精と言えば通じるか?』
「きゅ!」
聖痕に纏わり付かれながら、私は聖域とやらを一望する。やはり何度見ても先程の湖と何が違うのだろう。確かに聖域と言うだけあって空気は澄んでいるし、周りの気配は感じない。
『ナツと出会った場所は同じで別物――…次元が違うのだ。聖域とはそう言うものなのだ』
次元。成る程。つまりは、わからん。
まぁ、世の中には知らない事も理解出来ない事も沢山有る。そう言う時はそういうシステムなんだなって頷くしか無いのだ。
『暫く此処に居ると良い。ナツには此処に居ても良い証を授けよう』
そう言ったクー様が私の小さな身体に顔を擦り寄せる。すると、忽ち私の身体は光に包まれて――…何も変わらなかった。
普通はスティグマが出たり、身体が変形したりするイメージがあったけれど、何も変わらない。驚く程にだ。
『うむ。これで良い』
「きゅ…!きゅ!」
ありがとう、と告げればクー様が身体を湖へと沈めた。そう言えば湖から出て来たなぁ。水が落ち着くのかな。
『この聖域は我が認めた者しか入る事が叶わぬ。暫くは此処で休むが良い。その間にこの世界の事を教えよう。何かあれば聖痕に願え。聖痕と我は繋がっておるからな』
「きゅ!」
早速聖痕に頼んだ。まぁ、目の前にクー様がいるから筒抜けなんだけど。
――勿論、飯だ。飯。私は此処に来てから何も口にしていないのだ。そんな私の願いにクー様の大きな瞳が見開かれた。
『飯、か?神獣が何かを食べるという事を聞いた事が無いが…』
太陽の光や綺麗な空気等が神獣の糧になるらしい。何だソレ。
確かにお腹は空いていない。けれど、そう言う話では無いのだ。口にしたい、入れたい。咀嚼したい。消化器官を動かしたいのだ。
そんな欲望にまみれた私に、聖痕がぽたぽた、と私の目の前に落とした。うん、木の実だ。
「きゅ…?」
『ほう、見事な木の実だな』
赤い赤い、丸い木の実。鴉が好んで食べてそうなモノだ。正直美味しそうには見えない。けれど、好意で持ってきてくれたモノを食べない訳にもいかない。
私は食べようと、地面に顔を近付けようとして止めた。犬食いじゃないの。私は改まって器用に前足で硬い木の実を上へと弾いて口に含んだ。
ごりごり。
がりがり。
――うん。硬い。そして凄く、苦い。
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
異世界召喚されたが無職だった件〜実はこの世界にない職業でした〜
夜夢
ファンタジー
主人公【相田理人(そうた りひと)】は帰宅後、自宅の扉を開いた瞬間視界が白く染まるほど眩い光に包まれた。
次に目を開いた時には全く見知らぬ場所で、目の前にはまるで映画のセットのような王の間が。
これは異世界召喚かと期待したのも束の間、理人にはジョブの表示がなく、他にも何人かいた召喚者達に笑われながら用無しと城から追放された。
しかし理人にだけは職業が見えていた。理人は自分の職業を秘匿したまま追放を受け入れ野に下った。
これより理人ののんびり異世界冒険活劇が始まる。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
異世界でも保育士やってます~転生先に希望条件が反映されてないんですが!?~
こじまき
ファンタジー
※20251119に13話改稿しました
「こんな転生先だなんて聞いてないっ!」六年間付き合った彼氏に婚約を解消され、傷心のまま交通事故で亡くなった保育士・サチ。異世界転生するにあたり創造神に「能力はチートで、広い家で優しい旦那様と子だくさんの家庭を築きたい」とリクエストする。「任せといて!」と言われたから安心して異世界で目を覚ましたものの、そこはド田舎の山小屋。周囲は過疎高齢化していて結婚適齢期の男性なんていもしないし、チートな魔法も使えそうにない。創造神を恨みつつマニュアル通り街に出ると、そこで「魔力持ち」として忌み嫌われる子どもたちとの出会いが。「子どもには安心して楽しく過ごせる場所が必要」が信条のサチは、彼らを小屋に連れ帰ることを決め、異世界で保育士兼りんご農家生活を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる