シロクロ

aki

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⒊出会って一ヶ月半

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6月2日。俺が誠生くんに会って約一ヶ月半の月日がたった。俺の連日続く任務とそのせいで忙しくなる誠生くんと予定が合わず、一ヶ月半も会えなかったのだ。その原因は俺にあるのだが、正直俺が悪いんじゃなくて依頼してくる方が悪いんだと思う。
今日はそんな中久しぶりに会える特別な日なわけで、俺は水族館に誘った。いわゆる水族館デートと言うやつである。まぁ、男同志である上、互いにそんな感情はないんだけど。
水族館へと道のり、何度もナンパされたが、その度、誠生くんは女に間違えられ相手から離れていった。女顔であることに間違いは無いのだが、高身長で中性的だと言われる方が合っていると俺は思う。口調は完全に男らしいと思わせるものだし実際男なんだけど。
女顔は誠生くんのコンプレックスでもあるらしく俺がナンパされる度誠生くんの機嫌は悪くなっていた。笑っているのに怒っていると分かってしまうのは俺の経験上からなのかそれとも誠生くんが分かりやすいからなのか…。
水族館に入って早々「俺水族館好きなんだよね」という誠生くんに「なんで?」と質問する。なんでも「水族館内であれば自分が普通の人間でいられる気がするから」らしい。暗い声色をして、俯いた気配がした。殺し屋からすれば誠生くんは普通だと思うんだけども。
警察組織内での彼の立ち位置はそこそこに普通ではないということを思い出した。どこの所属かは知らないけど、悪と正義の板挟みなのだから俺が問題を起こせば誠生くんが叱られると蜜柑に聞いた覚えがある。勝手に問題起こしてるやつの事で無関係なやつを叱るなんてどうかしてると思うけど。
「なぁ、アンタもそう思わねぇ?」
そう聞かれ「それは俺も...」と言いやめた。「俺も普通の人間でいられるのか」なんて俺みたいなやつがが1番聞いてはいけない言葉だと思う。殺し屋になった時点で俺はもう普通の人間ではなくどこへ行ってもそれが覆ることなんて無いのだ。「何が聞きたかったのか」と不思議そうに俺を見る誠生くんの少し癖のある髪を掻き乱すように荒く撫で回せば流石に怒られた。
質問の返事はしなかった。
しばらく普通に水族館を回り、気になって視線だけを誠生くんに向ければコバルトブルーの目をキラキラと輝かせながら魚を見ていた。子供のように無邪気なその目は到底警察官には見えない。
人として未成熟なのか...はたまた、大人の世界を知ってても穢れを知らないから輝かせてられるのか...。どちらにせよ綺麗だ...
誠生くんの目を見続けていれば自分の穢れが浄化されるようで、怖くなり俺は視線を魚に戻す。怖いなんてモンはとっくに捨ててきたつもりで、今まで感じもしなかったのに。答えがそう簡単に出るわけがなかった。何より、俺は今、なんて思った...?と自分が怖くなった。
「こっちにペンギンがいるらしいよ」
腕を引き、キラキラと輝いた純粋な目を向けながら楽しそうにそういう誠生くん。本当に水族館が好きだということがひしひしと伝わってくる。
そういう目は嫌いなんだけど…。
そう思っても伝える気も無く「そうなんだ」とできるだけ楽しそうに聞こえるように返事をして着いていく。自分で誘っておいて失礼この上ないのだろうけど仕方がないと結論づける。
一応楽しくはあるけど、つまらないと言えばつまらない。
「せ、誠生くん。誠生くん...は、なんの魚が好きなの?」
ペンギンの水槽へ向かう道中、そう聞いてみる。自分勝手に声をかけづらくなって、それを誤魔化すために質問したのだが、思いのほか話しかけづらいと感じていたらしく少しだけ、吃ってしまった。
「俺はプランクトンが好きだな。一匹じゃダメなところが、人に似てると思うから。何より綺麗だと思うし」
想定外の生き物に思わず笑ってしまう。バレないように我慢しても隠せるはずも無く「何かおかしいかよ」と誠生くんにムスッとした表情で言われた。これ以上笑ったら拗ねられると思いつつも笑いが収まることはなく、結局拗ねられてしまった。
これは、ご機嫌取りに勤しむしかない...
「ごめんって、誠生くん。」
根気強く謝罪していれば「お前の好きな魚教えてくれたら許してやるよ。」と言われた。この子優しいなんて思いながら了承の意を伝える。
「俺はクラゲかな。ふわふわしてて綺麗なのに毒があるから」
誠生くんは「そんな雰囲気してる」といいながら物珍しいものを見る目で俺を見た。そんなにクラゲが好きなんて珍しいだろうか...と思っていれば、なんでも「クラゲとお前って似てるよな」と言われた。クラゲになりたいと思ったことはあるけど似ているとは初めて言われた。いや、なれるもんなら今でもクラゲになりたいが。
「見た目無害そうなのに毒持ちなところとかな」
俺の考えを読んだかのようにそういう誠生くんに俺見た目無害そうなんだと思った。殺し屋なんて職業やってる以上どう考えても有害なのに。
いつもの自虐ネタが少しだけ、笑えた。
「誠生くんはジンベエザメだね。有害そうに見えて無害」
「確かにジンベエザメは図体デカいしサメなのに人を襲わないな」と納得する誠生くんが少し可笑しくて、思わず笑っていればいつの間にか自分の中の恐怖は消えていった。
怖くなったら水族館に来てこれを思い出そう...
俺が水族館を好きになった日だった。
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