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同居は、突然始まります。

副院長と秘書

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その日の午後、私は病院へと出勤した。

幸い、ボスは会議で外出中。
とりあえず課長に遅くなった報告をし、「大丈夫か」と気遣われた。

「あの、実は・・・」
他に相談する人がいない私は、ボスの提案を課長に相談してみる。

「へー、意外だな」
なぜだか楽しそうに、笑っている課長。
「笑い事じゃありません。困ってるんです」
「ごめんごめん。で、君はどうしたいの?」
え?

「私は・・・」
仕事がはかどるのはとてもうれしい。
同居とは言っても広いお家の一角を借りているような物だし、短い期間ならいいかなと思ったりもする。
でも、もしバレたら怖い。
何しろボスのファンは多いから。

「そうだなあ、真之介の友人としてはいいと思う。総務課長としては勤務時間外のことには口を出さない。そして、娘を持つ父親としては・・・もってのほか。ありえない。相手の男を一発殴ってやりたい。って感じかな」
「はあ」
やっぱり世間的には非常識な行動なのよね。

「結局君次第だ」
「はあ」
なるほど。

***

「お疲れさまです」
「ああ」
会議で出かけていたボスが戻ってきた。

私の前を通り過ぎようとして、足が止まった。
「怪我は大丈夫?」

怪我?
ああ、忘れていた。
昨日ボスに手当てしてもらってから、そのままにしている。
でも、気にならないって事は大丈夫なんだと思う。

「そうだ。院長が君の仕事が早いって喜んでいたよ」
「ありがとうございます」
「馬鹿。そんなに喜ばせるなって言ってるんだ。また仕事を回されるぞ」

また怒ってる。

「大丈夫です」
「俺が大丈夫じゃない。俺の仕事だけ受けていれば良いんだよ」

そんなあ・・・院長秘書はベテランさんで、パソコンの入力が得意でないみたいだし。私ができるんだから、問題ないと思うけれど。
ボスには通じないらしい。


***

その時、
プププ。
内線が鳴る音。

「はい、副院長室です」
『副院長先生におかかりの患者さんから外線ですが?』
「先生にですか?」
『ええ、できればお話ししたいと』
こんな電話は珍しくはない。
大抵は外来の看護師が対応してくれるけれど、中には「先生と直接話をしたい」と訴える人もいる。
「お待ちください」

電話を保留にして、ボスに患者さんの名前を伝える。

「うん、変わります」
即答だった。

ボスは病棟の患者は持たないから外来で診た人なんだろうけれど、こうやってすぐに電話に出てくれるドクターって多くはない。

***

「はい。はい」
別人のように穏やかに話す声。

「それは心配ですね。でも、今は水分もとれていて休んでいるんでしょ。少し寝かせてあげましょう。苦しそうにするようだったり、水分もとれないようなら救急外来へ連絡ください。はい、お大事に」

こうしてみると、本当にいい医者なのね。
私が患者なら、こんな先生に見てもらいたい。そう思える。

「急変ですか?」
「いや、帰省してきた家族が、普段の様子がわからなくて慌てたんだろう。薬が飲めませんが、病院に行った方が良いですかってね」
はあ。わからなくもないけれど・・・
いつもは怒りん坊のくせに、こんな時はとっても優しいのね。

お願いですから、その優しさを私にもください。
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