シロクロ

aki

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⒋出会って五ヶ月

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9月22日。誠生くんに会って五ヶ月くらいたった。
自分の気持ちが浮き沈みする時の対処法を見つけたために余計な殺生が減り誠生くんと会う機会が増えた。
蜜柑には「自分から監視してくださいって言ってるようなもんだよ」と言われたが正直監視されようがなんだろうがどうでもいい。警察に自分の情報が流れたところでどうってことは無いのだ。
という訳で今日はバー《まんだりん》でだらだらと呑んでた。「飲んでいた」と過去形なのは誠生くんと喧嘩したからである。喧嘩、というか俺が勝手に怒ってバックヤードに立て籠っただけなんだけども。
喧嘩の原因は殺し屋になった理由を聞かれたことだった。誠生くんにとっては些細な疑問だったのだろうけど俺にとって殺し屋になった理由はトラウマ級の思い出したくない出来事なのだ。トラウマを突っ込まれても話していない俺の自業自得で、誠生くんは悪くは無い。
「人間...話さなきゃ分からないことがあるのは知ってるけどさ...」
一方的に怒って怒らせて逃げてきた俺は今更謝って事情を話せるほどの度胸はない。殺してバラして住めば楽なんだけどなんて考えている自分がいる、なんて誠生くんを殺さないと決めた過去の俺には言えない。どうも自分は根っからの裏の人間らしい...。
喧嘩はだいたいこんな感じである。



今日は誠生くんとお酒を飲んでいる。意外にも一緒に飲むのは初めてのことで...。なぜ急に飲むことになったのかといえば明日からしばらく仕事が立て込むからその前にあっておこうと言う誠生くんからの誘いがあったからである。
何気に誠生くんから誘われるのは初めてだななんて浮かれるのは仕方ない事だと思う。だって普通に嬉しかったんだから。
「...ところで気になったんだけど、お前はなんで殺し屋になったんだ?」
今まで続けていた世間話の一貫で聞いたことだろうが、その質問が耳に入った瞬間に俺の手は止まる。殺し屋にとってめちゃくちゃデリケートな質問をなんの前置きもなくぶっ込んでくるあたり誠生くんは結構抜けているのだろう。殺し屋...というか、俺にとってめちゃくちゃデリケートな話題である。
「教えられない」
なるべくいつもの声色に近づけて告げれば「教えてくれてもいいじゃん」と言われる。誠生くんは少しだけ、酔っているのであろう。いつもなら教えないといえばそれ以上は聞いてこないのに。蜜柑が冷や汗をかきながら俺たちの会話を見ていた。
教えて欲しい誠生くんと断固教える気は無い俺の攻防は続き気がつけば時計が三十分進んでいた。
「教えてくれてもいいじゃん。それとも、言えない事なのか?」
土足で心に入り込まれた気がした。俺は衝動的にテーブルを叩き「お前には関係ないし、教える気はさらさらない」と突き放す。さすがに蜜柑もこれ以上は危険だと判断したらしく「落ち着こう?」と促してくる。
蜜柑の静止は俺の耳には入らなかったらしく「平々凡々に生きてるお前に何が分かる」とさらにヒートアップする。ダメだ、ダメだと思っても俺が止まることは無い。
「っ!分かんねぇから聞こうとしてるんだ!」
伴ってヒートアップした誠生くんに俺はおおよそ言ってはいけないであろう言葉を発した。
「デリカシーの欠けらも無いのがお前は!お前にとって興味あることでも俺にとっては思い出したくない事なんだ!なにより、国家の犬に流す情報は無い!」
ひと通り話してから、自分の言った事の重さに気がついた。自制しなければと分かっていたはずなのにできなかった。辛そうな顔で俺を凝視する誠生くんに耐えきれずバックヤードに逃げ込んだ。
悪気はないと分かっていたのに悪意を持って悪口を吐いた俺が憎たらしい。謝るなんて...できない。幼稚なプライドを掲げながら頬に伝う涙を拭う。別に、悲しくなんか、辛くなんかない。



喧嘩してしまった後悔と誠生くんを怒鳴ってしまったという自責の念に挟まれる。壁伝いにしゃがみ込めばバックヤードの扉が開いた。
誠生くんが来たということは見ずとも分かったが、逃げる気力すら浮かばない。顔を伏せながら居れば誠生くんは俺の正面にしゃがみ込んだ。
「...まず...嫌がってたのにしつこく聞いてごめん」
誠生くんの言葉に頭を左右に振る。今回ばかりは誠生くんが謝ることではない。むしろ、俺を責める権利があるのだ。多分、誠生くんは優しいから俺を責めようとなんてしないけど。そういうところが...嫌いだ。
「蜜柑さんに聞いてきた」
「蜜柑が話したんだ...」
何故話したのか...という気持ちと話してくれてよかったという気持ちが交差する。頭の中に色んな思考が飛び交って気持ち悪い。なにより、何を言われるのかが怖い。
「...聞いて、決めたよ」と真剣に言う誠生くんとは裏腹に何を言われるのかと覚悟を決める。
「なぁ、お前警察官にならない?」
予想の斜め上へ行く発言に思わず「は?」と素っ頓狂な声が出る。理解の追いつかない俺を置いていけぼりに「お前のその理由なら警察になっても叶えられるはずだろ」と続ける誠生くんの目は真っ直ぐに俺を向いていた。これは、誠意を見せなきゃ行けないのか...。なんて少し落ち込んでから「次の春まで生きていたら考えてあげる」と返した。
誠生くんは嬉しそうに喜んでから「生きてるよ!俺が生かすから!」と断言した。期待する気も、なりたいと思う気もないけれど誠生くんが喜ぶならいっか...と思った今日この頃である。
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