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二件目『ガーディニアス:木の聖域』

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膨大な神力にあてられた私は、滝のように流れていた涙も引っ込み、唯々能面のように表情を失った、美しすぎる人を見上げる事しか出来なかった。

「こいつ殺すから待っててね」

不穏な言葉を吐きながら私の頬に口付けをした後、地面へと下ろす。
みるみるうちに出力が高まる神力。握りしめた拳に血管が浮かび音を立てている。

膨大な力は周りをも飲み込み、草木をも枯らしていく。そして聖域自体が耐えきれない、と言うようにピシピシ、と悲鳴を上げていた。

「きゅ!きゅ!」

恥ずかしい事に腰を抜かした私は、その場で必死に叫ぶ事しか出来ない。止めて、と必死に伝えてもハイネさんは振り向かない。

木の主が力にあてられ、身体の色が抜けていく。

『グッ…グゥ…』
「苦しい?でもナツの方が何倍も苦しい思いをしたんだよ」

そう言ったハイネさんが木の主へと手を伸ばし、何かを潰す素振りをした。すると耳を塞ぎたくなる程の咆哮が聖域に響き渡る。
痛み、苦しみ、恐怖。沢山の感情が私にも伝わってきて、ガクガクと身体が震える。

「き、きゅぅ…きゅ…」
「このままお前の心臓、ひねり潰してやろうか」
『ぐあぁぁああああ!!』

まさか本当に木の主の心臓を握っているとでも言うのだろうか。手を翳したのは心臓を掴むため。今、指を動かしているのは――…心臓を潰す為。

「きゅー!!」

駄目だ!そんな事、しちゃ、駄目。ハイネさん、ハイネさん、ハイネさん…!

私は情けない肢体を叱咤し、震える足で駆けだした。そして必死にハイネさんのズボンの裾を引っ張る。

「きゅ!きゅう!」
「…ナツ?」

表情の無いハイネさんが振り向く。まるで闇堕ちしたようなキャラになっている。…そんな事はどうでも良い。
私は必死に想いを伝える。

殺しちゃ駄目。絶対、駄目。ハイネさんの手を汚して欲しくなかった。木の主の言っている事は正論で、泣いてしまったのは私が弱いから。だから木の主は悪くない。
罪の無い者を殺さないで。

「きゅ!きゅ!きゅぅ!きゅ!!」

裾を囓りながら頭を何度も振る。端からみたら玩具で遊んでいる犬にしか見えない気もするが、私は必死だ。

そんな私の想いが伝わったのか、ハイネさんの神力が弱まり翳した手は下ろされた。そしてその手で私を持ち上げ、何時ものように優しく抱きしめてくれた。

「ナツ、ナツ」
「きゅ…きゅうぅ…っ!」

何時もの声だ。何時ものハイネさんだ!私はハイネさんが元に戻ったことが嬉しくて、涙を流しながら必死にハイネさんの頬を舐めた。頬どころじゃない。顔全体だ。
まるで犬だ。紛うこと無き犬だ。けれど、嬉しさの余り我を失った私には気付く術も無く。

「きゅ!きゅう!!」
「わわ、擽ったいよ、ナツ」

短い尻尾を振り回しながら私は熱烈な愛情表現をするのであった。





*****





『――目を開けよ、ナツよ』

あれから私は木の主――ガー様もとい、ガーディニアス様から水の加護を受けた。こんな無力な私でも良いのかと思ったが、ハイネさんの殺意からガー様を助けた事とあの狂犬ハイネさんを手懐けているという事で気に入られたようだった。
言い方…と思ったが狂犬は確かに言い得て妙だ。

加護を受けた私の周りに先程まで居なかった筈の水の聖痕達が戯れる。ガー様曰く水の聖痕は臆病で、聖域を攻撃された時点でどこかに隠れてしまったらしい。で、落ち着いた今、私の周りにふよふよと浮いているのだけれど。

『ナツよ。本当に済まなかった』
「きゅう!」

正直、謝られる理由が無い。だってガー様の言葉は全て正論なのだから。私が未熟だったから泣いてしまった訳で。寧ろ此方が済みません状態である。

「ナツは良い子だねー、よちよち。あー可愛い!」
「きゅ…」

先程から私を離そうとしないハイネさんに意気消沈気味の私は溜息を吐きながら私を包む手をペロリ、と舐めた。

「ンンン…!かわいっ…!」

悶えるハイネさんに苦笑気味のガー様。二人のわだかまりも解けたようで取りあえずは一件落着だ。

『それにしても…ナツの姿は不思議だな。俺も長い間生きてるが…ナツのような姿の神獣を見た事が無い。転生と何か関係しているのだろうか』
「きゅ…」
『それにほぼ全属性の魔法も使える…ふむ…』

流石主、だ。言わずとも私の事を分かっているようで、不思議そうに私を見つめる。
この姿は私にとっては特別でも無い。だって柴犬だもの。黒色、白色ソックス、眉麻呂のね。
前の世界だったらモテモテなのになぁ、と考えているとハイネさんの手がピクリ、と痙攣した。

『ハイネ…あ、否。何でもない』

何かを言い掛けたガー様が言葉を濁し、まるで会話をすり替えるかのように私に話を振った。

『ところで…何故ガー様にクー様なのだ?』
「きゅ」

そんな事か。理由は簡単だ。主の名前が言いにくく、覚えられないからだ。愛称だと短くて覚えやすい。唯、それだけである。前世から苦手だったのだ。横文字が。英語レベルはディスイズアッポゥで止まっている。

『そうか…。それにしてもナツは良く分からない事を考えているな』
「きゅ…」

おう、それはクー様にも指摘された気がする。後、麒麟さんにも。地味に恥ずかしいな。考えている事が丸見えで。でも唯一の救いはハイネさんには読まれていない事だ。
イケメンイケメンハンサムガイって叫んでばかりだから少々気まずい。悪口もしれっと言ってるしね。


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