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一件目『イフリクト:水の聖域』
03
しおりを挟むそんなこんなで水の聖域に着いた私達は、ゆっくりと歩みを止めた。
「きゅ…?」
既視感。間違い無い。ここは私がこの世界で目覚めた場所だ。そう言えばクー様は水の主だと言っていた。
聖域に入る際に契ったものが加護なのだろう。今更ながらに驚く。
初めて私が自分の姿を認識した湖の上に、揺らめく空間がある。あれが聖域だそうだ。
そんな簡単に聖域の入り口を見せても良いのだろうか、と疑問に思ったが今回は特別らしい。私が水の加護を持っている為、形だけの聖域を作ったそうだ。
本来は祈りを捧げて何ちゃらと言っていた。正直、ハイネさんが祈りを捧げる姿が想像出来ない。この人の事だ、力業で聖域を開けてしまいそうだ。
何て失礼な事を考えながらハイネさんを見上げるとバチリと目が合う。
「…何か失礼な事考えてた?」
「きゅ?」
超能力者かよ。何で分かるんだよ。
私は首をコテンと傾げながら知らない振りをすれば、ハイネさんが顔をしかめる。
「何ソレ可愛い」
「……」
やっぱり親馬鹿だ。子どもになったつもりは全く無いけれど。
私はハイネさんからの吸い付きを恐れ、腕から脱出する。そして気を改め聖域へと向かえば、聖痕達が出迎えてくれた。
「きゅ!きゅ!」
戯れ付く聖痕に私も大はしゃぎだ。短い足で地面を蹴り上げ、何度も小さなジャンプをする。何処からかアルプスの音楽が聞こえてくるのは気のせいか。
「ナツは聖痕とも仲良しなんだね」
「きゅ!」
ニコニコと笑うハイネさんに、私は元気よく返事をする。
聖痕達はハイネさんの存在に驚いたのか皆聖域へと逃げていってしまった。
「きゅ?」
どうしたんだ。アレか。余りにもイケメン過ぎて驚いたのか?分かるよ。私もいまだにハイネさんの美貌に目が潰れそうになるもの。
『良く来た。因みに聖痕は心が清い者でないと懐かないのだ』
「きゅー!!」
聖域から主――クー様が顔を出す。久しぶりのご対面に私は更に興奮してしまった。尻尾が千切れそうだ。
そんな私にクー様は笑いながらおいでおいでと短い手で私達を誘う。
「うちの子は大人気だなぁ。油断も隙も無いね?」
小さな私の身体を抱きかかえ、ハイネさんが頭上で呟く。顔を見ようも頭に顎を乗せられて叶わなかった。
歪みに手を伸ばし、ずずず、と身体を沈める。何だか不思議な感覚だった。ハイネさんの簡易聖域の時も感じたけど、亜空間を通るこの感覚は未だに慣れない。
…犬でもイカ耳になるのかな。一瞬聖域の入り口に映った私の耳は見事に猫ちゃんがなるイカ耳になっていた。
「ナツはびっくりしたり怖かったりするとお耳が可愛くなるね」
「きゅ…」
顎で頭をドリルのようにグリグリされながら聖域の中に入る。すると広がる水の世界。私が以前に住ませて貰っていた聖域とは違う。
と言うか、水の中だ!溺れる!…、と思ったが何故か息は普通に出来た。ハイネさんは普通に歩いているし。濡れてもいないし。
「ナツは水の加護を得てるからね。僕は魔法。本来はここで力が試されるんだ。何もしなければ普通に溺死するよ?リアルな水の中だからね」
「きゅ!?」
「祈りを捧げた巫女と神獣は聖域に入る事を許される。けど、それは力を渡すと言っている訳ではないんだ。あくまで入る事を許されただけ」
――成る程。で、ここで本来神獣が力を使い、巫女を護る事で加護を得ることが出来ると。祈りを捧げただけでは加護は貰えないんだ。だよね。だとしたらヌルゲーだ。
『ナツ、ハイネ。良く来たな』
「きゅ!!」
「やぁ」
奥からすいすいーっと華麗に尾を揺らしながら私達の元へと近付くクー様。流石水の主。水の中のクー様は誰よりも格好良い。泳いでいる姿なんてレジェンドレアのカードのようだ。
『ハイネ、見ていたぞ。お主…聖域を作ったな?』
「うん」
『はぁ…本当、どうなってるんだ?』
クー様が溜息を吐きながらハイネさんを見やる。だが、当人はどこ吹く風で気にする様子は無かった。
『聖域は五元の主だからこそ与えられた力なのだぞ?そう簡単に出来るものではない。それにモンスターを消したあの力も…』
「えぇ、だって出来るんだもん」
『……』
彼は本当の天才なのだろう。だから何故、という言葉は愚問なのかもしれない。
「…魔法は色々な元素で出来ている。鑑定魔法で見たらわかるよね。で、それを組み立てるだけだよ」
『…鑑定魔法なんて聞いた事がないが…』
「うん。僕が作ったからね。全てを見る事が出来れば、何でも出来るじゃない。だから見る事が出来るように頑張ってみた」
『…………』
クー様が白目になっている。理屈は分かったが、その素の能力がチートなのだろう。私はこの数日でハイネさんの能力を間近で見てきたからね。もう驚かないよ。
ハイネさんは少し困った表情を浮かべながら、指で気泡を作る。ゆらゆらと揺らめく気泡に犬魂が炸裂してしまった。
「きゅ!きゅ!」
動く物は追いかけたくなるのだ。短い手でていっと気泡を殴れば、ぷちゅ、と消える。楽しい。もっともっととハイネさんにねだれば沢山出してくれた。
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